【蓮ノ空】能登の帰りに聖地巡礼を兼ねて石川大観光してきた話
蓮ノ空の能登応援プロジェクトにあわせて二泊三日で能登半島へ行ったときの話を記事にまとめたが、今回の記事はその旅行の三日目だ。
能登半島は2日間で回りきっており、最終日は金沢市内から加賀周辺までを観光してみた。
旧令制国基準でみると、石川県を構成する二国のうち最初の2日間は能登国へ、最後の1日は加賀国へ行ったことになる。
なお、今回の記事も一部は聖地巡礼だが、大半がただの旅行記事となっている。
御朱印巡り、城巡り、観光そして聖地巡礼の全部乗せだ。
好き好きクラブのみなさんも、そうでない人も気軽に読んでほしい。
前回の記事
⬇️
妙立寺(忍者寺)

この日の起点はアパホテル金沢野町だ。
香林坊地区から犀川を渡ってからやや南に位置しており、徒歩圏内には忍者寺の異名を持つ妙立寺がある。
金沢城防衛のために拠点となる出城として設置された軍事施設でもあったこの寺には落とし穴などの仕掛けが満載で、非常に面白そうな寺院だった。
今回は偶然にもそんな忍者寺の近くに宿泊することが出来たため、最終日は先ず最初にそこへ行ってみようかと思っていたのだ。
しかし、直前に調べたところ電話による予約が必要だったことが判明したため、やむなく断念している。
なお、この寺は「せーはす」でも紹介されていたらしい。
もっと早くに観ておけば良かった。
いきなり事前の調査不足が露呈してしまったが、裏を返せば次に金沢を訪れた際に行けばよいのだ。
そういうわけで、忍者寺を予定に組み込むのであれば、寺から徒歩圏内に位置するアパホテル金沢野町もオススメだ。
繁華街である香林坊からやや離れている割には駐車場も埋まりがちなのがネックだが、一応アパホテルにも地下駐車場は用意されている。
またコインパーキングが真横にあるため、早めにチェックインしておけば駐車場に困る恐れも低くなる。
むしろ宿泊して翌日に訪れるのであれば、ホテルの地下駐車場を利用せずにチェックアウト後も利用可能なコインパーキングにあらかじめ駐車しておくというのも一つの手かもしれない。
卯辰山公園見晴らし台

時間に余裕がない場合を除き、金沢へ来た時は基本的にここへ立ち寄っている。
Aqoursのファンが三津海水浴場へ行きたがるように、蓮ノ空のこと好き好きクラブのみなさんは卯辰山へ行きたがるのだ。


石浦神社

友人が住んでいた縁もあって蓮ノ空の聖地となる前から幾度となく足を運んでいる金沢だが、まだまだ行ったことのない場所はある。
今回はせっかくなので、かねてより気になっていたが行けていなかった場所に足を運ぶことにした。
そこで訪れたのが石浦神社だ。

金沢21世紀美術館と道路を挟んで向かい側にあり、金沢で最も古い神社であるという。

神社に置かれているこのパネルのキャラクターは、石浦神社の公式ゆるキャラのきまちゃんという。
犬かと思ったら犬とうさぎを合体させたキャラクターだそうで、被っているのは烏帽子という古風なファッションに身を包んでいる。
きまちゃんという名前は「なにごとも丸くきまる」という石浦神社のご神徳に由来するそうで、グッズも数多く販売されていた。

拝殿前の立札を見ると、能登半島地震の震災復興祈願などの幣帛料(※)が全国の名だたる神社より奉献されていた。
※幣帛料とは、お供え物の代わりに奉納する金銭のことをいう



なお、この石浦神社には車利用者のために境内に砂利の駐車場が用意されている。
ただし車両の出入口は鳥居ではなく、鳥居の南側に設けられているため注意が必要だ。
私はうっかり鳥居から入ってしまい、参拝者が多数いる狭い参道で困る羽目になった。
結局、写真の白いミニバンと赤い売店の隙間からバックで南側(手前)の駐車場へと進入したが、神社の職員さんから「鳥居は車両用の出入口ではなく危ないため南側から出入りするように」という趣旨の注意を受けてしまった。


(車両出入口にあらず)





(境内社)




神社とは全く関係ないが、面白い名前のカフェが隣接していた。
その名も「金沢20世紀カフェ 喫茶おあしす」だ。
金沢21世紀美術館の真向かいに「20世紀」と題したカフェを営業するという全力でネタに走ったような店名をした喫茶店だった。
しかし、店頭から見える食品サンプルらしきものや「五木寛之ゆかりの店」(※)という看板などからして、ここが老舗の喫茶店なのは間違いない。
そんな老舗の喫茶店なのに、後から出来たであろう美術館の名前と対照的な名称を店名に付加してしまうところに店主のユーモアセンスの若さを感じてしまった。
(※)昭和7年生まれの小説家。令和8年7月現在でご存命。

金沢城

金沢に来るたびに何度も使ってきた駐車場だ。
石浦神社の次に向かったのは金沢城だ。
実は金沢城自体は15年以上前に行ったことがあり、五十間長屋などを見た覚えがある。
しかし、かなり昔のことなのであまり記憶に残っておらず、城に対する知見がほとんど無かった頃のことだった。
そのため、当時よりもお城に関する知識を得た今の自分の方が楽しめるだろうと思い、あらためて行ってみることにしたのだ。

ちなみに金沢城には15年以上来ていないが、先述したとおりそれまでの間に幾度となく金沢には訪れている。
中でも金沢城の反対側に位置している日本三名園の呼び名も高い兼六園には合計で4回ほど訪れており、金沢城へ足を運ぶ機会が無かったというわけではない。
私がこれまで金沢城へ行かなかった理由の一つは、金沢城には現存天守がないからだった。
私は城好きと言ってもガチの城マニアではなく、一般観光客に毛が生えた程度の城好きだ。
中途半端な知識しか持たないにわか城マニアとでも言おうか。
そのため城では天守こそが最大の見どころだと思っているし、少なくとも櫓等の何かしらの建造物が現存していなければ「城」として積極的に観に行きたいとは思わない。
ものにもよるが、基本的に建造物が残っておらず石垣や土塁しかない城跡や明治以降に復元された建造物には関心が低い。
今でこそ現存する櫓や門にも関心が向くようになったが、昔は本当に現存天守にしか興味がなく、現存天守のない金沢城への再訪意欲は湧かなかった。
しかし、現存天守を回りきる頃には天守以外の櫓などにも関心が向くようになり、天守がなくとも江戸時代以前の建造物が現存する城にも関心を抱くようになったため、櫓や門が一部現存している金沢城を観に行く気になったというわけだ。
人の興味関心は移り変わっていくものだと感じる。


(お掘通り)
兼六園と金沢城公園とを繋ぐ石川橋の下には幹線道路が通っている。
金沢を訪れるたびに何度も車で通ってきた道路だ。
この道路は元々百間堀という巨大な水堀だったが、明治以降に埋め立てられて道路となっている。
江戸城の周りにある外濠通り(東京都道405号)などと同じだ。
なお、百間とは堀の巨大さを表現するための言葉であって、実際に百間(約182メートル)あったわけではない。
むしろ堀の長さは約270メートル、幅は約68.4mあったというので、長さだけで言えば百間は軽く超えている。
また、当時は石川橋のような橋は架橋されておらず土橋だった。
城における土橋というのは橋ではなく築堤のことを指す。
つまり、百間堀は土橋によって二つに分断されていたのだ。
ここが土橋として残され架橋されなかったのは、築城のための資材などといった重い搬入物があった際に当時の一般的な橋梁である木橋では耐えられなかったからだという。


石川橋から見えるこの櫓は、隣接する石川門と併せて重要文化財の指定を受けている江戸時代からの現存建築物の一つだ。
石川門が現在のメインルートとなっていることもあり、金沢城の中でも目立つ建物だろう。
石川門に隣接しているため「石川櫓」という俗称でも呼ばれるこの櫓だが、ただの二階櫓にしてはかなり美しい外観をしているのだ。

全国各地に現存する二階櫓の大半は層塔型だ。
同様に層塔型の形状をした三階櫓と比べると、天守の代用とされることも多かった三階櫓に対して派手な装飾もなく味気ない外観をしたものも多い。
しかし、この石川櫓は外観からは完全に望楼型にしか見えない派手な外観をしているのだ。
大きな入母屋破風に上層階が埋め込まれたような形状は望楼型天守の外観における特徴なのだが、なんとこの二階櫓は望楼型ではないらしい。
詳細はリンク先を参照してほしいが、簡単に言えば構造上は層塔型だが派手に見せるために望楼型風の外観にしたのではないかという考察だった。
城の専門家らしき人が言うのだから、きっとそうなのだろう。
中途半端な知識しか持たないにわか城マニアが露呈した瞬間だった。
それはそうとして、この石川櫓は本当に美しいのでオススメしたい。



石川門を抜けた所に案内所があり、ここで観光ボランティアガイドの方に解説をお願いすることが出来る。
せっかくなのでガイドをお願いし、解説付きで城内を散策することにした。

石川門内部の見学は出来ない日もあるそうなので、どうしても見たい場合は事前に確認が必要だ。



ここから見えているきれいな建物は全て復元された建物だ。
横に長い一連の櫓は五十間長屋という。
長屋という名前だが、よその城では多聞櫓と呼ばれる櫓の異称に過ぎない。
左端にある三階櫓が橋爪門と隣接する橋爪門続櫓、右端にある三階櫓が菱櫓だ。
「おいでよ!石川大観光」の歌詞に「金沢城にある公園と菱櫓」という一節があるが、その菱櫓とはこれのことを指している。
さらに後ろにある建屋では二の丸御殿の復元工事を行っていた。
復元と言っても今回復元されるのは屋敷の表向の一部に過ぎず、御殿全体のたった7.5%だ。
しかも、そのたった7.5%の復元工事が完了するのは令和15年予定だという。
全体の一割以下の復元に7年もかかるというのだから、二の丸御殿の全てを復元するのは無理なのだろう。
ちなみに御殿の区画は大まかに三つに分かれており、今回一部が復元される表向というのは、役人が仕事をしたり、あるいは藩主が儀式などをするために用いられる政庁としての空間のことを指す。
それより奥は藩主の生活空間である御居間廻り(江戸城本丸御殿では「中奥」と呼ばれる)、そして藩主の正室や側室などが居住する奥向に分かれていた。




(重要文化財)
さらに奥へ進むと、現存する建造物である三十間長屋が見えてくる。
右端は櫓を建てる予定だったため簡素になっているが、左端はその予定がなかったことから櫓の接続を考慮しない入母屋破風になっているという。
残念ながら右端の写真を撮り損ねてしまったため比較はできない。





石川橋でめぐちゃんをセンターにしていい写真が撮れた。
ちなみに金沢城というのは全体的に白が美しい城なのだ。
その理由は屋根に鉛瓦を用いているためで、経年劣化により鉛が白く変色するためだという。
そう思うと、金沢城というのはメンバーカラーが"エンジェルホワイト"であるめぐちゃんにピッタリなのではないか。
もはや金沢城は藤島慈の城といっても過言ではないのかもしれない。
もっとも、金沢城公園で行われた103期11月度Fes×LIVEで披露されたツバサ・ラ・リベルテのセンターは綴理パイセンだったが。

(ツバサ・ラ・リベルテ)
藤島加賀守の話はこのあたりにしておこう。
金沢城を散策しているくらいから、風がかなり強くなってきた。
晴れ男な私はこの日も神に愛され雨天を回避していたが、風の強さはご利益に含まれていなかったのかもしれない。
この強風が午後からの日程にも影響を及ぼすことになった。
金澤ななほしカレー

金沢城での散策が終わったのは正午前くらいだった。
そのまま兼六園周辺で昼食を取ろうかとも思ったが、特に食べたいものも見当たらない。
そのため、半年前に来た時に見つけた美味しいカレー屋さんに再訪することにしたのだった。
お店の場所は金沢21世紀美術館の地下駐車場の出入口付近にあり、地下駐車場に車をとめて地上へ上がればすぐだ。
半年前の話
⬇️

ベジタリアン対応メニューがあったり代替肉を使ったメニューでエシカルという表現を使っていたりと相変わらずどこか意識高い系な印象を受けるお店ではあるのだが、ちゃんと普通の肉類も置いてあるので顧客の門戸を広げているだけなのだろう。
私はバリバリ意識低い系の人間ではあるが、他では食べられないメニューを食べてみたかったので、選べる二種類のカレーのうち一種類に「カカオとナッツのごちそうカレー」を選んでみた。
もう一種類のカレーは定番のチキンカレーだ。

食べ終わった感想だが、期待どおり美味しかった。
「植物性でもしっかり栄養と満足感が味わえる」とあったが、まさにそのとおりだと思う。
普通のカレーとは違うが、これはこれでちゃんと美味しいカレーだった。
前回は違うカレーを食べたが美味しかったので期待して再訪したわけだが、その判断に狂いはなかったようだ。
ちなみに二種類のカレーが選べる「金澤ななほしカレーセット」の価格は税込1580円だが、私は+220円で大盛りにしたので1800円だった。
妥当な価格設定だと思う。
金沢でもオススメのお店なので、ぜひ一度足を運んでみてほしい。
手取フィッシュランド

昼食をすませて金沢を出発し、向かったのは能美市にある手取フィッシュランドだ。
手取川の近くに位置する石川県内唯一の遊園地だが、遊具を含め全体的に子供向けの印象が強い。
金沢市内を午後0時40分頃に出発して北陸道を使い、到着したのは午後1時20分頃だったので、車で大体40分程度あれば行けるくらいの距離にある。
ここに来た理由だが、いい年した大人がひとり遊園地を堪能するという上級者のような遊びをするためではない。
好き好きクラブのみなさんには説明不要だろうが、ここは蓮ノ空の活動記録で登場した聖地なのだ。



ここはみらくらぱーくの三人が卒業前に思い出作りをするために訪れた場所で、劇中ではゲーセンや釣り堀、各種アトラクションで遊んでいる姿が描かれていた。
せっかくなので私もみらぱのメンバーが乗ったアトラクションに乗ってみようと思っていたのだが、一つだけ懸念事項があった。
それは金沢城に居たときから北陸地方で発生していた激烈な強風だった。
どの程度の強風かと言うと、高速道路を走行中にハンドルを取られそうになり、かなり減速しなければ危険なほどの風だった。
北陸自動車道に対して風向きが横風となっていたことや、私の車の車重が軽いことも影響していただろう。
SUVのように車重が重くハイパワーな車は追越車線から抜いていく車も少なくなかった。
山中のワインディングロードなどでは車重の軽さは強みになる。
しかし、その軽さが強烈な横風に対しては仇になる事を思い知らされた。
やや話が逸れたが、この日の北陸はそれほどの強風が吹き荒んでおり、案の定モノレールや観覧車の類は運転見合わせとなっていたのだった。

ゲームセンター

めぐちゃん苦手そう。姫芽ちゃんは得意げ。

実際に私がやったのはシューティングゲームではなくこれだ。
またしてもワニワニパニックだった。
いや、正確に言えばワニワニパニックRだが、まあ細かいことはどうでもいいだろう。

(令和8年6月21日午後1時39分時点)
ちなみに私は行く先々でワニワニパニックを見つけては遊んでいる。
石川県内でワニワニパニックで遊んだという内容を書くのはこれで二度目だが、兵庫県内で派生機カニカニパニックを遊んだことを含めたら三度目になる。
その時の記事も貼っておこう。
なお、石川県内で遊んだのは蓮ノ空4th金沢公演、兵庫県内で遊んだのは蓮ノ空6th兵庫公演の日だった。
蓮ノ空とワニワニパニックには不思議な御縁があるのかもしれない。
⬇️
カニカニパニック
⬇️

スカイジェット(強風に付き運転見合わせ)

園内を遊覧する四人乗りのモノレールだ。
地上からの高さも大したことはないため、よほど高い所が苦手な人でない限りは乗れると思う。


観覧車(強風に付き運転見合わせ)

活動記録のスクリーンショットでは分かりにくいが、最後に三人は観覧車にも乗っていた。
言うまでもなく観覧車は強風に弱いため、当然休止になっていた。


色々なものがあったが、私が遊べたのはワニワニパニックRだけだった。
みらぱのメンバーは釣り堀で釣りもやっていたが、時間がないことと私自身が釣りに全く興味がないこともあり、これも見送っている。
加賀月うさぎの里

手取フィッシュランドを出て向かったのは、最後の目的地である加賀月うさぎの里だ。
何となく分かるかもしれないが、この施設は放し飼いにされたうさぎと触れ合うことが出来る体験施設なのだ。
そういうわけで、旅の最後にここで癒されていくことにした。
最寄りのICは北陸道加賀ICで、ICを退出してから国道305号を福井方面に走行していると左手に見えてくる。
加賀ICからの所要時間は約6~7分程度とアクセスは非常にしやすい。






放し飼いエリアはこのようになっている。
このエリアの手前で手袋を貸し出ししており、これを装着した状態で餌やりをすることになっていた。
衛生上の問題と怪我防止という2つの理由だろう。

うさぎはそこら中にいるが、昼過ぎにもなるとお腹いっぱいなのか餌に見向きもしない子もいた。
撮影はしていないが、うさぎ以外にリクガメもいる。


動物好きな人や家族連れ、子供連れにはとても喜ばれるだろう。
高速道路からのアクセスもしやすいので、ここも是非立ち寄ってみてほしい。




さいごに
二日間で能登半島を周った際、金沢では夜に雨が降っていた。
翌日の金沢観光がどうなるか気がかりだったが、この日の金沢市内は晴れておりそのような心配は杞憂に終わった。
むしろ、この晴天は天啓。
神様が私に「金沢市内を観光していけ」と言っているに違いない。
そう考え金沢市内での滞在時間を急遽増やしたのだが、金沢城の事を深く知るきっかけになるなどの学びと発見があり、正解だったと思っている。
メガネを自宅に置き忘れて三日間サングラスで生活したり、予約を要することを知らず忍者寺を見学できなかったり、神社の出入口を間違えるなど、しょうもない失敗も多かったが、こういうやらかしほど記憶に残りやすいことを思えばいい思い出作りにもなったのかもしれない。

さやかチャンに叱られそう。叱ってくださいお願いします。
