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『さよならの向こう側』第2回 昼下がりの映画(明日香視点)#創作大賞2025 #恋愛小説部門

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SNSを退屈そうにスクロールし続けていたわたしの指がふと止まる。
孝輔の投稿だ。

「この映画気になる。
 観に行くひといる?🙋‍♂️」

彼がシェアしていたのは、
邦画『四月になれば彼女は』のポスター。

やわらかな光、手紙、記憶――
わたしの好きな要素が詰まったような映画。

思わず指が動く。

「わたしー🙋‍♀️」

送信ボタンを押したあと、
え、いいの?と少し躊躇ためらった。

彼と映画なんて、いつぶりだろう。
いや、そもそも二人きりで映画なんてあっただろうか。
けど、画面に表示された「いいの?嬉しい😊」の文字につられて、わたしもふっと口元が緩む。

“もちろん”
リプを返してしまうと、案外、すんなり心は決まった。



週末、ふたたび日比谷。

劇場のロビーで彼を待ちながら、
ガラスに映った自分の姿を
さりげなく確認する。

シンプルな白いシャツとスカート。
デートにしては少し甘さが足りなかったかな。
でも、このくらいがいまの距離感。

そう意識して抑えるほどに、久しぶりに心は浮いていた。

律儀に5分前にやって来た孝輔。
タイトめなコーディネートは昔のままだ。
けれど、昼の光の下で見る彼は
少しだけ穏やかになった気がする。

映画館をあとに並んで歩く歩道は
10年前のような気安さと、
それだけじゃない空気⋯が混じっていた。

あの映画、上映中に何度か
涙が出そうになる瞬間があった。

けれどそれ以上に、
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
記憶の中で凍っていた何かが、わたしに

「解けていきたいよ」

と静かに訴えているようだった。

終わってからも、その感覚がしばらく後をひいた。
隣で見ていた孝輔も、言葉を発してこなかった。

はやく、感想を言わなきゃ。
当たり障りなく会話をころがさなきゃ。

そんな気づかいをすることなく
安心して黙って歩ける心地よさ。
沈黙のなかで、彼との10年の空白が少しだけ埋まった気がした。

映画の余韻を含んだまま、
ふたりで近くのカフェに入った。
空気は澄んでいて、風が頬を撫でていく。
初夏の空だ。

木陰の席に腰を下ろすと、スタッフがメニューを手にしてやってきた。

「お飲み物はいかがなさいますか?」

一瞬、視線が合って、ふたりとも笑った。

「今日も……モヒート?」

わたしは先にそう言って、肩をすくめるように笑う。

「いや、昼間だし。さすがに」
孝輔は少し照れたように言って、メニューに目を落とした。

「じゃあ、ライムジンジャーにしようかな。なんかそれっぽいし」
わたしが言うと、孝輔も

「僕も、同じもので」
自然な流れで、ふたりとも同じノンアルコールカクテルを選んだ。

運ばれてきたグラスのなかで、
先日のモヒートの記憶を連想させるように
キラキラと輝く。

「そういえば、初めて一緒に飲んだのも
 モヒートだったね」

「うん。明日香が、やたら饒舌に仕事語ってた」

「……やめてよ、恥ずかしい」

笑いながらグラスを傾ける。
ライムの香りが喉を通り、胸の奥に小さな清涼感を残した。

そして、その直後――
彼はふと、少しだけ声を落として言った。

「……昔、俺……明日香のこと、
 ちょっと好きだったと思う」

風が止まったように感じた。
言葉が、胸の奥でひっそりと波紋を広げる。

「“ちょっと”だったんだ?」
わたしは身軽な今の気分そのままに、彼をけしかける。

「あー……いや、わりと、だったかも」

「……ふふ、知ってたかも。
 あなた、自分で思ってる以上に、
 演技がヘタなんだよ、知ってる?」

いじわるな口調で返しながら
わたし、うれしかった。
でも、それと同じくらい、少しだけ怖かった。

孝輔のそういうまっすぐなところが
わたしはたぶん、昔から好きだった。

でもそれは時々、熱すぎて、
わたしの輪郭を曖昧にしてしまうことがある。

私はもう、10年前の私じゃない。

この人となら。
次の恋を信じたい気持ちと、
慎重になってしまう気持ちが、胸の中で静かにせめぎ合う。

それでも――

オープンカフェの風は心地よくて、
彼と過ごすそのひとときに
何かが静かにほどけていくのを感じていた。

(つづく)

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※このお話はフィクションです。実在するお店や施設が登場しますが、メニュー、営業時間などは事実と異なる場合があります。

今回のテーマ

『四月になれば彼女は』



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