『さよならの向こう側』第22回 声を聴かせて(後編) #創作大賞2025 #恋愛小説部門
毎日更新中、あと1回で最終話です。ぜひ最後までお楽しみください。
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舞台は、都内の音楽ホール。
ピアノの最初の音が響いた瞬間、会場は静まり返った。
穏やかな旋律。やがて熱を帯びていくリズム。
その音には、誰かを待つ切なさと、手を伸ばす勇気が宿っていた。
おかあさん。
晴美は、ここにいます。
たとえあなたが、遠い星の彼方にいようとも。
たとえあなたが、深い心の暗闇にいようとも。
わたしはここで、あなたからの声に
耳を澄ましているから
声を、聴かせて。
ピアノはそうささやいて、どこかにいる「おかあさん」からの声を待ち焦がれる。
晴美。
お母さんも、ここにいます。
過去の後悔も、迷いも、すべてを赦すような音が胸を満たしていく。
もう、どこへも行かないから。
明日香の頬に、静かに涙がつたう。
どこか遠いところから流れてくるかのように。尽きることなく、涙が湧く場所がどこかにある。
孝輔が気づいて、無言で涙を拭いてくれた。
*
演奏が終わると、会場からは大きな拍手が送られた。
晴美は、軽く会釈をして袖へと戻るが、ステージを降りるその瞬間、一度だけ、客席の明日香と目を合わせた。
何も言わなかった。けれど、その瞳に確かに「何か」が宿っていた。
*
表彰式が終わり、入賞者としてステージに呼ばれた晴美は、賞状を受け取りながらも、すぐに会場を出ようとする。
控室に戻った彼女のもとへ、明日香が静かに近づいた。
「晴美ちゃん……おめでとう」
その声に、晴美は立ち止まる。背を向けたまま、短く答える。
「……ありがとう」
明日香は言葉に詰まり、黙ってしまう。
「もう、恥ずかしいから後にして。
わたし、そんなに、すぐには変われないよ、明日香…さん」
その言葉に、明日香は震える声で答えた。
「変わらなくていいの。ただ……あなたがどんな気持ちで曲を弾いたのか、それを聴けただけで、十分だった」
沈黙。
やがて、晴美はポツリと言う。
「お母さんが死んじゃってから、ずっと、ひとりだった。
お父さんはいたけど、でも……
今日、あの曲を弾いてたら、
どこにいようとも、わたしが声を聴けばいいんだって、思えた」
明日香は、涙をこらえながらそっと言葉を重ねた。
「晴美……ありがとう。わたしも、ここにいるよって、送ったよ、声」
ふたりの間には、まだ深い隔たりがある。
けれど、確かに“音”が、その距離を少しだけ近づけた。
そのまま、晴美は一礼し、控室を出ていく。
明日香はその背を見送りながら、静かに、立ち尽くしていた。
——この子がくれた音が、わたしをここに引き戻してくれた。
ホールの外には、夏の夕陽がやわらかく沈みかけていた。
(つづく)
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※このお話はフィクションです。登場するお店のメニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。
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