当たり前ができないことのツラさ
三日目の山行が始まりました。不眠二日目、メンタル面に少々異常が出てき始めました。
前回の話はこちらの記事になります。
悲しき、5年前のできごと
朝食を済ませ、身支度を終わらせ、ポーターたちと合流をした。朝から非常にテンションが高いジェラルドと挨拶を交わし、ハイタッチをした。全員が揃ったため、出発をした。
グッチャンから、昨日同様に「昨晩は眠れたかい?」と聞かれたが、「全く眠れなかったよ。」と答えると、「えっ?本当に?大丈夫?」と聞かれた。これまた「大丈夫だよ。」以外に答える選択肢はなかった。
この一連の会話を聞いていたツアーの人に「えっ?眠れなかったの?耳栓、したんでしょ?」と言われた。そうです、あなたの言う通り、私は耳栓をして寝ようとしましたが、全く眠れませんでした!と言いたくなるところを抑えて「はい、耳栓をしましたが眠れませんでしたねぇ~」と笑いを交えながら答えた。「へぇ~、そりゃ大変だ。」と言われたが、あなたが思っている以上に、事態は深刻化をしております。
それはさておき、今日は4,000m超えまで登り、ホロンボ・ハットへ戻り、午後からは待ちに待ったお昼寝が待っている。そう思うと、三日目にして謎のやる気がみなぎってきた。

今朝のホロンボ・ハットの晴れ間から一転、雲行きが怪しくなってきた。雲行きが怪しいながらも、永遠と続く道の先にはまだ雲海が広がっていた。
しかし、雲行きは怪しく温度もあまり上がっていないように感じられたが、歩いているせいか体温は上昇し、身体が火照ってきた。しばらくは、レイアリングで温度調整をしながら、歩き続けていた。
ところが、とある地点から焼けた痕のような、焦げている木が目につくようになった。


昨日のお昼過ぎぐらいから森林限界を突破しているが、昨日見た景色と今見ている景色にどこか違和感があった。もちろん天気が影響しているかもしれないが、山は山だけれども、失礼な言い方をしてしまうと「ハゲ山」のような印象を受けた。

ここで、一旦歩くことをストップした。何やら、添乗員とポーターが話している。そして、添乗員が説明をし出した。
「皆さん!右手の山、見えますよね!
ここ、5年ぐらい前に山火事が起こったそうです。
そのため、焼け野原の痕になってます。」
昨日見た景色と今見ている景色の違和感の正体は、山火事による朽ちた山の姿であることが分かった。添乗員は話し続けた。
「この山火事の原因は、
誰かのタバコのポイ捨てだそうです。」
誰にでも自慢をしたくなるような美しい景色を保っているキリマンジャロでも、ルールを守らないたった一人の安易な行動により、美しい景色が一瞬で奪い去られたことを想像すると、どこかいたたまれない気持ちになった。
そして、タバコのポイ捨てで山火事になることは国内だけの話ではなく、世界各国共通であることに少しばかりショックを覚えてしまった。

あれから5年、キリマンジャロの自然はポレポレで元の姿へ復活しようと再生中だと思う。元の景色に戻るには多大なる時間を費やさなければならないだろうが、早かれ遅かれまた元の美しい景色を取り戻してほしいと、切に願った。


塩分たっぷり、ゼブラロック
山火事で朽ちた山を見ながら、また歩き始めた。今度は左手方向に縞々の縦模様の大きな岩(ちょっとした小高い丘)が見えた。

こちらの岩(「岩」と言う言葉に違和感がある。)は、動物のシマウマの縞々模様に見えるため、「ゼブラロック」と名付けられたらしい。
添乗員の説明を忘れてしまったが、白い部分は岩塩だそうだ。舐めたら実際に塩の味がするだとか。ツアー一行は、ゼブラロックへ近付いた。

本当に塩の味がするかどうかを、みんなで岩肌の白色の部分を指でなぞり、指を舐めてみた。ところが、あまり塩気を感じなかった。どちらかと言えば、味が何もしなかった。二日連続の不眠により、味覚がおかしくなったのだろうかと思った。試しにもう一度、岩肌の白い部分を指が白くなるぐらいに強めになぞって舐めてみたが、味がよく分からなかった。
ツアーのみんなの反応も私と変わらなかった。「あんまり、塩の味がしないね。」と話していたところに、一人だけ「ばっちり、塩の味だよ!」と言う人が現れた。味を何も感じなかった人たちにとっては「えっ?本当ですか?」と、疑うような発言だった。すると、その人が言うには「僕、直接岩を舐めた。そうしたら、バッチリ塩の味がしたよ。」とのこと。なかなかの大胆な行動に驚くというよりも、一瞬だけその場の空気が凍り付いた。さすがに、岩を直で舐める勇気はなく、指でなぞって舐めても味がしないことが分かったため、塩分の確認をすることをやめた。

塩の味を自分では確認ができなかったが、ゼブラロックに塩が含まれていることには間違いない。現地へ行って気になる人は、直で岩の白い部分を舐めてみてください!
ただいま、ホロンボ・ハット
今日の山行は、ゼブラロックから先へは進まず、ホロンボ・ハットへ戻ることになっていた。
ゼブラロックからの帰り道は、添乗員とずっと話をしていた。私が今まで旅をした話に興味を持ってくださり、今までの旅で面白エピソードを話すと、添乗員は大笑いをしてくれた。
私の直近の旅の面白いエピソードと言えば、今年のゴールデンウィークに訪問した八丈島である。行きの船で太平洋の荒波の洗礼を受けて半殺し状態にされてしまい、なんとか八丈島に上陸をしたが、太平洋の荒波の船酔いが全く取れず、山に登らず、何もせずにそのまま寝て帰る、という意味不明な旅をした。言うまでもなく、帰りの船でも太平洋の荒波により、ひたすら寝ていたら東京湾についていた。(そもそも、旅と言えるのだろうか。)
このことについて、添乗員は「おかしいですね。普段の太平洋はそんなに荒波ではないはずなんですけどね。」と耳を疑うような発言をされ、思わず「それは嘘です!」と即答をすると、また笑ってくれた。
今年の5月に八丈島へ行って八丈富士に登ることができなかったため、今年の11月に再訪する予定である。今度は学習して、公共機関は飛行機で羽田空港から八丈島空港へ行く予定である。今度は船酔いで体調不良になる恐れがないため、11月では無事に八丈富士を登頂したい。
ホロンボ・ハットの帰り道の途中に休憩をすることになった。休憩場所の目の前には、ジャイアントセネシオの群生地があった。


私は休憩をせずに、ジャイアントセネシオの群生地に近寄れるところまで近寄り、写真を撮り続けた。ジャイアントセネシオの群生地を見ていると、ここは地球ではなくどこかの惑星にいるような錯覚に陥った。

一休みを終え、無事にホロンボ・ハットへ戻った。

そういえば、不吉な話をしてました。
ジャイアントセネシオの群生地の休憩所からホロンボ・ハットまでの帰り道は、ジェラルドと話していた。
そのとき、頭上で「バラバラバラ⋯」と聞き慣れない大きな音が聞こえ、空を見上げてみると1台のヘリコプターが飛んでいた。ジェラルドに「あのヘリコプターは何?」と聞いてみたところ、「あれはドクターヘリだよ。」と教えてくれた。
ジェラルドが言うには、
「キリマンジャロでは毎日1回は、
ヘリの要請の有無にかかわらず、
ヘリコプターが巡回をしているんだ。
天気が悪い日は、車(ランドクルーザー)が
車道専用を走って、
巡回をしていることもあるんだ。」
その話を聞いて、「へぇ~」とは思ったものの、もし、私はこのまま不眠が続いて高山病になったら、ヘリコプターかランドクルーザーで強制送還されるのではないだろうかと変な不安が頭を横切った。
そして、うっかり「それって私のことかな⋯」とぼやいたところ、ジェラルドは聞き逃しておらず、「そんなことはない!はるのぼんは必ず登頂する!」と大声で言われた。「そうだといいんだけどなぁ~」とこれまたぼやくと、「ちゃんと登頂するから心配するな!」と笑いながらだけれども、説教じみたことを言われた。

ところが、世の中には言霊という目に見えない不思議なパワーが存在していて、私はこの二日後にランドクルーザーに乗って、モシ市内へ強制送還をされるとは、このときの私は全く知らなかった。

今改めて文章を書いてて思うことだが、スピリチュアルなことをあまり信じたくはないが、言霊は実在するものなのかもしれないと思った。今度からマイナス思考を言葉に出さないようにしようっと!
イベントキャンセル民の狸寝入り
ホロンボ・ハットから帰ってきてから一番に本日の宿泊の部屋割りが発表された。本日はホロンボ・ハットの利用者数が昨日と比べると落ち着いているため、女性陣、男性陣と部屋分けをされた。
案内された部屋へ行くと、ポーターに預けていた荷物が部屋の前に並べられていた。今朝、私は荷物が多いこと、時間が足りないことを理由にバッグのジッパーを完全に閉めずに、ポーターに荷物を預けた。ところが、部屋の前に置かれている自分のバッグを見ると、ジッパーは完全に閉められていた。どう頑張っても閉まらなかったジッパーが閉まっていることに少々驚いてしまった。
そして、本日宿泊する部屋について、相変わらず、床はギシギシと音を立てるものの、両隣の部屋からの生活音や話し声は聞こえなかった。どうやら、初日に宿泊をしたマンダラ・ハットのキリマンジャロ版レオパレスよりはマシな造りであることが伺えた。
ところが、ドアを閉めて鍵をかけようとしたところ、鍵がかからなかった。外からは鍵の開け閉めができるものの、中からは鍵を回しても空回りばかりしてしまう。鍵については、キリマンジャロ版レオパレスと五十歩百歩と言ったところであろう。
さすがに中から鍵がかからない場合は、就寝中の夜が心配である。そこで、昨日のお昼の休憩場所にあったお手洗い、世界一難易度が高いトッポン便所を思い出した。あのお手洗いみたいに、ドアの前に置き石を置けば外からはドアを開けられないと考えた。
漬物石みたいな石は、部屋の一歩外へ出れば、たくさんゴロゴロと転がっていた。適当に、みんなが持てそうな重さの石を選び、内側のドアの前に置いて、応急処置を取った。
そして、本日宿泊する部屋の電気事情は、部屋にある電球は全て点かなかった。そのため、三日目は昼間からでもヘッドライトは必須となった。
各自、部屋に荷物を置いた後は、食堂に集まり、昼食を摂り、夕食までは自由時間。と思いきや、ポーターが添乗員になにやらお話しているようだ。そして、ポーターと添乗員の話し合いが終わったらしく、添乗員から今日の予定についての説明があった。
「このあと、皆さまには自由時間を取っていただきます。
ですが、午後3時にここ(食堂)にご集合ください。
今回のツアーでお世話になっているポーター、
総勢20名の方の自己紹介をしてくださるそうです!
普通の自己紹介ではなく、
歌やリズムに乗って自己紹介をしてくれる、
なかなか楽しいイベントです!
皆さま、午後3時にまたお集まりください!」
どうやら午後3時からイベントが始まるらしい。今の時刻がよく分からないが、おそらくイベントが始まるまで少しはお昼寝ができるであろう。
解散と同時に、私はそそくさと部屋へ戻った。そして、寝袋に入ってベッドに寝転んだ。同室の女性からも「お昼寝ができるといいですね!」と言われた。他の女性たちは早々と明日のパッキングを始めていた。私はパッキングよりも睡眠重視であった。そして、耳栓をした。
よっしゃあ!寝るぞぉー!
と、思ったのは束の間。
「あれ?おかしい?眠くないぞ?」
・・・どうした、私?初日、二日目の昼食後は「眠たい人選手権」でぶっちぎりの1位が取れるほどの睡魔があったはずだが、今日は全く眠くない。
私よ、二日連続の不眠なんですよ?一応、この二日間と今日半日は歩いたんですよ?普通、疲れてますよね?疲れてたら、眠たくなりますよね?
自分自身で身体に何が起きているかが全く分からなかった。先ほど、書いた通り、私は二日連続の不眠であり、不眠でありながらも登山を続けている、正直、身体のバッテリー切れがいつ起きてもおかしくない状態である。それにもかかわらず、眠くない、全く眠くないのだ。
ゲームっぽく言うと、今、まさに私はタフネスモードに入っているのだろうか。
タフネスとは、ねばり強さ、頑丈さ、強靭さ、物質の物理的強さや精神的な耐久力の両方を指します。
今、タフネスはいらない。本領発揮をするならば、明日の本番で発揮をして欲しいところ。
不思議と眠気が来ない、全く眠くない。捉え方によっては喜ばしいことかもしれないが、今の私からすれば、ただ、ただ、不安でしかならなかった。こんなに寝不足なハイカーは、ホロンボ・ハットにはただ一人、私しかいないはずである。朝から心配をしているが、睡眠不足が引き金になって高山病でリタイアになるのではないかと、不安と焦りに押しつぶされかけていた。
寝ないといけないことは分かる、でも、なぜだか全く眠くない、その眠くない原因が全く分からず、挙げ句の果てには、目に見えない高山病に怯えてしまうばかり。
どうすればいいのだろうか。
そういえば、いつもどうやって寝ているのだろうか。
そんな根本的なことを考え出すようになっていた。
寝袋に入ってからどれぐらいの時間が経ったのかが分からなかった。同室の女性から「はるのぼんさん、そろそろ3時ですよ。」と、耳栓をしていても分かるぐらいのボリュームで親切に声を掛けてくれた。
そうだった、午後3時から楽しいイベントが始まるんだったっけ。
でも、申し訳ないことに今の私にはそれどころではなかった。いつも当たり前にしていた睡眠が急にできなくなり、睡眠を摂る方法が分からなくなり、どうすればいいのか全く分からず、どうやら私は負のスパイラルにのめり込んでしまったようだ。
こんな状況で楽しいイベントに参加できる状態ではなかった。私は最悪なことをした、人の声掛けをシカトをした。本当は起きているが狸寝入りをして、イベントへは行かなかった。
当たり前ができないことのツラさ
みんなが部屋を出て行って何分が経ったんだろうか。身体を半分起こした。部屋は私しかいないため、静まり返っていた。今頃、みんなで楽しいイベントをやっているんだろうとぼんやりと想像をした。
イベントをさぼってしまった私が専念することはただ一つ、寝ることである。ここで無事に寝ることができれば、イベントをさぼった甲斐がある。
しかし、何回も書いている通り、不思議なぐらい眠たくなかった。寝ようと思っても寝ようとしてくれない。
一体、私はどうしちゃったのだろうか。
普段、出掛けない休日はたいてい寝ていることが多い。寝ることは昔から大好きである。その大好きなことができない、今の私は本当にどうしてしまったのだろうか。べつに、今すぐに難しい仕事をしろ!と言われてるわけではなく、当たり前のことが急にできなくなってしまった私は、本当にどうしてしまったのだろうか。
自分になぜなぜの問いをしていると、目から一粒の涙がこぼれた。眠れない原因が分からないことよりも、当たり前のことができないツラさに耐えきれずに、ついに泣いてしまった。
そして、耳にはめていた耳栓を取って、ベッドに投げつけた。耳栓は勢いよくバウンドして、どこかへ転がっていった。耳栓がどこへ転がって行ったかは探さなかった。(以後、耳栓紛失)
ポロっと涙がこぼれると、堰を切ったかのように涙とともに鼻水が止まらなくなった。持参しているトイレットペーパーでひたすら涙と鼻水を拭った。IKEAの4.5L分のジッパーバッグがいっぱいになるぐらいに、トイレットペーパーの屑ゴミを出してしまった。
ふと我に返ると、イベントに参加しているみんなはいつ帰ってくるのだろうか。もし、今この瞬間に帰ってこられたら、おそらく大問題になってしまう。そして、4.5L分のトイレットペーパーのゴミを排出したため、目が真っ赤になっていることは間違いない。
今朝の不眠でみんなに心配をかけているため、これ以上、みんなに心配をかけるわけには行かず、泣くことを堪えることにした。不思議と女優業をやったことは一度もないが、ピタッと涙と鼻水が止まってくれた。トイレットペーパーの屑ゴミでいっぱいになったIKEAのジッパーバッグはポーターに預けるバッグの奥底に入れて隠した。
今の私は尋常ではないことがよく分かった。そして、寝ることについてとんでもないド忘れをしてしまっているようだ。もう、どうすればいいかさえも全く分からず、お手上げ状態となった。
そんなとき、枕元に置いていたカメラのデータを見た。一番最初には今回の旅始まりの写真かと思いきや、いつしか実家に帰ったときに撮った猫の写真が出てきた。

実家の家族の話によれば、この猫はよく寝るらしい。寝る方法が分からなくなってしまった私からすれば、うらやましい話だった。とくにやることがない私は、ずっとこの写真を眺めていた。
猫の写真を眺めていたら、ガチャっとドアが開き、みんながイベントから帰ってきた。
補足:当たり前ができないことのツラさ
改めて、当時のことを振り返りながら文章に書いてみたけど、今思い返しても、当たり前ができないことは本当にツラい経験だった。たぶん、今回の山行の中で一番ツラかった。中には、「こんなことで泣くんかよ。」と思う読者がいらっしゃるかもしれませんが、当時も今も本当にツラい経験でした。(何回も申し上げて、すみません。)
そして、人生を語れるほどは生きておりませんが、今まで生きてきて初めての経験でした。人間、毎日当たり前のようにしていることが急にできなくなる、ということは非常にツラく、精神に異常をきたすことが今回の旅を通して身に染みるほど分かりました。
朝起きて、ご飯を食べて、働きに出かけて、帰って、お風呂に入って、寝る、普段何気なく送っているごく当たり前の生活かもしれませんが、「当たり前ができる」毎日を送れることは非常にありがたく、幸せなことかもしれませんね。
ーーー 本記事では、「私が習ったスワヒリ語」はお休みいたします。
タンザニア・キリマンジャロ登山の記事は、こちらのマガジンにてまとめております。
