The Wellness Club 体験記
言葉にできない、それでもあえて言葉にしようと努力してみる。
そんな2ヶ月。
10月から11月にかけてThe Wellness Clubというコミュニティーに入った。
日本を背負うトップアスリートや様々な表現者の健康を支えてきた前田眞郷さんが主宰するこちらのコミュニティー。現役のプロラグビー選手や料理人、そしてその家族など多種多様な方々がコーチとして携わる。
食事、デジタルデバイスとの向き合い方、運動、感性、様々な角度から人間の本来持っている姿を追求していく。そんな場所とでも言おうか。ここに参加された方によってその定義は様々だろう。自分も果たして、これで正しいのかをよくわからないが、一旦はこれで話を進めていく。
出会った、いや出会ってしまった
初めにこのコミュニティーの存在を知ったのはとあるYouTubeの動画だった
以前から健康には興味があり、様々な方の発信を見ていた。
その1人が力武信さん。公式LINEから1本の動画が届いた。
そこには充実感のある笑顔と生き生きとした人々の様子があった。普段のハウツー系の動画ではない。しかし、一気に心を奪われた。そこには
ウェルネススクール「The Wellness Club 1期生」の一般募集を開始します。
とあった。迷う理由がなかった。すぐに応募した。
あれよあれよという間に力武さんと面談することになった。どんなことが行われるか、どんな人がそこにいるのか、正直想像がついた。今までも様々なSNSを通して発信を見ていたからだ。オタクだ。
費用も説明された。ここでぶっ飛んだ。給料何ヶ月分だ・・・
社会人1年目、決して手取りが多いわけではない。自分で何か事業をやっているわけでもない。そんな人間にとってこの費用は震えた。
ある程度の情報は知っているつもりだった。ただこの2ヶ月の変化は全く読めない。このまままたファンとして発信を見続けるだけの人間でいるのか、あるいはどうなるかわからない未来の自分にベットするのか。
指を咥えて機会を見逃すのか、覚悟を持って身銭を切るのか。
腹をくくった。やると決めた。
今までに支払ったことのない額を支払うことになった。
とんでもないものと出会った、いや、出会ってしまったのかもしれない。
その日の夜は、なかなか寝付けなかった。
常識、当たり前、文化とは
そして、いよいよ10月1日。1期生の活動が始まった。
まずは座学、我々がどんな歴史をたどって、ここまで生きてきたのか、その観点からどんなものを食べて、どんな生活をするのが良いのかのべ数十時間分の動画を見た。
これまでの自分の考えは全てぶち壊れた。今まで正しいと思っていたことがどうやら正しくないらしい。今まで間違っていると思ったことが意外と正しかったらしい。
これは常識だろう、あれは当たり前だ、それはもはや文化だ。これらが一つ一つ着実に壊されていった。
今まで健康に良いと思って食べていたもの、飲んでいたもの、やっていたことがよくないと知ったときはショックだった。習慣や歴史は恐ろしい。そんなことも感じた。
そして、それらを実践に移すように命じられた。
食事は糖質中心から脂質中心に、食べるものは、あれとこれと〜。
デジタルデバイス使用時間を報告するように。
血糖値を測定して、それも教えてね。
やっぱりとんでもないところに来てしまったようだ。
自分の身体は騙せない
騙されたと思って守ってみると、徐々に体が変わっていくのを感じた。
実は、これらもこの期間に行っていたことだったのだ。
食べたもので、露骨に反応が変わっていく。会社の食事会や少し自分に負けてしまった後は寝付きが悪くなったり、お腹の調子がどことなくすぐれなくなったりする。逆にきちんと規律を保っていると何も起きない。良い状態が穏やかに続いていく。
体が変わっていくと不思議と心も変わっていくものだ。穏やかな体の状態が穏やかな心を生む。イライラすることや不安に思うこと、緊張することが減った。何気ない目の前の光景が面白いと思えるようになった。いつも見逃していた景色がきれいに思えた。
人間は嘘をつくことができる。簡単に人を騙すことだってできる。しかし自分自身に嘘をつけない。なぜならすべて自分に返ってくるから。今までどこか自分に妥協しがちだった、そのせいで、本当の自分を見失っていたように感じる。しっぺ返しを食らった形だ。今まで自分が自分だと思っていたものは偽物だったのかもしれない。本当に今の自分のままで、未来も生きていたいのか、何がしたいのか、大きな問いがそこに浮かんだ。
偽の自分にさよなら、では本当の自分とは?
プログラムの前半で偽物の自分に気づいた。次は本当の自分を探すときだ。
今自分が好きだと思っていること、やっている仕事、今後のキャリア、すべてに疑問を投げかけてみた。どんどんと偽物の自分が剥がれ落ちていく。そしてついにはわずかなものしか残っていないことに気づいた。
具体的に挙げていこう。自分は海外駐在にこだわりを持っていた。だからこそ、今の会社を選び、最初の部署に配属されたことにも、何の違和感も覚えていなかった。ただふと気づいた。本当に自分はこの会社の一員として、海外に行きたいのだろうか。そこで自信を持ってそうだとは言えなかった。
もしかすると、単に海外に拠点を置きたいだけなのかもしれない。それが移住であろうが留学であろうが、ワーホリであろうが、駐在であろうがその手段にこだわりは無い。むしろ駐在にこだわっているせいで、目先の仕事が、苦行のような修行のようなものに変わっていっているのかもしれない。楽しむことができずに、いろいろな可能性をつぶしてしまっていたかもしれない。
だからこそ、部長からいただいた異動の提案に、何のためらいもなく、イエスと言えた。
自分が好きだと思ってやっていたクロスフィット、スパルタンレースに出た、HYROXに出た。これからも一応出る予定がある。しかし、本当に好きなのはこういったレースなのだろうか。これも自信を持ってそうだと言えなかった。
自分がクロスフィットを始めて、1番最初に好きになったのは「できない」が「できる」になる瞬間だった。もともとそんなに筋力がある方ではない。器用でもない。だからクロスフィットの動きは至難の業だった。それでも回を重ねるうちにそれらしい動きができるようになって、重量が上がっていって、回数をこなせるようになって、徐々にコーチの話についていけるようになって自分が変わっていく様子が楽しかった。
ところがレースに出るとどうだろう。数字に追われる、競争にさらされる、周囲のタイムと比較する、自分の動きではなく、周りの様子が気になる、楽しくて始めたはずがプレッシャーを感じていた、そのプレッシャーを作っていたのは、他でもない自分だった。いや、自分というより、自分が囲まれた環境が自分をそう思わせていたのかもしれない。とにかくこれが自分の主戦場ではないと楽しく継続的に続けるのが自分の大好きなクロスフィットだと気づいた。
そう思ってからは、これから出る。レースも全てタイムなどではなく、思い出作りとして楽しもうと割り切ることができた。クロスフィットが楽しくなってきた。始めたての楽しさをまた思い出した。
ここにたどり着くまでは時間を要した。自分がやっている仕事や趣味全てを否定したことで、自分はなんで生きているのかといった問いまで生まれてきた。何かの迷いではなく、そもそも選択肢すらないそんな状況だった。すべてが一度無になった。苦しかった。辛かった。何も味気がなくなった。
おまけにこの期間、インフルエンザにも感染した。
考えすぎた知恵熱だと思ったらちゃんとウィルスにやられていたわけだが。
心も体も完全にパワーを失ったことで、全てが尽きると思ったらわずかな希望だけが残った。今まで自分だと思っていたものを全て捨ててしまおう、そんな決意だ。自分はカメレオンだ、好き勝手に何でもやっていい、一度始めたことをすぐにやめたっていい、警察のお世話にならなければ、自己中心でやってもいい。誰に気を遣っているんだ、誰の人生なんだ。小さな決意が湧いてきた途端、再び世界に希望が見えた。
偽物の自分に気づき、こんな自分で生きていきたくはないと抗うことを決意し、本当の自分は何かを必死に探した結果、自分なんてなかった。
もう大丈夫
プログラムの後半、おすすめの本をいくつか紹介してもらった。
ひからびたスポンジのように何もなくなった自分に、先人たちの思いがどんどんと突き刺さる。この本達は、1年前の自分が読んでもわからなかったであろう。今でも完全にわかったとは言えないが、共感できる場所は間違いなくあった。徐々に自分の中に確信に近いものが浮かび上がってきた。
もう大丈夫だ。たとえ何が起きてもきっと自分はうまくやっていける。なぜなら自分なんてないのだから。苦しんでいる自分は自分じゃない。悩んでいる自分も自分じゃない。楽しんでいる自分も自分じゃない。全てそれらは自分という俳優が演じているに過ぎない。
単に食事を変えて生活を変えただけかもしれない。ただそれだけで1人の人間をここまで変えた。いや、もともと自分なんてないのだから、変わったも何もないのかもしれないが。自分が必死にしがみついていた、とらわれていたものから、解き放たれた感覚だ。世界が明るく見える、広く見える、全てがチャンスに思える。
人間は取り入れたものでできている、人間は、環境の副産物にすぎない。
人間が世界を作っているわけではなく、世界が人間を作っている。
自分が自分を作り出している、自分が世界を作り出しているだなんて、とんでもない勘違いだ。
感謝
このような素晴らしい場を作ってくださった前田さん、そして常に支えてくださった運営の皆さんには、本当に感謝しかない。との話を何回前田さんにしても、自分は何も頑張ってないと何回も返してくる。それでもまた言う。何かくすぶった思いを抱えている人がたくさんいる。それを解消できる場所があるのは本当に貴重なことなのだ。場を作れる人間はそう多くない、美しい場を作れる人間はもっと珍しい。
自分もこうして美しい場を作れる人間になりたい、決して自分以上のものができない。まずは自分が美しい場を人間に作るにふさわしい人間でありたいと心から思った。
きっとこれは終わりではなく始まり。これからもまたこのご縁がつながって面白いことが起こる。そんなことを感じさせずにはいられない2ヶ月だった。
感謝。
