身体は、ずっと前から話しかけている
──アスリートのメンタルヘルスと、身体を読むということ
「これは、
ボディワークの現場でずっと見てきたことだな。」
アスリートのメンタルヘルスについて学びながら、
そんなことを考えていた。
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昔から不思議だった。
試合が近づくと、
腰が痛くなる選手がいる。
肩が上がらなくなる選手がいる。
検査をしても、
特別な異常はない。
でも本人は、
確かに苦しんでいる。
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最初の頃は、
検査では分からないだけで、
腰が悪いのだと思っていた。
肩が悪いのだと思っていた。
でも長く現場にいると、
少し違う景色が見えてくる。
身体は時々、
心の代弁をする。
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もちろん、
すべてがメンタルの問題だと、
言いたいわけではない。
それは雑だし、
危険だ。
本当に怪我をしていることもある。
病気が隠れていることもある。
身体的な問題を、
安易に心の問題へ置き換えてはいけない。
でも、
逆も同じだと思う。
身体だけの問題だと決めつけることもまた、
危険だ。
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人は、
抱えきれない不安を、
不安のまま持ち続けられない。
だから、
別の形で表現する。
呼吸の速さになる。
筋肉の緊張になる。
身体の重さになる。
身体の痛みになる。
やる気の低下になる。
言葉になる前に、
身体が先に反応していることがある。
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だから、
「気のせい」
でもなければ、
「メンタルが弱い」
でもない。
身体に現れている以上、
まず身体からのサインとして、
丁寧に受け取る必要がある。
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施術台でも、
何度も同じ光景を見てきた。
腰が痛い。
肩が上がらない。
身体が重い。
力が抜けない。
呼吸が浅い。
その原因が、
局所だけにあるとは限らない。
外傷性の痛みを除けば、
局所だけが原因だったケースは、
極めて少なかった。
身体は、
もっと深い場所で反応している。
積み重なった緊張は、
身体に張力として残る。
体性感覚は変化する。
呼吸は正直だ。
身体は、
その人が抱えているものを、
思っている以上に語っている。
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だから僕は、
「ここが痛いから、ここをほぐす。」
それだけでは足りないと思っている。
身体を治しているというよりは、
むしろ、
身体を読もうとしている。
どんな指導を受けているのか。
何が起きているのか。
どんな環境にいるのか。
どんな負荷が続いているのか。
何を我慢しているのか。
身体が、
何を伝えようとしているのか。
何を守ろうとしているのか。
どんな環境の中で、
その反応が生まれたのか。
そこまで含めて見ていかないと、
本当の意味で身体は読めない。
そこを見落とすと、
痛みだけを追いかけることになる。
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最近よく思う。
競技を続けることと、
自分を壊すことは、
同じではない。
頑張ることと、
我慢し続けることも、
同じではない。
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本当に大切なのは、
身体の声を聞ける環境をつくることなのかもしれない。
施術を通じて。
ボディワークを通じて。
身体との対話を通じて。
アスリートが、
身体と心を切り離さずに扱えるようになること。
競技を通じて成長し、
競技を終えたあとも、
豊かに生きていけること。
それを次の世代へ、
どう渡していくか。
今、
僕が問い続けているのは、
そこなのだと思う。
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身体は、
壊れる直前に初めて語り始めるわけではない。
ずっと前から、
小さな声で話しかけている。
その声を聞ける人が増えたなら、
防げる痛みも、
減らせる後悔も、
きっと少なくないのだと思う。
