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ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第一章 弟子現る 五、大魔法使いに導かれて

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 年の切り替わる際に大きな町で打ち上がる花火も、それを眺めながら酔っ払いたちが大声で歌う歌も、何の楽しみも与えない。ただフュシャは、セレストのことだけが気掛かりなまま年を越していた。「白紙郷」に属していたことによって軍の追跡を受け、ライニア各地を転々としてきた。そしてイホノ湖の騒ぎにセレストが巻き込まれた後、「感応かんのう」能力を持つ彼女へ影響を与えないように、その親から会うことを禁じられそうになったのだ。
 これまでも何とか許してもらえたのに、一度魔法まで発動してしまったとなってはより「覚醒」の危険性が高まる。娘をこの国に留めたい両親の思いに、フュシャは引き下がろうとした。そこに待ったを掛けたのが、他ならぬセレストだった。彼女が自分と両親の間に飛び込み、ふらついて崩れた姿勢のまま叫ぶ。
「お願い、フュシャを追い出さないで! フュシャがいなくなるんなら、わたしも外に出るわ!」
 よその人間が持つ心を受けないため、彼女は二十四年の人生で多くの時間を家で過ごしてきた。今さら外に出られては困ると、両親もその訴えを認めた。そうしてかなりの間隔を置きながらだが、フュシャはセレストと会うことが可能となっている。それにしても、セレストは本当に気が強くなったものだ。トープのもとでの出会いがそう変えてしまったのかと思うと、無性に悔しさが込み上げてくる。
 下唇を噛んだまま、フュシャは雪の降り落ちる地面を踏み締める。積雪があるとの予報はなかったが、細かな雪が空から絶えることはない。進んでいく森の木々はより影を深くし、昼なのに暗く地上を覆っている。
 やっと正面に、円錐の屋根を持つ高い塔のような形をした家屋が見えてきた。年が変わって初めての訪問だ。鉄の門に取り付けられたインターホンを鳴らすと、そこに住み込みで働いている使用人の返事が間もなく届いた。大金持ちへの羨ましさをすぐに捨て、フュシャは高い位置にある窓を仰ぐ。あまり鳥が来ない冬の時期は、大抵閉まっている。
 門の先にある扉から女が現れ、中へ入るよう促してくれる。玄関を抜けてすぐの廊下に、セレストの両親が並んで立っていた。娘の部屋へ連れて行くと言って階段を上がり、その間に話を聞く。
「前と変わりませんよ。うっかり私が欲しいものを呟いたら、手元をぱっと光らせてそれを作ろうとするんです。えっと、何て言うんでしたか……」
「『成就じょうじゅ』魔法ですよ、人の願いを何でも叶えるっていう」
 先を行く夫に補足する妻の言葉に、フュシャは足を止めそうになる。セレストはイホノ湖で、「神を呼び出したい」という人々の願いを聞き入れ、本当に神を下ろした。その魔法が判明してしまったために、彼女の中で魔法は日常となったのか。
「いつも正気でないように見えて、我が子ながら怖いんですよ。何とか魔法を使うのを止めたいんですけどねぇ……。このままでは『覚醒』して、アレクへ追いやられてしまう。可愛い娘を手放したくはありませんよ」
「それにあの子、もう一度神を降臨させようともしていたみたいですよ。たまたま部屋に来ていた使用人が止めてくれましたけどね。まだあの事件を思い出しているのでしょうか……?」
 セレストの両親が、口々に娘への懸念を零す。「成就」魔法の裏には、世話をされてばかりの身が誰かの役に立ちたいという思いがあった。イホノ湖では既に人のためになったと言うレンたちが説得し、セレストは受け入れたはずだった。だが今も魔法を使おうとしているとは、その元となる願いを引きずり続けているのか。
「どうしても、この家以外の人のことが気になるみたいなんです。イホノ湖では襲われた人もいたと聞いたので、心配になるのは分かりますが……ああ、どうしてこんなことに……」
 セレストの母が両手で顔を覆う。親の心配はフュシャにも理解できる。人と関わるだけで、自らの魔力を急増させて故郷を追われるほどの事態を引き起こしてしまうとは。いたたまれない思いを我慢できず、フュシャは案内する両親から顔を背けた。
 最上階にあるセレストの部屋は、扉が閉ざされていた。フュシャが戸を叩いても応答はない。それどころか、木の板一枚を通して内側の声が聞こえる。どうやらここにはいない者へ呼び掛けているようだった。親たちを軽く見やってから、フュシャはそっと中へ押し入る。途端に眩しい光が目を刺し、片方の手で陰を作った。ゆっくりと足を進め、ようやく慣れてきた視界に声を失う。
 普段は鳥と触れ合っていることが多い窓際を向いて、セレストは体内から光を発していた。フュシャに背を向け、顔をわずかに上げて何かを呟いている。こちらが何を言っても振り返りさえしない。自分のことしか頭にない様子だ――これが「覚醒」の予兆だと、フュシャは知っている。
「セレスト、やめるんだ!」
 フュシャは部屋へ駆け込むと後ろからセレストの襟を掴み、床に引き倒した。目を見開いた女から、湧き出ていた光が消える。やがて彼女は何度も大きく息を吸っては吐き、苦しそうに胸を押さえた。顔から汗が吹き出し、水色に紫の入った美しい色の髪は、生え際から濡れつつある。
 セレストの両親が娘に駆け寄ろうとしたが、フュシャはそれを手で制した。この場にいる人が多いほど、「感応」能力を持つ者は良かれ悪かれ影響を避けられない。自分に託した二人がそっと扉を閉じてから、セレストの呼吸は落ち着いてきた。座るフュシャの膝に頭を載せ、ぼんやりと天井を見ている。
「危なかったな、薬は飲んでいたか? あれがなかったら、あたしでも止められなかったよ」
 体内の魔力を減衰させる薬は、ちゃんと効果を発揮したようだ。思わずフュシャが溜息を漏らすと、弱々しい声と共に細い腕が顔に伸びてきた。
「フュシャ……? 今日来る日だったの……? 何か、願い事はある?」
「特にないよ」
 女の手を取って下へ下ろし、フュシャははっきりと言い捨てる。その両親が言っていたように、何かを口にすればすぐにそれを叶えるだろう。「覚醒」しかけて魔力を多く消費した上に、その行為は危険だ。
 セレストは茶色の瞳に涙を溜め、さらに畳み掛けてきた。
「人のためになりたいの……」
「一度叶えられたじゃないか。ほら、イホノ湖で」
「それでも、今この時に困っている人がいるかもしれないでしょう?」
「セレストだけで全ての人を救うのは無理だよ。お前さん以外にも、ちゃんと困った人のために動く人はいる。医者とか消防士とか、泥棒から盗品を奪い返す変わったやつだっているかもしれない」
 セレストはそれから口を閉ざし、ぼんやりとした態度を崩さなかった。柔らかいその髪を撫でながら、フュシャはさらに続ける言葉を考える。このまま言い聞かせていれば、こちらの心が伝わって大人しくなるかもしれない。「感応」能力は悪い方向だけでなく、明るい展望へも導けるはずだ。
「そう思い詰めすぎるなよ。あたしと仲良く暮らすことばかり考えていても良いんだ。むしろそれで良い。余計なことは忘れな。……そういえば、イホノ湖でも『覚醒』しそうになっていたって聞いたんだが、どうだったんだ?」
 そこで何かを思い出したのか、セレストはぱっと身を起こした。具合の悪そうだったのが嘘のように軽く動き、フュシャと近い高さで目を会わせてくる。
「ああ、それを役人さんも気付いていたみたいだわ……。国から封筒が届いたの。あれが偶然だったみたいな証明を明日までにしないと、私はアレクに移されるって……」
「明日ぁ!? それを早く言えよ!」
 フュシャは身を乗り出して大声を出したが、すぐに顔をしかめた。先ほども「覚醒」を起こしかけており、もし家の外から見ている者が鋭ければ気付くかもしれない。イホノ湖での件を偶然と片付けるのも、一筋縄ではいかないはずだ。もはやセレストがこのライニアを去ることは、覚悟しなければならない。
 それなら、せめてアレクへ行く際に同行者は付けられないか。セレスト一人では何が起きるか分からない。家族や自分を同時に連れて行く許可を貰いたい。セレストの親には、この地で築いた事業のやり方を変えてもらうことにはなるが――。
「フュシャ、わたし……まだライニアにいたい」
 今までより芯のある声が、フュシャの考えを打ち破る。セレストはこちらをまっすぐ見据えて告げる。
「これからも心配がないって、国に示したいの。フュシャも手伝ってくれる?」
「今日と明日でか? 無茶だろ、それ!」
 フュシャもただ諦めたいわけではない。しかし魔力減衰薬まりょくげんすいやくを服用しているにもかかわらず、「覚醒」未遂を止められなかったのだ。そんな状況で逆転を起こせるのか。セレストをその場に座らせたまま、フュシャはゆっくりと立ち上がる。
「これから考えるよ。何、ギリギリまで粘ってみせるさ。飽きの来ない限りね」
 一人で出た廊下の先では、セレストの母がこちらを背に携帯端末を耳に当てて通話をしていた。フュシャがそっと回り込むと、彼女は涙を流しながらも笑顔で話している。
「ありがとうございます、マジェンタさん! やはりあなたは、頼れる大魔法使いです!」
 どうやら赤の大魔法使いとやり取りをしているらしい。フュシャと会ってはいないが、確かセレストの様子を何度か見に行っていたと聞いている。秘策でもあったかとフュシャが気にしていると、セレストの母が自分に気付いた。そして彼女の持っていた端末を渡してくる。
「マジェンタさん、今代わります! セレストがお世話になっているフュシャさんです!」
 押し付けられる形で端末を手にして耳に近付けると、はきはきとしたうるさい音声が鼓膜を揺らした。
『はいはーい、初めまして! 今ちょうど、セレストさんのお母様に薬のことを教えていたの』
「薬って、今もセレストが使っているんじゃ?」
『それよりはもうちょっと強い薬のこと! ピーチェに頼んだものが明日渡せそうなんです!』
「ピーチェって、前に橙の大魔法使いだった?」
 驚いてフュシャが聞き返すと、マジェンタはピーチェとの関わりをさらりと明かしてくれた。大乱を起こした罪で追われていたピーチェを、マジェンタは匿ったそうだ。今も逃走を手助けしており、他には内緒にするよう求められた。
 フュシャは緻密に記憶を辿っていく。インディ率いる大魔法使いたちが決起したあの乱で、ピーチェは甚大な被害を出した。二丁の拳銃を操り、片っ端から軍人や民間人を問わず殺害していった。自ら編み出した「強制変化きょうせいへんか」魔術で誰もが人の価値観を変えられるようにし、皆が戦いへ意欲的になることを狙った。話がどこまで本当かは分からないが、フュシャの身に緊張が生まれる。
「大乱に加わったやつだろう? そんな人に頼んで良いのか? あたしの遠縁は、大乱で追い詰められて突撃した、馬鹿な大魔法使いなんだけど……」
『あら、もしかして先代の赤? 意外なところで繋がるなんてびっくり!』
「遠縁といっても直接血は繋がってないし、会ったこともないし……、イベテ生まれのボドウって名前で調べてくれ! 酒作りの好きなボドウだ!」
 余計な話をしてしまった。フュシャが一呼吸置いているうちに、マジェンタは優しく諭すように話す。
『ピーチェは前向きな人よ。この窮地でも、きっとセレストさんのためになってくれる。だから心配しないで、まずは薬が届くのを待ってね?』
 通話の切られた端末を、フュシャはそばで待っていたセレストの母に返す。いまだにマジェンタの言葉が耳を離れない。彼女にピーチェへの疑いが感じられなかった。それほど信頼できるほどの何かが、元橙の大魔法使いにはあるのか。
「……大魔法使いなんて、ろくでもないやつらばかりだ」
 話でしか知らない遠縁の存在を思い出し、フュシャはすぐ近くにあった階段を下りていった。

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