生成AI格差(AIデバイド)の正体。「誰一人取り残さないAI」が取り残している人は誰か。
生成AI格差(AIデバイド)の正体|「誰一人取り残さないAI」が取り残している人たち
意欲の問題?可処分時間・可処分所得・学習環境からDXを考える
生成AIを使えば、もっと仕事が楽になる
今は無料でも使えるのだから、まず触ってみればいい
これからはAIを使える人材にならなければならない
正直な話で言えばほとんどの会社はまだまだそのレベル感だと思います。
確かに、生成AIには大きな可能性があります。
文章作成、情報整理、議事録、問い合わせ対応、資料作成など、これまで人が時間をかけていた仕事を補助できるようになりました。
人手不足に悩む中小企業にとっても、AIは重要な選択肢になり得ます。
ところが、現場を見ていると一つ気になることがあります。
AIによって「働きやすくなるはずの人」が、必ずしもAIを使える側に回れていないのです。
子育てや介護をしながら働いている人。
複数の仕事を掛け持ちしている人。
地方で学習機会にアクセスしにくい人。
パソコン操作に苦手意識を持っている人。
小さな事業を一人で切り盛りし、業務終了後に新しいツールを勉強する余裕など残っていない経営者。
こうした人に対して、「AIは便利なのだから使えばいい」と言うだけでは、問題は解決しにくいと言えます。
むしろ今後のDXで考えなければならないのは、AIを使う意欲があるかどうかではなく、AIを学び、試し、失敗するための余白を持っているかどうかではないでしょうか。
生成AIは普及している。しかし、全員が同じように使えているわけではない
OECDが公表した2025年のデータでは、OECD諸国で3人に1人を超える人が生成AIを利用するまでになりました。
しかし利用率には大きな差があります。
特に大きいのが年齢による差で、53.6ポイント。
所得水準、教育水準による差も、それぞれ約21ポイントあります。
つまり、「生成AIが広く使えるようになったこと」と「生成AIの恩恵が広く行き渡ったこと」は、同じではないということです。
2026年に公表された米国20万世帯以上のインターネット利用データを分析した研究でも、高所得世帯や若い世帯ほどChatGPTの利用が進み、所得や年齢による利用差が時間とともに縮小しているとは確認できず、むしろ拡大傾向にあることが報告されています。
研究する側は「Generative AI Divide(生成AI格差)」と表現しています。
ここで重要なのは、「使わない人は意欲がない」と考えないことです。
新しい技術を使えるかどうかは、本人の意思だけでは決まりません。
AIを使うにも「余白」が必要
私はDXを考えるとき、システムやAIの性能より先に、人にどれだけ余白が残っているかを見ることが重要だと考えています。
たとえば、月額数千円のAIサービスがあります。
会社員で会社が費用を負担してくれる人には、小さな金額に見えるかもしれません。
しかし、一人で事業をしている人や収入が不安定な人にとっては、会計ソフト、通信費、クラウドサービス、各種サブスクリプションに、さらにAI利用料が加わることになります。
一つひとつは小さくても、固定費は積み上がります。
これが「可処分所得」の問題です。
可処分所得とは、税金や社会保険料などを支払った後、実際に生活などに使える所得のことです。
もう一つ重要なのが、「可処分時間」です。
ここでは、仕事、家事、育児、介護、睡眠などを除き、本人が比較的自由に使える時間という意味で使っています。
AIを覚えるには、この可処分時間が必要です。
アカウントを作る。
操作方法を覚える。
何に使えるのか試す。
うまくいかなければ検索する。
自分の仕事に当てはめる。
情報漏えいや著作権の問題も確認する。
AIは「入力した瞬間に生産性が上がる魔法の箱」ではありません。
使える状態になるまでに、小さな学習コストが発生します。
OECDの成人学習に関する調査でも、学習参加の障壁を感じている成人のうち、平均48%が仕事や家庭責任による時間不足を最も重要な障壁として挙げています。
つまり、「学びたいか」以前に「学ぶ時間があるか」が大きな問題になっています。
「使えば便利になる人」ほど、使い始める余裕がない
ここに生成AIの難しい逆説があることをDXの現場ではひしひし感じることになります。
本来、AIによって時間を取り戻せる可能性が高い人ほど、最初にAIを覚える時間がありません。
毎日残業している人に、「AIを勉強すれば残業が減ります」と言っても、その勉強をするのは残業後です。
育児中の人に、「オンラインなので好きな時間に学習できます」と言っても、子どもが寝た後の30分が本当に「自由な30分」なのかは、生活を見なければわかりません。
介護をしている人にも同じことが言えます。
小規模事業者であれば、営業、請求、採用、顧客対応、現場業務まで経営者自身が担当していることも珍しくありません。
こうした状況で「AIを自主的に勉強してください」と言えば、最も余裕のある人から習得していきます。
結果として、余裕を作るための技術が、余裕を持っている人から普及するという現象が起きます。
これは本人の意欲だけでは説明できないことなのです。
行動経済学や心理学では、お金や時間などの資源が不足すると、その不足への対応に注意が向き、ほかのことを考える余力が圧迫されるという「希少性」の研究があります。
専門的には「認知帯域(cognitive bandwidth)」という表現が使われることがあります。簡単に言えば、頭の中で同時に処理できる余裕です。
新しいAIツールを覚えるには、この「頭の余白」も必要なのです。
日本は「人材不足」と「人材の未活用」が同時に起きています
日本企業にとって、この問題は他人事ではありません。
IPAの「DX動向2025」では、日本企業の85.1%がDXを推進する人材について不足を感じているとされています。
米国、ドイツと比較しても高い水準です。
企業からは、
「DX人材が採用できない」
「AIに詳しい人がいない」
「若いIT人材が来ない」
という声をよく聞きます。
しかし一方では、現在の採用条件や働き方では能力を発揮しにくい人も存在します。
育児や介護との両立が必要な人。
フルタイム勤務が難しい人。
地方在住者。
障害や発達特性によって、一般的な職場環境では力を発揮しにくい人。
長期間仕事を離れ、復職に不安を抱えている人。
ここで考えたいのは、「人材がいない」のではなく、現在の業務設計では参加できない人がいるのではないかという視点です。
これはDXそのものの考え方にもつながります。
DXでやってはいけないのは「人をシステムに合わせる」ことです
DXが失敗する会社では、しばしば順番が逆になっています。
新しいツールを導入する。
マニュアルを配る。
研修動画を用意する。
「来月から使ってください」と伝える。
使われない。
すると、
「現場のITリテラシーが低い」
「変化への抵抗が強い」
「社員に危機感がない」という話になります。
しかし、本当にそうなのかと言われればそうではありません。
入力項目が増えていないか。
従来業務と二重管理になっていないか。
研修時間を勤務時間内に確保しているか。
誰に質問すればよいのか決まっているか。
AIを使ってはいけない情報が明確になっているか。
失敗しても評価が下がらない環境になっているか。
私も社内のAI研修などを行いますが、日程はできても同じ講義は2日間。
都合が合わない方や出張中の方は受講が難しくなります
極力全員受講を目指しますが、現実的に難しいこともあります。
ちなみに私は本人の努力だけを求めるのであれば、それはDXというより「新しい仕事を追加しただけ」になってしまいます。
「誰一人取り残さないDX」に必要な4つの設計
では、企業は何をすればよいのでしょうか。
重要なのは、いきなり高度な生成AI活用を目指さないことです。
1.ツール提供と習熟支援をセットで考える
アカウントを配布して終わりではありません。
勤務時間内に15分、30分でも試せる時間を確保する。
質問できる人を決める。
実際の業務を題材にする。
このような仕組みまで含めて導入です。
2.段階を飛ばさない
「今日からAI活用人材になってください」では無理があります。
データを探せる。
情報を共有できる。
AIに質問できる。
自分の業務で使える。
というように、小さな段階を設けます。
私はDXでもAIでも、小さく始め、現場で検証しながら次へ進む方が定着しやすいと考えています。
3.金銭的負担だけでなく、時間的負担を見る
無料ツールを提供したから「アクセス可能」とは限りません。
30分の研修を受けるために、誰かが30分残業するのであれば、その研修には実質的なコストがあります。
補助金や助成制度を活用することも一つの方法ですが、制度を使うこと自体が目的になってはいけません。
先に業務課題を整理し、その解決策に合う制度があれば使う。この順番が重要です。
4.「誰が教えるか」を設計する
AI研修というと、詳しい専門家を呼べばよいと考えがちです。
しかし、専門知識の量と、現場への定着力は必ずしも同じではありません。
「そんなことも知らないのですか」と思われない安心感。
自分と近い仕事をしている人から教えてもらえる環境。
何度聞いても大丈夫だと思える心理的安全性。
こうした要素が、実際の定着には大きく影響します。
AIを使いすぎないことも、これからのDXには必要です
私は、すべての業務をAI化すればよいとは考えていません。
Excelで十分ならExcelでよい。
紙の方が現場で安全なら、無理に全部なくす必要はありません。
人が直接話した方がよい業務もあります。
AIを導入することで確認作業が増えたり、心理的な負担が増えたり、電力やシステム運用の負荷が大きくなるのであれば、本当に導入する意味があるのかを考える必要があります。
DXとは、デジタルを増やすことではありません。
人の負担を減らし、仕事の流れを整理し、会社が持続的に回る状態を作ることだと私は考えています。
その結果としてAIが最適なら使う。
そうでなければAIは使わない。
そのくらいの距離感があってよいのです。
「誰一人取り残さない」は、スローガンではなく業務設計の問題です
生成AIには、これまで仕事への参加が難しかった人の可能性を広げる力があります。
文章作成が苦手な人を補助する。
情報整理を助ける。
専門知識へのアクセスを容易にする。
場所に縛られない働き方を支援する。
OECDの中小企業調査でも、生成AIを利用している企業の一部では、スキル不足や人手不足を補う効果が報告されています。
一方で、従業員のスキル不足自体も導入障壁になっています。
だからこそ、AIだけを渡して終わってはいけません。
生成AI格差を「本人の意欲の差」として処理すると、本来DXによって支援できるはずの人を取り残します。
見るべきなのは、「この人はAIを使う気があるか」ではなく、
「この人がAIを試せるだけの時間、費用、環境、心理的余白を会社として用意できているか」だと私は思っています。
企業の人材不足を解決するヒントも、ここにあるのではないでしょうか。
DXは、大きなシステム導入から始める必要はありません。
誰が忙しいのか。
何に時間を取られているのか。
どこで情報が止まっているのか。
どの仕事なら別の人でも担当できるのか。
どこにAIを使えば、本当に人の負担が減るのか。
そこを整理するだけでも、会社の課題はかなり見えてきます。
私がDX支援で大切にしているのも、システムを売ることではなく、経営と現場の間に入り、業務の構造を整理することです。
AIを入れる前に、人を見る。
システムを入れる前に、仕事の流れを見る。
そして、小さく試しながら、無理なく続く仕組みに変えていく。
最初に必要なのは新しいAIツールではないかもしれません。
一度、業務そのものを棚卸ししてみるところから始めてみてください。
自社だけでは整理しづらい場合には、経営と現場の両方を見る外部の視点を入れることも、一つの方法です。
参考資料
・OECD, “AI use by individuals surges across the OECD as adoption by firms continues to expand”, 2026
・OECD, Generative AI and the SME Workforce: New Survey Evidence, 2025
・OECD, Trends in Adult Learning, 2025
・IPA(独立行政法人情報処理推進機構)「DX動向2025―AI時代のデジタル人材育成」2025
・Michael Blank, Gregor Schubert, Miao Ben Zhang, The Household Impact of Generative AI: Evidence from Internet Browsing Behavior, 2026
・Mani, Mullainathan, Shafir, Zhao, “Poverty Impedes Cognitive Function”, Science, 2013
室崎 敬太 【Linkedin】【E-mail】
馬車馬テクノロジーズ 業務執行社員/Chief Strategy Officer
その他DX関連の顧問を複数社請け負わせていただいております。
17歳で学生起業家として活動を開始し、事業の立ち上げと運営を経験。その後、ファーストリテイリンググループに入社。 三井住友海上火災保険株式会社にて法人営業やリスクマネジメントに従事し、金融・保険分野における専門性を確立。 独立後は室﨑総合保険/MKエージェンシーを創業。不動産会社との業務提携を経て役員に就任。 コロナ渦以降にAIやDX、プログラミングを学び現在は企業のDXおよびAX戦略の立案から実行までをリード。AI・LLMを活用した業務改革や新規事業開発を中心に、複数の企業において顧問として参画している。 国内上場企業から外資系企業まで、繊維、小売、自動車、金融、不動産、建設、サービスなど多岐にわたる業界での実務経験を有し、業界横断的な知見と実行力を兼ね備えたDXに強みを持つ。
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