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人間になりたい

一人の時間が好きだった。

本を読んだり、ギターを弾いたり、そこで生まれた考えとメロディーを歌にしたり。

静けさの中では想像力が躍動して、どこにでも行けて、何者にもなれる。

そんな気がした。

知識を得て、世の中の構造を理解するたびに心が躍った。

誰かと話をするのも好きだったが、数時間後には一人の時間を欲している自分を発見した。

相手のことが大好きでも、帰る場所は一人の世界。

その世界の中でこそ、リラックスして安心できる気がした。

一人の時間 = 自由時間

僕にとって、「自由になる」ということは「ひとり時間」を増やすことと同義だった。

のんびりした学生生活は過ぎ去り、システム開発会社に就職した。

自由時間は、おわった。


なにしろ、忙しかった。

休日出勤、深夜までの残業はあたりまえで、月に数回の休日は泥のように眠った。

自由時間よりも睡眠時間が欲しかった。

いや、正確には、何が欲しいかも分からなくなっていた。

3年間勤務したのち、逃げるように独立した。

たくさん眠って、久々にゆったりと呼吸ができるようになった。

時間はたっぷりあった。

収入は、なかった。


そこから先のドタバタ起業物語は割愛します。
(機会があれば、またいつか)

でも、大切な気づきを1つだけ。

商売は、困っている人を助けてあげて、「ありがとう」をもらうのが、一番簡単でした。

とにもかくにも、僕は起業家として生き残ることができた。
(正確には生き残ることを認めて頂けた。もちろん、お客様に)

事業と並行して、投資も学び、お金に働いてもらうことも覚えた。

ジェットコースターのような投資家物語についても割愛します。
(この話は有害な部分も多いので封印します)


さて、起業してから25年くらいたった頃、僕は専業投資家になった。

「ふぁいやー」、だ。

FIRE(Financial Independence, Retire Early)

ぐぐったら出てきた

なにしろ、もう働かないと決めた。

なぜ、そんなことを思ったのか?

おそらく、投資の収入が事業の利益を上回ったあたりから、
「あれもイヤ!」
「これもイヤ!」
「もう好きなことしかしたくない」
というありがちな状態になっていたのだろう。

文章にすると、なんとも滑稽だ。

このあとの展開は、もう予想できますよね?

そう。僕は、病んだ。


一人の時間が好きだった。

一人の時間 = 自由時間

僕にとって、「自由になる」ということは「ひとり時間」を増やすことと同義だった。

ようやく、僕は自由になれた。

はずだった。


「ふぁいやー」のあと、僕が見出したのは「自由」ではなく「不在」だった。

僕は世界のどこにもいなかった。

パートナーはいるし、音楽仲間もいる。

むしろ、友達は増えた。

けっして孤独ではなかった。

いなかったのは「僕」だ。

「人間」という漢字がある。

漢字を考えた人たちは賢い。

僕は「人」ではあった。

でも、「人間」ではなかった。

「間」がなかったのだ。


「間」とは何か?

それは「貢献」なのだと思う。

誰かの役にたって、「ありがとう」をもらう。

その時、二人の「間」にはエネルギー循環がおこる。

エネルギーの正体は「愛」なのだと思う。

仕事は、このエネルギー循環をわかりやすく可視化してくれる。

この文脈において、「お金」はわかりやすい「ものさし」になる。

誰かにサービスや商品を提供して、価格以上の価値を提供(貢献)できたとき、お客様は「ありがとう」をくださる。

二人ともうれしい。
二人の「間」には、エネルギー循環がおこっている。

そこには「愛」がうまれている。


僕は仕事を再開した。

同時にボランティアの勉強会もはじめた。

お金は便利な「ものさし」だ。貢献の大きさを表現してくれる。

だが、貢献の範囲を狭めてしまう。
予算がない人には、貢献ができなくなってしまうからだ。

それは沢山の人との「間」を隔ててしまう。

生まれたはずの「愛」を亡きものにしてしまう。

とはいえ、僕は聖人ではない。

自己犠牲を伴う貢献は、継続できないと思った。

なので、月に8時間だけ、ボランティアの時間を設けることにした。

それが「大人のための勉強会」だ。

最初は親しい友人4人とスタートした。

自分の学びや経験を共有することで、友人の役に立てるのであれば、とても嬉しい。

かくして、エネルギーは循環し、僕らの絆も深まっていった。

回を重ねるごとに、はじめましての参加者さんも増えてきた。

対話をする中で、僕もたくさん勉強させて頂いている。

もはや、ボランティアという意識すらなくなっている。


僕には、居場所ができた。

人間になれたのかどうかは、わからない。

そんなことは、もうどうでもいいのだ。

今日、誰かと対話をするのが楽しみでしょうがない。

僕は、この世界が大好きです。

あなたとお話しできる機会を楽しみにしております。


じつは今回、作家の太田みのる先生から、「エッセイしりとり」というバトンを受け取りました。

せっかくの機会なので、AIは使わずに手書きのエッセイを書いてみました。

こちらの「エッセイしりとり」という企画、主催はマイキーさんという方だそうです。

ご縁が広がる素敵な企画ですね。
マイキーさん、ありがとうございます。

この企画のルールを、マイキーさんのnoteから引用しておきます。

 参加の仕方は、期間中に誰かから「 #エッセイしりとり 」のバトンが回ってきた人です。

 前の人の記事タイトルの最後の一文字から始まるタイトルをつけ、本文140文字以上のエッセイを書いてください。
 ※タイトルは文字数に含みません。文字数上限は3000文字以内がありがたいな😉本文(エッセイ部分3000文字内)、紹介文等は文字数には含みません。

 そして記事には、「#エッセイしりとり」のタグをつけてください。タグがないと見つけられないので、審査対象外になります。

 ※「エッセイぽかったで賞」に参加の方は追加で「#初めてのエッセイ」タグも追加してください。

 🌀 次の人へバトンを回す
 書き終わったら、次にバトンを渡したい人を最大3人まで指名できます。指名した相手に通知が届くよう、その人の記事を一つ、自分の記事内へ貼ってください。

 誰にも回さず、そこで終了しても構いません。また、別ルートから二度目、三度目のバトンが飛んできた場合も参加OKです!

 「さっき書いたところや!」という苦情は、バトンを投げてきた人へお願いします|`∀´)Ψヶヶヶ

マイキーさんのnoteより

バトン企画ということですので、3名の仲間を紹介させていただきます。
(ご無理がないようでしたら、お付き合いください)

お三方とも素敵なnoteを運営されています。

ライターさよさん

成島拓さん

後藤あゆみさん


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