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ただ、書く。

こんにちは、ソラカタチラボです。

2026年からnote活動をはじめました。
そのきっかけであるやまだくにあき氏の企画みつけました。
「ただ、書く。私もやってみよう…と!」
夏の小さなチャレンジです。

普段は、禁止ルールをつくって、禁じられた空想建築を描いています。
今回は、何か目的をもって書くということを、禁じられたルールとして
やってみたいなと思いました。

ただ、書く。

文章を書く目的を、一度ぜんぶ外してみる。

  • 誰かに読んでもらうためでもない

  • 役に立つことを書くためでもない

  • 正しいことを書くためでもない

  • noteで伸ばすためでもない

  • 自分の考えを整理するためですらない

ただ、書く

いや、ちょっと難しい。
少しルールを緩めて「書く」ではなく「描く」のほうが、いいな。

ただ、描く。


そう、思いだしてきた。

浮かぶのは、いつまでたっても描きだせなかった夏休みの絵の宿題。

私が、白い画用紙をにらみつけていると、
「なんでも いいから描きなさい」と親に、言われた。

なんでもいいならと、サインペンで、とりあえず自分の左手を画面中央に描いてみた。

「次は、顔でも書いたら。」

中央のスペースはとられているし、正面の顔は難しいので、
画面の隅に、小さく横顔を描いた。
すると、「じゃあ、がんばって。」と立ち去る親。

「?」

やられた。
本当に、手と顔をバラバラに描いたもんだから、人にならない。
のこされた空白のスペースをにらむ。
手の長さや、体の向きを斜めにしたりして、つなげられないか考える。

『この画用紙、決められた1枚なんだよ。。。』
『体を斜めにすれば、少しはましか。』

強引でも、えいや!と描いた。
出来たのは、すごい遠近感で、こぶしを突き出す人。
顔の向きも手の向きもばらばらだ。

凄い勢いで、こぶしを出しながら、横向いてる人。

『手はグーだし、せめてじゃんけんしてる人にしとくか!』
もう一つの手と、人を描かないと。
こちらは、あらかじめイメージ通りにスムーズに描ける。
はじめから描くものが決まっているから。
スッとたって、じゃんけんしている人。
なにやら、笑顔で余裕しゃくしゃく。

気づくと、いつのまにか、画面は埋まっていた。

そこには、
余裕の表情で、直立で、じゃんけんしている人と、
すごい意気込んで、じゃんけんの勝負をしかけつつ、その勝敗の行方を直視できない人がいた。

何を賭けた、じゃんけんなんだろう?と想像すると、
くすっと笑える絵になった。

結構、気に入っていた。
見るたびに、左手と頭を必死につなげた記憶がよみがえる。
もっといいポーズにできなかったかなぁと、想像が膨らむ。

最初から「何を描こう」と考えていたら、この絵は、できなかった。
起きてしまった矛盾を解消しようとするエネルギーが、
あの必死のじゃんけんの絵になったのだと思う。
きっかけは、何を描くかを考えることを止めて、描いた、左手。

もしかすると、「描く」も、「書く」も
最初に「何を」を書くか決めることは、そんなに重要でないのかもしれない。ただ、自分の身近にある左手のようなものを書く。

・とりあえず、手を動かしてみる。
・線を一本でも引いてみる。
・そこに、もう一本線を足してみる。

「これは何だろう?」
「これ、つなげないと変かなと。」
そう思ったところから、 次の線が生まれる。

そうやって、後から行動がついてくる。
スタートは、なんでも。あとは、帳尻合わせようと必死に動くエネルギーで、いっきにたどり着く。

あの夏休みの宿題みたいに。

「なんでもいいから描きなさい」
左手が、自分の知り得ない景色を導くと祈って。


以上が、私の「ただ、書く」やってみました。
原体験に再び触れられた気がします。
今やっている、空想建築と似ているなぁという発見。

こちらは、noteの左手的、記事です。


空想建築はこちら。合わせて読んでください。最近、成り立ち編も書いてみたので、別の視点でも読んでもらえるとうれしいです。



「書く」についての続きです。


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