闇 661(線引き編)
闇 661(線引き編)

2026/08/30 sun
※まず史実通りの広大な人生の一次プロット。これを書き切らないと、俺は次に進めない。
前回の章

二千二十四年四月三十日後半、火曜日大安。
同時に彼女からプライベートでメッセージが届く。
こういうのってシンクロするって言うのかな。
『とても楽しかったです。 朱婧瑶20:22』
『若香さん、凄い金額でしたね。 岩上20:22』
同時にお互い届いたので、変におかしくて笑ってしまう。
『これはいくらですか。若香は以前投資したお金と借りたお金を全部回収したい。まず取引所の利益を稼ぎましたね。そうでなければ、その後はいつあるかわかりませんね。 朱婧瑶20:24』
若香の奴、金を借りてやっているのかよ。
だからあんな馬鹿げた金額を……。
『明日の午前中に銀行に預金します。銀行はまたあれこれ尋ねなければならない。明日はまず手に持っている十万ドルを貯金しました。 朱婧瑶20:25』
俺が十年前、何をしていた?
二千十四年…、初期横浜の頃じゃないか。
四十二歳の俺は、当時一年以上に渡るしつこいインカジ『新宿クレッシェンド』の引き抜き話で翻弄されていた。
歌舞伎町で始めに出会った人間である高橋ひろし。
そしていつの間にか担当が変わったように張り付いてきた一原。
目の前に積まれた張りぼてのような忌々しい一千五百万円。
あそこで何故俺は断らなかったのだろう……。
料理をしながらフライパンを眺める。
「おー、岩上君。さあ、そこへ座って」
一礼して腰掛けた。
高橋や一原も笑顔で俺を出迎える。
「岩上さん、とうとううちのグループに来る決心ついたんですね」
いつもの戯けた調子の高橋。
「何を言ってんですか。俺は今のオーナーに世話になっているので、動きませんと何度も言ったじゃないですか」
「まあまあとりあえず岩上君も何か頼んで。何かこの店、最近お気に入りなんだよ。何飲む?」
「えー…、では烏龍ハイを頂きます」
三人の視線が自分に突き刺さるのを感じる。
嫌な空気だ。
「俺はよー、そこそこ金は持ってる。総資産で言えば十八億くらいかな…。こういう事まで何で岩上君に話すか分かるか?」
「いえ…、正直何故自分を欲しがるのかすら分かりません」
俺は高橋ひろしから連絡を受け横浜に来た。
そして一原に下陰さんを紹介された。
それから一年と十ヶ月、下陰さんの元でただ働いているだけ。
「君がうちの店…、バチカでメニューとか作ってくれたろ?」
「あれは高橋さんには新宿時代からお世話になっていたから、何かできる事がないかなと思ってやっただけの話です」
「そう! そこなんだよ。普通はよ、そんな風に思っても行動に移さないんだ。それがどうよ? あのメニューになってから、売上がどのくらい伸びたか分かるか?」
「大袈裟です。元々手書きのメニューだったから、写真を添えてちょっとデザインしただけです」
「高橋からは聞いている。君が歌舞伎町でどのように店をやってきたか」
「もうゲーム屋自体、絶滅してますよ。昔の話です」
「いや、本当に店を盛り上げるのが上手いと聞いているぞ。なあ高橋?」
「ええ、岩上さんの店に当時自分も通っていましたけど、客の心を掴むのが上手いんですよね」
頼むから煽るなよ……。
何度も行かないと断っているだろ……。
「な、岩上君。みんなが君を買ってあるんだ。もちろん今のところより給料だって大幅に出すつもりだ」
「大変申し訳ありませんが、金額の大小でなく、恩義ある今のオーナーの元を離れたくないのです」
もうこれ以上誘われる事がないように、誠心誠意最新の注意を払い答えた。
「一つ聞いていいか?」
「ええ」
「岩上君はどうしたら、うちのグループへ来てくれるんだ?」
「ですから動きませんと答えたつもりですが……」
「そうじゃなくて、もし仮に動くとしたらの条件だよ。それを知りたいんだ」
「……」
下手な言い方をして、揚げ足を取られたら面倒だ。
「金か? いや、岩上君は違うか。そんなもんで動くタイプじゃないよな?」
「そうなりますね……」
「じゃあ何を望む?」
これは答えないと帰してくれなそうな雰囲気だ。
もし俺が下陰さんの元を離れる条件があるとしたら……。
ズバリ一つしかない。
「新宿で店をやらせてもらうなら…。多分そのくらいかと思います」
「店って何の店だ?」
「インカジ…、インターネットカジノになりますね。自分はそれしか知りません」
「いくらぐらい掛かるんだ?」
歌舞伎町で店を一から開く。
裏ビデオ屋と違い、ある程度の広さは必要だ。
過去大箱の店…、自分で働いたとなると一番街通りにあったワールドワン、そこがすぐに思い浮かぶ。
あの当時で家賃百八十万。
立地的には最高の場所だが、酒井さん系列の店を思い出せ。
歌舞伎町二丁目に渡る花道通りから向こうのホテル街やホストのある場所。
あっちなら数十万の家賃になるだろう。
契約金含めて約一千万。
中のパソコンなどの設備等で百万は必要。
サイトのポイントは酒井さんへすべてお願いするとして、店を運営する資金用に常に百万。
大きなOUTを出された場合のすぐ持ち出せるストック用の金で、三百万は欲しいところだ。
つまり最低一千五百万の金は、インカジ一軒やるのに必要になってくる。
「だいたいでいい。やるとしたらいくら掛かる?」
「一千五百万ですね」
「そうか、おい」
ボスは一原へ首を振り、バックをテーブルの上に置く。
ジッパーを下ろし、中から百万円の帯付きを取り出した。
「……」
テーブルに積まれていく百万円の束。
全部で十五個。
一千五百万円。
「俺は君の願いを聞いたぞ。いつから来る?」
「え? だからそれはどうやったら来るんだと聞かれたので……」
「それを岩上君は答えたのだろ? だからこうして俺はそれに対して答えた」
「……」
始めからある程度の金を用意してあり、うまくそうなるよう誘導されたのか?
「岩上さん、うちのボスは中々こう見えて懐が深いんですよ」
「俺からも下陰の兄貴には話通しますから。大丈夫ですよ、岩上さん」
高橋と一原が両サイドへ座ってくる。
取り返しのつかない事をしてしまった……。
今思えば、あの時仮にと聞かれたのだ。
何で俺はしっかり断れなかったんだ?
ペテンに騙されたような物言い。
しかし決定したのは俺自身。
俺はどこか性根が卑しいのだろう。
結果慣れ親しんだ横浜を出て、新宿へ向かいどうだった?
身銭で三百万以上の金を吐き出し、ボロ雑巾のように捨てられただけ。
安住の地を捨て、金を取った俺に当たった罰。
あの店が始まる前に、おじいちゃんが亡くなった。
今思えば、あれはおじいちゃんからの最後の警告だったような気がする。
何故なら、あそこから俺の地獄変が始まってしまったのだから……。
祖父の死、インカジ『新宿クレッシェンド』。
相次ぐ裏切り。
絶望に満ちた判断力の無かった俺は、新宿のクソヤクザ〇〇会直営のゲーム屋で働く事を決めてしまう。
ヤクザの運営するような店で働き、いい事などある訳がないのに……。
結果給料も出ない状況で、毎月五十五万の金を払えと追い込まれ、感情的に秋田を殴ったあの時。
そうだ、秋田には一言伝えておこう。
今月で店を辞める事。
そして月末まで待たない可能性もあると……。
「秋田さん」
「ん、何よ店長?」
「少しお話が……」
店内には俺と秋田だけになる。
再び椅子へ偉そうに腰掛けタバコに火をつけた。
「何だよ、話って?」
「先月言った通り、今月でこの店を辞めさせて頂きます」
「……」
よし、これで義理は果たした。
秋田は黙ったままタバコを吸っている。
俺は空になったグラスを回収しながらシンクへ向かう。
返事もせず無言で居座るんじゃねえよ、ボケ……。
往復してグラスを下げていると、秋田が烏龍茶を足元に掛けてきた。
「冷たっ! 何するんですか?」
「今月一杯で辞める? 店長何言ってんの?」
「は? 俺、言いましたよね? 最低でも一か月前には言えと言うからそれに従いましたよ?」
「いつ?」
「八月の終わりです」
「今日は何日よ?」
「九月十九日ですが?」
「八月が三十日だとして、今で一ヶ月かよ?」
「はあ? だから前もって一ヶ月前って言いましたよ」
「おまえ、馬鹿かよ!」
グラスを投げつけてくる秋田。
破片が床へ拡散する。
「何すんですか!」
「おまえよ? 八月三十日から一ヶ月経ったのかよ?」
コイツ、本当に面倒臭い。
ただの揚げ足取りじゃねえか。
「ですから今月一杯でと前もって伝えただけです」
「今の売上は?」
「え?」
「店の財布見せろって言ってんだよ!」
神経がざわめき出す。
いや、落ち着けよ。
ヤクザを敵に回してもしょうがない。
俺は店の回銭の入った財布を渡す。
先ほどのコウの負け分が入った合計十八万。
秋田は金を全部財布から抜き取り、スーツの内ポケットへ入れた。
「何してんですか? 店の回銭ですよ?」
「今月の〆用紙見せろ」
「秋田さん…、店の金を返して下さい」
「早く〆用紙見せろっていってんだろうがっ!」
「……」
コイツ怒鳴れば何でも通ると勘違いしてんのか?
「おい、耳ねえのかよ!」
「ありますよ!」
「あ? 何怒鳴ってんの、おまえ?」
「俺は辞めます」
「じゃあ十月分の金置いてけ」
「はあ? 何でですか?」
「一ヶ月前って男の約束したろうがっ!」
「フー」
頬を膨らましながら大きく息を吹き出した。
そうでもしないと怒りで自身を自制できそうもない。
「おい、何だよ、そりゃ?」
「息をしただけですが?」
「おまえ、ヤクザ舐めてんのかよ?」
「舐めてません」
「早く五十五万出せや」
「嫌です。今月で辞めるから十月まで払う必要ありません」
「何、おまえ? ほんとヤクザ者相手に偉そうに物事抜かすよな~」
「もう金なんてありません」
「無きゃあ作ってこいや!」
視界が狭まってくる。
このクソ男、どこまで俺を追い詰めれば気が済むのだ?
「あのですね…、俺は先月家賃だって遅れて、今回だって払えるかどうかの瀬戸際なんです。もう勘弁してもらえませんか?」
少しぐらい大袈裟に言っておこう。
非人道的な秋田の振る舞いには心底嫌気が差している。
「大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんですか?」
「家賃なんて一ヶ月二ヶ月滞納したって、追い出されねえから」
「あのー…、もう辞めさせて下さい」
「何言ってんの? 一か月前には言えって言ったじゃん」
「ここでやっていくのは無理だと前にも伝えたはずです。もう限界です……」
「何、店長…、金無いの?」
「だから無いって言ってんじゃないすか!」
「じゃあ、貸してやるよ」
「え?」
「金ねえなら俺が貸してやるよ」
「……」
どこまで人を貶めれば気が済むのだ、この腐れヤクザが……。
「ただ俺ヤクザだから、利子はトイチなー」
心の中で何かプツンと切れた音がした。
「何がヤクザだよ……」
「あ? おい、今おまえ何て言った?」
「ふざけんなよ、この野郎っ!」
感情の爆発。
足のつま先まで烈火の如く熱い何かが駆け巡った。
「おまえ…、ヤクザ者に喧嘩売るんだな?」
少し怯みながら後ずさりする秋田。
「ヤクザじゃねえよ…。テメー個人に喧嘩売ってんだよっ!」
気付けば俺は、秋田の左頬に右の拳をお見舞いしていた。
飛び出した拳がスローモーションのように映る。
当たる瞬間ブレーキを掛けたが、それでも拳は秋田に当たり派手に倒れた。
やってしまった……。
俺はとうとうヤクザを殴ってしまったのだ。
「……」
店内はただ静寂に包まれた。
結局あれで百十万円を請求された俺は、酒井さんに金を借り払うと、当時天国へ見えた二度目の横浜へ向かった。
だが、そんな俺を待っていたのは、四つの種類の違う地獄めぐりだったのだ。
命からがら何とか川越へ生還したのは二千十六年。
また一からの再出発。
一体裸一貫の出発が、俺の人生には何度あったのだろう……。
馬鹿げた選択しては失敗を繰り返した俺。
片や金を借りてまで一日で一千六百万を稼いだ若香。
『凄い話ですよ、本当に! 岩上20:27』
心の底からそう感じた。
『若香さん今日二回の取引で、サラリーマン三人分くらいの年収と同じくらいの金額を手に入れたんですから。 岩上20:30』

『本当ですね。それは本当に素晴らしいです。そうすればイチローも少しずつ富を蓄えていく。私たちのこれからの生活のために経済的基礎を築いた。若香も同じように頑張っていますね。 朱婧瑶20:37』
見えないのに頭を下げながら文章を打つ。
『若香さんいつも本当にありがとうございます。 岩上20:37』
『若香はずっとイチローのそばにいます。 朱婧瑶20:42』
調理の火を止める。
ちょっとした違和感。
俺の傍にずっといるのなら、二人で投資する必要ってあるのか?
いやいや、下衆な考えはやめろって。
女の資産でぬくぬくと踏ん反り返って暮らすつもりかよ。
世の中夫婦だって口座は別々なんてザラだ。
俺は散々タカってきた人間を蔑み、縁を切ってきた。
古くは自衛隊の同期富田。
数年ぶりの再会からおかしかった。
だから同情してしまった俺であるが……。
久しぶりの再会は楽しかったものの、彼の家族関係を杞憂する。
家族間の上下関係は分からない。
普通初対面の俺の前で、自分の旦那を枕であそこまで滅多打ちするか?
富田も富田である。
激昂する訳でもなく、ひたすら無抵抗で嵐が過ぎ去るのを待つ感じ。
あまりにも惨めに思い、あと時はキャバクラを奢ってやった。
仕事帰りの小江戸号で考えていると、携帯電話の着信が入る。
ちょうど考えていた富田から。
「おー、岩上。今度いつ休みなの?」
「今仕事帰りで今日は休みだよ」
「それなら今日会おうぜ、俺が川越行くからさ」
あれから一ヶ月ほど経つ。
給料でも入ったから、お返しにご馳走するつもりなのだろう。
夕方に会う約束をして俺は寝た。
同じ釜の飯を食い、共に泣き、共に笑ったあの頃。
十八歳の時に三ヶ月間。
たったそれだけの期間なのに、とても濃密な時を過ごしてきたんだ、俺たちは……。
目覚めるとちょうどいい頃合い。
俺はシャワーを浴びて着替えを済ませる。
駅に向かい富田と合流した。
「お腹は?」
「腹は減ってないからさ…、この間のキャバクラ行こうよ」
前回の派手な遊び方をして一発でハマったのか。
家族持ちの富田に、悪い遊びをを教えてしまったのかもしれない。
あいつが図に乗って店ではしゃぐなら、いいところで止めるなり俺も半分くらいは金を出すなりしなければ駄目だろう。
ミサキのいるキャバクラへ入る。
俺はいつものようにミサキを指名。
「この間で誰か気に入った子いたの?」
「あ、店員さん。あそこで暇そうに座ってる子、全部付けてよ」
早い時間なので待機席には暇を持て余したキャバ嬢が四名いる。
「それとさ、フルーツの盛り合わせも」
「かしこまりました」
スタッフが一礼して下がったのを見てから声を掛けた。
俺はミサキ指名、富田はあの四人指名にフルーツ。
さすがに序盤から飛ばし過ぎだろう。
老婆心ながら声を掛けてみた。
「おい、富田。オマエ金大丈夫なの?」
「え、何で?」
富田はキョトンとしている。
「こんな飲み方したら会計十万二十万簡単にいくぞ?」
「え……、だって岩上が持ってんでしょ?」
始めはコイツが何を言っているのか意味が分からなかった。
「おまえ、何を言ってんだ?」
「だから岩上ならそのぐらい持ってんでしょ?」
「……」
苦しい時代を共に経験し、乗り越えた絆。
何だってこんな程度の年月が、コイツをこんな屑に変えた?
「何立ってんだよ? 座って早く飲もうぜ」
「もう一度聞く…。富田、おまえ金は?」
「俺がねえのはおまえが知ってんだろ?」
「おまえは金も無いくせに、女をたくさんつけろ…、そしてフルーツを頼んだのか?」
「前もおまえがそうやったじゃねえかよ。おい、店員さん! 女まだかよ?」
その言葉に俺は持っていたグラスの酒を富田の顔へぶっ掛けた。
「うわ、何しやがる!」
「ふざんけんじゃねえよ! このクズ野郎」
ミサキのいる店で無銭飲食する訳にもいかず、俺はスタッフを呼び富田が金を持っていない事を説明した上で、まだ来ていないフルーツの盛り合わせはキャンセル、席に付いていない女たちもキャンセルし、その状態で会計を済ませる。
「何怒ってんだよ、岩上」
俺はテーブルを蹴飛ばして富田にぶつけた。
「ミサキ悪い…。今日はもう帰るわ……」
あれから十二年経ち、こんなクソ野郎になっていたとは……。
何とも言えない虚無感。
馬鹿につける薬は本当に無いんだなと悟る。
この一件を境に俺は富田との縁を切った。
悲し過ぎて泣きたい気分だった。
思えばあれだけではないが、初期新宿時代の俺の甘さ。
金など払ってやる必要性すらなかったのだから。
何でタカり人間を振り返ると、ゴキブリのようにウジャウジャ出てくるのだろう……。
教材売りの大和。
3Sカンパニーの平子。
本当にキリがないほど。
最近では…、いや、もう数年前になってしまうのか。
長年一緒に居た山下哲也との決別。
「あ、岩上さん、自分、この店だと田中という偽名で、三軒茶屋に住んでいる事になっているんで、話を合わせて下さい」
「はあ? 何だ、それ?」
「いえ、この店だとそういう感じで自分は常連になっているんで」
「何かおまえ…、本当に面倒くせえよ……」
そんなどうでもいい薄っぺらい嘘をついて、何が面白いのはまるで理解できない。
店を出る際、山下が当たり前に伝票を渡してきたので思わず怒鳴りつけた。
「おまえよ、また俺に全部出させるつもりかよ?」
「出さないなんて言ってないじゃないすか! こういうのは割り勘とかだとセコく見られるから最初に片方が払って、あとでこうやって割り勘にすればいいじゃないすか!」
外へ出ると、五千円札を手渡しながら一丁前に口答えをしてくる山下。
「だったらおまえが先に全部払えば良かっただけの話だろ? 人に伝票押し付けといて何抜かしてんだ。それよりいい加減貸した金払え」
「でも……」
「でもじゃねえよ。おまえ、いい加減にしろよ」
俺は山下から貸した二万円を強引に返済させる。
「分かりましたよ、返しますよ。あ、次もう一軒お勧めのバーがあるんで、次そこ行きませんか?」
「いや、もう帰るよ」
「そこだけ付き合って下さいよ」
仕方なく山下のプランに乗ってあげる事にした。
三軒目の騒々しいバーは、会話も満足にできないほど音量がデカい。
中の店員に予め持ってきていた服やら靴をあげているのを見て、何をしているのか聞く。
「あの子、いい奴なんで、服とか今度来た時あげる約束をしていたんですよ」
俺には山下の行動がまるで理解できなかった。
何故客として来て、男の店員へわざわざプレゼントをあげるのか。
そんな意味不明な格好のつけ方ばかりしているから、コイツはいつも金が無いのだ。
田無神社へ付き合うという名目で来たが、こうした服などを予め持参してきたところを見ると、最初から計画的に俺をここへ連れて来るつもりだったのが丸分かりだ。
恐ろしい事に、山下は先ほどの五千円と俺に返した二万円しか持ち金がなく、ここの会計はすべて俺が出す羽目になる。
「もう帰るわ……」
「あ、岩上さん。山崎さんって分かります? ほら、斉藤さんの葬儀の時、会っていると思うんですけど」
「誰? 山崎って?」
「潰れたジョーカーの店長です。前に斉藤さんとかと一緒にいた。岩上さん、葬儀でも会ってますよ」
山下のいう葬儀とは、おそらく斉藤弘一の火葬式の事を指しているのだろう。
あの時元々の知り合い以外で、俺に話し掛けてきたのはあのオーナーぐらい……。
「あの時のオーナーって人?」
「いえ、その人とは違って、前にラッキーハウスをにもいたんですよ。大倉と一緒に」
「ん? 待てよ…、何か吉岡から聞いた事あったな……」
「岩上さんがまだラッキーハウスじゃない頃の話ですよ。その時の店長が大倉で、次が山崎さんだったんですよ」
「それは聞いた事あるな」
他の店の事だから、どうでもいい事で気にしていなかったが、当時の吉岡との会話の記憶が蘇ってくる。
「分かった、その山崎という奴は。顔は知らないけど」
「いや、斉藤さんの葬儀で顔を合わせてますよ」
「だからお互い面識ないのに、斉藤さんの火葬式で一緒にいたところで、分かる訳ないだろ」
「ま、まあそうなんすけど……」
「それでその山崎が俺に何の関係あるんだよ?」
「いえ、今日これから山崎さんも田無へ来て合流するんすよ」
「……」
山崎といえばラッキーハウスを裏切り、逆にジョーカーから客を引っ張ったと聞いている。
つまり裏稼業でいえば御法度な事を平気でやるような人間なのだ。
恩義のある酒井さんを裏切った形で……。
「さっき岩上さんに金返しちゃったじゃないすか。もう自分手持ちゼロなんすよ。それに山崎さんには岩上さんを会わせると約束しちゃってるんです」
「……。おまえさー……」
呆れてものが言えない。
ラッキーハウスを辞めたにせよ、俺の酒井さんへの恩義が消える事は無い。
少なくともその人を裏切った人間を会わせようと、この馬鹿は何を考えているのだ?
それに山下自身、酒井さんの店で世話になっている身分なんだぞ。
はなっから田無神社へ付き合うでなく、この状況を話していたなら、会うかどうかは別にして、まだ百歩譲って分かる部分はある。
このなし崩し的に物事を運ぼうとして起きながら、金までないコイツは一体何なんだ?
「岩上さんも仕事できますけど、山崎さんも違ったタイプのできる人なんすよ。その二人が会うと、何が起きるのか……、痛っ!」
無言で山下の頭を叩いていた。
まあせっかくだから顔ぐらい拝んでおくか。
俺は山下とその辺の居酒屋に入り、山崎を待った。
十分もしないで到着した山崎。
スキンヘッドでメガネを掛け、体系はだらしならく腹も出ている。
年齢は俺より一つ年上らしい。
お互いに紹介を済ませ、酒を飲むが、一つ分かったのが自分の領域へ相手を引き摺り込んで、勢いで話を進めるタイプだという事。
この手のタイプは裏稼業で本当に多い。
嫌というほど見てきた。
相手が何も反論しないのを幸いに、とにかく勢いとゴリ押しで話を進めるのだ。
簡単にいうと強引なだけ。
知性も何もない。
唯一俺より優れている部分を挙げれば、喋り口調が達者なだけ。
いわば口先だけで、実が伴っていないのだ。
居酒屋で会計の際、山下は金を持っていないのを知っていたので、まとめて俺が払う。
そのままスナックへ連れていかれ、電車の最終を逃がす羽目になる。
とにかくどうでもいい事をひたすら話し続ける山崎。
俺は連絡先も交換せず、三万円だけ置いてタクシーを呼び、新宿へ帰った。
あれだけ金を払えば、俺と山下の分以上の会計はあるはず
また山下のせいで、無駄な金をいくら使ったのか?
外の景色を眺めながら、出るのは溜め息ばかりだった。
田無神社…、どこがご利益あり、どの辺が大吉なんだよ……。
山下哲也からの着信で起こされる。
田無神社へ着いてきて、タカられてから二日後。
その間、ご馳走様でしたの一言も無し。
「……」
うん、もうコイツはいいか……。
袂を分けたあの時、しかしそれでも腐れ縁なのか、ズルズルここまで来てしまった。
俺にとっては馬鹿でも可愛い部下だった。
だけどもう手の施しようがない。
いい加減断ち切ろう。
この悪縁を……。
「……」
斉藤さんよ…、ごめんよ。
やっぱり俺にはあの馬鹿、ちょっと無理だったわ……。
俺は山下を着信拒否に設定する。
次にしつこくLINEの電話が鳴った。
動揺にLINEもブロック。
そしてフェイスブックもすべてブロックする。
もう可哀想とか、昔からの付き合いではない。
この馬鹿を切らないと、こっちがどんどん泥沼に嵌るだけ。
馬鹿は死んでも治らない。
馬鹿につける薬はない。
二十九歳からの三十年以上の付き合いがあった山下哲也。
俺はこの日、本当の意味合いで自ら縁を切った。
たまに今でもあの馬鹿は何をしているのだろうと気になってしまう俺。
それでも一度も連絡を取ろうとした事はなかった。
そして外せないのが中学時代の同級生の神田。
あの男との再会が、真の地獄を生んだ。
二千二十年に再会してから約三年間。
俺は本当に貯金が全然できなくなるほど。
何度も注意した。
こんな金の使い方はしたくないと。
それでも「俺たちは馬鹿野郎だよ」と意味不明な台詞で煙に撒き、ずっと同じ事を繰り返し散財だけはさせられた。
それでも同級生だからこそ、まともな性格へ治したかったのだ。
他の同級生が神田を敬遠しようと……。
そもそもこの思考が大きな間違いの原因だった。
ここ数ヶ月の神田の行動や言動は、もはや同郷の人間というものをとっくに通り越し、性根がここまでおぞましい男だったのかという落胆すらも感じないようになる。
人間がゴキブリを見て、好意的な何かを思うか?
ただ本能的に…、生理的に嫌悪感を示す。
そんな感覚に近い。
深夜の河本マンションへの押し掛け。
籍を入れた美恵への配慮など一切なし。
当然仕事へ行く俺への迷惑も何も感じない。
散財だけではなくあれで俺は縁を切ろうと決めた。
次に許せないのは、俺の命を軽く見ていた事。
心筋梗塞の定期健診があるから、金を使えないよと何度も言った。
それでもあの馬鹿は気にせずタカってきた。
本当に俺が医療代すらも払えなかったらと、そういう気遣いも何もない男。
さらに自分の披露宴の祝儀最低十万要求。
それを妻の美恵には言わず、同級生の俺へしれっと出させようとする無神経さ。
悪意のない快楽至上主義だと思っていたものが、根っこの部分で計算された悪意なのを知る。
俺は金を持っている。
だから図に乗るのは当たり前じゃねえか。
そう偉そうに言った神田。
では何故おまえと付き合った俺の金が、まるで貯まらないのだ?
五万や六万の金でガタガタ抜かすなとも言いやがった。
なら何故その金を俺にタカるのだ?
挙げればキリがないほどの愚直ぶり。
金は多少持ったのだろうが、人間としての品位に欠ける。
久しぶりにここまで人間を軽蔑した。
これまで軽蔑した視点でしか見れなかった人間が数名。
まず親父と当時不倫関係にありながら、内緒で実家へ入り込み、おじいちゃんの寿命を削った加藤皐月。
家から数千万円の金を奪い、親父とは離婚して出ていったようだが、俺自身この話に触れていない為、正確な真偽は分からない。
裏ビデオ屋『メロン』の経営権を事実上乗っ取り、金に卑しい守銭奴の北中。
まるで人を飼うという表現がピッタリな、心の髄まで腐った男。
だがあの男はもう病気で死んだ。
人のケツの毛まで毟り取り、さらにまだ搾取を続けようとしたヤクザの秋田。
そういえば二千十六年に歌舞伎町へ戻ってきて七年経つが、あのクソヤクザを見掛けもしない。
会えば路地に引きずり込み、打突改で頸椎を壊し半身不随にしてやったものを。
憎悪の根はまったく消えていない。
横浜の二俣川で旭総建工業をしている戸田。
あのセコさの構造と、人を兵糧攻めするような冷徹さ。
それでいて自分には一切非が無いよう人を操ろうとする小狡さ。
一時本当に命を捨て掛けたのだ。
あの時の恨みは未だ薄れる事などない。
神田はこれまで挙げた人間の屑の中にも入れられるほど。
無知は罪である。
いや、無神経で他人の腸を貪りような輩は、この世に存在するだけで大迷惑の公害みたいなものだ。
人の誕生日前日に、気持ち悪いメッセージなんて送ってくるんじゃねえよ、屑野郎。
もう永遠にお別れだ。
俺はおまえの寂しさなど、本当にどうでもいい。
金輪際二度と俺に構うな。
薄気味悪い乞食野郎。
何故俺はあんなクソ野郎との縁を切るのに、あれだけの時間を要した?
九州のでったんが会いたいと言ったから?
あの馬鹿の披露宴へ出席するとハガキを出してしまったから?
心の底まで卑しい男相手に、何甘っちょろい事を抜かしてんだ!
だから辛辣を舐め続けたのだ。
俺は……。
数々の限りない屑共を見てきたくせに、若香の金を目当てなんて絶対に微塵も思うなよ。
そこへ行き着いたら、おじいちゃんが築いた家の資産で遊び惚けていた親父と変わらなくなってしまう。
「……」
何の為にずっと血を流し続けてきた?
全日本プロレスへ行ったのは?
総合格闘技へ出場したのは?
ヤクザ相手に引かなかったのは?
裏稼業へ臨んで進んだのは?
自身に流れるこの忌々しい血を、全部吐き出したかったからだろ!
そんな事をしたところで、何一つ変わらない現実があっただけだけど……。
それでも何かに従い、利用されようと騙されようと、ずっとその何かに導かれて自分らしく生きてきたんだ。
ジャンボ鶴田師匠や三沢光晴さん、おじいちゃんの背中には全然追い付けていないけど。
下衆な考えで、これまでの矜持を簡単に捨てるなよ。
そんな生き方していないだろ?
若香へ誓え。
『俺もあなたをずっと大事にします。 岩上20:43』
『だから一番の出会いは目いっぱい相手だよ。一朗は夜何を食べましたか? 朱婧瑶20:47』
俺は智一郎であって、一朗の漢字まで間違えるなよ、こんな時に……。
複雑な気分のまま、作った料理を皿に盛りつける。
『今、茄子とピーマンと玉ねぎのオイスターソース炒めを作り。 岩上20:49』
逐一写真を撮りながら、若香へ見せた。
『ボロネーゼを作り。 岩上20:50』
『いいですね。夜はお酒を飲んでお祝いしましょうか。 朱婧瑶20:51』

だったら六月末など言わず、今すぐ日本へ来いよ。
『本当は若香さんと一緒に飲みたい。 岩上20:52』
『今日はイチローに一杯飲ませてもいいですよ。 朱婧瑶20:53』
酒じゃなくて、おまえに近くに居てほしいんだよ!
冷蔵庫からロース肉を取り出し、フライパンで焼く。
こうやって何だって好きなものを作ってやるから。
『今、肉を焼いていたところです 岩上20:55』
『うわー。これはいいですね。見るからにおいしい。 朱婧瑶20:59』
そうだろ?
バーテンダーとして若い頃懸命に努力してきたこの舌は、調味料だって何だってバランスのいい混合を見分けるんだよ。
『若香さん食べたかったら、いつでも作りますよ! 岩上21:00』
『今はしたくない。イチローが若香に作ってあげたい。ハハ。 朱婧瑶21:03』
また変な日本語を……。

早く会って抱きたい。
そしていっぱい感じた喘ぎ声を聞かせろ。
『早く若香さんに会いたいです。 岩上21:04』
何だよ、すぐ返事しろって。
俺は自分で作った料理をモリモリ食べ出した。
本当に虚しいなあ。
『あと二ヶ月ですね。急がないでね。イチローはご飯を食べ終わりましたか? 朱婧瑶21:14』
『食べ終わりましたよ。 岩上21:14』
ぶっきらぼうに茶碗に残ったご飯を口の中へ入れる。
ついでに作った弁当の写真を見せた。
『量多かったので、弁当も作りました。近くの居酒屋のマスターにあげに行きます。 岩上21:15』
若香も食事中か?
俺は料理ブログを書き始めた。
寿楽→ 生姜焼きと茄子のオイスターソース炒めとボロネーゼの弁当
生姜焼きと茄子のオイスターソース炒めとボロネーゼの弁当作りました。

お昼は小滝橋通り沿いの寿楽行きました。

牛と豚肉のXO醤炒めを注文。
部屋に戻り……。

先日のミートソースの残りを使ってボロネーゼ。

豚肉を焼いて。

味付けして生姜焼き。

茄子を細く切り、ゴマ油で炒めます。

ピーマン投入。

玉ねぎも。

味付けはオイスターソース、味覇、醤油。

片栗粉を水で溶いて最後にトロミをつけます。

こんな感じで完成。

さて喰いきれないから弁当にするかw。

彼女へ記事のURLを送り、LINEでやり取りしながらも、こうして俺はちゃんと料理を作っていたんだぞという過程を自慢する。
『では若香さん、近くの居酒屋軽く飲みに行ってきますね。 岩上21:30』
『いいですね。いいですよ。今日は若香さんがイチローに一杯飲ませることを許しますね。でも飲みすぎないでね。 朱婧瑶21:34』
女を抱きに行く訳じゃないんだから、休みの日に酒ぐらいいいだろ。
まあ前回のように飲み過ぎないようにはするけど。

『心配しないよう早めに帰りますよ。 岩上21:35』
『これが一番ですね。今日はイチローが昼間もあまり寝ていなかったからです。だから夜は若香がイチローに早く休んでもらうよ。 朱婧瑶21:36』
彼女に掛かっちゃ、まるで俺は小さい子のようだ。
『はい、いい子にしますね。 岩上21:38』
『これは正しいです。若香は明日メーデーのゴールデンウィークです。 一日休みますよ。 朱婧瑶21:42』
まあ俺も明日の夜から仕事だから、同じ休みのようなものか。
せっかくの休みなので、大久保駅北口から徒歩一分のこなもんへ向かう。
あれ、階段のところに提灯がついているぞ。
『ゆっくり休んで下さいね。 岩上21:42』
若香へLINEを送り、階段を降りる。
「マスター、飲みに来ました!」
「ああ、岩上さん、いらっしゃいませ」
「いつものお茶ハイと、柚子サワーもらえますか」
「毎度おおきに」
酒とつまみが揃うと早速若香へ写真を送った。
『俺も飲み過ぎないよう気をつけますね。 岩上21:42』
マスターに作った弁当をあげると、喜んでもらってくれる。
『若香さんこれからお風呂でしょう? ゆっくり癒やして下さいね。 岩上21:50』
『お酒を飲むだけですか。どうしておかずを注文しないのですか。お酒を飲むにも雰囲気が必要ですね。 朱婧瑶21:50』
まだ来たばかりなんだって。
さっきまで君と部屋の中で会話していたばかりだろ。
『これから色々来ますよ。着いたばかりの時、若香さんにすぐ連絡したかったんです。 岩上21:52』
マスターと久しぶりにゆっくり話す。
以前一階にあった前の店『串市場ん』と比べると、こなもんは客の数が減ったように感じる。
地下になってしまった立地の違いだろうか。
個人的には前のように串カツなども注文したかった。
しかし鉄板焼きスタイルの店内では、どうしても粉ものが主体になってしまうのは否めない。
さすがにマスターへ、今の金取引の事を言えないよな。
実際ちょっとしか稼げていない訳だし。
『こんなに簡単ですね。なぜ肉料理を注文しないのですか? 朱婧瑶22:03』

シンガポールに住む若香へ、お好み焼きと説明しても分かるのかな。
『イチローはどんなお酒を飲んでいますか。清酒ですか? 朱婧瑶22:03』
『このお店、お好み焼き屋なんですよ。だから肉とかあまり無いんです。 岩上22:03』
あと飲み過ぎていないぞと安心させなきゃね。
『今日はお茶ハイと、柚サワーです。好きなのはスコッチウイスキーですね。 岩上22:04』
『この店にイチローが飲みたいウイスキーがないからですか? イチローはウイスキーが大好きでしょう。 朱婧瑶22:09』
ご名答。
俺のグレンリベット好きは、現地であるスコットランド人が聞くと、喜んで三杯酒を奢ってもらった事があるほど。
『ウイスキー大好きですよ! でも俺の好きなウイスキーは、グレンリベット十二年なんですよ。バーとかいかないと置いてないんです。 岩上22:10』
目の間に山芋のステーキが出てくる。
「岩上さん、お待たせしました」
「ありがとうございます、マスター」
写真を撮って若香へ見せる。
『山井のステーキです 岩上22:10』
山井のステーキって何だよ。
打ち直しだ。
『山芋のステーキ。 岩上22:11』
『この料理はやはりいいですね。イチローはまずよく飲む。若香は先にお風呂に入ります。 朱婧瑶22:20』
おっぱいの写真ぐらい送ってこいよー、若香。
『行ってらっしゃい。ゆっくり浸かって身体を癒やして下さい。 岩上22:21』
「岩上さん、肉はご自分で焼かれますか?」
「ええ、そうします」
彼女が肉肉とうるさいから、実際に焼くところの写真を撮っておこう。

『ちゃんと肉も頼みましたよ。 岩上22:29』
返事ないな。
あ、風呂か。
俺はお代わりをしながらマスターと会話を重ねる。
『これらの種類はやはりいいようですね。これは鉄板焼きですか。味はどうですか。 朱婧瑶22:48』
『鉄板焼ですよ。味は美味しいです。若香さんがこっち来たら連れていきたいお店の一つですね。 岩上22:48』
二人でこの店へ来る姿を想像した。
あと二ヶ月でそれも叶う。
『そうですか。じゃあ、一番特色のある食べ物を食べますね。 朱婧瑶22:49』

うーん、特色とかそういう店じゃないんだけどな。
『そうですね。鰻とか美味しい店も連れていきたいです。 岩上22:50』
肉をひっくり返し、切り分けていく。
『いいですね。どうせおいしいものは全部食べますか。 朱婧瑶22:57』
『そうですね。 岩上22:58』
妙に喉が渇く。
「マスター、両方お代わり下さい」
柚子サワーを手に取り飲んでいると、若香が聞いてくる。
『イチローはどれくらい飲んだの。酔っていると思いませんか。 朱婧瑶22:59』
『俺は酒強いですよ。ウイスキーだとボトル二本飲まないと酔わないくらいです。今日はまだ四杯だけです。 岩上23:00』
まあ飲み過ぎて、彼女を心配させるのもよくない。
『次飲んで、そろそろ帰りますよ。 岩上23:02』
『イチローはこんなに飲めるんだから。では、前回はどうやって飲みすぎましたか。たくさんの種類のお酒を飲みましたか? 朱婧瑶23:02』
前回の川越の時の事を言っているのか。
『前回は川越で六軒、新宿で二軒飲んで、時間にしてお昼から翌日の朝五時くらいまで長時間飲んだので、眠いのと酔ったのでああなりましたね。 岩上23:04』
まったくあの時は、大久保での伊達が本当に余計だった。
『どのくらい飲んだんでしょうね。何杯飲んだか覚えていないんですよ。 岩上23:07』
先週ブログで書いた川越記事を見せる。
『先週川越行った時の記事です。 岩上23:08』
ではそろそろ大人しく帰ろうかな。
『店、会計して出ましたよ。 岩上23:19』
徒歩二分で自称俳優マンションへ着く。
『マンション到着です。 岩上23:22』
あれ、もう若香寝てしまったのだろうか。
『若香さん寝ちゃったかな? おやすみなさい。 岩上23:23』
部屋へ戻ると、こなもんのブログを書き始める。
大久保駅北口徒歩一分のところにあるお好み焼きのこなもんへ。

今日より提灯がつきました。

さっき料理作り過ぎちゃって、こなもんへ持っていきましたw。

ここでは緑茶ハイに、柚子サワーが俺の定番。

お通し出て。

山芋ステーキ頼んで。

豚肉と……。

牛筋の鉄板焼きを注文しました。
ブログを書き終えた頃、若香からLINEが届く。
『確かに寝ました。イチローにおやすみとは言わなかった。目が覚めて一言言った。おやすみイチロー。いい夢だ。また明日。 朱婧瑶23:30』

わざわざ律義に起きてまで……。
『おやすみなさい。俺も部屋に戻りました。ゆっくり休んで下さい。 岩上23:31』
返信すると、俺はベランダへ出てセブンスターに火をつけた。

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