未来に託す読書記録『つくることば いきることば』と詩「たまごボーロ」について
結月です🌕️
いつのまにかnoteをはじめて5ヶ月が経っていました。こんなに続くなんて自分でもびっくり!
しかも!はじめは読書記録のみのnoteにするつもりだったのに!
気づいたら詩、短歌、ショートショートまで…
何だこれって感じですよね😆
Xやnoteのフォロワーさんも徐々に増えてきましたので、自己紹介のnoteの文章も少しだけ編集しなおしました。(ほとんど変わっていませんが)
noteにも少しずつコメントをお寄せいただいております。
生きててよかったと思うようなものばかりです。
本当にありがとうございます。
私の文章を読んで、私と向き合ってくださる方がいるということが何よりも嬉しいです。
これからも、様々なご意見が寄せられるのではないかと予測しています。
いただいた言葉を、私なりに誠実に受け取っていけたらと思っています。
『つくることば いきることば』 永井一正
最近、本の感想をXでポストしました。
永井一正さんの『つくることば いきることば』
つくることば いきることば/永井一正#読了
— 結月 (@sd15047602) February 7, 2026
永井さんが描く動物は不思議なかたち。でも、どの動物も人間みたいな目をしている。
対等に見てもらえる。それが、どれだけ生きる意味に繋がるか私は知っている。
つくること、いきること。
この本は、私のこれからの生き方を考えるきっかけになりました。 pic.twitter.com/g8e94y6OJm
銅版画の動物達と、永井さんの創作者としての生きる言葉が記されている魂のこもった一冊です。図書館で借りました。
この銅版画がとにかくすごい。命を削って描いているんじゃないかってくらい繊細なのに力強くて、目が離せなくなりました。
版画が好きな人はもちろんのこと、全く興味がない人でも向き合わざるを得ない。ちゃんと見ないといけない、そんなパワーを感じとることができるんじゃないかと思います。
ことばも強い。ことばだけでも強いのに、この版画と一緒に載せていることで、さらに説得力が増している気がします。
耳障りのいいことばをただ並べただけではない。
作品に生き方を残しているからこそ、永井さんのことばは響くんでしょうね、きっと。
この本を読んで、私は一体、なにがやりたいのか、どう生きたいのかここ数日ずっと考えていました。
詩「たまごボーロ」について
先日、「たまごボーロ」という詩を書きました。
本当は文章で何があったか詳しく書こうとしていたのですが、ちょっと心が耐えきれなくて、でも、何か残したくて、詩にしました。
今、少し文章にできそうなので書いてみますが、おかしいところがあったらすみません。
まだお読みでない方はこちらの2つの記事をご覧になってから読み進めていただけるとわかりやすいかと思います。
ただ、内容が重めですので、苦手な方は無理に読まなくても大丈夫です。
↓
詩「たまごボーロ」は、私が5歳のときの、虐待がはじまる少し前の記憶です。
外に出ると声が出なくて、話しかけられても緊張して返事も上手くできない。
そもそも、家でもあまり話さない。表情も乏しい。
「はい」のときは頭を縦に、「いいえ」のときは頭を横に振る。小1くらいまで外ではずっとこのような感じでした。
幼稚園の先生に勧められ、年長さんから「ことばのきょうしつ」に通うことになりました。ここで、声を出す練習をした記憶が「たまごボーロ」「鳥のかたちの水笛」「絵のついたカード」でした。
他にもあった気がしますが、はっきり覚えているのはこの3つと先生の言葉だけです。
先生の顔も名前も忘れてしまいましたが、嬉しかった言葉は心の中でずっと残っています。
「ことばのきょうしつ」は、幼稚園に通いながら、週に何回か別室へ行き、個別や少人数で指導を受ける場所でした。今でいう通級指導教室です。
1990年代から2000年代初めは、まだ制度としてはふわっとしていたみたいです。
(2006年に学校教育法改正、2007年から特別支援教育として本格的に始まったそうです。)
なので、こういう「ことばのきょうしつ」自体があまり認知されていなかったのでしょうね。
母は、先生から「皆さんに声かけしているんです。たくさんおしゃべりの練習ができて楽しいと思うので気軽に…」とオススメされたから信じて行かせたと、昔、言っていました。
私を含めてたった3人しか通っていないと知ったとき、幼稚園の先生の声かけは「選ばれた子の保護者」にしかされていなかったことに母は気づきました。
気づいたその日に幼稚園に連絡を入れたため、私は「ことばのきょうしつ」に通えなくなりました。
同じ頃、父と母の仲も最悪になります。
年齢的に仕方なくお見合いで結婚した2人。はじめから相性は悪かったそうで、私にはどちらも寄り添う気があるようには見えませんでした。
それでも、会社員として頑張って働いていた父。
専業主婦として頑張って働いていた母。
どちらが悪いとはいえないですし、どう思っていたかは定かではありませんが、
父の「おかずの品数が少ない。普通はもっと多い。普通がいい。」の言葉で母が壊れた日のことは鮮明に覚えています。
母からしたら、絶望でしかなかったのだと思います。
好きでもない人と結婚。
生まれた私は、母の顔にそっくりで、顔に似合わないからという理由で付けたかった名前ではなく適当な名前を付けたとよく言っていました。
そんな、どうでもいい子どもが「普通」ではないと分かって、存在ごと消したかったのでしょうか。
こうして、私への虐待と父への暴力が始まりました。
妹と一緒にいるときの母は、本当に嬉しそうに笑っていました。美人でよく笑う妹には、母自身が付けたかった名前、願いを込めた名前を付けたそうです。
理想通りの子どもが生まれて、母にとっては唯一の希望だったのでしょうね。
私も、妹のことは大好きなので、生まれてきてくれてありがとうと、いつも思っています。
「特性」について
私が「普通」だったら、もっと話せていたら、家族は幸せだったのではないかと考える理由は、これまで書いてきた通りです。
これは、ただの人見知りや口下手という話ではない、と自覚しています。
私は、数年前から、うつ病で通院しているのですが、診断されているのはこれだけです。うつ病以外は特に何もないため、はっきりと書くことはできません。
また、素人がこれかもしれない、あれかもしれないと勝手に判断するのは良くないと考えているので、文章ではいつも「特性」とぼかして書いています。
何かあるのではないかと病院の先生に何度か相談しましたが、明確な答えは返ってきませんでした。
でも、これは先生が悪いわけではなく、
「私の話が上手く伝わっていない」
のだと思います。
それもそのはず。もともと、私が先生を信頼しきれていませんでした。こうした過去の話を少しずつ打ち明けるようになったのも、ごく最近のことです。
はじめて病院を受診したとき、すぐにうつ病と診断されたのですが、「たった数分話したくらいで何がわかるんだ」と正直思っていました。
でも、よくよく考えてみたら、すぐに診断されたのは当然のことでした。
・風邪からの体調不良が続く
・まともにごはんが食べられず食べてもすぐに吐く
・数ヶ月で10キロ近く痩せる
・突発性難聴で入院する
・耳鼻科の先生から今の病院を勧められる。
(耳鼻科で受けたうつ病チェックシート?の項目もほぼ当てはまっていたそう)
こんな人間が病院にやってきたら、誰でもすぐに診断しますよね。仕事は休職。復帰もしましたが、最終的に辞めることになりました。
私にとって、わからないことを、わからないままにする。なかったことにすることは、「死ね」と言われていることと同じです。
病院を変えれば、すぐに診断はつくのかもしれない。
でも、もし何か「特性」があるなら、今、通っている病院の先生に診断してもらいたい。
ただ、長く通院しているからとか、そういう理由ではありません。
話しているときの間や視線、言葉を聞いて
病院の先生と患者という立場ではなく、一人の人間として私と向き合ってくださっていると感じているからです。
この方になら、何を言われても安心して受け入れられると思っています。
ずっと生きづらかった。
これが何なのかを、今、私は知りたいです。
なかったことにすれば、何もないことにすれば、楽に生きられる。
そこまで支障があるように見えないのだから、今さら知らなくても…。
今の私を知っている人はそう言うかもしれません。
実際は、全く上手く話せていないのに。
常に緊張していて、会話しているときも頭の中では何人もの声が同時に飛び交っています。
そのせいで、返答が遅れたり、頭が真っ白になったり。本当にこれを言っていいのかと考えているうちに、話は次に進んでしまいます。
それをごまかすためになんとか言葉を返そうとすると余計に思っていたこととは違うことを言ってしまったり、何も言えなかったりします。
自分だけ時間がゆっくり進んでいるような感じがします。だから、何でもあとから気づくことが多いです。
物心ついたときから自分の心の中を知られることに強い恐怖を感じていました。
でも、これまでどうにかしようと生きてきたからでしょうか。
周りの人には、少しコミュニケーションを取るのが苦手な人、という程度にしか見えていないのだと思います。
状況によっては上手く馴染んでいることもあります。
そのため、人によって態度を変えているように見られることもあります。
常に相手に合わせるので精一杯なのです。
勘違いさせてしまうたびに申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになります。
安心したいから診断名がほしいわけではないです。
診断をしてもらったところで特性は治るものではないのできっと安心はできないです。
それでも、ただ知りたいです。
引き続き、病院の先生には自分の気持ちを伝えていこうと思います。
私のやりたいこと
私がやりたいことは、自分自身がどんな人間なのかちゃんと知ること。
そして、同じように苦しんでいる人や、虐待や特性で悩んでいる誰かに、私なりのやり方で何かを残すこと。
未来に託すこと。
幼稚園の先生が私を見て言葉を残してくださったように、これまで私の存在を認めてくださった数少ない方々や私を支えてくださった方々に、感謝の気持ちを言葉で、文章で伝えること。
今の私の生き方そのものを見てもらうこと。
それが、私にとっての「生きる」ということなのかなと思います。
過去の記憶を呼び起こすことは、私にとっては大きなリスクを伴うため、慎重に扱いながら少しずつ記していきたいと思います。
ただ、知識が足りていないと正確に情報を伝えることができないため、皆さんの感想や短歌、小説、図書館の本などを参考にしながら語彙力や表現力を高めていきたいです。
もちろん、過去の記憶以外にも、本の感想、短歌、私が感じたことや嬉しいと思ったこと、やってみたいことなど…
せっかくなので読んでくださっている方にも楽しんでいただけるよう、いろいろなことに挑戦していきたいです。
おまけ stand.fmはじめました
1月13日のnote「ゆるゆる日記」という記事の中で書いた
上手くはできないけどちょっとワクワクするような新しいことがこちらです!
stand.fm(スタエフ)
ウクレレでソロ演奏をしてみたいなとずっと思ってて。
(ウクレレのみで弾くことです。弾きながら歌ったりするのは弾き語り。)
自己紹介の段階から練習すると書いていたものの、全然続かず、未だにほぼ弾けません😅もはや詐欺ですね。
このままだと永遠に弾けないため、強制的に弾く環境を作りました。
あと、私が憧れている方々がstand.fmでウクレレ演奏やご自身の声を投稿されていて、それを聴くうちに、いつかやってみたいと思うようになりました。
これからはソロ演奏の練習を収録し、noteに載せていきます。不定期にはなると思いますが、よろしくお願いします😊
今回は思い切って一曲だけ弾き語りを載せます。
昨日、収録しました。
演奏が下手なことに加えて、歌唱力が壊滅的なため、今後弾き語りをnoteに載せる予定はありませんが、一つの区切りとして、こんな人間が文章を書いているということだけ知っていただけたら嬉しいです。
ウクレレをはじめるきっかけになった曲。
つじあやのさんの「風になる」です。
子どもともよく弾くこの曲。
とっても好きな歌詞があるので紹介します。
たった一つの心 悲しみに暮れないで
君のためいきなんて 春風に変えてやる
全体的に優しい歌詞なのですが、「君のためいきなんて春風に変えてやる」のところだけものすごく強気なんですよね。
何が何でも春風にするから!決定事項だから!
えっそんなことできっこない?
いや、やるって言ったらやるから!
できないって言ったこと後悔するくらい
びゅんびゅん風吹かせたる!
みたいな??
確かな意思を感じるので好きです🥰
最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊
検査結果です。
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短歌まとめ
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詩まとめ
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1年間の記事まとめ
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未来に託す読書記録「親が悪い、だけじゃない 虐待経験者たちのREAL VOICE」を投稿する後押しをしてくれた先生の話。大切な話。
こちらも読んでいただけたら嬉しいです😊
↓
本や学びやmerkkiさんの
「なんちゃってアンソロジー2 ただ息継ぎが必要なだけ/なんでもないこと≠なんにもないこと」
に参加させていただきました。
↓
merkkiさんのアンソロジー、「ただ息継ぎが必要なだけ」に参加しています。
— 結月 (@sd15047602) March 2, 2026
はじめて覚悟を決めて書いた文章と詩の再編集版を載せてもらいました。
お声がけいただきありがとうございました😊仲間に入れてもらえて嬉しかったです。
みなさん素敵な文章ばかり。
手に取った方きっとびっくりしますよ! https://t.co/gK9g2WD7Qo
こちらの本もおすすめです。
↓
この本があったからこそ、私は本や学びやmerkkiというお店に出会えました。
— 結月 (@sd15047602) March 4, 2026
本の感想、文章、短歌、詩など…言葉を紡ぎ表現すること。
Xやnoteでの人との出会い。
アンソロジー「ただ息継ぎが必要なだけ」へのお誘い。
私の言葉は、ここからはじまりました。
一人でも多くの人の手に届きますように。 https://t.co/p61IssDoFe
感想を掲載していただきました。
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感想を見本誌用のカバーに掲載していただきました😭8月の #文学フリマ香川3 など…イベントに出られる際に使用していただけるとのこと。
— 結月(ゆづき) (@sd15047602) July 27, 2026
創作をはじめたのも、自分から人と関わろうと思えたのもこの本のおかげです。私の「はじめて」が詰まった宝物のような一冊。
どうか皆様のもとへ届きますように🌠 https://t.co/RUGb5yBAwG
