『さよならの向こう側』第20回 明かされた秘密(後編) #創作大賞2025 #恋愛小説部門
毎日更新中、あと3回で最終話です。ぜひ最後までお楽しみください。
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――静かな午後、鈴下家のダイニング。
窓の外では、夏を予感させる風が、ベランダの草花をやさしく揺らしていた。
明日香は孝輔の淹れてくれた珈琲を手に、対面の席に座る澄江の姿をじっと見つめていた。
澄江の髪はすでに白髪がかなり勝ち、以前よりも背中が丸くなっているように見えた。
「……わざわざ、遠くからありがとうございます、お母さん」
支えるようにして、孝輔はソファへ案内した。
「話しておかなくちゃね、孝輔さんにも、ちゃんと」
そう言った澄江の声は、かすかにかすれていた。
孝輔は黙ってうなずいた。
「明日香が妊娠したのは、結婚の少し前だったわね。
あのとき、精神的にも不安定で……
ごめんなさい、私たちもどう支えていいかわからなかった」
澄江の目が細められ、遠い記憶をたどるように伏せられる。
「由紀夫さんは、それでも明日香との結婚を受け入れてくれたの。
でも彼は言ったわ。
『自分は父親の分からない子どもを育てる気はない』って」
明日香は、静かに視線を落とした。
孝輔がどんな顔をしているか、気になるのに
まっすぐ見られない。
「それでも私たちは、明日香の将来を考えて……その条件を、受け入れてしまった」
澄江は、絞り出すように言葉を続けた。
「ごめんなさい……あの子を死産だったと、明日香に嘘をついたのは、私たちなの」
喉の奥がひりつくような沈黙。
「孝輔さんが、あの子を育ててくれたのね?」
明日香の問いに、澄江は小さく頷いた。
「あなたのお父さんと話し合って……昔から親しかった涼下さんご夫妻に、あの子を託したの」
その名前を聞いた瞬間、明日香の肩が震えた。
「でも……孝輔の奥さまは、もう……」
「五年前に、病気でね。
そのとき私たちも、孝輔さんに相談したの。
もし希望があるなら、私たちに引き取らせてください、と。
でも彼は……」
澄江の言葉に、明日香は続けるように呟いた。
「……自分が育てるって、言ったんでしょ」
孝輔は頷いた。
「都合が悪くなったから、やっぱり育てられません、
そんな覚悟で子供を持っちゃいけないなら。
育ての親だって、同じじゃないでしょうか」
窓の外で、風が一段と強くなる。
明日香は、立ち上がってカーテンを少し開いた。 晴美が、ベランダの隅で種を植えている姿が見えた。
「知らなかった……なにもかも、知らないまま……」
由紀夫が言っていた“養子”って、晴美のことだったのか。
言葉が涙に変わる前に、澄江がそっと明日香の手を握った。
「今なら、きっと間に合うわ。
母としてやり直せるかどうかはわからない。
でも、少なくとも晴美ちゃんに、あなたの気持ちを届けることはできる」
明日香は澄江の手を握り返した。
その手は細く、冷たかったけれど、
確かにあの頃と同じ母の手だった。
晴美が、ベランダのドアを開けて顔を出した。
「大人のお話し終わった?
わたし早くアップルパイ食べたいな。
有名なお店のなんでしょう?」
澄江が微笑みながら立ち上がり、ゆっくりと晴美の手をとる。
「ありがとうね、晴美さん……大きくなったわね。
アップルパイ、たくさん食べてね」
明日香はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
晴美に、話さなければ。 自分の口で、すべてを。
――もう、目をそらしたくない。
(つづく)
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※このお話はフィクションです。登場するお店のメニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。
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