ファーブル博士に大感謝
「ポケモンを作った人は、ファーブルさんに憧れていたんだって」
たまたま家にあった『ファーブル昆虫記』を見て、小学二年生の我が子が思い出したように教えてくれました。夏休み直前のある日、担任の先生がお話ししてくれたのだとか。
児童期のモンテッソーリ教育の要でもある「好奇心の種まき」、公立の小学校でもしていただけて嬉しいかぎりです。先生〜〜!
家にあった本は『しぜんとかがくのはっけん!366』で、1日1ページごとの様式に『ファーブル昆虫記』も散りばめられていました。
『しぜんとかがくのはっけん!366』、知識の質も量もいい感じで、我が家では大人気の一冊です。読み聞かせたのは数えるほどですが、子どもたちが自ら開いて読み耽るようになり、折りに触れ内容を教えてくれるまでになりました! ありがたや。
せっかくだから、まるまる一冊『ファーブル昆虫記』の本を図書館で探してみようか!
となり、近所の図書館でひらがな検索を駆使して、借りてきたいくつかの本。
とりわけよく読まれたのが、今の時期によく見かける「セミ」についての絵本でした。
何を隠そう(?)、私はセミが大の苦手で。
理由はここでは割愛しますが、とにかく夏になると毎年「なるべく距離を置きたい昆虫」の代表格。
なのに、借りてしまった、大画面にセミが描かれた絵本。
葛藤がなかったわけではありません。だけど子どもたちの好奇心を思うと、私が今ここで中途半端に「セミは…やめとこっか…」と本棚に戻すより、思いきって借りて正面から向き合ったほうが、きっといい栄養になる。はず。ええい、ままよ!
まな板の上の鯉の心境で、意を決して借りた一冊。
これが大正解でした。
結論から書くと、セミに対する苦手意識がふんわりと和らいだんです。ファーブル博士の探究によって!
えっ、今出てきてるセミ、卵から5年経ったところなの!?
じゃあうちの下の子と同い年ってこと!?
うちの子が生まれてここまで育つ間に、今年の夏に鳴いているセミたちも小さな小さな卵から今の姿になるまで育ってきたということ!?
という、もはやママ友に近い心境で、急に親しみが湧いてきたんです。5年もの間、雨にも負けず風にも負けず、よくここまで大きくなったね…!
子どもがいる親ならではの心境かもしれませんが、同じ地球上で、同じだけの時間をかけて育ってきた存在って、なんだか愛おしいじゃないですか。子育てのいろいろな感慨とも相まって。
物心ついた頃からずっと身近にいて、だけど詳しいことはよく知らない存在……に対して、ファーブル博士が捧げた熱中が、時代を超えて私たち親子に伝わってきました。セミってすごい。生命の不思議。
子どもとのお散歩の時間にもセミの声や抜け殻が気になりはじめて、絵本を開いては特定する日々。これまでは「セミが鳴きはじめたね」程度だったのに!
そのうち家の近くの木に「抜け殻スポット」を見つけて、「羽化は日が暮れたあとだからまた来てみよう」となり、いざ夕方に向かうと……ちょっと信じられないほど、羽化するセミがあちらこちらに。
これまでなら逃げ出したかったような光景も、ファーブル博士の観察眼を通したことで、神秘的な営みに見えてきたのでした。思わず夢中になって探していくうちに、
「見て!」
子どもたちが発見した、羽化する直前のセミの幼虫。ちょうど木に登り始めたところ。すごい、ちゃんと抜け殻と同じフォルムだ。そして動いている。
「がんばれ!」
「あっ、落ちた」
「助けてあげる?」
自然のままに観察しようね、と離れて見ていたのですが、ふと絵本の内容を思い出して……
「そういえば、家のカーテンを使って羽化を観察できるって書いてたね」
気づけば持ち帰りの提案を。あんなに苦手だったのに!
とはいえ、帰宅後に「室内で羽化したら、その後どうすれば?」と懸念が生じ、室内からも確認できる庭先に放して見守ることとなりました。
その夜は、私たち家族にとって、特別な思い出のひとつになりました。
羽化の場所を見つけるまでも、見つけたあとも、羽化が始まってからも、見守り続けて… 途中で寝てしまった子どもたちが起きた翌朝も、しっかりとした大人のセミの姿になって、しばらく抜け殻の近くにいてくれて。
庭先から声が聞こえるたびに「あの子かな?」と笑顔で話しています。
ファーブル博士(1823-1915)が生きた時代は100年以上前なのに、まるですぐ近くで教わるかのように、自然界の面白さを見せてもらえて大感謝です。本ってやっぱりとてもいい。
私が最近よく開く本から「モンテッソーリって?」と気になり始めた我が子にも、「ファーブル博士が昆虫を研究したように、モンテッソーリ博士は子どもを研究した人なんだよ」と言うだけで伝わるようにもなって、嬉しいおまけ付きなのでした。
