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『さよならの向こう側』第17回 眠れぬ夜 #創作大賞2025 #恋愛小説部門 

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毎日更新中、あと6回で最終話です。ぜひ最後までお楽しみください。
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深夜、窓の外は雨が音もなく降っていた。

街灯に照らされた舗道に、細かな雫が跳ね返る。
明日香はカーテンの隙間から、その光景をぼんやりと見つめていた。

部屋の明かりは落としてある。
手元のスタンドライトだけが、ぼんやりと彼女の影を照らしている。

床の上には、由紀夫の分厚い封筒に戻し忘れたのだろうか、
少し色褪せた、布張りの小さなアルバムが取り残されていた。

何度も確かめたはずなのに。
こんなアルバム、封筒に入っていただろうか?

明日香は、何の気なく、その表紙をそっと開いた。

カサリ、と薄紙のめくれる音がして、
懐かしい時代の風景が目に飛び込んできた。

花柄のマタニティドレスを着た自分。
長い髪をなびかせて笑っている。


公園のベンチで誰かと肩を寄せている——顔は写っていないけれど、その時の空気を、肌が思い出す。


数ページをめくった先で、明日香の手が止まった。


産院の写真。


新生児室。
ガラス越しに並ぶ小さなベッド。


おくるみに包まれた赤ん坊がひとり、こちらを見ていた。


まだ生まれて間もないその顔は、どこか見覚えがあった。

写真のすみに、名札が写っている。

「命名 晴美」

明日香の視界が、急に滲んだ。
ありえない。



死産だったはず。
そう聞かされていた。

泣いて、泣いて、棺にすら触らせてもらえなかった——あの日の記憶がよみがえる。


でも、目の前のこの写真は?
どうして由紀夫がこのアルバムを持っていたの?

ページをめくる。

赤ん坊を抱いた女性の姿。顔は映っていない。
けれど、抱き方や着ている服の色が、明日香の記憶と重なる。

「……うそ」

気がつけば、アルバムを抱きしめていた。
冷えた体に、どこかぬくもりが戻ってくるようだった。

雨の音だけが、部屋に静かに流れている。

——わたしの子は、生きていた。


窓の外では風が梢を揺らし、群れつどうカラスの声が大きく響いている。
その音も、今の明日香には、
薄い膜を通して聞こえてくるようだった。

どうして——。

記憶の底から、水が泡立つように蘇ってくる。

病室の白い天井。 両親のこわばった顔。

「残念だけど、生きられなかったの」
母はそう言って、両手で顔を覆った。

そんな筈はない、何かが、違うのではないかと思いながらも、
意識は朦朧としていて、言葉をつなぐことすらできなかった。

あの子は、
晴美は生きていた。

誰が、どうやって——?
なぜ、こんな形で。

アルバムのページをめくる手が止まらない。
新生児室らしき背景、看護師の姿、そしてさらに……孝輔の妻と一緒に写る、まだよちよち歩きの晴美。

二人とも、笑っていた。
まるで本当の親子のように。

——ちがう。 わたしは……。

明日香は、震える手で自分の胸を押さえた。
記憶の底に、うっすらと、
お腹のなかの暖かいものを慈しんだ日々の残像。

温かな気持ちは、とぎれとぎれの、奪われることへの恐怖と、絶望に引きちぎられる…
暴れて抵抗するわたしを複数人の力で無理やり引きはがされたような⋯

叫んでも、叫んでも、誰も助けになど来ない⋯
胸の奥に、かつて感じた痛みと、今はじめて知ったような激しさがせめぎあっていた。

誰かが階段を上がる音がして、はっとする。
玄関のドアが開いて、孝輔の声がした。

「明日香……まだ起きてる……?」

(つづく)

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※このお話はフィクションです。登場するお店のメニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。



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