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ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第二章 成長する脅威 四、セレスト奪還

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 かつて属していた「白紙郷」を抜けて以来、フュシャにとって最も息苦しい日々が始まっていた。薬物所持疑惑のため警察の目も厳しくなり、移動は難しくなっている。人の少ない倉庫や空き家に潜伏し、制服の姿を窓から見れば息を殺して立ち去るのを待った。
 元はといえば薬を用意したピーチェが悪いのだ。村の外れにある天井が半壊した家の一階に潜み、フュシャは歯ぎしりをする。いずれあの大魔法使いを問い詰めて、賠償金をたっぷり貰ってやろう。縮こませていた身をわずかに起こし、ひびの入った窓の外に誰もいないと確かめる。まだ日は高く、場所を変わるには目立ってしまう。
 警察に疑われて以来、セレストには会えていない。既に「覚醒」判定の期日は過ぎているが、あれからどうなっただろう。薬を遠ざけたとはいえ、またあの危険な状態に近付いてはいないか。
 遠くから発砲音がし、フュシャは座る姿勢をさらに低くした。息を殺して外が落ち着くのを待ち、場合によっては武器を錬成して応戦することも考える。初めは警察が来たと思っていたが、どうも違うらしいと分かってきた。武器を持っている者は何かを叫び、立て続けに発砲している。明らかに警察は取らない行動だ。個人がむしゃくしゃしてやっているのか。
 危険を承知で、フュシャはそっと窓の先を覗き込んだ。暗い桃と橙色が混ざったような綺麗ではない髪の多くを後ろでまとめ、この時期にしては生地が薄く袖もない服を着て、両手の拳銃を乱射している。回りながら移動する彼女の片足から靴が脱げ、錬成した弾丸を装填している間にそれを履きに戻ってくる。
「何やってんだ、ピーチェのやつ……!」
 フュシャが呟いた直後、窓の横に銃弾が一発突き刺さった。ここを狙ったわけではなく、たまたま当たったとは明らかだ。この辺りにいるわずかな住人のことも、銃撃者は考えていないだろう。実際に前の方から人が駆け付けても、ピーチェは見向きもせず銃を操作している。
「ここで倒せば、正当防衛って認めてもらえるかな?」
 思い付いた期待に賭け、フュシャは手の内に拳銃を作り出す。中に弾が収まっていることを確かめてピーチェを狙うが、なかなか定まらない。大魔法使いは武器を向ける一般人たちから逃げ、彼らにも容赦なく発砲する。その姿はこの家へ迫ってきており、銃では厳しいとフュシャは判断した。すぐに武器の全体が光を放ち、細かい粒子に変化すると短剣の形となる。
 木で出来たいくらか傾いた扉に、外からぶつかる音がする。すぐに取っ手が向こうでうるさく動かされ、開くのを阻止すべくフュシャは立ち上がる。音を立てる物体の真上に目掛け、迷いなくい刃を突き刺す。それに呼応して、銃撃が扉を貫通して襲ってきた。幸運にも脇に逸れた弾に息をつき、手応えのない短剣を引き抜くと再び拳銃へと戻す。
 ここまで来たら、覚悟しなければならない。フュシャは拳銃をまっすぐ前へ向け、ゆっくりと後ろへ下がっていった。壁に背の触れる辺りで敵の登場を待つ。ようやく開けられた戸の先へ、迷いなく撃った。だが自分よりいくらか背の低い女は、軽く首を傾げるだけでその軌道を逃れる。
「おい、何であんたがここを知っているんだよ? あいつにでも聞いたのか?」
 どうやら意図せず、ピーチェの隠れ家を使っていたらしい。驚きは短いうちに消え、フュシャは大魔法使いへ詰め寄ってその襟を掴む。
「お前さんが隠していた薬物を、あたしのものってことにしようとしたな? 本当にどうかしているな! 大魔法使いの名誉もがた落ちじゃないか?」
「とっくに名誉は落ちているさ。称号だって、昔に剝奪されている。ああなっちゃ二度と任命はされないわ」
「それなら良かった。罪をあたしに押し付けようとしたみたいだけど、作戦が甘かったな。お前さんのことも、ちゃんと警察には言っといたよ。……何であんな薬を持っていた? 何であたしへ寄越したんだ!」
 相手の光彩が見えんばかりに、フュシャは顔を近付けていく。襟を握る手は力を増し、今にも首へ移して絞めたくもなった。それでも答えを聞くため、衝動は胸に押し殺す。
「また『強制変化』魔術とやらの研究をしているのか?」
「研究用ってのもあるけど……あれを持ってたのは、何より面白いからだ」
 さらりと明かしたピーチェを、いくらか距離を取って見返す。
「あの薬をあんたに渡したのも、思い付きだ。マジェンタの連絡を聞いたら、つい出来心ってもんが芽生えた。それで頼まれたのとは違うのを用意したのよ」
「……ふざけるな!」
 緩めかけていた襟周りの手が、再び握られた。迷いなくピーチェのこめかみに銃の先を当て、向きを転じて相手の後頭部を壁に叩き付ける。
「人の命がかかってんだぞ! よくそんな軽い気持ちでいられるな! 魔術師どころか、人間としても手本にしちゃなんねぇ!」
 何度もピーチェの頭蓋に衝撃を与える。ここまで怒りが湧くのも、セレストが危険に陥ったがためだ。こうして感情を高ぶらせるほど彼女に入れ込んでいたのだと、フュシャは改めて思う。いつもはあらゆることに飽きて放り投げていたのに、どうしてセレストに対しては違うのか。
「お前さんは、人から尊敬される大魔法使いになるべきじゃなかったんだ! ああ、そもそもあたしは、元から大魔法使いなんざ尊敬してなかったけどな!」
「模範でないからこその大魔法使いじゃないか」
 情けなく鼻血を出しながらも、ピーチェは口元を吊り上げていた。赤みがかった狐色の目には、いくつもの光が宿っている。面持ちと合わせて余裕が感じられ、フュシャの胸に吐き出したいものが迫ってくる。
「普通の人間から突き抜けているのが、大魔法使いなんだ。いわば異常者の寄せ集めだよ。人の道を踏み外した奴がいてもおかしくない。実際に大乱で思い知っただろう?」
 それで正当化でもするつもりか。ピーチェに突き付けた拳銃の引き金を引こうとした時、外に警察車両のサイレンが響くのを聞いた。大魔法使いがフュシャの手から軽く離れ、崩れた壁の穴を広げていく。自分も捕まりたくないなら逃げるよう言って、彼女は開けた先の景色へ向かっていった。合間に射撃を試みても、フュシャの狙いは器用にかわされた。
「あそこにピーチェがいるぞ! 家の中だ!」
 無計画な攻撃が、外の者に誤解を招いたらしい。この家に入り込まれる前に、フュシャもピーチェの開けた空間から逃げた。
 裏にあった茂みへ入り、先へ続く森を進んでいく。ズボンのポケットに入れていた携帯端末が、音もなく震えている。それが着信の合図と理解しているものの、応じている場合ではない。無視していたフュシャだったが、何度も伝わる振動に我慢が利かなくなった。取り出した端末を草地に投げ捨てようとして、画面にマジェンタの名が表示されていると気付く。
「後にしてくれ! どうせ大魔法使いはろくでもないことを考えているんだろう?」
『今じゃなきゃ駄目なの! セレストさんの家が囲まれているの! 覚醒者を管理する人たちに!』
 彼らはセレストをアレクへ送るつもりだ。それを聞いたフュシャは、セレストの家がある方角へ行き先を変えた。地面に足を取られ、体中に泥を付け、日が傾く中を走り抜ける。
 マジェンタは塔に似た家が遠くに見える辺りで、フュシャを待っていた。木の陰から探る先では、家を国の職員たちが囲んでいる。呼び掛けを行いながら、一部は武器を手にした彼らは門との距離を狭めていた。
 せめてセレストだけは連れ出したい。フュシャは念を込め、あまり錬成してこなかった機関銃を形にした。マジェンタに差し出したが、首を振られる。
「武器は使いたくないの。代わりにこれを使うわ」
 マジェンタは近くで拾った石を示すと、職員たちの方へ勢いよく投げた。頭に軽い攻撃を受けた一人が振り向き、自分たちの存在に叫ぶ。
 やはり大魔法使いは変人だ。思わず口角を上げ、フュシャは引き金を引きながら走り始めた。自分が敵を狙っている間に、マジェンタがその脇を駆ける。門をよじ登って家の扉が開かないと見るや、今度は壁に魔術で足場を作った。上へ行く大魔法使いを狙う者は、フュシャが牽制する。
「おいおい、国の認めた大魔法使い様を殺してよいのかぁ!?」
 忠実な職員たちはうろたえ、フュシャに焦点を定める。やがてマジェンタは、最上階の窓に辿り着いてそこを叩いた。こちらに聞こえない会話をして、足場伝いに下りていく、彼女が手で示した裏口の方へ、フュシャは移った。既に職員の多くが傷を負い、地面に伏せる者もいる。
 フュシャは小さな扉のそばで、セレストが来るのを待った。マジェンタと合流してから、ようやく戸が開く。裾の長いワンピースが動きづらそうだが、気にしている暇はない。
「あの人たちは、あたしが何とかするわ。二人は早く!」
 家の前へ引き返すマジェンタとは逆側へ、フュシャはセレストの手を引いて進む。二人でどこまで逃げ切れるか、想像するにも全く頭が働かなかった。

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