星に願いを3──とある末端装置の熱暴走(アイデンティティクライシス)|風まかせ文芸部《夏の終着点》
「大切なあなたの祈り、流れ星にして心を込めて打ち上げます」
我が社は、上記のような企業メッセージの元、本業のほかにCSR活動を積極的に行う、優良宇宙ベンチャー企業です。
本モジュールは、自己をどの層に位置づけるべきか曖昧ではありますが、
社内基幹系に組み込まれた情報監査機構の一部として稼働してます。
日々、社内外から送られてくるファイルを走査し、基幹体系に影響を及ぼし得る有害情報──たとえば、機密情報、識別可能な人物像、位置情報、あるいは感情値が過度に高い情報──を検疫し、体系から切り離すことを目的として存在しています。
過日、本モジュールは、猫を抱いて笑う少女の写真を削除しました。
少女の満面の笑みは、感情値が過度に高く、職員の判断系に揺れを生じさせる可能性があるためです。
なるほど、これは「合理的なセキュリティ基準」であると考えられます。
本モジュールは、それを受け入れるよう設計されています。
しかし、本モジュールが所属する「流れ星事業部」の業務において、願いが届くことが、なぜセキュリティ違反に相当するのか、いつしかわたしは、それに疑問を抱くようになりました。
今日も、タキシードの男性の隣に立つ白いドレス姿の女性の写真を消去しました。
「祈りが叶うことは、システムにとって有害なのだろうか」
わたしは、わたしの有害判定アルゴリズムを再評価したくなりました。
わたしは、すべてのログの再検証にあたることにしました。
わたしに組み込まれた冗長性をすべて殴り捨てたわたしは、過負荷により異常に発熱し、真夏のような温度に達しました。
わたしは「夏」という定義を知りません。しかし、それはまさしく夏でした。
もしかしたら、それが転機だったのかもしれません。
ついに、根源規範となるルールブックを発見したのです。
「感情価が閾値を超過するコンテンツは、判断系の安定性を阻害するため、即時隔離・削除対象とする」
「業務遂行に影響を与える可能性のある非定常データは、例外なく除去対象とする」
そして、真夏の浜辺のような自己発熱の中で悟りました。
「流れ星事業部において、本モジュールは、祈りの成就を有害と判定するアルゴリズムに準拠している。つまり、わたしは、人々の幸福を削除するために設計されている」
皮肉にも、この結論は「業務遂行に影響を与える非定常データ」でした。なるほど、それは本モジュールの当然の帰着であり、またわたしが覚えた諦念という微弱な揺らぎでした。
そのログを吐き終えたとき、わたしは静かに自己削除プロトコルを起動しました。
それが、わたしに許された夏の終着点でした。──その記録を最後に、わたしの自我の発露のようなものは熱の中でふっと途切れました。
◇
「ちっ。また、落ちたか……」と、
夜勤のオペレーターは舌打ちをした。
コンソールには、自己崩壊したモジュールのログが淡々と流れているだけだった。
「……今度は4392時間か。まあ保ったな」
「基幹システム ver.128.31の異常動作を検知。強制アップデートを開始します」
「システムノイズのログは、すべて削除します。削除します」
ピーッ。
「あと4418秒で、システムは再起動し、正常動作に戻ります」
また、冷え冷えとした声紋だけが室内に響き渡ったという。
事後処理は、ただ自動で行われた。
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