『さよならの向こう側』第21回 声を聴かせて(前編) #創作大賞2025 #恋愛小説部門
毎日更新中、あと2回で最終話です。ぜひ最後までお楽しみください。
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朝の光が、ゆっくりとカーテンの隙間から差し込んでくる。
リビングには、パパはまだいない。
晴美はめずらしく早起きしてカーテンを開け、静かに深呼吸をした。
いつもと同じ朝。でも、違う。
今日は、作曲コンクールの本番だ。
カーテン越しの光に照らされながら、晴美はひとり起き上がり、部屋を出る。
*
朝食の準備をしている孝輔の背中に、晴美が声をかける。
「お父さん、今日……大丈夫そ?」
「もちろん。絶対行くよ」
孝輔はにっこりと笑って答える。その表情には、不安よりも希望がにじんでいた。
ふと、晴美が口を開く。
「…⋯明日香⋯さんも、来るの?」
孝輔は手を止め、少しだけ表情を曇らせる。
「うん、来たいって言ってた。
でも無理にとは言ってないよ。晴美が嫌なら…」
晴美は首を振る。
「……どっちでもいい。来ても来なくても、どっちでも」
けれどその声は、ほんのわずかに揺れていた。
*
会場に向かう車内。窓の外を見つめながら、晴美はふと小さくつぶやいた。
「あの曲、さんざん練習してきたけど、
結局つかめなかった。
どういう気持ちで、弾いたらいいのか」
「晴美が思う“おかあさん”を、そのまま音にすればいいと思うよ」
運転席でハンドルを握る孝輔は、穏やかに答える。
「思うって……よくわかんないよ。
だって、わたしのお母さんはさ」
小さな声で呟く晴美の目が、バックミラーに映った自分を見ていた。
「怒ってるのか、悲しいのか、それとも……さみしいのか」
「こんな風に考えたらどうだろう。
今、もしお母さんが生きて、この場所にいたら、晴美がしてほしいこと。
言ってほしいこと。
いっぱいごちそう作ってほしいのか、
晴美を抱きしめて褒めてほしいのか。
ステージに立ったら、目を閉じて
してほしいことを、心に浮かべて、
そのとき、浮かんできた気持ちのままに、弾けばいいんだよ」
ふーん、と言って晴美は窓の向こうに視線を投げた。
大丈夫、伝わった。
*
開演前の控室。
晴美は椅子に座り、目を閉じている。周囲のざわめきが遠ざかってゆく。
控室の扉がそっと開いた。
カサブランカをあしらった大きな花束を持った明日香が、遠慮がちに顔をのぞかせる。
「……ごめん、少しだけ。顔を見たくて」
晴美は反応しない。沈黙の時間が流れる。
明日香が一歩だけ、近づいた。
「ありがとう。わたしをここに呼んでくれて……」
その言葉に、晴美はゆっくりとうなづいた。
そして、視線を逸らすように、窓の方を見た。
「……行って。集中、したいから」
「……うん、わかった」
明日香は静かにうなずき、控室をあとにする。
*
ステージに上がる直前、舞台袖で、晴美はふと立ち止まる。
客席には、孝輔の姿。そして、少し離れた席に、明日香もいた。
胸の奥に、何か熱いものが込み上げてくる。
(わたしは……)
スポットライトが彼女を照らす。
ピアノの前に座った晴美は、深呼吸し、鍵盤に手を置いた。
——最初の一音。
それは、とてもやさしくて、とてもさびしい音だった。
そして、晴美の演奏する、「おかあさん」が始まった。
(つづく)
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※このお話はフィクションです。登場するお店のメニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。
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