#19 【アズのひとりごと】 “違和感”を無視した代償——直感が守る心
🌱これは“本編”とは少し違う、小話
私は、阪神・淡路大震災を経験した。
高校3年生の1月。
あの朝のことは今も忘れられない。
その数日前から、小さな地震が頻発していた。
「今、揺れた?」と思うくらいの微かな振動。
不安というより、どこか“非日常”を楽しんでいた気さえする。
本当の地震を知らなかった。
そしてあの朝、あの本震が起きた。
信じられない音と衝撃で、あっという間に世界が変わった。
元夫との交際、結婚生活もそうだった。
違和感って、最初は小さな揺れみたいなものだ。
「……あれ?」と思っても、日常は崩れない。
「気にしすぎかな」と自分をなだめる。
でも本当は、その下でずっと、圧が高まっていた。
婚約指輪、顔合わせの後回し。
結納はしなくていいやろと言われたこと。
実は競馬が好きなこと。
実家は持ち家だと嘘をつかれたこと。
どれも、大きな喧嘩にはならなかった。
「そんなことで?」
「男の人ってそんなものよ」
と言われたら
きっと返す言葉もなかったと思う。
でも違う。
「そんなことの積み重ね」が、
後に本震になるのだ。
崩れてから、やっと気づく。
——あの小さな揺れは、全部“前兆”だったと。
説明しても、うまく伝わらない。
けれど、自分だけは分かっている。
あの時、確かに「何かが違った」と思ったことを。
私はPTSDで、今もメンタルクリニックに通っている。
あの時、飲み込んでしまった違和感を。
「我慢することで、大人になろうとした私」
の声を綴っていく。
あの時の私を、今の私が救うために。
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