#48 「認められる私」が許せなかった元夫
ある日、パート先のクリニックで。
午前診療の終わりごろ。
最後の患者さんが帰った。
いつも出入りしている製薬会社の営業の方が入ってきて、私にそっと声をかけてきた。
「アズさん、ちょっと……今、いいですか?」
私は少し戸惑いながら、裏口へ出た。
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「実は、うちの系列の会社で、事務職の契約社員を探していて……」
「アズさんなら、人当たりもいいし、パソコンも使えるし。もしご興味があれば、ぜひ一度、面談だけでも。もし…ご縁があって来てくださるなら、アズさんの後任の方は、こちらで探しますので」
差し出された名刺には、
自宅から自転車で通えるオフィスの住所が書かれていた。
私は「検討させてください」とだけ言って、
その申し出を保留にした。
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驚いた。
うれしかった。
認められたことが。
契約社員になれば、今よりずっと収入も増える。
家からも近いし、時間の融通も利く。
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家で、その話をした。
前の会社を辞めたいと相談した時、元夫は反対した。また働く話なら、賛成すると思った。
なのに。
元夫は露骨に不機嫌になった。
「は?契約社員? なんでまた。詐欺やろ」
「扶養の手続きとか、面倒やねんぞ」
「好き勝手するな。アズちゃんは僕の奥さんやろ。主婦しとったらええねん」
「何を外の男と喋っとんや
パートも辞めて、家におれ」
ギリギリの生活費でやりくりするのが息苦しい、自由になるお金がないのが辛いと言うと
元夫は黙り込んだ。
そして、決定打のように言った。
「贅沢すぎんか?
きれいなマンションに住めてんのに何が不満や」
そう言われると、私は何も言えなくなった。
(今だったら
「あんたが浪費家でケチやから金が足りんねん!」と怒鳴りつけるのだが)
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言葉にならないこの違和感を、
元夫にどう説明すればよかったんだろう。
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前からだ。
この人は、私が「褒められる」と、不機嫌になる。
誰かに認められるたび、押さえつける気配を出してくる。
「いい人やねって言われた」
「助かってますって言ってもらえた」
そういう何気ない報告にすら、
どこか不満そうな顔をする。
「たかがパートやろ」と鼻で笑う。
何なん……。
誰かに褒められるだけで、
なぜ、こんな空気になるの?
お金の話をすると、なぜ怒るの?
こんなこと、友達には話せない。
母に、相談しようか——
その矢先。
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母が病気になった。
検査を経て、手術をすることになった。
幸い早期発見だったけれど、
サポートが必要になった。
タイミングが悪すぎた。
契約社員の話は、断念せざるを得なかった。
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不思議だった。
母の病気で落ち込んだのに、
それよりも先に浮かんだのは、
「よかった、もう悩まなくていい」だった。
もう、元夫の説得に疲弊する必要はない。
それどころじゃなくなったのだから。
未来を掴みに行く勇気を持たなくていい。
それどころじゃなくなったのだから。
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私は、自分自身の人生を選ぶことを断念した。
そのことに、少し安心していた。
——まあ、仕方ない。
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