ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第一章 弟子現る 六、疑惑の目
今日全ての授業を終えて多くの生徒が埋め尽くす道を、レンはリリとシュインを伴って進んでいく。学校を出てすぐの場所にあるこの通りは、朝と午後に特に賑わう。年が明ける前にリリと入った書店を過ぎ、レンは下を向いたままでいるシュインを見やる。「弟子入り」の話があってから、部活動のない日は三人で帰ることが多くなった。シヴァに狙われている点も考えれば、こうして集団で動くことは彼女への牽制にもなるだろう。
少し顔を上げて、レンは周囲の人々を探る。彼らに紛れて灰色髪の女がいないか気にしたが、姿を消せる彼女にとって意味はなかったか。素早く背後を探っても、怪しい気配はない。
見えないといえば、ルネイとも近頃は会わなくなっていた。レンが勉強のために、あまり喫茶店へ行かなくなったことも一因だろう。だが彼も、シヴァをこの町で発見してからは彼女を警戒している様子だった。追跡を続けているのなら、少しは進展を聞きたい。連絡先も交換しているのに、あの少年はなかなか文章も送ってくれないのだ。
大通りは所々で分かれていき、まっすぐ行けば木々の生い茂る森に入る。この先には自然との調和を目指した住宅地があり、レンやリリの家もある。さらにその奥に、シュインの住む場所もあると聞いた。いつか彼女の家に行けないかとレンが期待していた時、不意に背へ寒気を感じた。一足先に森へ入ろうとしたシュインの腕を掴み、自らのもとへ引き寄せる。直後、少女のいた空間に紫がかった斬撃に似た波動が飛んだ。わずかに叫んだリリと共に立ち止まり、レンは今の攻撃が何だったか疑う。
「犯罪者を庇う事は、やめなさい」
女の低い声が、どこからか聞こえる。周りの通行者も何人かが異常を認め、辺りに怪しいものがないか警戒していた。
「今、攻撃っぽいものがあったよな? 誰の仕業だ?」
「こそこそ隠れてないで、出てこい!」
やがて足音もなく、一人の女が裏道から出てきた。刀を持つ手の先にまで包帯を巻き、紫色の髪をなびかせ、腰に巻き付けた布を歩く度に揺らすのは、紛れもなくシランだった。いつぶりの再会だったか思い出す暇もなく、レンはズボンに備えたホルダーへ触れる。今日は武器実践の授業もあった。自ら銃弾を錬成できないことは、相手も十分に知っているだろうが。
隣ではリリが、シュインをレンの背後へ押しやっている。道行く人だけでなく、近くの店から主人や客が飛び出し、武器を構えている女を窺っていた。
「あんた、その武器を仕舞え! 警察を呼ぶぞ!」
「……このような世界にしたのは、誰だと言うの?」
シランはそう言うと素早く刀を振るい、シュインに向かってきたような斬撃を放った。それは注意をしてきた店主が出てきたばかりの料理店を襲い、外壁に裂け目を生んだ。驚いて傷のもとへ駆け寄る店主の背に、シランは狙いを定める。堂々と公衆の面前で攻撃を行う彼女こそ、シヴァより厄介だ――そんな思案を後に回し、レンは叫ぶ。
「シラン、何しに来たの! さっきはシュインちゃんを狙っていたよね?」
女が素早く、刀の方向を転じる。その切っ先はレンより少しずれ、身を潜めているシュインへ向けられているようだった。
「そこにいるのは、犯罪者でしょう? いくら生き延びるためとはいえ、この国で行っていない事とはいえ、罪は罪よ。兄共々許してはおけないわ。一人の兄へ制裁する事は、叶わなかったけれども」
迷いもないように言うシランに怯え、シュインの歯がかたかたと鳴っているのがレンの耳に入ってくる。少女を守るように、レンは両手を軽く広げると一歩前へ出ていた。
「よく分からない言い掛かりはやめて。今すぐ刀を下ろして!」
半ば予想していたが、シランはレンの言葉を聞かなかった。刃の焦点は変わらず、いつシュインを襲ってくるか知れない。
「元から異常のある彼女が、真っ当に生きていける筈がないわ。このまま死んだ方が、救いになるのではないの?」
「異常って、どこかおかしいところでも?」
「彼女から妙な呼び方はされなかった?」
レンは瞬きをして、シュインをそっと振り返る。彼女は唇を引き結び、一向に口を開こうとしない。そこにリリが声を上げた。
「そういえば、シュインちゃんから名前を呼ばれなかったかも……。私のことは『日日草さん』、レンちゃんは『ハスの花さん』って呼んでた……!」
「それって、あだ名じゃない?」
「いいえ、まさにれっきとした異常よ」
納得できずにいるレンを無視し、シランが距離を詰めてくる。その目的を止めるようと、レンはホルダーに触れた。拳銃を収める蓋を開ける手が、かすかに震えている。年少の者をすぐに守れないとはかっこ悪い。
「貴方、今は魔法の使える非日常なの?」
「……多分違うけど!」
既に自分の魔法を知っている女へ、レンは吐き捨てて立ち向かおうとする。試しに空いた手を握ってみたが、銃弾が錬成されるどころかその形さえ脳内に形作られない。明確な想像が魔術では大事だというのに。
通りの奥から、重い車両の迫る音が聞こえる。軍人が来たと誰かが叫び、レンは首を巡らす。軍の専用車が近くで止まり、そこから暗い緑色の制服を着た人々が下りた。彼らの中に三白眼を持つ見知った顔があり、レンは声を上げた。長銃を携えたヘイズが、後ろに軍人を率いて指示を出す。その群れへも、紫の斬撃が容赦なく襲ってきた。
シランは追撃せず、出てきた裏路地へ引き返していく。負傷していない兵たちが彼女を狙って追い掛ける。ヘイズが部下に続くかと思えば、レンたちの前で足を止めた。
「また彼女に巻き込まれていたのか。怪我はありませんか?」
「ありませんけど……ヘイズさんたちがどうしてここに?」
「通報を受けたまでです。シランは要注意人物として、軍が追跡する対象となっている。イホノ湖では民間人に危害を加えた上に、アイヴォリが彼女の呪いで殺されたからな」
死亡していたとは知っていた黄の大魔法使いに、まさかそのような事実があったとは。固まるレンへ、さらにヘイズは明かす。シランは今聞いた件以外にも、殺人を続けていた。果昇では自らの研究結果とやらを試すとして、多くの人々を犠牲にしたという。
「果昇って、レンちゃんのおとうさんが……」
リリの零す通り、あの国は自分と縁がないわけではない。父の故郷も荒らしていたのかと思うと、シランの行いは到底許せない。
「ヘイズさん、シランを追ってください。くれぐれも早く捕まえてください!」
「分かりました。皆さんもどうかご無事で」
陸軍大佐はすぐに仕事へ戻り、レンたちから離れると通信機で連絡を取り始めた。後ろにシュインがいるのを確かめて森へ歩き始めても、レンは胸に湧いた怒りを消すことが出来なかった。
その女は森の出入り口からかなり離れた建物の陰で、一連の騒ぎを観察していた。時々気配を察したか姿を消し、また元のように現れる。その狙いが少女を守るレンであるとは明らかだ。近くの売店にいながら外を探っていたルネイは、意を決して通りに出るとシヴァに迫った。
「遠くから見ているだけとは、気味が悪いですね。今の様子では、レン姉さんを襲うにも厳しいでしょう。リリさんや後ろの人に反撃されるかもしれませんからね」
「十分に分かっています。そもそも私が手を下すつもりはありません」
すっかり彼女自身でレンを襲うものと考えていたルネイは、さらに問い詰めようとしたのも忘れて言葉をなくす。その間にシヴァは遠くのレンたちを見つめ続け、ぶつぶつと言っていた。
「……チェンがいないのはどうしたの。シュインに任せるつもり?」
「何を企んでいるんですか?」
「私ではありません。あの女・シュインとその兄が、一番上の兄の仇を狙っています」
レンに隠れている幼い少女を見つめ、ルネイは視線をシヴァへ戻す。その言い分が嘘だとすぐに分かった。
「レン姉さんは、人の家族を奪うなんてしません! さてはその二人とやらを唆したんでしょう?」
シヴァは答えず、レンたちが森へ移動したのに合わせて消え去った。ルネイが待っても、その姿は出てこない。ただ時間の流れを感じながら、自らの思いが真実であることを願っていた――レンが本当に、二人の仇であるはずがない。
以前に会ったレンの様が、ルネイに浮かんだ。皆のためになりたいと希望を語る彼女は、その裏に多くの悲しみを抱え込んでいた。その魔法が象徴するように、彼女は心から平穏を望んでいるのだ。
どこに行ったかも知れないシヴァを、ルネイは探しに進み始める。ついに目的のため他人まで利用し始めた女への憤りは、簡単に消えてほしいものではなかった。
