驚き。矢野耕平先生記事 保護者を切り捨てる教室は子供に本当にあたたかい?感想/教育熱心の最後の1年
あまりにも細部が似ている事例
矢野耕平先生の「周りがやっているから」で中学受験を決めていい? という記事を読んだ。
その中に、中学受験に向き合う親の「覚悟」を問う文章がある。
正直に言うと、そこに書かれている事例の細部があまりにも自分と重なりもう怖くて、心がえぐられてよみつづけるのがきつかった。
これは、私のことだろうか——そう感じるほどだった。
もし私でなくても、
子どもが習い事と受験のあいだで揺れた経験のある親なら、胸をえぐられるような思いで読むのではないだろうか。
私にとっては、そういう文章だった。
ちなみに我が家の中学受験についてはこちら。
バレエと中学受験の両立、よそはよそ、うちはうち、といった私が当時書いていた言葉とこの記事で徹底糾弾される保護者と私がほぼ重なるものがあって、ほんとキツイ記事でした。
指摘の正しさ
内容そのものに、論理的な無理を感じたわけではない。
中学受験は過酷であること。
両立は簡単ではないこと。
成功談ばかりが語られ、成果バイアスが生まれること。
どれも、間違っていないと思う。
現実は甘くない。
覚悟は必要だ。
それは、事実だろう。
それでも残った違和感
けれど、読み終えて心がえぐられるような感覚の後に残ったのは主張の「正しさ」よりも違和感だった。
それは内容ではなく、語り口と上からの断罪的な表現にあったのかもしれない。
親を分類する言葉。
親の迷いを「覚悟不足」と整理する構図。
未熟さを断じる前提。
教育に関わる立場の人が、揺れている親を「切る側」に立つとき、
その言葉の温度は、どれくらい残っているのだろう。
親はなぜ迷うのか
中学受験は、確かに家庭を大きく変える。
時間も、経済も、生活も。
家族の会話の重心まで変わっていく。
だからこそ、親は迷う。
迷うからこそ、揺れる。
迷いを「流された」と整理すれば、構造はわかりやすくなる。
ラベルを貼れば、議論もしやすい。
でも、教育とは本来、
そんなに簡単に切り分けられる営みだっただろうか。
矢野耕平先生の中学受験生の親への警鐘は、
しばしばレッテルとラベリングの形をとり、
私自身は親として傷つくことが多い。
先日出されたご本、
「ネオ・ネグレクト」はその典型例だろう。
教師の言葉がつくる空気
教師が強い言葉で親を分類し
ラベリングやレッテル貼りを始めるとき、
親は本音を語りづらくなる。
迷いは沈黙に変わり、
弱音は消えていく。
その空気のなかで育つ子どもは、
本当に守られているのだろうか。
私は思う。
親の尊厳が守られない場所で、
子どもの尊厳だけが守られることは
ないのではないか、と。
家庭と教育は、
本来、対立するものではない。
支え合う関係であってほしい。
また、子供の環境は、
親だけによってつくられてはいない。
レッテルはどこへ向かうか
中学受験関係の記事では、
「未熟な親」「覚悟のない親」という言葉が、
軽く使われるのをよく目にする。
それが広がっていくことが、
私は少し怖い。
なぜなら、親にレッテルを貼る姿勢は、
やがて子どもにも向かう可能性があるからだ。
子どもはそれを敏感に感じると思う。
私は決して完璧な親ではない。
というか、ダメ親だと思うし、
未熟なところが多いと思う。
それでも、
その時々で精一杯向き合ってきた。
私の親もきっと同じだっただろう。
けれど、少なくとも、
私の親を「未熟なダメな親」と
公然と断じる教師が
わたしと親の周りにはいなかった。
そのことは、今思えば、
子供の私にとって
とても大きな安心だった。
教師が自分の親に貼ったレッテルを
子供は敏感に感じる。
子供自身も
親と自分を完全に別の人間とは
まだとらえられず、
地続きな連続したものと
認識するぐらいの年齢だ。
年齢ということはできないかな?
すくなくともわたしは
そういう風に子供の自分と親を見ていた。
覚悟を問う前の関係性
親が覚悟ををもつことは重要だと思う。
教師が親に現実を示すことも大切だろう。
でもその前に。
親を切ったりレッテルを貼って
分類する言葉が、
正義のように中学受験塾の教師の間で広がっていないか?
親を断罪する空気がそう言う教師の教室にないか?
は重要な気がする。
特に、教室の空気は、
教師と子供にしか感じられない。
親は常に不在で、
背景説明をする機会ももたないからだ。
また個人的な話を恐縮だが、
私の母は
「子供を3人もてたらいいなと思っていたの。
2人だけだとものすごく仲良くなるかもしれない。
だけど、親が死んだ後子供だけになって
3人だと、意見が偏りにくくて
3人のうち2人が仲違いしても、
3人目はどちらと同じ立場であっても
別の人間だから、
どこかに2人の解決の糸口を探してくれると思う」
ということを言っていたのを
思い出す」
中学受験という緊張の高い場面で、
私たち親は「正しさ」と「温度」の両方を
そんなに上手にもてるものだろうか?
持てない時。
そこに教師の親批判がウェブメディアを通じて、
書籍を通じて
Xを通じて、
毎日の教室で皮肉のように使われる
子供のためーと言う時に
揺れる親に必要なのは、
極端な事例を持って
本当にこんな風に
「覚悟を突きつける言葉」なのだろうか?
教師が親を未熟と断罪するとき、その親の子供は見守ってくれない? 子供を思うと萎縮する
この文章の中に
先生ご自身の教師としての
揺れる親への共感や
思いやりは私は感じなかった。
この先生が、
わたしのように覚悟が決まっていない未熟な親の子供と
先生的に覚悟が決まった親の子供と
同様に接していただける、
という印象はもたなかった。
親が先生の前で迷いを語ってもいいと思える関係が
もてる温かさは感じなかった。
この記事がPHP研究所の
オンラインメディア上の文章であることにも
とても驚いた。
PHP研究所は、
子供を、親と学校とその周囲の人々みんなで
温かく見守っていきましょう。
というメディアだというイメージをもっていたから。
中学受験は、ー
親の「覚悟」が決まる前に時間がきて、
いそがしさのなかで、
子供にせがまれて、
親が楽しい中高一貫校生活を送ったからと
中学受験を選ぶ。
その過酷な道を一緒に進んでくれるのが塾だ、
子どもも親も初めて歩く道だ。
中学受験のとき、わたしはどんな先生のいる教室を
選んだらよかったのだろうか?
今、中学受験を終えて
上の子が高2の最後の
期末試験の前のタイミングになってきた。
中学受験のときを経て、
大学受験で
子供と私はどんな塾を選ぶんだろう?
私のなかの塾選びのひとつの答えが
「北極星を見る先生と、
目の前の波を見てくれる先生」
という問いだ。
もっと考えてむきあっていきたい。
ちなみに、記事で
先生が本当に批判したかったことについても
感じるところがあった。
先生がこのウェブメディアの記事で
先生がしたかったことのもう一つが、
強い言葉で親を断罪して批判して
親が「受験の過程」を
発信するなということでは
ないかという気もしている。
私は、子供の大学受験の「過程」を
noteにしている。
受験はサマリーして後で思い出せば、
先生ありがとう、塾が合格させてくれましたと
なるものが多い。
一方、「過程」はそれだけには決してならない。
先生ありがとうと言う日もあれば、
先生もっとみてくれたらいいのにと言う日もある。
それも含めてが親の「迷い」であり、
受験が瞬間でない取り組みだということだと思う。
教師としてはそういものが
オンライン上に
自分の示唆的な結論の記事と同等に
並んでいることに苛立つのかもしれない。
例えば↓こういうもの。
高2の2月数Ⅲ「極限」テスト前日、母と娘の状況確認 そもそも何を聞いたらいいの?/教育熱心の最後の1年
医学部予備校の面談温室ぬくぬく中高一貫生と ここ落ちたら希望の進路を進めないと思っている高校生の違いってなんだとおもう?
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今回の矢野耕平先生の記事で言えば、
中学受験時代に赤裸々に書いていた
知識ゼロからの日記なども
苛立つのだろう。
露悪的だと思う人が多いし、
陰で笑っている人が多いことも知っている。
だけれど、私は自分が迷う中学受験の親であったとき、
同士の歩んだ時間の中で感じたことを知りたかった。
だから書いて残している。
またまた余談だが、
卵巣がんと子宮体癌が突然わかり、
5年生存率50%と言われている。
予後の悪い癌であり、
乳がんのように周囲に罹患して生きている人はいない。
だから私はいつも同じ時間をどこかで過ごしている人を
探している。
暗いトンネルを歩く時、
今歩いていて抜けようとしている人の気配が
なんとか次の一歩を歩ませてくれる。
あとでサマリーしたものでなく、
そのとき、その時点でしか感じられない
不安や苦しみや、幸せがあるからだ。
更新されていくのを見るたびに、
どこかで向き合っている
同じ苦しみの中にいる人が「いる」ことが、
今の私には平静を保つ唯一の支えだ。
受験の過程を発信してくだっさった、
またくださっている皆様、
癌の闘病記を垣間見させてくださった、
またくださっている皆様。
ありがとうございます。
と思う。
北極星を見る先生と目の前の波を見てくれる先生について考えている過程
北極星を見る 小川大介先生の炎上について
この記事を書くきっかけになった、矢野耕平先生のPHP研究所の記事
矢野先生の「ネオ・ネグレクト」に関する私の意見
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医学部受験を突然子どもがするといい始めて、、、どうする? 情報収集メモ。合格するかは神のみぞ知る。志望変更可能性大。
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