【第4回】警察不作為にどう対応するか──相談先と行動指針(問いを、手渡す)
答えは一つではない。それでも、警察不作為に直面したときに何ができるのかを考えます。制度と個人のあいだで、次の一歩を静かに問いかけます。
*困っている方へ:まず13章の相談先をご覧ください*
ここまで3回にわたって、警察不作為の構造、当事者の経験と心理、そしてデータや制度・他分野との比較を見てきました。
制度はある、でも届かない。声を上げようとするほど消耗する。そしてその実態は、十分には可視化されていない。その重なりが、この問題の輪郭として見えてきたのではないかと思います。
最終回となる今回は、「では何ができるのか」という問いに向き合います。制度をどう変えるか、そして今日から自分にできることは何か。重さを抱えたまま、それでも前を向くための回です。
第12章:制度改善と政策提言
──「今の仕組み」を前提にしない発想へ
「変えなければならない」という確信は、変化の出発点です。この章では、その確信を制度の言葉に変えていくために必要な視点を整理します。批判から提言へ──その橋渡しを、ここで試みます。
【補足:データが政策を変えはじめている】
日本の警察行政でも、過去の相談記録をAIで分析して危険度を判断する取り組みや、地域ごとの犯罪発生傾向を予測するシステム(プレディクティブ・ポリシング)の試みが始まっています。
「通達を出した」という精神論から、「何が効いたか」を測る政策へ──その転換は、確かに進んでいます。ただし、AIが危険度を「スコア」で示すとき、そのスコアが誰かへの偏見を学習していないか、「管理」が「支援」にすり替わっていないか。技術の導入は、新たな問いも一緒に連れてきます。

12-1 エビデンスに基づく政策形成の必要性
「やった感」のある政策ではなく、実際に被害を減らすことにつながる政策が必要です。
そのためには、何が「効果的な介入」であるかを測定できる指標の設計・定期的な評価・公開が求められます。現状では、警察行政においてRCT(ランダム化比較試験)などの厳密な効果測定が行われることは稀であり、「通達を出した=対応した」という形式的な評価が続いています。
また、被害者の経験(質的データ)と統計(量的データ)を組み合わせた評価が、制度改善に活かされる仕組みが必要です。
12-2 一機関に任せない──多機関連携モデルの可能性
警察・福祉・医療・法律・住居・就労──被害者が必要とする支援は多岐にわたります。これをすべて警察に期待することは、そもそも不合理です。
ワンストップ支援センター(性暴力被害者支援)やDV被害者支援の多機関連携など、すでに先行する取り組みはあります。課題は、それが全国的に・制度的に担保されているかどうかです。
「縦割り行政」の壁を越えた連携を可能にする制度的基盤の整備が求められます。
12-3 「想定されていなかった人」を含む制度設計へ
制度設計の段階から、多様な当事者の声を反映させるプロセスが必要です。
障害者・外国籍の人・性的マイノリティ・経済的困窮者など、従来の制度設計から排除されてきた人たちを、制度の「受益者」としてではなく「設計の参加者」として位置づける発想の転換が求められます。
12-4 評価制度と監察制度の再設計
「検挙率」に偏った評価指標から、被害者の安全・被害の防止・信頼の構築を測る指標への転換が必要です。
また、外部から独立した監察機能の創設──たとえばイギリスの「IOPC(独立警察行為局)」のような仕組み──は、日本においても議論されてきていますが、実現には至っていません。透明性の確保と権力の外部統制は、民主主義社会における警察行政の基本的な要件です。
第13章:実践的対応と社会的課題
──あなたが今日からできること
構造を知ることは、無力感を超える第一歩です。しかし「では自分に何ができるか」という問いは、知識とは別の話です。
この章では、被害に遭ったときの具体的な行動から、社会として取り組める課題まで、手の届く範囲で整理します。
13-1 被害に遭ったとき──記録・相談・継続のための行動指針
「どうしたらいいかわからない」まま時間が過ぎていくことを防ぐために、知っておきたい基本を整理します。
記録を残してください
被害の日時・場所・状況・相手の言動・自分の体の状態を、できる限り具体的に記録します。日記・メモ・スマートフォンの写真・LINEのスクリーンショット──いずれも証拠になりえます。相談した日時と担当者名も記録してください。相談先を一つに絞らないでください
警察が動かなかったとき、そこで止まる必要はありません。弁護士・NPO・配偶者暴力支援センター・法テラスなど、複数の窓口があります。一つの相談先での経験が悪かったからといって、すべての支援を諦める必要はありません。「動いてもらえなかった」という経験も記録してください
「いつ、どの警察署に、何を相談し、どう言われたか」を記録しておくことは、後の交渉・申し立て・訴訟において重要な意味を持ちます。
13-2 相談先一覧(状況別)
以下に主な相談先を示します。状況によって最適な窓口は異なります。
状況別の主な相談先と連絡方法を以下に示します(電話番号・制度は変更の可能性があるため、利用の際は最新情報を確認されることをおすすめします)。
DVを受けている
配偶者暴力相談支援センター(各都道府県)
「DV相談 +地域名」などで検索ストーカー被害
警察・女性の人権ホットライン(0570-070-810)性暴力被害
性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
#8891 (短縮番号)法的な問題全般
法テラス(日本司法支援センター)0570-078374NPOによる支援
各地のDV・性暴力支援NPO。地域別に検索。警察対応への苦情
公安委員会(各都道府県)、都道府県警察HPより
13-3 制度の使い方と記録の実践的意味
「証拠がないと何もできない」とよく言われますが、逆に言えば「証拠があれば状況が変わりうる」ということです。
医師に診てもらった記録・心療内科への受診記録・精神的ダメージを示す医師の診断書は、のちの法的手続きで意味を持ちます。弁護士に相談する際も、記録が多ければ多いほど、より正確なアドバイスにつながります。
「記録する習慣」は、被害を証明するためだけでなく、自分自身の経験を整理し、「これは本当に起きていることだ」という感覚を保つためにも有効です。
13-4 被害者にも加害者にもならないために
ここで視点を少し変えて、「被害の予防」について考えます。
多くの加害行為は、「これは問題のある行動だ」という認識がないまま始まります。ストーカーの多くは、「好意の表現」のつもりで行動しています。パートナーへの暴力の多くは、「相手のために叱った」という認識から始まります。
「自分が加害者になるはずがない」という確信が、加害者を生む。
相手が「嫌だ」と感じていないか、自分の行動が相手の自由を制限していないか──この問いを自分に向けることが、加害の予備軍にならないための基本です。
13-5 分断を防ぐために──個人と社会でできること
「被害者」「加害者」「警察」という三項対立で物事を見るとき、私たちは多くのものを見落とします。
被害者の話を「聞く」ことができる社会的環境をつくること。
「声を上げやすい」仕組みを職場・地域・学校レベルで作ること。
制度の問題を知った市民が、制度の改善を求める声を上げること。
これらは特別な専門知識がなくてもできることです。そして、「知っている人が増えること」自体が、変化のための基盤になります。
第14章:結論
──「誰かのせい」で終わらせないために
最後に、ここまで見てきたことを一つの絵として描き直してみます。そしてまだ答えの出ていない問いと向き合いながら、この記事を閉じたいと思います。
14-1 警察不作為を生む構造の全体像
ここまでを振り返ると、警察不作為は複数の層が重なって生まれる現象であることがわかります。
制度設計の盲点(2章)
組織の評価・文化・リソースの制約(3章)
権力の非対称性と監察の限界(4章)
当事者の構造的な負担(5章)
双方の心理的メカニズムの相互作用(6章)
記録・情報連携の断絶(7章)
救済手段の実効性の限界(8章)
メディア・世論による可視化の偏り(9章)
これらは独立した問題ではなく、互いに強化しあっています。どれか一つを「直す」だけでは、問題の全体は変わりません。
14-2 個人を責めることの限界と、社会で引き受けることの意味
「悪い警察官がいた」と言って終わることは、構造を守ることに加担します。
この問題は「社会の産物」です。制度を設計した政治・行政の判断、メディアが何を報道してきたか、私たちが何を問い続けてきたか──そのすべてが、この状況を作り出してきました。
だからこそ、変えることができます。個人ではなく、社会の問題として引き受けることが、変化の入口です。
14-3 まだ答えの出ていない問いと、それでも前に進む理由
この記事には、「解決策を提示して終わる」という構造がありません。なぜなら、多くの問いはまだ途中にあるからです。
「介入の強化と自由の保護をどうバランスするか」「限られたリソースをどう配分するか」「制度から排除されてきた人たちを設計に組み込むとはどういうことか」──これらは、簡単に答えが出る問いではありません。
しかし問い続けることをやめることは、現状を固定化することに等しい。
助けを求めた人が、ただ助けてもらえるように。その当たり前のことを当たり前に実現するために、私たちが問い続けることに意味があります。
【参考資料一覧】
令和5年の犯罪情勢(警察庁)
人身安全関連事案の現状として、ストーカー相談等件数が1万9,843件、検挙件数も高水準で推移していることを示す基礎資料。警察対応の需要が依然高いことを客観的に確認できる。(2024-02)令和7年版 犯罪被害者白書(警察庁)
警察庁が刊行する「犯罪被害者等施策」に関する公式白書で、損害回復・経済的支援、心身的被害の回復・防止、刑事手続への関与拡充、支援体制整備など、犯罪被害者支援の制度的枠組みと実態を整理したもの。ストーカー・DV・人身安全関連事案など、警察不作為が露呈しやすい領域の施策・制度の現状を把握する基礎資料として位置づけられる。「はじめに」でのセクションでは、 本白書の理念や第4次犯罪被害者等基本計画の趣旨の説明が記載されており、犯罪被害者支援の基本方針や制度的経緯を理解するうえでの補足資料となる。
令和7年版 犯罪被害者白書内の「犯罪被害者等施策に関する基礎資料」部分では、犯罪被害者等基本計画の位置づけ、支援制度の利用状況、相談・支援のニーズ、地方公共団体の取組などをまとめた補助資料で、制度の全体像と実際の利用状況を確認するのに有用。本編の施策説明を補完し、「支援制度がどこまで整備され、実際にどの程度届いているか」を見るための基礎データとして使える。
第2項 人身安全関連事案の現状と対策(『令和7年版 警察白書』より)
ストーカー、DV、児童虐待、認知症行方不明などを一つの「人身安全関連事案」として束ね、警察の組織対応を説明する。警察組織がストーカーやDVをどう位置づけ、どう対処するかを示す公式説明。警察不作為が個別事案ではなく横断的課題であることを示す。人身安全関連事案への対処体制等について(通達:令和7年9月4日 丙人少発第27号)(警察庁)
「被害者等の安全確保を最優先」とする最新の対処体制を示す通達。現場が何をすべきかは明確化されている一方、実際に徹底されない理由を分析する余地がある。「警察庁生活安全局 通達一覧」にて掲載。(2025-09-04)令和7年におけるストーカー事案、配偶者からの暴力事案等、児童虐待事案等への対応状況について(警察庁)
2025年のストーカー相談等件数が2万2,881件とされ、依然として高水準であることを示す。警察需要の増大と体制課題を議論する根拠になる。警察庁「ストーカー・DV・児童虐待等」にて掲載。(2026-03-19)ストーカー規制法違反の検挙件数過去最多に DVや児童虐待の事案も高い水準に-警察庁(Yahoo!ニュース)
2025年の検挙件数が過去最多になったと伝え、法改正や運用強化の必要性を示す。検挙増加が必ずしも被害減少を意味しない点も読み解ける。(2026-03-19)不作為についての審査請求書(記載例・様式)(新潟県)(※1)
新潟県が公に提供する「行政不服審査制度」における「不作為についての審査請求書」の書式・記載例PDF。「不作為審査請求を書くためには
どのような情報を記載すべきか」を実務的に把握できる。新潟県の「行政不服審査制度について」のページにて掲出。情報公開審査会答申の概要・答申第1064号(愛知県)(※1)
警察ではないが、情報公開・行政文書開示を巡る「不服申立て答申」の体系を紹介し、「相談・申請」から「行政不服審査」「審査請求」「答申」へと進む過程の中で、正式な救済・処分と、相談・苦情・相談・不開示・不開示決定など「グレーゾーン」が形成される構造を、愛知県の情報公開審査制度を例として理解する資料。「愛知県情報公開審査会の答申」ページにて一覧が記載されている。行政責任と不作為の違法(1)(鹿児島大学法学論集vol.40-1より)
行政法上の不作為違法、危険管理責任、相当因果関係を整理する学術論文。警察の不作為を「危険を創出・放置した行政行為」として考える理論的基盤になる。警察の不作為を行政法・国家賠償法上の問題として位置づける理論資料として向いている。博士論文(要約)不作為犯における作為義務論(東京大学リポジトリ)
刑法学の不作為論を扱い、作為義務の成立条件を整理する。警察官個人の法的責任と、組織的な不作為の区別を考える際の参照になる。(2018-09-05公開)
(※本リポジトリの仕様上、このPDFはブラウザ内でのプレビューではなく、リンククリック時に「ファイルのダウンロード」が発生する挙動となっており、一般的な機関リポジトリの運用例に従っている。)国家公安委員会及び警察庁における行政文書の管理に関する定めの一部改正案(内閣府)
警察行政における文書管理の改正案で、記録保存や透明性の制度設計が見える。警察不作為の議論を支える記録保存・透明性・検証可能性の制度面を補う資料。(2026-03-18 掲載元はこちら)
(※1)参考資料についての用語について
行政不服審査制度
行政機関の判断や対応に納得できない場合に、その内容の見直しを求めることができる手続きです。たとえば「申請したのに処分がされない(不作為)」場合や、「不利益な決定がなされた」場合に利用されます。審査請求とは
行政不服審査制度の中で行う具体的な手続きの一つで、行政機関の判断や不作為について「再検討」を求める申立てを指します。※補足:警察も行政機関の一つです
警察は犯罪捜査のイメージが強いですが、法律上は行政機関に位置づけられます。そのため、対応に問題がある場合には、他の行政機関と同様に行政不服審査制度の対象となり得ます。
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