[第三話]石動墓石店の宇宙錬金術 (前回までのあらすじ付き)【AI創作小説】
前回までのあらすじ
人の悪意に触れると、相手が禍々しい姿に見え、激しい耳鳴りに襲われる高校生・石動蓮(いするぎ れん)。
祖父・源造(げんぞう)から渡される不思議な石が、その症状に関係していることに気づき始める。そんな中、クラスメイトの御子柴司(みこしば つかさ)がそばにいると、耳鳴りも異形も一瞬で消えることを知る。
「御子柴も、じいちゃんと同じなんだろうか――」
謎を抱えたまま、蓮は翌日を迎える。
第3話「常世」
世界が、驚くほど静かだった。
昨日、御子柴司の隣に座った、あの一瞬のことを、蓮はまだ体が覚えている。
現実は、昼休みの教室だった。
今朝も、源造は何も言わずに、蓮のポケットへ同じタイガーアイを滑り込ませていった。
誰かの愚痴。誰かの笑い声。誰かの舌打ち。強い悪意というほどではない。
それでも、あちこちから漏れ出す小さな苛立ちや不満が、蓮の中で細かいノイズになって積もっていく。
ザ、ザ、と耳の奥で砂を擦るような音がする。
弁当を食べる手が止まる。誰かが誰かの噂話をしている。誰かが誰かに舌打ちをする。一つひとつは些細なものだ。
けれど蓮の感覚は、その些細さを引き算してくれない。全部そのまま、生の刺激として流れ込んでくる。まるでボリュームを絞れないラジオを、頭の中に埋め込まれているみたいだった。
息苦しさに耐えかねて、蓮は席を立った。
誰にも気づかれないように、廊下へ出る。
と、ちょうど隣のクラスの戸口から、同じように人混みを避けるようにして出てくる男子生徒がいた。
御子柴司だった。
司は面倒くさそうな顔で、ただ黙って廊下を歩いていく。誰かと話す気配もない。
蓮は足を止めた。声をかける勇気なんて、そう簡単には出てこない。
けれど、昨日の、あの「静けさ」を思い出す。
気づけば、蓮は司の背中を追っていた。
自分から誰かを追いかけるなんて、いつぶりだろう。
司が向かった先は、体育館裏の、誰も来ない小さなベンチだった。
蓮は少し離れたところで立ち止まる。声をかけていいのか分からない。
司がふと振り返った。
「座れば?」
それだけだった。責めるでも、驚くでもない。まるで、そこにベンチがあるのが当然だというくらいの温度で。
蓮はおずおずと隣に腰を下ろす。
その瞬間。
フッ……
と、頭の中のノイズが消えた。肩から力が抜ける。息が、勝手に深く吸えるようになる。
しばらく、二人とも何も言わなかった。風の音だけが通り過ぎていく。
「……お前」
司が、視線を空へ向けたまま言った。
「俺の隣にいるとき、なんかホッとした顔するよな」
「え……」
図星を突かれて、蓮は言葉に詰まる。誤魔化そうとして、うまい言葉が出てこない。
「べ、別に、そんな……」
「隠さなくていいけど」
司は興味なさそうに、けれど責めるでもなく言った。
「……まあ、俺の周りって、昔から変に静かだから。気持ちは分かるけど」
司はそう言うと、それ以上は続けなかった。表情に変化はない。それでも蓮には分かった。
司自身も、何かに気づいている。ただ、その正体までは知らないのだと。
「変に静かって……いつから?」
「さあ。物心ついたときには、もう」
司は肩をすくめる。それ以上の関心はなさそうだった。まるで自分の身長や血液型を話すのと同じ温度で、自分の異常さを語っている。
二人の間に、また静かな時間が流れた。チャイムが鳴るまで、蓮はその静けさの中に、ただ座っていた。
放課後。校門を出たところで、紅葉が待っていた。
「れーん! なになに、今日なんか顔色いいじゃん。なんかいいことあった?」
「べ、別に、何もないよ」
紅葉は蓮の肩に腕を回しながら笑う。二十歳、大学二年生。強気で口が達者で、ネットの上ではちょっとした有名人らしい。蓮はよく知らないが、紅葉はスマホの向こうで誰かとよく戦っている。
蓮は今日は、はぐらかされる気はなかった。
「くれは姉。じいちゃんの石って、なんなの?」
紅葉の口の動きが、一瞬止まる。
「昨日も今日もおかしいんだよ。あの石。ボクの耳鳴りも、見えるものも……くれは姉、知ってるんだろ」
「は? 妄想乙。中間テスト近くて頭おかしくなってんじゃないの? あ、それより聞いてよ、昨日また変なアンチが」
紅葉は器用に話をずらし、マシンガンのように喋り始める。誰それのコメント欄が荒れた、ブロックした、通報した。いつもならここで蓮は諦めて、うんうんと聞き役に回る。けれど今日は、黙って紅葉の目を見続けた。
「……くれは姉」
「な、なによ」
「聞いてる。ちゃんと」
「だから何が――」
「じいちゃんの石のこと」
紅葉の早口が、初めて止まった。
「……なんだし」
沈黙が落ちる。数秒。紅葉は視線を泳がせ、スマホをいじるふりをして、明らかに間を稼いでいた。
そのとき、紅葉のスマホの画面右上、小さなインジケーターが、赤く光っているのに蓮は気づいた。
「くれは姉、それ……」
「あっつ!!」
紅葉が叫んで、スマホを地面に落としそうになる。慌てて手のひらの上でぽんぽんと転がすように持ち直す。顔から、さっきまでの余裕が消えていた。
「……やば」
「くれは姉?」
「蓮、行くよ! じいちゃんのとこ、今すぐ!」
紅葉は蓮の腕を引っ張って走り出す。その顔は涙目で、さっきまでの強気はどこにもない。ヒールの音が、いつもより忙しなく舗道を叩く。
「やだやだやだ、これ無理! じいちゃん助けてぇ!」
「くれは姉、そんな喋ってる余裕あるなら、事情を――」
「うるさい! 今喋ったら舌噛む!」
さっきまで「妄想乙」と言い放っていた人と同一人物とは思えなかった。
蓮の耳の奥でも、キィィンと嫌な音が鳴り始めていた。
理由は分からない。
ただ、良くないことが起きているのだけは分かった。
石動墓石店の蔵に駆け込むと、源造は驚きもせずにこちらを見た。
「また限界まで溜め込んできたか」
呆れたような声。紅葉のスマホを受け取り、裏側から小さな石を取り出す。それから源造は蓮の方を向いた。
「お前のも出せ」
蓮はポケットからタイガーアイを差し出す。源造はそれを黙って受け取ると、蔵の最奥へと歩いていった。
石動墓石店の蔵の奥には、古い墓石や道具に混じって、明らかに似つかわしくないものがあった。
金属とも石ともつかない、幾何学模様の溝が壁一面に走っている。中央には、儀式台のような台座。線香の匂いと、埃をかぶった木箱の重なりの向こうに、それだけが異質な光沢を放っていた。
源造が二つの石をそこへ置く。
石の内部で、虹色の光がゆっくりと浮かび上がる。まるで石そのものが呼吸をしているようだった。
シュウウウ……
光が台座へ吸い込まれ、壁の溝を伝って走っていく。
あのとき――マラカイトが割れた日、蓮が見たのはここまでだった。今日は違った。

溝を伝った光は、蔵のさらに奥にある、重い引き戸の向こうの部屋へと消えていく。
源造がその戸を無造作に開け放つと、ガチ、ガチ、ガチ……と、機械のようなメーターが上がっていく音が響いた。
幾何学模様の管の中を、光が幾筋にも分かれて走り、集まり、また分かれ、精錬されていくのが見える。天井近くには見たこともない結晶の塊が吊るされ、そこへ光が吸い込まれるたび、かすかに脈打つように明滅した。
和蝋燭と墓石の匂いがする蔵の奥に、見たこともない装置が息づいている。木と石の匂いの中に、金属と、何か焦げたような不思議な匂いが混じっている。
その異様さと、なぜか美しいとさえ思える光景に、蓮はしばらく声も出せなかった。
頭の中で、ばらばらだった出来事が、一つずつ繋がっていく。
拓海が急に大人しくなった。
マラカイトが割れた。
石を持つと、耳鳴りが少しだけ楽になった。
紅葉のスマホが、真っ赤に熱を持った。
そして今、その石から、何かが抜けていく。
もしかして。
あの石――。
ボクたちの周りにある、あの嫌なものを。
ずっと、吸い取ってた……?
答えのようで、答えではない。それでも、その予感は蓮の中で、確信に近いものに変わっていく。手のひらには、タイガーアイの熱がまだ微かに残っている気がした。
光の流れが止まる。装置の音が静かになる。蔵の中に、線香の匂いだけが戻ってくる。
「よし」
源造が呟いた。
「これで『常世』への上納分はクリアじゃ」
「……常世(とこよ)?」
源造は答えなかった。石を手に取り、紅葉のスマホへ戻す。
紅葉はへたり込んだまま、まだ涙目で「はぁ……死ぬかと思った……」とつぶやいている。さっきまでの強気なインフルエンサーの顔は、もうどこにもなかった。
「くれは姉、大丈夫?」
「大丈夫じゃない……次から自分でちゃんと定期的に持ってくる
……もうあんな熱いの絶対いや……」
紅葉はぶつぶつ言いながら、壁にもたれて座り込んでいる。源造はそんな紅葉には目もくれず、最後に、蓮のタイガーアイだけを手のひらに残した。
じっと見つめる。
それまでとは、少し違う目だった。
長い沈黙があった。蔵の中の空気が、少しだけ冷たくなった気がした。
「……早すぎるな」
「え? 何が?」
源造は答えなかった。タイガーアイを蓮の手のひらへ、そっと戻す。指先が、いつもより少しだけ強く握られた気がした。
それから、まっすぐに蓮を見た。祖父のその目を、蓮はこれまで見たことがなかった。
「明日から、それ一つで学校へ行くな」
一番初めから読みたい方
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