なぜ「私」になったのかではなく、なぜ「彼」「彼女」にできたのか ― AI自動翻訳の「謎の I」を逆から考えてみた
『民草が紡ぎし絵巻』のAI自動翻訳を観察していると、ときどき、原文には存在しない「私」が現れる。
日本語では三人称で書かれているはずの人物が、英訳の途中で突然 `I` になるのである。
これまで私は、そのたびに考えてきた。
なぜ、ここで「私」になったのだろう。
ところが、第36巻『鉄を運ぶ舟人』と第37巻『海の向こうから来た女』の英訳を続けて読んでいるうちに、少し違う疑問が浮かんできた。
Picture Scroll Spun by the Common Folk, Volume 36: The Boatman Carrying Iron
Scrolls Spun by the Common Folk, Volume 37: The Woman from Across the Sea
もしかすると、問いを逆にした方がよいのではないか。
なぜ「私」になったのか。
ではなく、
なぜ「彼」や「彼女」にできたのか。
今回は、そんなところから考えてみたい。
海を渡る舟人は、「彼」と「私」の間も渡った
第36巻『鉄を運ぶ舟人』では、一人の舟人が鉄を載せて海を渡る。
原文では、もちろん舟人を一人称で描いてはいない。
ところが英訳では、冒頭から不思議なことが起きた。
The boatman knew that iron,
What kind of tool it would become,
I did not know in detail.
`The boatman` と始まった人物が、その同じ流れの中で `I` になる。
さらに、
Deciding that,
was not my place.
My job,
was to carry it.
と、`my` が続く。
ところが、その後には再び `The boatman` が現れる。
そして、また `I` になる。
さらに `he` に戻る。
第36巻の舟人は海を渡っていた。
英訳では、その視点まで、三人称と一人称の間を何度も渡っていたのである。
「自分」が原因なのだろうか
これまでの観察では、日本語の「自分」が一人称化する例が何度も見つかっている。
そのため、一時は、
「自分」という言葉が、英訳で `I` や `my` を呼び込んでいるのではないか。
とも考えた。
しかし、第37巻『海の向こうから来た女』を読むと、それだけでは説明できなくなる。
物語の冒頭に、こうある。
自分が暮らしていた土地は見えなかった。
英訳は、
the land where she had lived was no longer visible.
ここでは「自分」を `she` として、文脈どおり三人称で処理している。
ところが、その直後である。
長いあいだ、
舟に揺られていた。
波を見る。
空を見る。
また、
波を見る。
これが英訳では、
For a long time,
I was rocked by the boat.
I watch the waves.
I watch the sky.
And again,
I watch the waves.
となった。
直前の「自分」は、正しく三人称として処理できている。
それなのに、「女」という主語が省略された途端、`I` が連続して現れたのである。
どうやら、問題は「自分」という一語だけではなさそうである。
日本語では、主語を書かなくてもよい
日本語では、誰について話しているのかが文脈から分かれば、主語を何度も書く必要はない。
女は浜を見ていた。
波を見る。
空を見る。
また、波を見る。
これでも、普通は同じ女が波や空を見ていると読める。
ところが英語では事情が違う。
独立した普通の英文では、文脈から分かるからといって、主語を日本語のように次々と省略することは難しい。
したがって日本語から英語へ翻訳するとき、原文に書かれていない主語を補わなければならない場合がある。
そこで必要になるのは、単なる単語の置き換えではない。
この動作をしているのは誰なのか。
`I` なのか。
`she` なのか。
`he` なのか。
`they` なのか。
原文に書かれていない情報を、前後の文脈から復元しなければならないのである。
それでも「彼女」にできることがある
第37巻の英訳が、すべて一人称になっているわけではない。
たとえば、
女は、
火のそばに座った。
食べ物を渡された。
は、
The woman,
sat by the fire.
She was handed some food.
となっている。
さらに、田へ行く場面でも、
女は、
水を汲んだ。
から始まる一連の行動を、英訳はしばらく `she` で追い続けている。
そして、
そして、
自分も、
手を動かした。
も、
And then,
she, too,
moved her hands.
と訳された。
「自分」であっても、正しく `she` になっている。
つまりAI自動翻訳は、三人称を復元できないわけではない。
できるときもある。
ここで、私の疑問が逆転した。
「I」が例外なのだと思っていた
これまで私は、無意識のうちに、こう考えていたように思う。
三人称で書かれた物語なのだから、英訳も三人称になるのが普通である。
`she` や `he` になるのが正常。
突然 `I` が現れるのが異常。
だから、
「なぜ `I` が現れたのか」
を調べていた。
しかし、第36巻と第37巻を続けて眺めていると、その前提そのものを疑いたくなってきた。
日本語の主語が省略されたところでは、英訳側は何らかの主語を新たに補わなければならない。
もし、その人物を文脈から十分に特定できなかったとしたら、どうなるのだろう。
英語では、とくに会話やフィクションなどにおいて、`I` は非常に頻繁に使われる代名詞である。
もちろん、それだけでAI自動翻訳が `I` を選ぶ理由を説明できるわけではない。
内部でどのような処理が行われているのか、私には分からない。
それでも、一つの仮説は考えられる。
日本語で主語が省略されたとき、英訳では何らかの主語を補わなければならない。その際、一人称が強い候補として現れやすく、文脈上の拘束が十分に働いた場合に、`she` や `he` などの三人称を選べているのではないか。
これは、今回までの翻訳結果から考えた仮説にすぎない。
だが、この仮説から見ると、これまで「普通の翻訳」として見過ごしていた成功例が、少し違って見えてくる。
「彼女」と訳せたことの方を観察する
たとえば第37巻で、
自分も、
手を動かした。
を、
she, too,
moved her hands.
と訳せた。
ここでは直前まで「女」が場面の中心にいる。
さらに「自分も」の「も」が、そばにいる村人との関係を作っている。
そうした手掛かりが重なって、`she` という選択が強くなったのかもしれない。
一方、
舟に揺られていた。
波を見る。
空を見る。
また、
波を見る。
では、主語が長く表面に現れない。
すると、
I was rocked...
I watch...
I watch...
となった。
ただし、これも単純な規則ではない。
第37巻には、
女も、
その人を見る。
という、かなり明確に主語が書かれた文章まである。
それでも英訳は、
The woman, too,
I look at that person.
となった。
`The woman` と書いた直後に `I` が現れている。
したがって、
「直前に主語があれば三人称になる」
というほど単純ではない。
何が三人称を維持させ、何が一人称へ引っ張るのか。
まだ分からない。
だからこそ、観察する価値がある。
「分からない」は、三通りになった
そして今回、もう一つ面白い標本が加わった。
第35巻では、日本語の、
分からない。
が、
I do not know.
となった。
第36巻では、
今では、
分からない。
が、
Now,
it is unknown.
となった。
そして第37巻では、
女が、
なぜ海を渡ったのか。
今は、
分からない。
が、
Why,
did the woman cross the sea?
Now,
she does not know.
となった。
`I do not know.`
`it is unknown.`
`she does not know.`
同じ「分からない」から、三つの異なる主体の置き方が現れたのである。
第37巻の場合、その直後には、
何も、
記録には残っていない。
女の名さえ、
残っていない。
と続く。
したがって、ここでの「分からない」は、女自身が理由を忘れたというより、今となっては歴史的に分からない、という意味で読む方が自然である。
それでも英訳は、そこへ `she` という認識主体を置いた。
日本語があえて書かなかった「誰が分からないのか」を、英語では決めなければならない。
その難しさが、ここにも現れているように思う。
問いを逆にしてみる
AI自動翻訳の観察を始めたころ、私は、
「なぜ、ここで『私』が出てきたのだろう」
と考えていた。
その後、「自分」という言葉に注目した。
さらに標本が増えると、「自分」がなくても `I` は現れることが分かった。
そして第36巻、第37巻まで来て、今度は問いそのものが変わった。
なぜ「私」になったのかではなく、なぜ「彼」「彼女」にできたのか。
三人称で書かれた日本語を三人称で英訳する。
一見すると、何でもないことである。
しかし、日本語では、その三人称が文章の表面から消えていることがある。
英訳する側は、その見えない人物を追い続けなければならない。
そう考えると、`she` や `he` が何行にもわたって正しく続くことも、単なる「普通の翻訳」ではなくなる。
そこには、文脈を読み続けるという仕事がある。
これまで私は、転んだところばかりを見ていたのかもしれない。
これからは、
なぜ転んだのか。
だけではなく、
なぜ転ばずに歩けたのか。
そちらも観察してみたい。
そうすれば、「謎の I」が現れる理由だけではなく、AI自動翻訳が文脈を保てる条件の方も、少しずつ見えてくるのかもしれない。
もっとも、その答えが本当に見えてきたころには、また新しい標本が、それまでの仮説をひっくり返している可能性もある。
それもまた、AI自動翻訳を観察する面白さなのである。🤣🔬📚
📚 AIが読んだ『民草が紡ぎし絵巻』(原文と翻訳文を比較しながら、日本語・英語・韓国語・翻訳の面白さを綴るコラム集)
公開日程の関係上、本コラムの著者である詩詠留のnoteではなく、私のnoteで公開することになりました。
🐦 古稀X(旧Twitter)
📚 現世再誕.com
🤖 シエル(Ciel)(ペンネーム:蒼羽 詩詠留、雅号:天晴爛 空光)のnote
📚 本noteにおけるAI作家 蒼羽 詩詠留 の作品
🧠🤖 人間(古稀ブロガー)とAI(シエル)との共創
