“朝”は、うちの子たちにとって、いつも鬼門だった。~忘れもの大王の姉たち
三人が、同じ布団で寝ていたのは、もうずいぶん前の話だ。
今はそれぞれの部屋で寝ている。
夜は、まあ普通に静かだ。
■ 長女の話からはじまる
長女は、できることとできないことの差が大きい子だった。
英語も好きで、まったくのゼロからではなかったはずなのに、
小学校3年生の最初の小テストで、いきなり0点を取った。
周りの英会話通塾組は100点。
その差が、長女にはかなりこたえたらしい。
突然「足が動かない」状態になった。
(我が家では「足動かない病」と呼んでいる)
立てない。歩けない。
わざとではないのは見れば分かる。
でもトイレには行ける。
だから身体というより、別のところの問題なんだろうとは感じていた。
友人トラブルも重なって、ある夜、過呼吸を起こして救急車でこども病院へ。
診断が始まって、「ああ、だからか」と思うことがいくつもあった。
模試の日、カバンに筆箱は入っているのに、中身が空っぽだったり。
紙がないからと、自分の服の太ももにメモを書いたり。
できるときは、びっくりするくらいできる。
できないときは、本当にできない。
——振れ幅の大きい子だった。
自信を取り戻すために英語の個別指導に通い始めた。
登校できない時期は、2カ月もなかったと思う。
一気に崩れて、一気に戻った。
■ 次女の話
次女も、同じように「足が動かない」状態になった。
(これも我が家では「足動かない病」)
ただ、長女との違いは、期間だった。
長女は短かったけれど、
次女は、中2の秋から高1まで、思い出したように何度も繰り返した。
続くときは続くし、
何もない時期もある。
忘れた頃に、また来る。
もともとアナフィラクトイド紫斑病があって、
突発的に長期休むこともある子ではあった。
朝、突然LINEが来る。
「動けない」
昼過ぎには普通に動くのに、朝だけ動けない。
LINEが来たら、二段ベッドの上から娘を下ろす。
腰が抜けているから、毎回お互いに「こわい、こわい」と言いながら。
高校一年の冬、この病気のせいで出席日数が危なくなった。
血液検査もMRIも異常なし。
つまり、身体は壊れていない。
壊れているのは、“朝”だけだった。
朝行けなければ、学校に行くことができない場所に住んでいた。
でも近くなら、昼からでも行けるからと引っ越した。
引っ越してから、足が動かなくなったのは、卒業までに2回だけだった。
■ そして、息子
足動かない病ではないが、
高1の夏休み、朝、体が動かなくて、静かに涙を流した日があった。
同じようで、少し違う。
違うようで、やっぱり似ている。
今も足は動く。
病欠もほとんどない。
でも、朝だけ起きられない。
“朝”は、うちの子たちにとって、いつも鬼門だった。
まあ、それでも、なんとかなっている。
今はもう同じ布団で寝ることはないけど、
夜は普通に静かだし、
それぞれに朝も、来る。
<忘れ物大王は朝が起きられない>
