電子カルテ普及率100%の空欄 〜ロックインと書いた文書〜
8月27日、社会保障審議会の医療部会と医療保険部会に、電子カルテの数値目標が報告された。2028年度までに200床以上の病院で普及率100%、2030年末までに全医療機関で約100%。2月に出た標準仕様書の案へパブリックコメントを出した件の、答え合わせが来た。
除いてから、約をつける
告示案の原文はこうなっている。
2028年度までに、電子カルテ未導入の200床以上の病院(療養病床等が中心の病院を除く。)について電子カルテ普及率100%を目指す。
2030年末の目標は三つある。必要な患者の医療情報の共有が可能な電子カルテの普及率が約100%、地域の拠点となる病院全てへのセキュリティ対策、大病院向けクラウドネイティブ型製品が提供される環境の整備。三つめは普及ではなく環境整備なので、達成したかどうかの判定は事実上できない。
数字より、数字についた条件のほうが目につく。2028年は「療養病床等が中心の病院を除く」。2030年は「約」100%で、そこに「共有が可能な」という限定もかかる。
方針の対象期間は2026年10月1日から2030年3月31日までの3年半とされている。本命である「約100%」の期限は2030年12月31日。目標が計画期間の外に9か月はみ出している。第5には、対象期間中であっても方針の見直しを検討する旨が書かれている。
達成する気の計画に、見直し条項は最初から書かない。
もう一点、読み違えやすい箇所がある。2028年度の目標の主語は「電子カルテ未導入の200床以上の病院」だ。すでに電子カルテを入れている病院が共有サービスに対応することは、この目標には入っていない。
292と4万7232
令和5年の医療施設調査を、率ではなく実数で見る。400床以上は93.7%(609/650)、200〜399床は79.2%(956/1,207)、一般診療所は55.0%(57,662/104,894)。
引き算をすれば、電子カルテ未導入は400床以上で41施設、200〜399床で251施設。合わせて292施設になる。療養病床等が中心の病院を除く前の数字だ。診療所の未導入は4万7232施設ある。
未導入の292施設と、4万7232の診療所を、同じ「100%」という語で並べている。
診療所側の手ごたえは、日本医師会の調査に出ている。紙カルテを使っている診療所への調査で、有効回答5,466件のうち54.2%が「導入不可能」と回答した。理由の上位は、ITに不慣れ、導入費用が高額、導入しても数年しか使用する見込みがない。年齢が高いほど「不可能」の割合が上がる。
補助金が初期費用にしか出ないことと、この回答の関係については1月に書いた。
この層を4年で消す計画になっている。
仕様書は名指ししている
告示にベンダーロックインという語は出てこない。代わりに置かれたのが「オンプレミスのたこつぼ化を越え、クラウドで基盤をつなぎ直す」という一文で、原因を医療機関側の作り込みに寄せた書き方になっている。
ところが、3月31日に公表された標準仕様書1.0版のほうには、そのまま書いてある。第1章の課題整理、その③が「価格の不透明さ・ベンダーロックイン」。
現行システムからのデータの引継ぎや連携を行うための規格が独自の規格となっており、電子カルテや部門システムが、いわゆるベンダーロックインの傾向にある
目的の側にも「過去に利用していた製品に依存することなく、更改後の電子カルテや部門システムの選定を可能とする環境を実現する」とある。認識と言語化は、仕様書の側で済んでいる。
告示にも、ベンダーを動かすための一段はある。全国医療等情報プラットフォームの構築にあたっての留意点の二つめ、「標準仕様に準拠した電子カルテの認証制度を活用し、ベンダーに対して医療DX対応の早期のアプリケーション改修を要請」。要請の足場になる認証制度が、まだ公表されていない。
要請を受ける側の顔ぶれについては、5月に書いた。
空欄の章
ロックインを解く道具は、データ移行の仕様と、外部システムとの連携仕様になる。同じ仕様書の該当箇所を開くと、こうなっている。
2.1.4 データ移行。遵守類型「次版以降において設定予定」。推奨類型「次版以降において設定予定」。参考類型にレイアウト例が置いてあるだけ。
2.2.2 連携共通仕様、2.2.3 電子カルテと部門システムのAPI個別仕様、2.2.4 業務効率化サービスとのAPI個別仕様。いずれも遵守・推奨の両方が「次版以降において設定予定」。
部門システムとの標準インターフェイスは2027年度末までに策定し、各製品への実装は2028年度以降を目指すとされている。200床以上の病院を100%にすべき年度から、実装が始まる。順番が逆だ。
接続機能のほうにも仕掛けがある。電子処方箋と電子カルテ情報共有サービスへの対応は遵守項目に入っているが、経過措置がついた。「クラウド間の連携が実現した旨の公表の日から起算して6か月が経過するまでの間は適用せず、推奨項目として取り扱う」。そのクラウド間連携基盤は、令和9年度の概算要求に10億円が計上された、これから作るものだ。必須化の起算日が、まだ存在しない。
揃わない三つ
認証制度は、9月1日の時点で厚労省のページに「今後掲載いたします」と書かれたままになっている。3月の医療等情報利活用ワーキングでは、2026年夏を目途に明らかにする方針とされていた。大病院向けの標準仕様も未公表で、検討段階にとどまっている。
厚労省は2025年8月の医療保険部会で、400床以上の病院約650施設について、2030年まで毎年100前後がシステム更改の時期を迎えると説明していた。更改の波は先に来る。
電子カルテ情報共有サービス本体の全国での運用開始も、2026年度の冬がめどとされている。仕様、認証、サービス本体。三つとも揃わないまま、2028年度末に向かう。
電子カルテにAIを載せる側で何が起きているかは、7月に書いた。
ガバクラという近道
1.0版を読んでいて、要件本体より効きそうだと感じたのは、繰り返し出てくる但し書きだった。ガバメントクラウドにおけるSaaS(公共SaaS)を利用している場合にあっては、次に掲げる要件に適合しているものとみなす。
適用先を並べると、セキュリティ要件の(1)から(3)、クラウドネイティブ・アーキテクチャ指針の全項目、モダナイゼーション、アクセシビリティ。3月の医療等情報利活用ワーキングに出た認証制度のたたき台では、直近1年間で一定数以上の稼働実績を求める要件についても、ガバメントクラウドを利用していればこの限りでない、とされていた。たたき台の段階なので確定ではない。
要件を一つずつ満たしにいくより、乗ってしまうほうが早い。
そうやって全国の医療機関が同じ基盤に集まったとき、乗り換えの自由を担保するのはデータ移行の仕様になるが、その章は空欄のままだ。
パブコメの後
2月の案で私が引っかかったのは、アーキテクチャ要件のひとつだった。電子カルテを構成する全てのアプリケーションについて、個々の医療機関におけるカスタマイズに対応不可能な仕様とすること。あわせて稼働率は99.9%以上。中小病院に丸ごとかぶせるには乱暴だろうと思って、意見を出した。
1.0版でも、この二つは遵守要件として残っている。増えたのは、ただし書きのほうだった。
カスタマイズについては、医療機関の要望で追加した機能を、管理画面での有効化・無効化などによって全ての利用施設が使えるオプション機能として提供するのであれば、カスタマイズには当たらない、という一段が入った。少数施設での実証も当たらない。設定やメタデータの変更で個別環境に合わせることも差し支えないとされた。稼働率のほうは、実績を出せない新規製品は目標値でよく、クラウド事業者側の障害による停止時間は算出から外してよい、となっている。
意見は届いている。原則は動いていない。
期限だけが決まっている
令和9年度の概算要求のうち、医療DXの推進に関する分は934億円と事項要求。内訳は、クラウドネイティブ型電子カルテの普及に336億円、パッケージ版電子カルテの導入支援に121億円、標準型電子カルテ導入版に93億円、歯科電子カルテに54億円。補助の形はそれぞれ違う。336億円と歯科の54億円は2分の1補助、パッケージ版は対象医療機関の規模ごとに補助額を設定、標準型導入版は機器の調達経費などへの補助となっている。大病院向けクラウドネイティブ型製品の開発支援だけが、金額のない事項要求だ。
いずれも導入や更改の初期費用に向いた補助である。クラウドへ移れば、費用の重心は初期の一括支出から、利用料や回線の継続的な支出へ移る。そちらを誰が持ち続けるのかは、方針にも概算要求にも書かれていない。
足元の金の流れも見ておきたい。令和8事業年度に医療情報化支援基金から取り崩される約583億円のうち、電子処方箋導入が約490億円、電子カルテ標準化は約87億円となっている。
同日の医療保険部会では、自治体3団体と病院団体の委員から、費用負担の全体像と誰がどの程度負担するのかを明らかにすべきだという意見が出たと報じられている。医療部会では、日本医師会の委員から、安易に数値目標を定めるべきではないという趣旨の発言もあったとされる。両部会とも議事録はまだ公表されていない。
改正後の医療介護総合確保法の第12条の3第4項には、令和12年12月31日までに電子カルテの普及率が約100パーセントとなることを達成するよう、医療機関の業務における情報の電子化を実現しなければならない、と書かれている。国会修正で追加された規定だ。条文の主語は「政府は」であり、個々の医療機関に直接の義務を課すものではない。
2.1.4 データ移行。遵守類型、次版以降において設定予定。
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