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ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第二章 成長する脅威 三、敵の狙い

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 今日のカルマも、ルネイの教える修練に身が入っていないようだった。レンがアレクに行っていた時と同じく、ルネイが借りている部屋の床にあぐらをかいてぼうっとしている。彼の前に開かれている書籍の中身を読んでいるかも怪しい。先ほども基本の「錬成」魔術を失敗していた。
「また悩みでもありますか? レン姉さんはライニアにいますよね?」
「もちろん、今日も学校で会いましたよ。でも、最近悪い子と関わっていて……」
 悪い子と聞いて、ルネイはわずかに身を引き締める。カルマの懸念は、レンが学校で親しくしているシュインという少女にあった。その付き合いを止めたくとも、簡単に出来ないでいるという。
「噂を聞いていて、名前もぼんやり覚えていたんです。それで昔の新聞を調べて、シュインとお兄さんたちが泥棒とかをしてきたって見ました。ライニアに来る前によくやっていたみたいで、まだ逮捕されていないんです」
 レンはいわば、犯罪者の片割れに接近している。それがカルマにとって気掛かりなようで、長袖の服に包んだ身を涙目で震わせていた。
「レンさんが何かものを取られたら……もっとひどいことに巻き込まれたらどうしよう……! 俺が忠告しても聞かなくて、しばらく距離を置いているんです」
 いつもレンへ積極的だったカルマが、まさかそのような決断を下すとは。ルネイの口が、驚きに自然と開く。両膝を忙しなくぱたぱたと動かす正面の者から、不安がひしひしと伝わってくる。そんな彼とレンが、いつまでも離れていてほしい――そう思ってしまった自分を、ルネイはすぐに恨んだ。成り行きでそうなったとはいえ、カルマは大事な教え子にして友人とも呼べるだろう。その幸せを望むことが、友として大事なことではないのか。だが切り替えようとすると、胸がじくりと痛むのはなぜだろう。
 こちらの考えに追われて、目の前で悩んでいる友を放っていた。ルネイは片手で軽く胸をさすり、カルマへそっと身を乗り出す。
「レン姉さんが心配なら、放っておくのも危ないのでは? シュインさんって人の好きにさせてしまうかもしれませんし、シヴァの――」
「そうだったぁ!」
 ルネイが危機を言い終わる前に、その鼓膜を破らんほどの叫びが狭い部屋に響いた。壁に沿って置かれた本棚や勉強机が小刻みに揺れたように感じる。何より五感に敏感なルネイにとって、急な大声は最も避けたいものの一つだった。全身を青い粒子に覆うことで刺激を和らげているが、今の衝撃はさすがに耐え切れなかった。甲高い耳鳴りが続き、頭がくらくらとする。姿勢が後ろへ倒れそうになったのを両腕で支えてから、ルネイは立ち上がるカルマを目で追う。
「どこへ行くんですか?」
「レンさんの所!」
「今日は銃術部の日では? さすがに部活にまでは――」
 ルネイの後ろへ回り込み、今にも部屋の戸を開けようとしているカルマを止めようという思いに、だんだんと疑いが湧いてくる。彼の心配し過ぎも、今の時点ではレンのためになるのではないか。先日町で見つけたシヴァは、レンの殺害にシュインを利用していると言っていた。それが本当なら、シュインにも気を張らなければならない。彼女はレンに色々教わっているように見せて、命を奪う機会を窺っているのでは。
「……カルマさんの懸念も、間違っていないかもしれません……」
 ルネイがシュインの狙いを話すと、カルマは背後の扉へ拳を叩き付けた。
「やっぱり当たってた! どうも怪しいと思ってたんだ! 俺と引き離して、レンさんを危険へ追い込むつもりだったんだ!」
「距離を取ったのは、カルマさんがそうしようとしたのでは?」
「そうなるように仕向けられたんですよ!」
 ルネイの指摘も跳ねのけ、カルマはその場で足踏みをして言葉にならない声を出す。だがカルマとの仲まで考えてシュインが動いていたとは、ルネイには思えなかった。長く不登校だったシュインに、そこまで気を配れるだろうか。どうもカルマは逸っているようだ。
 足踏みの音が急に消え、ルネイは少年が大人しくなったと気付く。両腕を組むカルマは先ほどと一転して、静かに考えている。
「……でも、何でレンさんが狙われているんだ? シュインはレンさんに会ったこともないんだろう?」
「シュインさんというより、彼女に依頼をした人がいるんです。その人が個人的に恨みを抱いていて……」
 ルネイは一度唾を呑み込むと、カルマをしかと見据えた。万が一部屋の外へ聞こえないよう、声量は抑える。
「カルマさん、これから突拍子もないことを聞くかもしれませんが、良いですか?」
「どんな話?」
「聞けば分かります。絶対に、他言しないでくださいね」
「大先生がそこまで言うなら」
 ルネイは頷くと、自分が知るシヴァとレンの関わりを明かした。初めは戸惑いに満ちていたカルマの表情が、怒りへと変じていく。やがて彼は再び大声を上げた。
「何て厄介者なんだ、シヴァって奴は! 自分が助かりたいためにレンさんを殺すなんて、許せない! しかも犯罪者まで利用して!」
「あまり犯罪者と一括りにするのは、良くないと思いますよ。生活が苦しくて、やむを得なかったのかもしれません。遠くから来たのなら、路銀が尽きたというのもあるでしょう」
「だからって、窃盗は犯罪ですよ! 治安を乱して、レンさんの望む穏やかな日常を奪うんです!」
 レンの魔法を形作っているものを思い出し、ルネイは黙り込んだ。やはりカルマの言う通り、どんな犯罪者も悪と断じるべきなのか。そこに教え子の間が抜けたような声がする。
「あ、でもあの兄妹の兄――一番上の方が射殺されたって、最近ニュースて見たな。俺も町に出ていたんですけど――」
 カルマは本屋に行っていたレンとリリを追跡していた。その途中で、人目に付かない陰から兄妹の長兄――クァンという男を銃撃する人を目撃したのだ。カルマも犯人の姿は把握し切れず、警察へ満足に伝えることも叶わなかった。しかし犯行の間、レンが襲撃現場よりずっと遠くにいたとは確実に言えた。
「つまりシヴァが伝えたのは、言いがかりってことですか!?」
 導ける真実に、ルネイの脳内が白く染まっていく。やがてシヴァへの怒りが込み上げると同時に、シュインへの警戒も強まった。可能ならシュインに伝わっている誤解を解き、レンを守りたい。さらにルネイは、カルマに一つの疑問を持っていた。
「カルマさんは、休日もレン姉さんに付きまとっているんですか?」
「学校で休日の予定を聞くことがあれば、出来る限り後を追っていますよ。ご両親の喫茶店に行くこともあるけど、俺が出向く時に限っていないんだよなぁ」
 何もおかしくないように言う弟子に、レンを守ってもらうことが不安になってきた。様々な意味で今後を案じてしまうカルマを玄関で見送った後、ルネイは元いた部屋へ戻る途中で思い出す。シヴァはシュインが持つもう一人の兄・チェンがあの場にいないことへ、文句を言っていた。今日の話に一切出てこなかった点が不可解でもある。
 チェンは今回の騒ぎに関わらないのか。シュインに任せて動かないつもりか、裏で策を練っているのか。くれぐれもレンには、シュインに注意してもらわなければならない。部屋に入って机に置いていた携帯端末に手を伸ばし、連絡しようとしていたのを不意に止める。カルマの言う通り、レンはシュインとの関わりを簡単に止めないだろう。勉強の指導は数週間に渡って続いており、親しみも芽生えているはずだ。教え子を警戒することだって嫌がりかねない。
 それなら自分には何が出来るか。ルネイはその場に留まったまま、まとまらない思考を続けていた。

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