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『さよならの向こう側』第4回 いつもの朝(明日香視点)#創作大賞2025 #恋愛小説部門

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ドアの鍵を閉め、足早に階段を下りる。
少し冷たい朝の空気が、頬を軽くなでた。

駅までの道を、わたしは足早に進む。
黒のパンプス、ネイビーのセットアップ。
襟元を軽く整えながら、イヤホンを耳に差し込んだ。

電車に乗り込み、ドア際のスペースを確保する。
社内の英語プレゼンが月末に控えていて、
最近は朝の通勤時間をリスニングに充てている。

今日もいつものアプリを起動し
スマホの画面をスワイプする。
「Business Idioms for the Global Workplace」。
ナレーターの落ち着いた声が、耳に流れ込んできた。

だけど、フレーズが頭に入ってこない。
10分も経たないうちに
わたしの指はホームボタンを押していた。

SNSを開き、孝輔のアカウントを覗く。
最近の投稿に、こんな写真があった。


キッチンで娘さん?と並んで包丁を握っている孝輔。

エプロン姿の女の子が、少し不安げな顔でトマトを切っている。


別の日には、テーマパークらしき場所で撮った自撮り。
その子がポップコーンの箱を抱え、
彼の肩にもたれかかっている。

女の子はあまり表情を変えないけれど
そのぶっきらぼうな感じすら微笑ましい。

どちらも、何の飾り気もない、ただただ「幸福」としか言いようのない写真。

彼の言葉で
「3年生の娘と二人暮らし」
「在宅勤務の日はほぼ一緒にいる」
といった説明も添えられていて、そこに母親の存在はなかった。

シングルファザーなのかな――

その想像に、ほんの少し胸が苦しくなる。
思わず、電車の窓に目を向ける。

高架を走る列車の外では、
春の陽射しがオフィスビルのガラスを柔らかく照らしていた。

ビルの谷間にちらりと見える小学校の校庭には、
色とりどりの帽子をかぶった子どもたちが
鬼ごっこでもしているのか
歓声をあげて走っている。

今でも、小さな子どもの声を聞くと、心がざわつく。
母親になるということが、どういうことなのかは分からない。

でも、もし彼とわたしが向き合う未来があるとしたら、
そこにその子がいるということを、ちゃんと想像しなくてはいけない。
彼を選ぶということは、彼の“今”ごと、まるごと受け入れるということでしょ。

——それって、わたしにできるのかな。

そう思うと、呼吸が少しだけ浅くなる。
リスニングの再生ボタンを押す気にもなれず、
わたしはスマホをバッグにしまった。

まもなく電車が、霞ヶ関に差し掛かる。
もうすぐ、会社の一日が始まる。
でもこの揺れのなかで、ほんの少し心が遠くへ運ばれた気がした。

(つづく)

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※このお話はフィクションです。実在するお店や施設が登場しますが、メニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。


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