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プラナリア、氷の池へ

行きたい場所がある。理由がなくても。

ちぎれることで“ふえる”プラナリア。
でも今日の彼女は、変化も再生もできないまま、
命をすり減らしながら、ただ静かな池を目指します。

これは、まだこの森のプラナリアが“一匹”だった頃の、心の奥にそっと触れるような、
still.の森で綴られた“やさしさの旅”の物語。

プラナリアは、ときどき旅に出る。
変わるためじゃない。誰かに会うためでもない。
ただ、あの池を、もう一度見たいと思うから。



ふだん、プラナリアは村長――毛の生えた心臓の家の水槽にいる。
水槽には、メダカたちもいる。
ちいさくて、元気で、よくしゃべる子たち。



そんなふうに乾くまで出かけるなんて、
 危ないに決まってるじゃない」
「それに、戻ってこれなかったらどうするの?」
「わたしなら、絶対行かないよ


プラナリアと“ちゃんとした”メダカたち


メダカたちは、みんな“ちゃんと”している。
泳ぐコースは決まっていて、
ごはんの時間も、寝る場所も、ちゃんとある。



だからプラナリアは、黙って水槽を出た。
命の膜が薄くなっても、体のぬめりが乾いても、あの池を見たいと思ったから。



村長の家の裏手をずっと歩くと、ひんやりした空気の中に、
静かな池がある。
その水面は、いつもなにひとつ揺れていない。

そこには、クリオネがいる。
氷のように透明で、静かに浮かんでいる。

「あなた、また来たの」
「……うん」
「そんな身体で?」
「……うん」

バッカルコーンを広げるクリオネと
苔の上に横たわるプラナリア


プラナリアの身体は、乾きかけていた。
ぬめりはほとんど残っていない。
もう、ちぎれることも、できなかった。



「変わらないまま、来てしまったの」
「変わらなくても、来たのね」
「見たくなったの。ただ、それだけ」



クリオネは何も言わなかった。
しばらくして、空を見上げた。
空もまた、なにも言わなかった。



池の水際に、プラナリアが小さく横たわる。
少し、冷たい風が吹いた。
さっきまでの雲が晴れて、月明かりがプラナリアのいる苔をやさしく照らした。
それはまるで、プラナリアの思いが届いたようだった。



「……また来てもいい?」
「うん」
「変われなかったとしても?」
「うん」



クリオネは、そっとバッカルコーンを引っ込めた。
たぶん、笑ったのかもしれない。
でも、それは、たしかに「無言の許可」だった。



帰り道、プラナリアは苔の上をふらふらと這いながら、
「変わらないまま進むことだってある」と思った。



明日は、ちぎれるかもしれない。
でも今日は──
ただ、ここまで来た。それで、よかった。

あとがき

このお話のプラナリアは、普段は「村長の家」の水槽に住んでいます。
そこにはメダカたちもいて、みんなで毎日を過ごしています。

メダカたちは、“ちゃんと”した生きものです。ルールを守って、外には出ない。
それが“普通”で、“安全”で、“正しい”とされる暮らし方。

でも、プラナリアはそうじゃない。
今日は、ちぎれもせず、増えもせず、ただ水もない森を這って、
ひとりで池を見に行く。

変われない自分のまま、それでも「行きたい」と思ってしまったから。

そんな“行き場のない感情”を描きたかったのです。
また、バッカルコーンを引っ込めるクリオネは、“受け入れる”という沈黙の象徴として書きました。

この物語には、明確なゴールや答えはありません。。
でもそれでも──人生には変われないまま進むことだってあると思います。

この小さな旅が、誰かの「それでも行ってみたい気持ち」に寄り添えたなら、
それだけで、プラナリアは報われる気がしています。

ちなみに、池のほとりには、たまに地蔵リスが忘れものを探しにくるらしいですよ。

———
読んでくれて、ありがとう。
あなたが、ここにいてくれてよかった。

よければ、ひとことだけでも、残していってね。


still.

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