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『さよならの向こう側』第22回 声を聴かせて(後編) #創作大賞2025 #恋愛小説部門 

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舞台は、都内の音楽ホール。
ピアノの最初の音が響いた瞬間、会場は静まり返った。

穏やかな旋律。やがて熱を帯びていくリズム。
その音には、誰かを待つ切なさと、手を伸ばす勇気が宿っていた。

おかあさん。
晴美は、ここにいます。
たとえあなたが、遠い星の彼方にいようとも。
たとえあなたが、深い心の暗闇にいようとも。

わたしはここで、あなたからの声に
耳を澄ましているから
声を、聴かせて。

ピアノはそうささやいて、どこかにいる「おかあさん」からの声を待ち焦がれる。


晴美。
お母さんも、ここにいます。
過去の後悔も、迷いも、すべてを赦すような音が胸を満たしていく。
もう、どこへも行かないから。

明日香の頬に、静かに涙がつたう。

どこか遠いところから流れてくるかのように。尽きることなく、涙が湧く場所がどこかにある。

孝輔が気づいて、無言で涙を拭いてくれた。

演奏が終わると、会場からは大きな拍手が送られた。
晴美は、軽く会釈をして袖へと戻るが、ステージを降りるその瞬間、一度だけ、客席の明日香と目を合わせた。

何も言わなかった。けれど、その瞳に確かに「何か」が宿っていた。

表彰式が終わり、入賞者としてステージに呼ばれた晴美は、賞状を受け取りながらも、すぐに会場を出ようとする。

控室に戻った彼女のもとへ、明日香が静かに近づいた。

「晴美ちゃん……おめでとう」

その声に、晴美は立ち止まる。背を向けたまま、短く答える。

「……ありがとう」

明日香は言葉に詰まり、黙ってしまう。

「もう、恥ずかしいから後にして。
 わたし、そんなに、すぐには変われないよ、明日香…さん」

その言葉に、明日香は震える声で答えた。

「変わらなくていいの。ただ……あなたがどんな気持ちで曲を弾いたのか、それを聴けただけで、十分だった」

沈黙。

やがて、晴美はポツリと言う。

「お母さんが死んじゃってから、ずっと、ひとりだった。
 お父さんはいたけど、でも……

 今日、あの曲を弾いてたら、
 どこにいようとも、わたしが声を聴けばいいんだって、思えた」

明日香は、涙をこらえながらそっと言葉を重ねた。

「晴美……ありがとう。わたしも、ここにいるよって、送ったよ、声」

ふたりの間には、まだ深い隔たりがある。
けれど、確かに“音”が、その距離を少しだけ近づけた。

そのまま、晴美は一礼し、控室を出ていく。
明日香はその背を見送りながら、静かに、立ち尽くしていた。

——この子がくれた音が、わたしをここに引き戻してくれた。

ホールの外には、夏の夕陽がやわらかく沈みかけていた。

(つづく)

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※このお話はフィクションです。登場するお店のメニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。



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