『さよならの向こう側』第6回 娘の思い、明日香の思い(孝輔視点)#創作大賞2025 #恋愛小説部門
控え室でネクタイを直していると、
娘の晴美がスカートの裾を少し気にしながら近づいてきた。
今日は黒のボレロに、淡いブルーのワンピース。
少し緊張した面持ちで、手には小さな花束を握っている。
「どう? 変じゃない?」
「全然。すごく似合ってる。お姫様みたいだよ」
そう言うと、彼女は無言で僕の腕を軽くつかんだ。
手のひらは冷たかったけれど、きゅっと掴む力は強い。
初めての結婚式で、人の多さにも、場の華やかさにも、
きっと緊張しているんだ。
中庭では、まるで海外映画のワンシーンみたいに式が進んでいた。
石畳のヴァージンロード、純白のバージンロードランナー、
花びらを撒く子どもたちの後ろ姿。
木漏れ日がベールの向こうに揺れて、
萌さんが新婦として中央に立つと、
参列者から小さな歓声があがった。
僕と晴美はその後ろの席に並んで立っていた。
ふと視線を感じて顔を上げると、
明日香が遠くからこちらを見つけて
小さく手を振ってくれた。
ライトベージュのドレス、揺れる髪、
少し驚いたように目を見開く晴美。
僕は娘に顔を向けた。
「さっき話した人。
あの人が……明日香さん」
「ふーん」
晴美は目を細めたまま、無表情でそう答えた。
式が終わって披露宴会場へ移ると、
明日香がグラスを手に僕たちのテーブルへ向かってきた。
少し緊張しているのが分かる。
でも、柔らかく、やさしい笑顔だった。
「晴美ちゃんね。
こんにちは、はじめまして」
「……」
晴美は僕の後ろに一歩下がった。
手にしていたナプキンを強く握りしめている。
「晴美、ちゃんとご挨拶」
「……こんにちゎ」
声は聞こえるか聞こえないかくらいだった。
明日香はそれでも穏やかに笑って、
「かわいいドレスだね。
ブルーがすごく似合ってる」
と声をかけた。
けれど、晴美はぴくりとも表情を変えず、
僕のジャケットの袖をぎゅっと掴んだ。
「もう席戻っていいよね?パパ」
その声は低くて、怒ったように聞こえた。
「ごめんね、晴美ちゃん。
なんか緊張させちゃったかな」
明日香がそう言った瞬間、晴美が鋭く言い放った。
「パパに近づかないで」
まるで、刃のような声だった。
周囲が一瞬ざわついた気がした。
でも何より、明日香が一瞬だけ、
ほんの一瞬だけ動きを止めたのが、僕には痛いほどわかった。
「そんな言い方、失礼だぞ、晴美」
「だって……パパが誰かと仲良くするの、きもすぎ。
ずっと二人でいいって言ったじゃん」
僕は言葉を失った。
晴美の目は、泣き出す寸前みたいに潤んでいた。
けれど涙はこぼさない。
そのかわり、感情を噛み殺すように、唇をぎゅっと結んでいた。
明日香は何か言いかけて、でもやめた。
グラスを胸元で持ち直して、かすかに笑って見せた。
「そっか…。
ごめんね、急に来ちゃって。
パパを取るなんて、おばさん、そんなんじゃないよ」
そう言って、くるりと背を向けた。
僕は明日香を追いかけようとした。
けれど、背後で晴美の小さな手が、
僕のシャツの裾をつかんだまま離さなかった。
(つづく)
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※このお話はフィクションです。実在するお店や施設が登場しますが、メニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。
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