見出し画像

第3話|会社が止まると、全部が止まる。傷病手当の書類ひとつで、生活が止まり始めた。

第1話では、M&Aをきっかけにメンタルを崩し、
適応障害と診断されるまでの3週間を書きました。

第2話では、診断書を出したあとに起きた
「自分がどこの会社の社員なのかわからない」
という所属の混乱を書きました。

私の認識・会社の説明・保険上の登録、この3つが全部ズレていた。

そして第3話で書くのは、その先です。

所属が曖昧なまま、次に起きたことがあります。

会社が止まると、全部が止まる。

傷病手当金の申請が止まり、
離職票が来ず、保険の整理も進まず、
生活の見通しすら立たなくなっていく。

その話を、この第3話に書きます。

▼ 第1話はこちら

▼ 第2話はこちら


第1章 傷病手当金の申請を始めたところから、地獄の第二幕が始まった

🔖 「診断書があれば進む」と思っていた。甘かった

弁護士にも労基にも相談した結果、
まずは傷病手当金を取って立て直すしかない、という流れになっていました。

当時の私は、こう考えていました。

診断書があり、必要書類をそろえて、
会社に事業主欄を書いてもらえば進むはずだ。

今思えば、その認識は甘かったです。
でも、普通に考えればそう思う人の方が多いはずです。

私は必要な書類を整え、12月分の傷病手当金申請書について、
会社に必要な対応を依頼しました。

ただし、今回の私のケースでは、
単にハンコを押してもらえば終わる話ではありませんでした。

ここで問題になったのは、少なくとも次の3点です。

  • どこの会社が事業主欄を書くのか

  • 12月1日から7日までの有給消化分を、どの会社が賃金として記載するのか

  • その前提として、私は12月8日時点でどこに所属していたのか

つまり、第2話で書いた「所属のねじれ」が、
そのまま傷病手当金の手続きを止める原因になったわけです。


🔖 所属が曖昧だと、事業主欄の依頼先すら決まらない

傷病手当金は、本人と医師だけで完結する手続きではありません。
会社に書いてもらう欄があります。

しかも今回は、その「会社」がどこなのか自体が曖昧でした。

私が傷病手当金の対象として考えていたのは、12月8日以降の分でした。
そのため、12月8日時点で私がどこの会社に所属していたかが、
事業主欄の記載先を決める前提になっていました。

ところが、その前提がそもそも崩れている。

  • 私自身は旧会社所属のつもりだった

  • 会社側の説明は、人によって違った

  • あとから見ると、保険の上では新会社所属になっていた

これでは、どこに送ればいいのかすら、まともに定まりません。

もし最初から会社側が、

「12月分は新会社で書きます」

あるいは

「12月分も旧会社で処理します」

と明確に整理してくれていれば、それだけで話はかなり違っていたはずです。

でも実際には、そこが曖昧なままだった。
そして、その曖昧さのツケは全部こちらに来ました。


第2章 新会社は旧会社に投げ、旧会社は進められない

🔖 「あ、これは終わったな」と思った構図

ここでさらに厄介だったのが、会社の中の構図でした。

私から見えていたのは、こういう流れです。

新会社側の幹部は、実務対応を旧会社の担当者に投げる。
ところが、その旧会社の担当者は、
もともと事務的な対応を後回しにしがちな人でした。

これは、以前一緒に働いていた時から私が感じていたことです。

ただ、その担当者だけを単純に悪者にして終わる話でもないとも思っています。
なぜなら、その人はその人で、立場のある決裁者ではなかったからです。

新会社側の幹部が責任や判断を回す。
でも旧会社の担当者は、上に対して強く言える立場ではない。
その結果、何も決まらない。
決まらないまま、書類だけ止まる。

私はこの構図を見て、正直思いました。

あ、これは終わったな。

誰か一人が分かりやすく妨害しているというより、
会社全体の体制がグダグダで、責任の線が見えず、誰も最後まで持たない。

そういう止まり方でした。

でも、止まる側からしたら理由なんて関係ありません。
止まったものは、ただ止まる。
それだけです。


第3章 催促しても、進まない

🔖 未読、既読スルー、「確認します」の繰り返し

私は何もしなかったわけではありません。
むしろ、かなり丁寧に、何度も確認していました。

確認していたのは、たとえばこういうものです。

  • 傷病手当金申請書の事業主記入欄

  • 返送予定日

  • 離職票の交付状況

  • 資格喪失日・資格喪失証明書

  • 給与明細

  • 源泉徴収票

  • 年末調整の処理状況

文面も、最初から強かったわけではありません。
どちらかというと、かなり丁寧に、状況を説明しながらお願いしていた方だと思います。

それでも返ってくるのは、

未読。
既読スルー。

「確認します」
「会社には伝えておきます」
「窓口は旧会社の担当者です。そちらに聞いてください」

といった、前に進まない反応ばかりでした。


🔖 進めると言っていたものが、そもそも動いていなかった

中でも象徴的だったのが、これです。

旧会社の担当者から
「労務士に依頼する」
という話が出ていたのに、数週間後、こちらから労務士に確認すると、
その時点でまだ依頼自体が行っていなかったことでした。

ここはかなりきつかったです。

遅れているなら、まだ分かる。
でも、進めると言っていたものが、そもそも動いていない。

こちらは療養しながら、今どこまで進んでいるのかを信じて待つしかない。
その状態で「まだ依頼していませんでした」となると、
もう何を信じればいいのか分からなくなります。


第4章 会社が止まると、生活全体が止まる

🔖 連鎖して止まっていくもの

ここで伝えたいのは、ただ「書類が返ってこなかった」という話ではありません。

本当にきつかったのは、
一つ止まると、全部が連鎖して止まることでした。

傷病手当金の事業主欄が止まる。
すると当然、申請が進まない。
申請が進まなければ、生活費の見通しが立たない。

でも、止まっていたのはそれだけではありませんでした。

  • 離職票が来ない

  • 資格喪失関係の書類が来ない

  • 給与明細が来ない

  • 源泉徴収票が来ない

  • 年末調整がどうなっているのか分からない

つまり、

  • 傷病手当金が止まる

  • 保険の切り替えの見通しが立たない

  • 離職票がないから次の制度にも進みにくい

  • 税務関係も整理できない

  • 生活設計そのものが立てられない

という状態になっていきました。

「会社が動かない」というと、外から見るとただの事務の遅れに見えるかもしれません。
でも実際には違います。

会社が止まると、生活が止まる。

私はこの時、それを身をもって知りました。


第5章 休んでいるのに、全然休めていなかった

🔖 療養中の人間が、全部一人でやるしかなかった

本来なら、休職した人間が最初にやるべきことは、休むことのはずです。

眠ること。
食べること。
心を落ち着けること。
少しずつ日常を取り戻すこと。

でも、当時の私はまったくそうなっていませんでした。

  • 自分がどこの会社所属なのか確認する

  • どの会社に事業主欄を依頼するのか考える

  • 何が未着なのか整理する

  • 返事が来ない相手に再送する

  • 協会けんぽに相談する準備をする

  • 給与や保険や離職票のことも気にする

こういうことを、全部、自分でやるしかなかった。
しかも、適応障害と診断されている状態で、です。

頭は回らない。
気力も落ちている。
それでも、やらないと進まない。
だからやる。

この構図が、ものすごく苦しかった。

休んでるはずなのに、全然休めてない。

むしろ、会社に普通に出て働いていた時とは別の意味で、
ずっと緊張していました。
通知が来るたびに身構える。
返事が来ないたびに不安になる。
進捗を確認するたびに消耗する。


🔖 そして、病名が変わった

このやり取りが長引く中で、私の状態はさらに悪化していきました。

2026年1月に作成された診断書では、
病名が「軽度うつ病」になっていました。

実際の診断書

ここで大事なのは、私が「会社が原因だ」と医療文書に書かれていると
言いたいわけではないことです。

そうではなく、会社とのこの一連のやり取りと未処理が続く中で、
少なくとも私は回復どころか、さらに悪化していったという事実です。

ただ「適応障害で休んだ」だけでは、終わらなかったんです。


第6章 土台が壊れている会社では、書類一枚もまっすぐ進まない

🔖 この時点で、私が一番痛感していたこと

この時点で、私が一番痛感していたのはこれです。

そもそも、会社が私をどこに所属させているのかが分からない。
だから、全部が止まる。

もしそこさえはっきりしていれば、
少なくとも傷病手当金の事業主欄は、どこ宛てに依頼すればいいか決められたはずです。
12月分の賃金欄も、どの会社が書くのか整理できたはずです。
離職票や資格喪失の話も、ここまで混乱しなかったはずです。

でも現実には、そこが最初から壊れていた。

しかも、新会社側の幹部は実務を旧会社の担当者に投げる。
旧会社の担当者は後回しになりがちで、なおかつ決裁権がない。
その結果、必要書類がいつまでも揃わない。

私はこの時点で、会社そのものに対してかなりはっきり思っていました。

体制が整っていない。
いや、整っていないどころか、誰が何を決めるのかすら定まっていない。

そういう会社に、傷病手当金の手続きという、
生活に直結するものを預けてしまった。

そのことの重さを、この時になってようやく理解し始めました。


第7章 もう会社に任せていてもダメだ

🔖 ここでようやく、気持ちが固まった

この時点では、私はまだ会社に完全に見切りをつけきれてはいませんでした。

どこかで、

「さすがに今度こそ動くだろう」
「もう少し待てば返ってくるだろう」

と思っていた部分もありました。

でも、現実は違った。

会社が止まると、全部が止まる。
しかも、止まったまま放っておけば、
傷病手当金も、保険も、生活も、何ひとつ前に進まない。

ここでようやく私は、

「もう会社に任せていてもダメだ。行政を動かすしかない」

という方向に、気持ちが固まり始めました。


📖 第4話へ続く

会社が動かない中で、私は動き始めました。

これまでの経緯を時系列でまとめ、
協会けんぽの窓口へ持参する。

口頭で「困っています」と言うのではなく、
事実を整理して、行政に動いてもらう。

その話を、第4話に書いています。

▼ 第4話|会社が止めた手続きを、行政が動かした


💡 今まさに、手続きが止まっている方へ

「会社が動かない」
「何度連絡しても返事が来ない」
「傷病手当金の申請が一向に進まない」

この記事を読んで、そう感じた方がいたら
特別編も読んでみてください。

実録の続きとは別に、今日から実際に動くための実務マニュアル
特別編としてまとめています。

✅ 在職中・退職後、それぞれの動き方がわかる
✅ 会社への確認文がそのままコピーして使える
✅ 未読スルーされた時に次にやることがわかる
✅ 記録の残し方・期限の決め方まで収録

読んで終わりではなく、今日から動けるように書きました。

▼ 特別編|会社が動かなくても傷病手当金を前に進める実務マニュアル


※ この記事は私個人の実体験をもとにした記録です。
手続きの最終確認は、必ず協会けんぽなどの公的窓口でお願いします。

いいなと思ったら応援しよう!