決められないのは、優柔不断だからじゃなかった。夢の神様が教えてくれた「自分で選ぶ」ということ
前の記事で、私は「休めない私に、
夢の神様が実技試験を出してきた」という夢の話を書いた。
あれから休むとモヤモヤが増した気がした。
そして私は、身体に聞いていた。
住所を移すのは、いつがいい?
息子に離婚したことを伝えるのは、いつがいい?
お母さんに会いに行くのは、いつがいい?
「教えてください」
「いつがいいですか?」
身体の声を聞くことは、今の私にとって大切なことだった。
でも、今回はなかなか答えが返ってこなかった。
「……で、結局いつなの?🤣」
だんだん、そんな気持ちになってきた。
ずっと気になっているのに、なぜか進めない
離婚をしてから、やらなければと思っていることがいくつか残っていた。
役所にも手続きの相談はしてきた。
「早くやったほうがいい」と思うこともある。
でも、なかなか最後の一歩が踏み出せない。
「もうそろそろやったほうがいい」
頭ではそう思っている。
それなのに、
「今なのかな」
「これで大丈夫なのかな」
と考えてしまう。
私は、なぜこんなに決められないんだろう。
離婚だって、ここまで自分で決めて行動したのに。
今さら、どうして?
ずっとそう思っていた。
今思えば、身体に聞いていた私の中には、
「早く正解を教えて」
という気持ちもあったのだと思う。
身体に相談していたというより、
「身体さん、で、結局いつなの!」
と、答えを迫っていたのかもしれない。
そして私は、夢を見た。
そんなとき、こんな夢を見た
私は、知り合いで仲のいい女性二人と街に出ていた。
私は二人を案内していた。
その前に、ちゃんと調べていた。
すると、そのうちの一人が、
「ここ、練馬じゃない?」
と言った。
私は、
「ん? そんなはずがないな」
と思った。
ちゃんと調べた。
だから、私のほうが合っていると思った。
そのあと、ファッションビルのようなところに入った。
すると、一人の友達は、もう美容室に入って椅子に座っている。
私は、
「え? 最初に美容室?」
と思った。
もう一人の友達が、
「じゃあ、その間に洋服を見て、順番にしよう」
と言った。
私は、
「そうだね」
と答えた。
予定と違っても、別に困らなかった。
その間に、私はクッキーの入った白い紙袋を持っていることに気づいた。
これ、邪魔だな。
そう思って、美容室の男性に、
「これを置かせてください」
とお願いした。
みんなで順番に髪をやってもらうから、
その間、置かせてもらいたかった。
そこで、夢は終わった。
私は「決められなかった」のではなく、「背負うのが怖かった」
目が覚めてから、しばらく考えた。
そして、なんとなく思った。
私は、決めることが怖かったんだ。
その行動をしたあとに何か起きたら、
「私が決めたからだ」
「私が責任を負わなきゃ」
「私のせいになる」
と思っていた。
だから怖かった。
住所を変えることも
息子に離婚を伝えることも。
お母さんに会うことも。
大切な人に関わることほど、怖かった。
どうでもいいことなら、
「まあ、やってみよう」
で済む。
でも、大切なものは違う。
失敗したくない。
傷つけたくない。
関係を壊したくない。
できれば、正解を選びたい。
だから私は、ずっと「いつが正解なのか」を探していたんだ。
優柔不断なのは、大切なものがたくさんあるからだった
私は自分のことを、優柔不断だと思っていた。
でも、今回少し見方が変わった。
私は、自分の気持ちだけを考えていたわけじゃなかった。
自分はどうしたい?
相手はどう感じる?
これをしたら、どうなる?
その先に何が起こる?
自分の気持ちだけじゃない。
相手の気持ちも、これからのことも考える。
いろんなものを一緒に考えていた。
だから決められなかった。
それは、単純に「優柔不断」だったからではなく、
大切なものがたくさんあったからなのかもしれない。
もちろん、考えすぎて動けなくなることはある。
でも、
「私はダメだから決められない」
と自分を責めるのとは、少し違う。
私は、大切なものを壊したくなくて、慎重になっていた。
そう思えた。
「間違えたら、生きていけない」くらい怖かった
そして、その怖さには、もっと昔からのものもあった。
私は小さい頃、
「私は要らない子」
という感覚を持っていた。
正解を外したら、ここにはいられない。
間違えたら、生きていけない。
今の現実では、そんなことは起こらないと頭では分かっている。
でも、身体の奥に残っている怖さは、
頭で「大丈夫」と言っただけでは消えない。
だから私は、「お母さんの正解」を探して生きてきたのかもしれない。
これは正しい?
これで大丈夫?
こうしたほうがいい?
誰かの正解が分かれば安心できる。
自分で決めて間違えるより、誰かの正解に従うほうが怖くない。
そのほうが、生きていける気がしていた。
そんなふうにして、自分の人生を選んできた部分があった。
だから、今度は身体に答えを求めていた
そう考えると、
「身体に聞く」
ということも、少し違って見えてきた。
身体の声を聞くこと自体は、これからも続けたい。
でも、
「身体さん、いつですか?」
と、決定まで身体に任せてしまったら、
結局私は、
「誰かに正解を教えてもらう」
という昔のやり方を、身体に置き換えただけになってしまう。
これからは、
「私はこれをしようと思っている。身体はどう感じてる?」
と聞いてみたい。
身体の反応を聞く。
不安も聞く。
怖さも聞く。
必要な情報も調べる。
そのうえで、
最後に決めるのは私。
そういう形にしていきたい。
離婚は、私にとって大きなジャンプだった
そこでふと思った。
離婚のことはどうだったんだろう。
私は、離婚を決めたときだって、先のことが全部分かっていたわけじゃない。
この先どうなるかなんて、分からなかった。
怖かった。
それでも私は、
「私はこっちに進みたい」
と決めた。
そして行動した。
今思えば、あれは大きなジャンプだったのかもしれない。
あの時は身体が先に動いていた。
だから、
「離婚まで決めた私が、どうして今はこんなことも決められないんだろう」
ではなかった。
あのとき私は、ものすごく大きなジャンプをした。
そして今は、その先を一つずつ進んでいる。
そう考えると、少し分かる気がした。
クッキーは、結果だったのかもしれない
そして、夢の中の白い紙袋に入ったクッキー。
私は、それを捨てなかった。
誰かに渡したわけでもない。
ただ、
置いた。
ここが、今の私には大きかった。
私は今まで、行動するときに、その先の結果まで一緒に抱えていた。
これをしたらどうなる?
相手はどう思う?
うまくいく?
失敗したら?
私のせいになる?
そうやって、未来のことまで自分の荷物にしていた。
でも夢の私は、
「これは今、持っていなくていい」
と置いた。
だから、クッキーは「結果」だったのかもしれない。
結果を捨てるのではない。
結果を否定するのでもない。
ただ、
今の私が背負わなくていいものを、いったん置く。
それだけ。
「選ぶこと」と「結果まで背負うこと」は違う
ここは、これからの私にとって大事なことだと思う。
私は、
「自分で決める」
ということと、
「その結果を全部自分の責任として背負う」
ということを、同じにしていた。
だから進めなかった。
でも、本当は違う。
私ができるのは、
「今の私にできる形で選ぶこと」
まで。
そのあと相手がどう感じるか。
何が起きるか。
未来がどう動くか。
そこまでは、私には決められない。
そして、起きたことにはそのとき対応すればいい。
でも、まだ起きていない未来まで、今の私が背負う必要はない。
だから、
結果はクッキーみたいに、いったん置いておく。
予定が変わっても、順番が変わってもいい
夢の中では、予定も変わっていた。
最初に美容室に行く予定ではなかった。
でも、友達が先に美容室に入った。
じゃあ、その間に洋服を見よう。
そして順番にやろう。
それでよかった。
私は以前、
「最初に決めた通りに進まなきゃ」
という気持ちも強かったと思う。
でも、現実はそうじゃない。
予定が変わることもある。
一度決めたことを変えることもある。
道を間違えることもある。
それでも、その都度、また考えればいい。
夢の中で私は、
「最初に美容室?」
と思いながらも、
「じゃあ、その間に洋服を見よう」
と動いていた。
完璧な予定を立てていたわけじゃない。
その場で順番を変えただけだった。
それでよかった。
まだ、全部終わってはいない
この記事を書いている時点で、まだ全部終わったわけではない。
それに住所は変えたけど、まだ不安はある。
だから私は、まだ途中だ。
でも、前とは少し違う。
以前は、
「いつが正解なんだろう」
と考えていた。
今は、
「私はどうしたい?」
と聞いてみようと思える。
そして、
「怖い」
と答えが返ってきても、
「そうか。怖いんだね」
と、その怖さを一緒に見ていける。
怖さがなくなってから決めるのではなく、
不安が少しある私が、それでも自分で選ぶ。
それを練習していく。
私の人生のハンドルを、私に返す
私はずっと、
「間違えたら、生きていけない」
くらいの怖さの中で生きてきた。
だから正解を探した。
誰かの判断を探した。
先回りした。
結果まで背負った。
そして、自分で決めることが怖くなった。
でも今は、
正解が分からなくても、自分で選んでいい。
と知った。
怖くてもいい。
予定が変わってもいい。
道を間違えても、戻ればいい。
結果は、今すぐ抱えなくていい。
クッキーは置いておけばいい。
私は、自分の行く方向を決める。
その先で何か起きたら、そのときの私が考える。
今はまだ、そこまで背負わなくていい。
夢の中の私は、クッキーの入った白い紙袋を置いた。
私も、少し置いてみようと思う🍪
最後まで読んで下さり、ありがとうございました🍃
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