[第二話]石動墓石店の宇宙錬金術 〜地球人の悪意、回収します〜【AI創作小説】
石動墓石店の宇宙錬金術 〜地球人の悪意、回収します〜
第2話「静かな人」
朝の石動家には、いつも通りの声が響いていた。
「周! またお味噌汁の火、つけっぱなしにしてたでしょ!」
「……ああ、朝美さん、それ多分、俺じゃなくて源造さんが」
「言い訳しない! もう、あなたって本当に……」
台所に立つ朝美の小言に、周はへらりと笑って肩をすくめるだけだった。
無職で、飄々としていて、何を言われてものらりくらりとかわしてしまう夫。
朝美は分かりやすくむくれながら、味噌汁の入ったお椀を押しつけるように周へ渡す。
「はいはい、朝美さんの言う通りです」
「はいは一回!」
蓮はその横をすり抜けるようにして席についた。
父はいつも通り怒られていて、母はいつも通り怒っている。
ありふれた、代わり映えのしない朝の風景。
けれど蓮にとっては、数少ない「何も見えず、何も聞こえない」安全な時間でもあった。
朝食のテーブルで、蓮はずっと聞きたかったことを口にした。
「じいちゃん。昨日……拓海に、何したの?」
「何もしとらん」
源造は味噌汁をすすりながら、目も合わせずに言った。
「だ、だって、急に大人しくなって帰ったじゃん。絶対おかしいよ」
源造は何も答えず、ただ黙々と味噌汁をすすり続けていた。
その沈黙に耐えきれず、蓮は身を乗り出すように言葉を続けた。
「……じいちゃん、何者なの? 石に細工してるの?」
…
「お前にはまだ早い」
それだけだった。
それ以上は何も語らない。
いつものことだ。
源造は、聞かれたくないことには職人らしい無愛想さで蓋をする。
源造は立ち上がりざま、蓮の学生服のポケットへ、するりと何かを滑り込ませた。
硬くて、ほんの少し温かい石の感触。
「今日はこれを持っていけ」
蓮はポケットから取り出して確かめる。
金色と茶色の縞模様が、光の当たる角度によって一本の帯になって走る石だった。
「……タイガーアイ?」
「虎目石じゃ。目ん玉みたいに、じっとお前を見張っとる」
源造はそう言うと、それ以上説明せず、店の奥へと消えていった。
蓮は石をぎゅっと握りしめ、いってきますも言わずに家を出た。
昨日、蓮が握っていたマラカイトは、突然砕け散った。
あの瞬間、拓海の中の何かが抜け落ちたように見えた。
石が壊れたことと、拓海が大人しくなったこと。
偶然だとは、どうしても思えなかった。
じいちゃんは、いったい何者なんだろう。
「――じっとお前を見張っとる」
頭の中でふとその声が蘇り、蓮はポケットの上から石をそっと押さえた。
まさか、とは思う。
ただの石だ。
……たぶん。
そんな疑問を抱えたまま、蓮は学校へと向かった。
教室に入ると、拓海は自分の席でぼんやりと窓の外を見ていた。
昨日までの、獲物を見るような目つきはどこにもない。
蓮が自分の席へ向かおうと拓海の机の横を通りかかったとき、ちょうど拓海の取り巻きの一人――佐伯が教室に入ってきた。
「おう! 拓海、おはよ!」
いつも通りの、やけに声の大きい挨拶。
拓海はのろのろと顔を上げ、
「ん、あぁ……」
とだけ言って、また窓へ視線を戻した。
返事にすらなっていない、ただ音を発しただけのような言葉。
牙を抜かれた獣のようだった。
佐伯はその反応を訝しむように一瞬眉をひそめたが、それ以上は何も言わず自分の席へ向かった。
蓮は少し離れた場所からその様子を見て、肩の力が抜けるのを感じた。
今日は、大丈夫かもしれない。
そう思ったのも束の間だった。
休み時間、佐伯が、ずかずかと蓮の机までやってきた。
「なあ、石動」
佐伯は机に片手をついて、蓮を見下ろした。
「お前、昨日拓海のこと、お前んとこの変なじじいにチクっただろ。大人の力借りるとか、だせぇんだよ」
「……言ってない」
「じゃあ何であいつ、急にあんな腑抜けになってんだよ」
答えようがなかった。
答えを持っているのは蓮ではなく、あの店の奥にいる祖父だけだ。
「気持ち悪いんだよ、お前」
佐伯の声が、蓮の頭の中でキィンと反響する。
誰かの悪意に触れるたび、蓮の目には、その人間が本来の姿を失っていくのが見える。
佐伯の輪郭が滲み、肩のあたりから黒い靄のようなものが立ち上り始めた。
禍々しい何かに変わっていく前段階。
蓮はその予兆を、何年も前から知っていた。
佐伯はそのまま蓮の筆箱を床に払い落とした。
ペンが転がり、無造作に踏みつけられる。
芯の折れる小さな音が、やけに大きく響いた。
取り巻きのもう一人が蓮のスマホを取り上げ、勝手にロックを外そうと画面をつつく。
「これ、クラスLINEに載せてやろうぜ」
「え、や、返し――」
声は届かなかった。
誰かが操作した画面に、蓮の顔写真と一緒に、
『僕はおどおどしたゴミです』
という一文が投稿される。
ピコン、と通知音が鳴る。
教室のあちこちで、スマホを確認する音が連鎖する。
クラスの何人かがこちらをちらりと見て、すぐに目を逸らした。
誰も止めない。
小声で何か話している女子たちの声が、耳鳴りに混じって聞こえる。
蓮の目には、教室全体が薄墨色のヘドロに覆われていくように映った。
助けを求める声すら、出せなかった。
スマホがまた震える。
ピコン。ピコン。ピコン。
通知音が重なるたびに、頭の奥でキィィィィンという耳鳴りが跳ね上がる。
蓮はポケットの中のタイガーアイを握りしめた。
石はじんわりと熱を持ち始める。
いつもなら、これで少しは楽になるはずだった。
けれど今日は違った。
熱は上がる一方で、耳鳴りはまるで治まらない。
視界がぐらつく。
息が浅くなる。
保健室に逃げようにも、足が動かない。
立ち上がった瞬間、
床が波打つような錯覚に襲われた。
周りを囲む取り巻きの視線が、じわじわと肩に圧しかかってくる。
その外側では、見て見ぬふりを決め込んだクラスメイトたちの空気が、薄い膜のように蓮を包み込み、逃げ場を塞いでいく。
誰も助けてくれない、その事実そのものが、体温を奪うように重かった。
蓮はまた椅子に座り込んだ。
じいちゃんの石さえあれば大丈夫だと、どこかで思っていた。
その前提が、音を立てて崩れていく。
――誰か。
声にならない声で、蓮はそう思った。
そのとき、教室の入り口に、隣のクラスの制服がふらりと現れた。
「石動、ノート、返しに来た」
御子柴 司(みこしば つかさ)だった。
手には一冊のノートを持ったまま、教室の中を一度だけ、ゆっくりと見回す。
騒ぐでもなく、驚くでもない。
ただ状況を確認するような、静かな視線だった。
女子たちの視線が一斉に司へ向く。
さっきまで蓮を遠巻きに眺めていた空気が、一瞬でざわめきの質を変えた。
「あ、御子柴じゃん」
「なんで来てんの」
「え、うそ、なんで御子柴君いるの」
そんな囁きが交錯する中、司は蓮のスマホを握ったままの取り巻きの手から、まるで最初からそこにあった自分の持ち物を回収するかのように、ノールックで抜き取った。
「あ……」
止める間もなかった。
司はスマホを、持っていたノートの上に重ねるようにして、蓮の机の上へ、こと、と置く。
「ノート、ここ置いとくから」
そして、当然のように蓮の机の端に腰を下ろした。
距離にして一メートルもない。
その瞬間だった。
ブツッ、と。
蓮の中で、何かが断ち切られる感覚があった。
耳鳴りが小さくなっていくのではない。
段階を踏まずに、いきなりゼロになった。
教室のざわめきは変わらず聞こえているのに、あの薄墨色のヘドロが、嘘のように消えている。
さっきまで禍々しい何かを纏っていたクラスメイトたちが、瞬きひとつの間に、ただの高校生の顔に戻っていた。
蓮は言葉を失って、隣に座る司を見た。
ノートをめくる横顔は、何事もなかったかのように涼しいままだった。
――なんで。
この人の隣だけ、こんなに静かなんだろう。
スマホを取られていた佐伯が、我に返ったように顔を歪めた。
「あ? お前、関係ねえだろ、御子柴」
司はゆっくりと視線を上げ、佐伯を見た。
睨みつけるのではない。ただ、じっと。
まるで知らない生き物の生態でも観察するような目だった。
「え? 何が?」
短い一言。それだけだった。
佐伯はさらに何か言い返そうと口を開くが、続く言葉が出てこない。
声を張り上げる勢いだけが、急速にしぼんでいく。
まるで燃え盛っていた火に、透明な蓋をかぶせられたかのように。
周りの生徒からも、
「御子柴に絡むのやめとけって」
という声が漏れる。
佐伯は顔を赤くしたまま、何も言えずに視線を逸らし、取り巻きを連れて教室の隅へと引き上げていった。
蓮には、それが御子柴家の名前のせいなのか、司自身の何かのせいなのか、判別がつかなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
あの人がそばにいる間、何もかもが、静かだった。
しばらくの沈黙のあと、蓮はようやく口を開いた。
「……ありがとう」
「何が?」
司は本気で分からないという顔をしていた。
演技には見えなかった。
彼にとっては、たまたま目についたスマホを取って返した、その程度の出来事でしかないらしい。
「ノート、返しに来ただけだから」
そう言うと、司は席を立ち、蓮から離れていく。
キーン。
微かな耳鳴りが、また戻ってきた。
さっきに比べればずっと小さいけれど、確かに存在する不快な高音。
司が忘れ物でもしたように、もう一度こちらに近づいてくる。
――消える。
蓮は自分の心臓が跳ねるのを感じた。偶然、ではない。
司は何も気づかない様子で、鞄を持ち直すと、軽く手を上げて自分の教室へ戻っていった。
蓮はポケットの中のタイガーアイを取り出し、窓の光にかざした。
朝よりも、石の中を走る光の帯が鮮明になっている気がした。
金色の一本の筋が、ゆっくりと石の内側で揺れる。
夜、石動墓石店の蔵。
源造は蓮から石を受け取ると、ランプの明かりの下でしばらく黙って眺めていた。
「ほう」
「じいちゃん?」
「良い盾を見つけたな」
「え? 盾って――」
「独り言だ」
源造はそれきり何も言わず、石を布に包んで棚へしまった。
いつものように、何も説明してくれない。
布団に入ってから、蓮は今日一日を思い返した。
御子柴が近づいた瞬間、耳鳴りが消えた。
禍々しい何かに見えていたクラスメイトが、ただの高校生に戻った。
昨日は、じいちゃんの前で拓海がおかしくなった。
今日は、御子柴の隣で世界がおかしくなった。
いや――と、蓮は寝返りを打ちながら思い直す。
おかしくなったんじゃない。
あれは、元に戻っただけなんじゃないか。
だとしたら。
御子柴も、じいちゃんと同じなんだろうか。
答えの出ない問いを抱えたまま、蓮はタイガーアイの熱をまだ指先に覚えている気がして、そっと拳を握った。
――第2話・終。
<キャラクター紹介>

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