ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第一章 弟子現る 四、弟子入り志願
「レンちゃん、最近はカルマくんと一緒にいないね?」
カフェテリアの長椅子に並んで座るリリに言われ、レンは動きを止めた。膝の上に置いた弁当箱にサンドイッチを戻し、話すべき言葉を考える。思えばリリは、シュインのこともよく知らないだろう。
「ちょっと言い合いになって、向こうから放っておいてくれた。わたしも気になることがあるし。シュインっていう子のことなんだけど」
「もしかして、レンちゃんが時々廊下でじっと見てる?」
その点は既に気付かれていたのか。態度のあからさまな自らを恥じ、レンは肩を縮こませる。一向に食事を再開する気が起きない中、隣の友は食べ続けながら話していた。
「カルマくんと言い合うなんて、珍しいね」
「こっちはいつだって、あいつが付きまとってくることに文句を言いたかったよ。今じゃ離れられて良い気分。……リリだって、カルマのこと気になっているんじゃない?」
さりげなく尋ねたレンにリリは声を上げ、手にしていたミニトマトを落とした。四角い透明な箱に入れられていたサラダを見下ろし、友は首を振る。
「私とカルマくんなんて、釣り合うわけないよ。カルマくんは成績もいいし、運動もできるし、立派な夢だってある。だけど私は――」
「そんなの、気にしなくて良い! 案外上手く行くかもしれない!」
「無理だよ!」
「最初から諦めない! そうこうしているうちに取られちゃったら、リリも悲しいでしょ?」
「それは……」
リリは眉を下げ、赤い瞳を潤ませる。その困った顔を見て、さらに後押ししたい気持ちが強まる。そういえば最近、こうした軽いやり取りをリリとしてこなかった。一緒にいる時間も、初等学校よりずっと少なくなっている。いつの間にか二人の距離は離れて、何もしなければ二度と元の仲に戻れない――そんな恐れが、ふとレンの胸に兆す。
「ところで、シュインちゃんっていうのはどんな子? ちらっとしか見たことなくて」
友の声で我に返り、レンは昼食を食べる者で騒がしいカフェテリアの全体を見回す。後方にある柱の陰、手前でも多くの机を生徒たちが使っている裏で、シュインは一人だった。小さな丸いテーブルに紙袋を置き、その中に手を入れてはいるが何も取り出そうとしない。
レンは自分の昼食を椅子に載せて立ち上がり、生徒たちの間を縫って進んだ。そしてシュインの向かいで呼び掛ける。
「ねぇ、一緒にお昼食べない?」
ぽかんとして黙っている少女の腕をそっと取り、レンはリリの待つ椅子へ戻る。友とは反対側にシュインを座らせ、レンは二人に挟まれる形となる。再び弁当箱を持ち上げたレンの耳元で、リリが囁いた。
「レンちゃん、いつもと違うけどいいの?」
「たまには良いんだ。シュインだっていつも一人じゃ、きっと楽しくない」
レンが横目で見る先で、シュインはおずおずと紙袋の中を探る。やがて取り出されたのは、小さなロールパンにハムやレタス、チーズが挟まったものだった。袋の大きさからして、多く持ってきているようには見えない。何個あるのか聞けば、これを含めて二個だという。
「それだけじゃ、足りなくない?」
「……明日のパンも、取っておかなくちゃいけないから……」
シュインはぼそりと言って、小さな口で食事を始める。学校には慣れてきたかも尋ねたが、すぐに否定が返ってきた。
長椅子の三人は、それから無言で昼食を進めた。早く食べ終わって暇そうだったシュインに、レンはリンゴの皮がウサギのように剥かれたものを差し出したが断られた。やがてレンとリリが食べ終えても、昼休みにはまだ余裕がある。
「……あの、魔法は使えますか?」
聞き逃しかねない声量を耳に捕らえ、レンはシュインの方を見る。少し考えてから、いくらか声を抑えて明かした。
「かなり特殊なものでね、普段は使えないんだ。魔術のことも。実技の成績だって最低。こっちのリリはまだどんな魔法か分からないけど、魔術は得意だよ。わたしより一個上、中級クラス」
「カルマくんには及ばないよ……」
「あいつと比べちゃいけない」
リリが顔を背ける一方で、シュインは目を丸くしてレンを凝視している。
「魔術も使えないんですか!?」
「昔もそうやって驚かれた。でも、他の科目なら負けない。魔術の座学とかね」
魔術実技以外にも苦手な科目があるとは隠し、レンは軽く胸を張る。しばらくシュインに見つめられている間、口元に作った笑みを崩さない。そのうちに口の端が震えたように感じていた時、シュインが立ち上がってレンの前に移った。直後、彼女のものとはすぐに気付けない大声が響いた。
「ハスの花さん……あの、わたしにいろいろ教えてください! その……弟子に、してください!」
勢いよく頭を下げるシュインを、今度はレンが凝視していた。言葉もすぐには出てこず、頭の整理が追い付かない。リリに対して言っているのではないか確かめたが、違うと言い切られた。どうしても自分から学びたいようだ。
「わたしから教えられることなんて、何もない! 悪いけど他の人に――」
「魔術は使えなくても、基本はわかっているんですよね? まだ二年生なので、それくらいで十分です!」
「魔術だったら、リリの方が使い慣れているから! リリに教わってみたら?」
「お二人で指導していただいても構いません! もう兄にいろいろ言われるのはいやなんです!」
勢いのあったシュインの声に、泣きそうなものが含まれていく。レンはリリと顔を見合わせ、やがて小さく話し合う。
「どうする? リリ、手伝ってくれる?」
「自信ないよ……。魔術のことだったら、ルネイくんに頼むのもいいんじゃない?」
ルネイは今も近くに住んでおり、魔術の腕は非常に高い。そんな彼もカルマに個人的な手ほどきをしており、さらには彼自身の学びも必要となっているはずだ。また、ルネイが警戒しているシヴァのこともレンの脳裏にちらつく。あの少年に頼り切るわけにはいかないだろう。
弁当箱を専用の袋に仕舞い、レンはカフェテリアの壁に掛かっていた時計を読み取る。そろそろ教室に行かなければならない。シュインには最低限のことを伝えた。
「弟子入りについては、少し考えておく。何度も言うけど、わたしはちゃんと魔術を教えられないからね?」
念押しは強めにしたはずだが、その日以降も状況は変わらなかった。シュインは廊下などで遭遇すると、わざわざレンのもとへ駆け寄っては「弟子入り」を懇願してくる。さすがに他の生徒が大勢いる場所で乞われては、周囲の視線が恥ずかしい。何日も同じことが続き、ある放課後にリリが提案してきた。
「あんなに熱心だから、レンちゃんも受け入れてあげたら? きっとレンちゃんに会いたくて、学校に来ているんだよ」
「弟子っていうのは大げさだけど……分かった、教えてあげる。わたしが知ってる範囲だけね?」
溜息をついてレンが見下ろした先のシュインは、これまでに見せたことのない笑顔を輝かせていた。顔からようやく気掛かりが消えたような様に、レンも胸を撫で下ろしたくなる。
こうして昼休みや放課後に、シュインへ勉強を教える日々が始まった。不登校のせいで現在の単元について行けなくなっていた彼女のために、基本から指導してやる。レンがすぐに答えられない部分は、リリに助けてもらっていた。昔からの友に、改めてありがたみが生まれてくる。
「勉強を教えてもらうなら、カルマくんのほうがよかった気もするけど……」
全ての授業が終わって人気の少ないカフェテリアで、リリがシュインを前に呟く。シュインはカルマが誰だったか聞くと顔を青くさせ、机に載せたノートに視線を落とした。
「あの花は、なんか怖いです。いっしょにいるのは、ちょっと……」
カルマにしつこい面はあるものの、怖い点はあったか。リリの横にある椅子に座り、レンは首を傾げる。カルマはなおも、シュインを警戒しているのか。何気なく投げた視線の先に、教室以来の姿が入る。黒い肌を持つ彼がカルマその人と気付き、レンの息が詰まる。
カルマもまた、レンに驚いたように立ち止まると、黒い瞳をシュインへ向けた。長いこと彼女へ焦点を定め、今度はレンとリリを一瞥し、首を細かく横に振る。そしてカフェテリアにいくつも設置されている机と椅子の間を進んでいった。彼がこの場を抜けても、シュインは体を縮こませて震えていた。
「やっぱり、カルマくんに助けてもらうのは難しいかな……」
「……そうかも」
すっかり弱気となったリリに、レンの心も引きずられる。カルマは一体、シュインの何を気に入らないのだろう。
仕方なくシュインへは、自分たちで教えることを継続した。長文読解に簡単な数学、魔術の原理などを一から指導していると、次第にやりがいと呼べそうなものが湧いてくる。物事を理解して綻ぶシュインの表情に喜びを覚え、小テストで役に立ったと聞けば人のためになれたと実感できる。リリと感動を分かち合い、自然と互いの両手を叩き合わせることもあった。
これは教師になるという道もありかもしれない。少しずれた夢が浮かんできても、レンは気にせず頬を緩ませていた。
