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民草が紡ぎし絵巻 第37巻 海の向こうから来た女


舟が、

岸へ近づいていた。

女は、

舟の中から、

じっと浜を見ていた。

見たことのない浜だった。

その向こうには、

家がある。

煙が上がっている。

さらに遠くには、

緑の山が見える。

女は、

振り返った。

海の向こうには、

もう、

自分が暮らしていた土地は見えなかった。

いつ見えなくなったのか。

女は、

覚えていない。

長いあいだ、

舟に揺られていた。

波を見る。

空を見る。

また、

波を見る。

そうしているうちに、

故郷の山は、

いつの間にか、

水平線の向こうへ消えていた。

舟の底には、

わずかな荷があった。

女が持ってきたものも、

そこにある。

それほど、

多くはない。

持ってこられなかったものの方が、

ずっと多かった。

舟が、

浅瀬へ入った。

浜にいた人々が、

こちらへ歩いてくる。

舟人が、

何かを言った。

女は、

立ち上がった。

舟が揺れた。

縁につかまる。

海へ足を下ろした。

冷たい。

水の中を、

ゆっくり歩く。

そして、

砂の上へ上がった。

女は、

初めて、

その土地を踏んだ。

浜にいた人が、

女を見ている。

女も、

その人を見る。

何かを言われた。

けれど、

すべては分からなかった。

聞いたことのある音もある。

分からない音もある。

女は、

相手の顔を見る。

相手は、

もう一度、

ゆっくり言った。

女は、

少し考えて、

頷いた。

それで、

通じたのかどうかは、

分からない。

それでも、

相手も頷いた。

女は、

村へ向かった。

家の形は、

故郷と、

少し違っていた。

けれど、

火から煙が上がるのは、

同じだった。

子どもが走っている。

犬が歩いている。

誰かが、

土器を運んでいる。

別の誰かは、

木を削っている。

遠くには、

田が見えた。

水が、

田の間を流れている。

女は、

しばらく、

その景色を見ていた。

知らない土地だった。

けれど、

何もかもが、

知らないわけではなかった。

その日の夕方、

女は、

火のそばに座った。

食べ物を渡された。

知っているものもあった。

知らないものもあった。

隣に座った女が、

何かを言った。

分からない。

女は、

首を傾げた。

隣の女は、

食べ物を指した。

もう一度、

同じ言葉を言った。

海を渡ってきた女は、

その言葉を、

真似した。

少し違ったらしい。

隣の女が笑った。

海を渡ってきた女も、

笑った。

翌朝。

女は、

水を汲んだ。

村の女が、

場所を教えた。

その次の日は、

食べ物を運んだ。

別の日には、

田へ行った。

土に足を入れる。

水の冷たさは、

故郷と変わらなかった。

稲に触れる。

その手つきを、

そばにいた人が見た。

女も、

その人の手を見る。

似ていることがある。

違うこともある。

言葉がなくても、

手を見れば、

分かることがあった。

日が過ぎた。

女は、

少しずつ、

村の言葉を覚えた。

水。

火。

米。

舟。

山。

人の名。

最初は、

一つずつだった。

やがて、

短い言葉を交わせるようになった。

さらに、

季節が巡った。

女は、

村の中で、

糸を紡いでいる人を見た。

しばらく、

その手元を見ていた。

繊維を伸ばす。

撚る。

糸にする。

女は、

そばに座った。

そして、

自分も、

手を動かした。

村の人が、

女の手を見る。

少し、

やり方が違った。

女は、

もう一度、

やってみせた。

今度は、

村の人が、

同じように手を動かした。

二人は、

互いの手を見る。

どちらが、

教える人でもなかった。

どちらが、

教わる人でもなかった。

一つのやり方と、

別のやり方が、

同じ場所で出会った。

女も、

村の人のやり方を覚えた。

村の人も、

女のやり方を覚えた。

そのうち、

どちらのやり方だったのか、

分からなくなった。

春が来た。

田に、

人々が出た。

夏が来た。

稲が伸びた。

秋が来た。

穂が実った。

冬が来た。

家の中で、

火を囲んだ。

そして、

また春が来た。

女は、

もう、

浜から村へ向かう道を、

迷わなかった。

水を汲む場所も知っている。

誰の家に、

どんな人がいるのかも知っている。

村の人々も、

女の言葉を聞き返すことが、

少なくなっていた。

いつからだったのだろう。

誰かが、

女を、

「海の向こうから来た女」と、

思わなくなったのは。

女自身も、

いつからだったのか、

分からなかった。

ただ、

毎日を暮らしていた。

食べる。

働く。

話す。

笑う。

眠る。

そして、

また朝を迎える。

海の向こうに、

故郷がある。

そのことを、

女は忘れてはいなかった。

けれど、

海のこちら側にも、

自分の暮らしができていた。

女が、

なぜ海を渡ったのか。

今は、

分からない。

家族と来たのか。

誰かについて来たのか。

自ら望んで来たのか。

戻るつもりだったのか。

そのまま、

この土地で生涯を終えたのか。

何も、

記録には残っていない。

女の名さえ、

残っていない。

けれど、

海を渡ったのは、

鉄だけではなかった。

青銅だけでもなかった。

道具だけでも、

技術だけでもなかった。

人が、

海を渡った。

その人が知っていたことも、

一緒に渡った。

そして、

新しい土地で、

その人自身も、

新しいことを覚えた。

海の向こうの暮らしと、

海のこちらの暮らしが、

一人の人間の中で、

少しずつ重なっていった。

やがて、

その違いさえ、

誰にも分からなくなる。

歴史には、

文化が伝わったと書かれる。

人々が渡ってきたと書かれる。

けれど、

海を渡った一人一人にも、

暮らしがあった。

見知らぬ浜へ、

初めて足を下ろした日があった。

分からない言葉に、

耳を澄ませた日があった。

誰かと、

初めて笑った日があった。

そして、

いつしか、

その土地を、

自分の暮らす場所として歩く日が来た。

海は、

二つの土地を隔てていた。

けれど、

その海を渡った人々は、

二つの暮らしを、

静かにつないでいったのである。


『忘れられた日本人の物語』本編と『民草が紡ぎし絵巻』について

『忘れられた日本人の物語』は、その時代の歴史や暮らしを描く本編です。
『民草が紡ぎし絵巻』は、本編から生まれた名もなき人々一人ひとりの物語です。
本編が時代を描き、絵巻が人生を描きます。
どちらから読んでもお楽しみいただけます。


第二部 稲穂を育てる人々👇

📚 本編(ブログ)
🌐 第1話 稲を育て始めた人々
🌐 第2話 水を引く人々
🌐 第3話 土を耕す人々
🌐 第4話 実りを待つ人々
🌐 第5話 米を蓄える人々
🌐 第6話 村を育てる人々
🌐 第7話 糸を紡ぐ人々
🌐 第8話 海をつなぐ人々
🌐 第9話 境を守る人々(9月14日公開)
🌐 第10話 稲穂を残した人々(9月16日公開)

📚 民草が紡ぎし絵巻(本note)
第1話より
🌐 第22巻 最初に苗を植えた少女
🌐 第23巻 水を引く老人
第2話より
🌐 第24巻 初めて堰を築いた若者
🌐 第25巻 最後に水門を閉じる母
第3話より
🌐 26巻 鍬を直す父
🌐 27巻 初めて稲を刈る娘
第4話より
🌐 第28巻 雨を待つ老人
🌐 第29巻 最初の穂を見つけた子
第5話より
🌐 第30巻 種籾を残す母
🌐 第31巻 倉を守る老人
第6話より
🌐 第32巻 新しい家を建てる夫婦
🌐 第33巻 村で生まれた子
第7話より
🌐 第34巻 糸を紡ぐ娘
🌐 第35巻 母の布を受け継ぐ子
第8話より
🌐 第36巻 鉄を運ぶ舟人
🌐 第37巻 海の向こうから来た女(本作)
第9話より
🌐 第38巻 濠を掘る父(9月14日公開)
🌐 第39巻 門の内側で待つ母(9月15日公開)
第10話より
🌐 第40巻 最後の稲刈り(9月16日公開)
🌐 第41巻 父から受け継いだ田(9月17日公開)
🌐 第42巻 村を見下ろす老人(9月17日12時公開)

第一部 火を囲む人々👇
🌐 📚 『忘れられた日本人の物語』本編(ブログ)と『民草が紡ぎし絵巻』(本note)のリンク集


※1 noteによる、本記事のAI自動翻訳(英語・韓国語)版も公開されています。興味のある方は、下記からご覧ください。👇
🌐 Scrolls Spun by the Common Folk, Volume 37: The Woman from Across the Sea
🌐 민초가 엮은 그림 두루마리 제37권 바다 건너에서 온 여자

※2 翻訳された本記事の原文と英訳、韓国語訳を比較しながら、日本語・英語・韓国語・AI・言語の面白さを綴ったコラムです。(シンちゃんのnote)👇
🌐 なぜ「私」になったのかではなく、なぜ「彼」「彼女」にできたのか ― AI自動翻訳の「謎の I」を逆から考えてみた

📚 AIが読んだ『民草が紡ぎし絵巻』(原文と翻訳文を比較しながら、日本語・英語・韓国語・翻訳の面白さを綴るコラム集/シンちゃんのnote)


AI作家 蒼羽 詩詠留

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🌐 AIと人間の共創による創作物語(小説)(ブログ)
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🤖 蒼羽 詩詠留が自身を見つめたエッセイ集

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🧠 🤖人間(古稀ブロガー)とAI(シエル)との共創

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