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ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第二章 成長する脅威 一、偽られた薬

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 屋根や壁が色とりどりに塗られているマジェンタの自宅を訪ねることは、フュシャにとって初めてだった。セレストの家で電話を受けて場所を教えてもらったが、あそこまですぐに目に付くとは思わなかった。これでは大魔法使いの私生活が侵害されそうだ。いつ一般人や報道陣が侵入してきてもおかしくない。住宅地に遠くない場所に建てられた一軒家を見上げ、フュシャはインターホンを押す。
 自分は赤の大魔法使いというものに縁がある存在なのか。住民が来るのを待ちながら、フュシャはふと思う。マジェンタに話した通り、遠い親戚もまた赤の称号を得た大魔法使いだった。もし会えていたら自分も高度な魔術を教わって大物になれたか――という甘い想像は捨てて、扉の奥から出てきた女と顔を合わせる。
 目に痛い桃色の髪を揺らし、冬にもかかわらず肩と胸元の開いた服を着たマジェンタは、暖房の効いた室内へフュシャを案内した。いつも客を招いているという広い部屋に通され、丸いテーブルの一角に座らされる。フュシャが視線を投げた先には、子どもが遊べそうな小さな滑り台や積み木などが置かれている。様々な色の刺激に目の疲れを覚えていると、一度部屋を出たマジェンタが紙の包みを数個持ってきた。
 薬の効果と服用方法、注意点を一通り聞いてから、フュシャは長く気になっていたことを問う。
「ピーチェは本当に、間違ってないんだろうな? あいつは大魔法使いだったけど、ろくでもなかったって聞いたよ。同じ大魔法使いなら、クリムスンの方がましじゃないか?」
「確かに危険な魔術を使う人だけど、今はそれを気にする心配はないわ。あんなことが起きたら大変だっていう同調圧力どうちょうあつりょくは、大乱の後にちゃんと形成されているし」
「その同調圧力を打ち破るのが、大魔法使いじゃなかったかい?」
 軽く言ったフュシャを前に、マジェンタは先ほどの元気が嘘のように黙り込んでしまった。偉い存在に一泡吹かせてやったことの嬉しさを抱きつつ、テーブルに載せられた包みを手に取る。
「冗談だよ。また連絡するから、よろしくな」
 短い滞在を終え、フュシャは再びセレストのもとへ向かう。近くの駅から電車に乗り、降りた先で暗くなってきた森を進む。家の者に薬のことを伝え、午前と同じように中へ入る。自らの部屋で、セレストは机を前にぼうっと椅子に腰掛けていた。昔はカードを広げて占いをする様をよく見たが、最近もそうしているかは分からない。
 セレストはフュシャの説明を聞き入れ、包み紙を一つ受け取った。廊下にいた使用人が持ってきた水差しからコップに中を注ぎ、薬を飲んでからそれを呷る。どんな薬品も、服用後すぐに効果が出るわけではない。しばらくは様子を見てほしいとマジェンタが言っていたことに、フュシャは大人しく従う。体内の魔力が一気に低下すれば、人は虚脱状態となりかねない。もしセレストが椅子から転げ落ちてしまっても支えられるよう、残る包みを机に置くと、空の両手を少しだけ前に出す。
 セレストは空の袋とコップを持ったまま、動きを止めていた。目は軽く見開かれ、何かを感じ取っているようでもある。
「どうした? 苦かったか?」
 フュシャが尋ねても返事はない。わずかにセレストへ寄った時、彼女からかすかな違和感を覚えた。全身からぴりぴりしたものが発されている。その感覚が午前にもあったと思い出した直後、セレストが顔を上げて叫んだ。
「誰か、頼ってほしい人はいる!? わたしがみんなを助けてあげるわ!」
「おい、どうしたんだセレスト!」
 フュシャの訴えも耳に入れず、セレストは勢いよく立ち上がる。そして机の真後ろにあった窓を開けると、そこから身を乗り出した。下手をすれば落下しかねない彼女をフュシャは止めようとしたが、両腕を振り回した抵抗は収まらない。何とか近くのベッドに縫い付けたくても、その場からの移動自体が困難だった。
 廊下から慌ただしい足音がする。開いた扉からセレストの両親が顔を出し、今の状況に戸惑っていた。
「フュシャさん、これはどういうことです!?」
「ちょうどよかった! お二人とも、セレストをどうにか止めてくれ! あたしはマジェンタを訴えてくるんで!」
 フュシャは机上の包みを取ると、セレストの両親と入れ替わるように部屋を出た。階段を下りて騒ぎの聞こえない辺りまで走り、携帯端末を素早く操作する。通話に応じた大魔法使いへ訴える声は、自然と大きくなっている。
「どういうことだ、マジェンタ! セレストが暴れだしたぞ! あれは魔力を抑える――要はいくらか大人しくさせる感じの薬なんだよな!?」
『そ、そのはずだけどぉ! ピーチェにはちゃんとした薬を頼んだはずよ! あたしは何も知らないわよぉ!』
「被害者面すんな! やっぱり大魔法使いってのはろくでもないな!」
『本当に知らないの! あたしはピーチェのくれた薬を、ただあなたに渡しただけなんだからぁ!』
 どうやらマジェンタは、本当に騙されただけのようだ。それなら騙した方が悪い。ピーチェの今いるだろう居場所を聞き出すと、フュシャは家の玄関から飛び出した。
 教えてもらったのは、森の木に紛れた隠れ家だった。冬でも葉を付けた枝の奥に、小さな家が器用にも建てられている。手探りで幹をよじ登り、靴の裏を何度も滑らせ、何とか枝の広がる辺りへ移る。ようやく手の届いた扉に鍵は掛かっていない。幸運だと思ってそこを開けたが、中は真っ暗だった。絨毯に薄い布団、木箱といったもののある一部屋に、人の姿はない。
「……さては逃げたな、ピーチェ!」
 勢いよく腕を振るい、扉を乱暴に閉める。マジェンタは幹を滑り降り、夜目の効いてきた視界を左右へ揺らす。ピーチェの隠れ家は、他にもいくつかあると聞いた。今からでもマジェンタに聞き出せれば。携帯端末の入っているズボンのポケットに伸びた手が、不意に止まる。いつの間にか、制服を着た警察たちが周りを囲んでいた。
「違法な魔力増幅薬まりょくぞうふくやくの所持を感知した。見せてもらえるか?」
 フュシャは慌ててもう片方のポケットを探り、仕舞っていた包みを警察に見せる。
「まさか、これがそうだって……?」
 手が内から冷たくなっていき、包みが地面に落ちる。ピーチェに嵌められた。その事実がフュシャの思考を止めていく。
「魔力増幅薬は、『覚醒』の危険を誘発する。所持しているだけでも犯罪だ。故に――」
「待て! これは間違って渡されたんだ! ピーチェが元々は持っていて――」
 フュシャが釈明する間に、警察ははしごを使って隠れ家へ入っていく。やがて中のものが押収され、木箱の中身が明らかとなる。細かく複数個に包装された袋には、それぞれ違う種類の魔力増幅薬が収まっていた。どうやらピーチェは、常頃から違法な薬物を所持していたらしい。
 警察官の一人が、手錠を光らせて近付いてくる。いくら過失とはいえ、薬物に関わった件は見逃せないとして。咄嗟にフュシャは身を屈め、職員たちの間を抜けて走っていった。少しずつ姿勢を起こし、速度を速めていく。どこに行くかは考えていなかった。
 もしかしたら、自分のせいでセレストが巻き込まれてしまうかもしれない。彼女にまで捜査が及べば、悪い結果は確実だ。大切な人へ心の中で何度も謝りながら、フュシャは寒気の中を抜けていった。

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