ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第二章 成長する脅威 二、シュインの抱えるもの
今朝のニュース番組は、魔力増幅薬の話題で持ち切りだった。元大魔法使い・ピーチェの使っていた部屋から、それは大量に出てきたという。加えて以前レンが関わったフュシャも、所持の罪で追われている。あの薬物が違法だとは、授業でもうるさく習っている。居間で朝食を取りながら、レンは報道で名の出た人々について思い出していた。
フュシャとはリリらを助けに行ったイホノ湖で共闘して以来、会っていない。そしてピーチェという人物は、大乱に加わった末に現在も逃亡していると聞いている。その経歴がインディとも重なり、トーストを持った手がしばらく動かなかった。
学校の教室に着くと、久しぶりにカルマが奥からやって来た。腕輪を嵌めた手を挙げ、何事もなかったかのように挨拶してくる。
「おはよう、レンさん! 勉強は順調?」
「特に問題ないよ。あんたに教わるまでもない」
カルマは自分の席までついて来ることなく、以前より落ち着いている。いつもこのくらいの接し方なら良いのに。椅子の上に鞄を置き、レンは思い立ってカルマのもとへ向かう。向こうが話し掛けてきたのならちょうど良い。自宅にいた頃から気になっていた疑問を、情報に詳しい男へぶつけたかった。
「朝にピーチェのことを聞いたんだけど、何か知っている? どうやって橙の大魔法使いになったの?」
「アマランスって人に魔術を教わって、使っている『変化』魔法と合わせた新しい魔術を生み出したらしいよ。その功績で推薦を受けて、四年間断ってやっと大魔法使いになったんだって。色の称号っていうのは、それぞれの功績だとか、持っている波動の色によって決まるんだよ」
波動についてはレンも授業で学んでいる。個人が持つ念のことで、多くの場合自然な髪色にそれが現れている。念自体は普段は見えないが、特殊な装置を使えば観測でき、まれに何にも邪魔されず波動そのものを目視できる人もいるという。
「で、ピーチェは自分で作った『強制変化』魔術を協力者に教えて、彼らに魔術を使わせることで人々の価値観を変えちゃったんだ。それで大乱に参加するように誘導して、多くの人が武器を奪って戦った。もちろん、その魔術は今教えちゃいけないことになっているし、使用禁止だよ。でも、何でピーチェが魔力増幅薬なんて持っていたんだろう……?」
逃亡したいなら証拠は残さないはずだと、カルマはぶつぶつ言っている。その薬と大きな家財以外は隠れ家になかった。大量の薬が箱に入っていたから持っていきづらかったのか――そう考えていたレンは、また別のことを思い出す。
「そういえば、イホノ湖で会ったフュシャも疑われていたね。あの人に罪を擦り付けたかった、とか?」
レンが言い終わると、カルマは目を見開いて固まった。やがて片足を床に打ち付けて踏み鳴らす。
「それなら、ピーチェはとんでもない人だ! フュシャさんは、セレストさんの大事な人なんだ! もし無実で巻き込まれていたとしたら、セレストさんが悲しむ! いや、悪いことしていても悲しいか!」
「セレストさんが今どうしているか、聞いてる?」
「……知らない。イホノ湖で別れてから、連絡も取れなくて。また会いたいけど、あの能力じゃ仕方ないかな……」
カルマが軽く頭を掻き、溜息をつく。十分に情報は得られたので自席に戻ろうとした時、レンは後ろから袖を掴まれた。周りには聞こえないだろう低い声が、再び警告する。
「リリと一緒に、あのシュインって子と勉強しているだろう? あまり関わらない方が良いよ」
「その根拠は?」
「あの子、お兄さんたちと一緒に犯罪をしてきたんだ。この国に来る前、生きるためにものを盗んだりしていたんだって」
昨日聞いたシランの話と、間違いなく合致している。だが証拠が増えたとしても、レンは信じることが出来ない。だいたいその報道を聞いたこともないのに、本当にシュインたちが犯罪をしていたというのか。
「レンさんが知らないだけで、だいぶ前に報道されていたよ。証拠の新聞もあると思うから、放課後にちょっと調べてくる」
「いや、今日は良い。シュインちゃんと約束をしているから」
「だから、彼女とは……」
「わたしの心配をするなら、リリのことも気にしてあげたら?」
前方の席に視線を投げて、レンは今度こそ自席に戻る。少し遅れて教室に入ったリリは、自分たちの会話する様を途中からじっと見ていた。さすがに響いたか、カルマがまっすぐリリのもとへ行くのを見て、レンは少し安堵していた。
教える課題の中でも、シュインは理科、特に花にまつわる単元に食い付いていた。カフェテリアの隅で教科書を開くと、そのページをよく見ようと前傾してくる。他の科目なら時間を掛けて解く問題も、植物のものならすらすらと進めていく。レンたちの知らない植物についてもよく知っていて、饒舌に話していた。
植物というと、今ここにはいないリリが昨日指摘していたことを思い出す。近くの売店で買ってやったジュースを飲むシュインの前で、レンは言い方に注意しつつ尋ねた。
「シュインちゃんは、どうしてわたし達をいつも植物の名前で呼ぶの?」
紙パックから伸びるストローをくわえたまま、シュインは動かない。やはり言いづらいことなのか。シランは彼女が異常を持っていると断言していたが、その内容はまだレンの中で結び付かない。
無理な聞き出しはやめて、レンは別の科目を学ぼうと促した。初めは単語の綴りさえ危うかった学習も、順調に進んできた。次に行うのは、今後やる授業の予習だ。
「先に答えを知っていると、かっこいいよ」
そうしてやる気を促したからか、シュインは大人しく教科書を読み、そこに掲載されている問題へ手を付け始めた。しかし途中でペンが机上に放り投げられる。
「疲れました。もうやめていいですか?」
「気分転換する? そうだ、アレクで教わった歌を聞かせてあげる。ミュス――アンフィオって民族に伝わる『落ち葉の歌』なんだけど。あっちの人たちの言葉だけじゃなくて、ライニア語版もあってね」
確か初めの歌詞は、「はらはら落ち葉 綺麗だな」だったか。秋の様子を描く、数ヵ月経っても覚えていた歌に、シュインは聞き入っていた。赤紫色の目はまっすぐこちらへ固定され、歌い終わるまで微動だにしない。歌が終わると、アレクへ行ったことがあるのか聞かれた。旅行で会った人々や彼らとの出来事は、レンの口から止まらず出てくる。唯一、インディとの交流は伏せるしかなかった。
「――それで自警団の人たちとも仲良くなって、また会おうって約束したんだ。次行けるの、いつになるかな……」
「ハスの花さんは、本当にいろいろ知っているんですね」
「アレクでは学べることが多かったよ。シュインも行けば良い」
「でも、魔術は使えないんですよね?」
鼻高々だった気持ちが、一気に下がっていく。自然と落ちた肩に髪を流し、レンは感情の変化を少しでも相手へ忘れてもらうよう繕う。
「別に、魔術がなくても、普段暮らすのに問題はないから、ね?」
「寂しくありませんか? 周りと違って」
今度はシュインが身を縮こませる。寂しげな少女へ言っても傷付けないか、レンは考えながら明かす。迫害のようなものはされなかったが、人から奇妙に思われていたことはあった。授業での焦りも、もちろん覚えている。一方で励ましてくれる両親や友もおり、寂しくはなかった。
「いいですね、ハスの花さんは。……わたしは、周りと違うんです。わたしに見えるものは、ほかの子には見えないみたいで。わたしでも間違っているとはなんとなくわかるのに、どうしてもそうにしか見えないんです」
俯いていくシュインは、視覚に異常でもあるのか、はたまた幽霊でも見えるのか。レンが深追いできずにいると、さらに問われた。
「ハスの花さんは、いつも魔術が使えないわけじゃないんですよね? どうやったらハスの花さんの魔術が見られるようになりますか?」
「あまり起きてほしくないけど、日常が危険に晒されるような騒ぎ、かな……」
「それなら、大変なことが起きなきゃだめってことですか?」
「そうみたい。でも、そんなの起きなくても良い」
あっさりと告げたレンへ、シュインがぱっと顔を上げる。ずっと魔術が使えなくても良いのか、彼女に聞かれてもレンの心は変わらない。
「それだけ世の中が安心ってこと。一握りくらい、変わり者がいても良いでしょう?」
自信を備えたまま言ったレンは、カフェテリアと廊下を繋ぐ辺りの壁にリリが寄り掛かっているのを見つけた。今日は予定が合わないとのことだったが、いつからそこにいたのだろう。レンが手を振ると、リリは向きを転じて廊下へ去ってしまった。
何かこちらに用事があったのか、朝にカルマと話していたことを妬かれたのか。友の気持ちが読めないまま、レンはシュインへまだ解き終わっていない問題への解答を促した。
