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第4話【完】|会社が動かないなら行政を動かす。「立ち入り調査通告」で傷病手当金・離職票・保険が一気に動き出した話

第1話では、M&Aをきっかけにメンタルを崩し、
適応障害と診断されるまでの3週間を書きました。

第2話では、診断書を出したあとに起きた
所属・保険証・会社名義が全部グチャグチャになっていく混乱を書きました。

第3話では、その混乱が傷病手当金の申請を止め、
離職票も給与明細も源泉徴収票も来ないまま、
生活の見通しすら立たなくなっていく現実を書きました。

そして第4話で、本編はいったん完結します。

会社が動かない。
待っていても何も変わらない。

そう判断した私が、
行政に事実を持ち込んで動かす
という方向へ切り替えていく話です。

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第1章 「やります」と言うのに、やらない

🔖 一番きつかったのは、「遅さ」よりも「言葉と行動のズレ」だった

一番きつかったのは、遅いことそのものだけではありませんでした。

「やります」と言うのに、やらない。
「確認します」と言うのに、確認していない。
こちらが何度も丁寧に説明しているのに、また話が最初に戻る。

その繰り返しでした。

私は1月の時点から、何度も伝えていました。

病院にも行きたい。
保険のことが整理されないと困る。
傷病手当金の手続きも進めないと生活が止まる。
だから必要な対応をお願いしたい、と。

その相手が、私とこの件で主にやり取りしていた旧会社側の担当者でした。

でも、動かない。

必要書類も、状況も、こちらの困りごとも、
何度もLINEで記録に残るように説明している。
それでも、また話が振り出しに戻る。

手続きが進まないことも苦しい。
でもそれ以上に、
こちらが本気で困っていること自体を、把握していないように感じたことが、
精神的にはかなりきつかったです。


🔖 ただ、担当者も余裕のない立場だったとは思う

ここは、公平に書いておきたいと思います。

旧会社側の担当者も、まったく余裕のない状況だったのだと思います。
旧会社から新会社へ切り替わったタイミングで、
さまざまな業務を押しつけられていたのかもしれません。

実際、私の見ている範囲でも、旧会社の有能な幹部や経理、
施設長クラスまで次々に辞めていきました。
新会社のやり方を見て、早い段階で見切りをつけた人ほど去っていった、
そう見えました。
退職者は少なく見ても10人以上いました。

そうなると、その退職者の処理まで担当者が一人で抱え込まざるを得なかった面は、
たしかにあったのだと思います。
しかも、新会社に対して、担当者自身にどこまで権限があったのかも、
正直かなり怪しかった。
板挟みだったのだと思いますし、気の毒だったとは思います。

ただ、それでも、こちらが何度も事情を説明し、
LINEにも履歴が残っている中で、

「何が必要なんでしたっけ?」

と話が戻るたびに、私の中ではその理解も全部吹き飛んでしまいました。

こいつバカなの?いい加減ワザとしてる?とさえ思うこともありました。

忙しいことと、生活に関わる手続きが止まることは、やはり別の話だったからです。


第2章 協会けんぽに相談しても、最初はまだ「会社待ち」だった

🔖 行政に相談するしかない、と動き始めた

旧会社側も、新会社側も、自発的にはきちんと動かない。
そう感じた以上、行政に相談するしかない。

そう思って、私は協会けんぽに相談を始めました。

その中で、協会けんぽから旧会社側の担当者に確認が入ったこともありました。
最初に返ってきたのは、

「25日締めなので、その後速やかに送る」

という趣旨の回答でした。

言葉だけ見れば、一応やるつもりがあるようにも見えます。
「では少し待てば進むのかもしれない」と思う人もいると思います。

でも、現実は違いました。

その後も協会けんぽから確認は入る。
でも、状況はきれいに進まない。
必要なものはそろわない。
話は整理されない。
こちらの不安も消えない。

口では「やる」と言う。
でも、実際には進まない。

私はこの頃から、もうはっきり思うようになりました。

会社側の自主的な対応を待っていたら、この件は終わらない。
待っている間に、こっちの生活のほうが先に止まる。


第3章 2月の段階で、ねじれの全体像が見えていた

🔖 気づいたのは3月ではなく、2月だった

この件で大事なのは、ねじれに初めて気づいたのが3月中旬ではない、ということです。

実際には、2月の段階で、私はかなりはっきり見えていました。

少なくとも私の認識では、
12月8日以降の傷病手当金については、
新会社側で整理しないといけない部分がある。

一方で、旧会社側については、
退職や資格喪失に関わる手続きの整理が必要でした。

つまり、必要なのは一つの会社の対応ではなく、
旧会社と新会社それぞれがやるべきことを分けて整理することだったのです。

そのことは、旧会社側の担当者にも伝えていました。
新会社側で必要なこと。
旧会社側で必要なこと。
どこがねじれていて、何を動かさないといけないのか。
それをこちらなりに整理して、伝えていたつもりでした。

でも、それでもなかなか進まない。
話は整理されず、対応は止まったまま。

だから私は、
会社側に任せきるのではなく、
行政に事実を持っていくしかない
と考えるようになりました。


🔖 本人申立ルートへ切り替えるしかなかった

本来なら、会社がやるべきことは会社がやるべきです。

傷病手当金の事業主記入もそうですし、
資格喪失や保険の整理もそうです。
社員側がここまで追いかけ回すこと自体、本来はおかしい。

でも、現実には会社が動かない。
しかも、旧会社と新会社にまたがる手続きの話を、
担当者が正確に把握しているとは思えなかった。

だったら、考え方を変えるしかありませんでした。

私は、協会けんぽの本人申立ルートで進める方向へ舵を切ることにしました。

旧会社か新会社か、どちらかがきちんとやってくれる前提で待つのではなく、
会社側が動かない前提で、公的機関に事実を渡して進める。

ここでやっと、受け身で待つだけの状態から、
少しずつ抜け始めたのだと思います。


第4章 時系列メモを持って、協会けんぽへ行った

🔖 「困っています」ではなく、「事実」を持っていく

大きな転機になったのは、2026年3月中旬でした。

ただ、ここで強調しておきたいのは、
そこが「初めてねじれに気づいた日」ではないということです。

そうではなく、
それまでに見えていた問題を、時系列で整理して、
正式に行政へ持ち込んだタイミングでした。

私は、それまでの経緯を時系列で整理したメモを作り、
会社とのLINEの全スクショを持って
協会けんぽへ持参しました。

  • いつ連絡したのか

  • 何を依頼したのか

  • 何が返ってきて、何が返ってきていないのか

  • どの書類が止まり、どの説明が食い違い、どこで話が止まっているのか

そこで特に強調したのは、担当者がずっと無対応だったことです。

こちらは何度も困っていると伝えている。
病院にも行きたい。
保険のこともある。
生活もかかっている。
それなのに、対応しない。

協会けんぽから連絡が入ったら、今さら
「何が必要なんでしたっけ?」
と聞いてきたようだ。

私は、その異常さを単なる愚痴ではなく、
旧会社と新会社にまたがる手続きの中で、
担当者の対応がどう止まり続けていたか、
という経過として見える形にして持っていきました。

口頭だけでは流れてしまうことも、紙にすると違います。
順番に並べると、「なんとなく大変そう」ではなく、
どれだけ放置されていたかがはっきり見える。

協会けんぽからの回答は

わかりました。立ち入り調査をする準備に入ります。

でした。


やっと事態は変わるかもしれない。

そう期待を膨らませて家路につきました。


第5章 会社へ「立ち入り調査」の話をしたその日、書類が届いた

🔖 何ヶ月も来なかったものが、その日のうちに届いた

ここで、流れが一気に動きます。

私のほうから、旧会社の担当者に
協会けんぽも本格的に動くような話をしていたこと、
このままなら立ち入り調査のような話にもなると言われていること、
その趣旨をLINEで伝えました。

私から会社へ送ったLINEのスクショ

すると、その日のうちに
傷病手当金の事業主欄が記入されたものがLINEで届きました。
(LINE送信後1時間位で)

正直、私はその時こう思いました。

「いや、これ、もう手元にあったんじゃないか?」

それくらい早かったからです。

それまで何度言っても進まなかったものが、
調査の話を伝えたその日に届く。

「やっと動いた」というより、
「調査の話が出たから動いたのではないか」
と感じざるを得ませんでした。


🔖 旧会社側の離職も、その数日後に動いた

さらに、その数日後には、
今度は協会けんぽから、旧会社の離職が成立したという案内が入りました。

つまり、

  • 新会社側に関わる傷病手当金の事業主欄

  • 旧会社側に関わる離職・資格の整理

この二つが、そこでやっと動き始めたのです。

私には、やはり
「会社側が自発的に整理した」というより、
「調査の話が現実味を帯びたことで動き始めた」
ように見えました。


第6章 止まっていたものが、ようやく前に進んだ

🔖 傷病手当金を受け取るところまで、たどり着いた

このあと、傷病手当金は受け取るところまで進み、
任意継続も受理されました。

止まっていたものが、ようやく実際に動き出したのです。

本来なら、ここまでしなくても済んだはずです。

こちらが何度もお願いし、
何度も説明し、
何度も困っていると伝えた時点で、
会社側が粛々と処理してくれていれば、それで終わる話だった。

でも実際は、そうはならなかった。

だからこそ、今回の件で私が一番強く思ったのは、

「待っているだけでは何も変わらないこともある」

ということでした。

会社が動かない。
窓口も整理できていない。
話も進まない。

そういう状況になった時、
ただ「そのうち何とかなるだろう」と待っていても、
生活のほうが先に止まってしまう。

この件は、それを嫌というほど教えてきました。


第7章 本編の完結にあたって

🔖 「一件落着」とは、書きにくい

正直に言えば、これを気持ちよく「一件落着」とは書きにくいです。

もっと早くできたはずです。
もっと普通に処理できたはずです。
ここまでこじれなくて済んだはずです。

その思いは、今も残っています。

ただ、それでも現実の手続きは進みました。
傷病手当金は受け取るところまで進み、
任意継続も受理された。
生活の土台は、ここでようやくつながりました。

休職して、
会社とのやり取りに振り回され、
傷病手当金も保険も離職も止まりかけ、
それでも何とか行政を動かして、ここまで来た。

思っていたより、ずっと長くて、ずっとしんどい流れでした。

でも少なくとも、
何もしないまま待っていたら、ここにはたどり着けなかった。
それだけは、はっきり言えます。


🔖 同じように困っている人へ

会社の手続きが止まり、生活まで止まりかける苦しさは、
実際に当事者にならないと分からない部分もあると思います。

でも、あの時の私が一番ほしかったのは、
「気合いで乗り越えろ」という言葉ではありませんでした。

「次に何をすればいいか」を教えてくれる、具体的な手順でした。

だから、この記録が少しでも届いてほしいと思っています。
同じように悩んでいる人、同じように詰まっている人のところへ。

よかったら、スキやシェアで応援していただけるとうれしいです。


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この実録とは別に、
会社が動かない時に、自分の案件を前に進めるための実務マニュアル
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▼ 特別編|会社が動かなくても傷病手当金を前に進める実務マニュアル


※ この記事は私個人の実体験をもとにした記録です。
手続きの最終確認は、必ず協会けんぽなどの公的窓口でお願いします。

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