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【蓮ノ空】能登応援プロジェクトへ行こう!二泊三日で石川大観光してきた話

本年2月13日から「石川県×ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ 能登応援プロジェクト」が開始された。

コラボといっても描き下ろしイラストのパネルと受注生産のグッズ販売以外はリーフレットの配布に留まり、コラボ先の道の駅等の施設に置かれているのは既存イラストのパネル設置のみだ。

スタンプラリー等の派手な展開はしていないが、コラボに係る負担が少ないからこそ半年弱という長期間コラボを続けていられるのかもしれない。

プロジェクトの趣旨としては、蓮ノ空を通じて能登半島に足を運んでもらい能登半島をPRし観光振興へと繋げることにある。
いい機会なので、私も再び能登半島まで行ってみることにした。

そういうわけで、今回の記事はパネルが設置された道の駅等の施設を回りつつ、その周辺にある観光名所などを回るというプロジェクトの趣旨に沿った旅をした記録について書いている。

なお、このコラボはいつ終了するかまだ発表されていない。

能登半島にいつ行くの?今でしょ!!

ということで、この記事がこれから能登半島を回ろうという人にとって少しでも参考になればいいなと思っている。
蓮ノ空のこと好き好きクラブのみなさんはもちろんのこと、そうでない人にとっても純粋に能登半島の観光において参考になる情報を面白おかしくまとめてみたつもりだ。
むしろ今回はキャラクターのパネルが設置されている事を除けばただの観光旅行なので、気軽に読んでみて欲しい。

訪れたのは6月中旬、105期の集大成である6thライブ神奈川公演も終わり一段落した6月19日から21日のことだった。



能登半島は非常に広いため、あらかじめ経路や宿泊先は決めておいたほうがよい。
時間的に二泊三日は確保したほうがいいだろう。
そこで、まずは能登半島を巡る際のオススメの経路と宿泊地について紹介しよう。

まず最初に言っておくが、能登半島での移動手段は自動車が前提だ
地方はどこもそうだが、公共交通機関は貧弱過ぎて使い物にならない。
もちろんバス移動する猛者もおり不可能ではないようだが、車移動とは比較にならないほど計画性が求められ自由度も低いため推奨はしない
地方で車を一切使わずに旅行するのは旅行玄人の上級者がやることなので、安易に真似しないほうがいい。
自家用車もしくはレンタカーを使用し車移動することを強く勧める。

(1)経路について

パネルが設置された施設は全部で9カ所もある上、これらの施設は営業終了時間もそれぞれ異なる。
特に重要なのは営業終了時間だ。
営業時間内にたどり着けなければ施設内に入ることは出来ずパネルを見ることも出来ないので、余裕を持って回ることが出来る行程にしたほうがいい。

そうした施設間の距離と位置関係、営業終了時間などを考慮した上で私が通った大体のルートを地図で示してみた。
このルートは割と参考になると思う。
なぜなら、このルートの起点は金沢ゲーマーズだからだ

朱線部は初日、青線部は二日目の行程を示す。
なお、各施設に付した番号は私が訪れた順番だ。

私は午前10時ごろに石川県に到着して真っ先に金沢ゲーマーズを訪れ、グッズを買ってから能登半島へのドライブを開始している。
マイカーか公共交通機関かという移動手段の別を問わず、好き好きクラブのみなさんの多くは真っ先に金沢ゲーマーズへ行くだろう
また、関東圏から新幹線で来る場合は似たような時間に金沢に着くだろうから、そこからレンタカーに乗り換えて出発するなら出発時刻も起点も似たようなものになると思う。
金沢から能登に向かうなら、全線が無料の高速道路であるのと里山海道を利用して西側から能登半島へと向かうのが最短ルートだ。

◯起点を金沢ゲーマーズ(金沢駅)にしない場合

能登半島へ向かう高速道路は西側にあるのと里山海道以外に、東側にも能越自動車道という高速道路が通っている。
このルートは中部圏から東海北陸道で金沢へ向かう人にとって使いやすい。
能越道は東海北陸道の延長線上にあり小矢部砺波JCTで北陸道へ分岐せずに直進すればいいためで、最短で七尾市まで直行出来るからだ。

もしも最初に金沢ゲーマーズに行かないなら、初日から七尾を起点として奥能登を重点的に回るルート(④→⑤→⑥→⑦→⑧)もアリだろう。
実際、私は令和5年に道の駅スタンプラリーのために奥能登をほぼ一周した際にこのルートを使っている
まず最初に七尾まで行き、そこから能登半島の最先端にある禄剛埼付近まで向かい、海岸沿いの奥能登絶景海道を通って輪島市街地を訪れた後、夕方に七尾まで戻ってきている。

ただし、震災前と異なり各地の道路で通行止や片側交互通行といった規制が実施されており、同じ区間であれば当時よりも所要時間を多く要する可能性がある点については注意が必要だ。
とはいえ、能登半島の最果てである禄剛埼まで足を延ばさなければ時間的な余裕はあると思う。


(2)宿泊先について

先述した今回のルートでは、午前中に金沢を出発して中能登地域までを回ることになる。
そうすると、ちょうど「④道の駅能登食祭市場」がある七尾市もしくはその近辺で宿泊するのが最適だろう。
七尾市は能登半島で最も大きな都市であるため宿泊施設の選択肢そのものが多く、飲食店や商業施設も豊富なので滞在するのも困らない。
市街地には安価なビジネスホテルなどがある一報で、市街地から少し離れた場所には和倉温泉という県内屈指の温泉地があり多くの旅館が建ち並んでいる。
贅沢に過ごすも良し、お値打ちに過ごすも良しの好立地なのだ。

もう三回は宿泊したルートイン七尾駅東

もちろん翌日を考慮して奥能登地域まで足を伸ばすというのも選択肢としては存在するが、奥能登の主要都市である輪島や珠洲には宿泊施設が少ないため七尾よりも難易度が上がる。
奥能登においては震災以降さらに宿が減ったそうで、宿泊施設についてはあまり選り好みすることは出来ないと思っておいたほうがいい。


金沢ゲーマーズ(令和8年6月19日)

金沢フォーラス

蓮ノ空のこと好き好きクラブのみなさんにとっては、もう既に見慣れたものだろう。
ここの立体駐車場にも慣れたものだ。

大三角…うっ…
能登応援プロジェクトの限定グッズも展示されていた
下から覗き込んで撮影するのを失念した
顔面偏差値最強クラス、弱者男性に強特効なKRSRNサンがお出迎え

このパネルもいつまで見られるのかと思うと…うっ、涙が…。
来るたびに風景が変わるので、金沢ゲーマーズの写真撮影は欠かせない。

蓮ノ三連華
蓮ノ小三角
Edel Note
あー、村長きゃわわ
梢パイセンおたおめ!
吟子チャン
パネルへの書き込みがすごい!
一体どこのS井さんなんだ…?

どのグッズをどれだけ買おうか迷い続け、買い物を終えた頃には午前11時近くになっていた。
というわけで、出発時刻は予定よりもやや遅れて午前11時となった。
参考になるかもしれないので、一応時刻も記載していくことにしよう。

買い込んだグッズ類
(これでも抑えた)
お土産も蓮ノ空

パネル① セラス柳田リリエンフェルト

  • 設置施設:道の駅のと千里浜

  • 所在地 :羽咋市

  • 到着時刻:午後0時26分

  • 観光名所:千里浜なぎさドライブウェイ氣多大社(能登国一宮)

金沢を出発して最初にたどり着く施設が道の駅のと千里浜だ。
この道の駅は最寄りである千里浜ICを退出してすぐの場所にあるためアクセスしやすく、のと里山海道において実質的なSAとしても機能している。

しかし、ここで私は最寄りの千里浜ICで退出するのではなく、あえてその手前にある今浜ICで降りることを薦める
今浜から千里浜までの区間は千里浜なぎさドライブウェイを走行し、ついでに観光してしまえばいいのだ。

赤枠は今浜、青枠は千里浜北、赤枠が道の駅のと千里浜

千里浜なぎさドライブウェイは今浜口(赤枠)から千里浜IC口(赤丸)までの間でのと里山海道と完全に並行している。
この二箇所には、いずれも千里浜なぎさドライブウェイとのと里山海道のICが併設されている。
つまり、のと里山海道の2カ所のICは千里浜なぎさドライブウェイへの導線として完璧に設計されているため、今浜から千里浜の区間のみ並行する千里浜なぎさドライブウェイを利用するのは容易なのだ。

千里浜なぎさドライブウェイは、わが国で唯一自動車で走行可能な砂浜として有名な観光名所だ。
高速道路ならあっという間にたどり着く距離だが、千里浜については「単なる移動」で終わらせるには勿体ない。
今浜口から千里浜IC口までの区間は観光を兼ねて千里浜なぎさドライブウェイを走行することを勧めたい。

ちなみに赤枠の今浜口と青枠の千里浜北口が起終点だが、千里浜北口にはのと里山海道のICが併設されていないため、ここまで走行してしまうと後戻りする必要がある。
もちろん全線走りたいならここまで走った上でUターンして千里浜IC口まで戻るのもアリだ。

ただし、千里浜なぎさドライブウェイは悪天候等の理由により全部または一部区間が通行止の規制を受けることもあるため注意が必要だ。


千里浜なぎさドライブウェイ

整備が勧められつつある今浜口

私は千里浜なぎさドライブウェイを何度も走行したことがあるが、実は今浜口から北上するのは初めてだった。

半島から金沢へと帰る際にしか使ったことがなかったが、今回は帰路につく二日目に雨天の予報が出ていた。
そのため晴天である初日のうちに千里浜なぎさドライブウェイを走っておくことにしたのだ。


快晴!

車の大きさに負けない30センチのビッグアクスタを持ってきていて良かった。

道の駅のと千里浜

のと千里浜の道の駅は比較的新しく外観も小綺麗だ。
売店の他にレストランもあり、外には足湯も設置されている。
私はここでリーフレットを貰った。

せっちゃんきゃわわ

せっかくコラボをしてくれているのだから、コラボ先の施設では何か一つでもいいから買い物をしていきたい。
パネルだけ撮影して次の施設へ行くことも出来るが、能登応援というプロジェクトの趣旨にも反するだろう。
何より蓮ノ空のファンはせっかくコラボしても金を落とさないと地元の方から思われ印象を悪くしてしまうと、蓮ノ空全体の印象も悪くしてしまいかねない。
それはあまりにも不本意なことなので、これに限らず何でもいいからコラボ先では物やサービスを消費してほしいと思っている。

のとししカレーだよ、ちぇすと

そういうわけで、ちょうどお昼の時間だったのでここで昼食を取ることにした。
のとししカレーというイノシシを使ったカレーだが、カレーの風味が強いためイノシシのクセは格別感じられない。
ジビエ特有のクセが苦手な人にとっても食べやすいと思う。


パネル② 蓮ノ三連華

  • 設置施設:道の駅とぎ海街道

  • 所在地 :羽咋郡志賀町

  • 到着時刻:午後2時31分

  • 観光名所:能登金剛(巌門、機具岩、ヤセの断崖、義経の舟隠し)、世界一長いベンチ、松尾神社

お次は志賀町にある道の駅とぎ海街道だが、実はこの道の駅も昨年開催された蓮4th金沢day2の日に訪れている。
その時はまさかここが蓮ノ空とコラボするとは思ってもいなかったし、世界一長いベンチを背景に描き下ろしイラストが出るとも思わなかった。

その時の記事はこれだ。

この付近は能登金剛とよばれる海岸沿いの景勝地が広がっている場所で、広い範囲に観光名所が点在している。
これらのうち、ヤセの断崖と義経の舟隠しとよばれる景勝地については昨年訪れているため、その時の記事を貼っておく。

訪れた順に番号を付した

能登金剛遊覧船・巌門クルーズ

能登金剛には巌門と呼ばれる巨大な海蝕洞かいしょくどう(※)があり、これは船に乗って海からしか見ることが出来ない。
そんな巌門を見るための遊覧船が能登金剛遊覧船なのだが、私がここに来るのは実に三度目だった。
12年前と昨年の合計2回も訪れているにもかかわらず、折悪しく2回とも波が高かったために欠航だったのだ。

※波の力で浸食されて形成された洞窟のことを言う

今回こそは運航であって欲しいと思い遊覧船のりばへ向かうと「運航」の二文字が現れたことに喜びを禁じ得なかった。
「二度あることは三度ある」というが、今回は「三度目の正直」だったようだ。

乗船料金は20分で1600円とやや高めに思えるが、ここでしか味わうことが出来ない体験だと思えば妥当だと思う。

駐車場もたっぷりある

遊覧船の乗り場は駐車場のある場所から階段を降りていった先にあり、結構な高低差があった。

能登の海は綺麗だって、はっきりわかんだね
下から見るとこんな感じ
あじさいがとてもきれい

遊覧船のりばになっている入江だ。
浅瀬とはいえ遠目で海底が見えるほど海が透き通っているのがよく分かる。

さらに下へ
船着場へ到着。おじいさんは係員さんだ。

遊覧船の船着場となっている小さな入江にも横穴が空いていた。
これも海蝕洞だろう。
出航時刻よりも早めに船着場に来てしまったが、船に乗る前からこれほど美しい景色を見られたことを思うと早めに降りてきて良かったと思う。

能登の海だよ、めぐちゃん
遊覧船が戻ってきた
船名は「金剛」
上から見るとこんな感じ

平日ということもあってか利用者は少なめで、乗船した全員が船室ではなく後部デッキの椅子に腰掛けていた。

まずは巌門へと向かう

遊覧船のりばから少し離れた場所にある売店が見える。
乗船前に店内へと入ってみたが、サメなどの魚類の骨もお土産として販売しているユニークなお店だった。
ちなみにお店側から見た景色がこれだ。

巌門

岩と岩の間に巨大な穴が空いている場所が見えてきた。
これが巌門だ。
小舟だと通り抜けることも可能だそうだが、遊覧船では通り抜けることは出来ない。
その代わり巌門の入口まで行き、限界まで船首を突っ込んでくれた。

巌門へ突入す
スレスレとまでは言わないが、かなり近い

一旦入口まで突っ込んだ後、後進して距離を取り観光客が撮影するために船を止めてくれる。
こうしてみると四角くくり抜かれており、まさに「」といった感じだ。

巌門だよ、はろめぐ

巌門のやや南方に位置するこの巨大な岩は鷹の巣岩と呼ばれ、その頂に鷹が巣を作ったことに由来するという。
険しすぎて誰も登ったことがないらしい。

右に見えてきた岩は碁盤島といい、義経と弁慶が囲碁を楽しんだと言われている島だ。
義経の舟隠しといい、能登金剛のあたりは義経にまつわる名所が多い。

船は碁盤島と陸地の間の狭い海域を通過する

碁盤島を抜けて福良港まで出たところで転回し、船着場へと帰港した。

船を降りて次のスポットへ向かう前に、遊覧船案内所で販売されているソフトクリームを食べていくことにした。
もちろん普通のソフトクリームではない。
地元しょうゆのソフトクリームだ

志賀町では古くから醸造が盛んで醤油や焼酎などが製造されており、現在も特産品として道の駅でも販売されている。
地元しょうゆのソフトクリームとは、そんな志賀町のカネヨ醤油が作るしょうゆをかけたソフトクリームだった。

刺身に合う甘口のしょうゆで、塩気が強すぎないからかソフトクリームにもベストマッチ。
ほどよい塩気が甘さを引き立てる珍しいソフトクリームなので、遊覧船に乗った際は是非あわせて食べていくことを勧める。

道の駅とぎ海街道

能登金剛を出発して国道249号を北上し、三連華の描き下ろしイラストを使用したパネルが展示されている道の駅とぎ海街道へとやってきた。
道の駅とベンチの詳細は前年の記事に詳しいので、こちらも貼っておく。

店内へ入ると茜やさんによる三連華の手ぬぐいが目に入った。
パネル以外にも蓮ノ空のグッズを置いてくれていることが嬉しい。

肝心のパネルは店の中央に置かれていた。
他のキャラクターの立ち絵を使用したパネルとは異なる一枚絵なので設置のされ方も異なり、一番目立つ場所に置かれていた。

能登の空に会いに来たよ

パネルやグッズの展示だけに留まらず、来訪者がコメントを記入出来る巨大な紙も設置されていた。
交流ノートみたいなものだ。
今回の能登応援プロジェクトでは描き下ろしイラストの舞台にも選ばれた場所なだけはあり、全9箇所で最も気合が入っていた。

スリブ推し?

もう余白もかなり限られており、それだけ多くの人が既に訪れていることを示していた。
私も何か書き込もうと思ったが、上から下まで横書きする余白がない。
そこで私は、あえて縦書きしてやった
大したことは書いていないが、気が向いたら探してみてほしい。

そんな貴重な旧車を躊躇なく痛車にできるのは凄い
本店は遠すぎるが、そのうち金沢店には行ってみたい

能登金剛遊覧船のりばで食べたソフトクリームにかけられていたカネヨ醤油の醤油が、地元の特産品として数多く販売されていた。
せっかくなのでご当地のものを買っていこうと思い、お醤油を一本いただいていくことにした。

世界一長いベンチ

能登応援プロジェクトの描き下ろしイラストにえがかれていた世界一長いベンチだ。
イラストの風景に近い場所を探してみたが、ここで合っているだろうか。

ベンチだよ、さやかチャン
花帆チャン、サーセン…

冬服の三連華が描かれているイラストなのに、私が手元に持っていたのは夏服のさやルリだけだった。


機具岩

道の駅を出て国道249号を七尾方面へと向かう途中で、以前から目をつけていた奇岩の機具岩を見ていくことにした。
国道249号の旧道と思われる道へと分岐し、現道がトンネルでショートカットしている区間の海側を走ると小さな広場が設けられていた。
機具岩の由来は機織り道具に似ていることによるらしいが、大昔の機織り道具など見たことがない現代人にとっては全くピンとこない名前だろう

女岩

機具岩は大小二つの岩から構成されており、穴が空き上部に小さな社が設けられている高さ16メートルの大きな岩が女岩、高さ12メートルの小さな岩が男岩と呼ばれている。

両者は夫婦岩としてしめ縄で結ばれており、女岩については穴から美しい夕日が見られるため夕焼けスポットとしても人気があるようだ。

男岩
震災の影響なのか、社は傾いていた

松尾神社

国道249号

機具岩を出て国道249号を走行していたところ、松尾神社の看板が目に入る。
読めば重要文化財に指定されているという。
完全に予定外の寄り道になるが、こういう下調べなしで見つけた場所に行ってみるのも旅の醍醐味というもの。
次にいつ行けるかも分からないし、いつ何が起こるか分からない世の中だ。
この機を逃さず見ておこうと思い、迷わず神社へと向かった。

現地に到着してみると、立派だがこじんまりとした神社がある他は田地が広がっているだけの田舎の集落だった。
国道に看板を立てている割には全く観光地化されておらず、周囲に売店や飲食店は見当たらない。

道路にはまだ震災の傷跡が残っていた。
路面には亀裂が入り陥没し、マンホールは路面から飛び出したまま放置されている。
修繕が後回しにされている事実が、この道路の交通需要の低さを表している。
交通量が少ない上に一車線分は確保されているから問題ないという判断なのだろう。
この時も私の他には1台くらいしか車は通らなかった。

平地には松尾神社があり、裏手の山側には松尾寺という寺も隣接していた。
神仏習合だった江戸時代以前の松尾寺は松尾神社の神宮寺(別当寺)であり、事実上支配下にあった。

これが重要文化財に指定されている松尾神社だ。
手前に見えているのは拝殿で、本殿はその奥にある建屋の中に保護されているため見ることは出来ない。

松尾という名前が示すとおり、元々は山城国の松尾大社から勧請されて創建されたという。
松尾大社といえば酒造の神様として非常に有名だが、ここでは専ら産土神うぶすながみとして祀られ酒造の神様としての信仰はないようだ。

拝殿

茅葺きだからか、神社というよりも古民家のような印象を受ける外観をしている。
規模も小さく外観も地味に見えるが、この社殿はなんと室町時代に造営されたものだった。
とても貴重な建造物だと思うが、地味な外観に加えて付近には観光要素がゼロなので、大半の一般観光客は寄り付かないのだろう。

せっかくなので御朱印を頂きたかったが、どこで受付しているのかさえ分からず頂けなかった。
階段を上がった先にある松尾寺に行けば社務所等があったのかもしれないが、近くを飛び回っていた蜂のような大きな虫を無視できず、階段を登る気になれなかったため行けていない。
なお、Googleマップの口コミによれば震災により松尾寺は公費解体され再建中であり、今は更地らしい。

ご丁寧にパンフレットが配架されていた
本殿が保護されている建屋

パネル③ 安養寺姫芽

  • 設置施設:道の駅織姫の里なかのと

  • 所在地 :鹿島郡中能登町

  • 到着時刻:午後4時22分

  • 観光名所:天日陰比咩あまひかげひめ神社(能登国二宮)

本日三件目のパネル設置施設にたどり着いた頃には、既に午後4時20分を回っていた。
七尾市の西側に隣接する道の駅織姫の里なかのとは、ちょうど前年にも訪れた場所だ。
道路向かいにある商業施設アル・プラザ鹿島内にあるゲーセンコーナーでワニワニパニックを遊んだことを覚えている。
その時の記事はこれだ。

同じく中能登町内にある能登国二宮の天日陰比咩あまひかげひめ神社にも参拝している。
観光については、是非これらの記事を参照して欲しい。

"二番目"の推し

正面入口から入店すると、さっそく姫芽ちゃんのパネルがお出迎え。
きゃわわだね、姫芽ちゃん。

メダカ販売業に勤しむ姫芽ちゃん
冬服アクスタ持ってくるの忘れた!不覚…!!

パネル④ 徒町小鈴

  • 設置施設:道の駅能登食祭市場

  • 所在地 :七尾市

  • 到着時刻:午後4時59分

  • 観光名所:和倉温泉能登島能登島水族館など)

中能登町まで来たら、七尾市はすぐそこだ。
本日最後のパネル設置施設である道の駅能登食祭市場へと到着した。
したのだが、到着時刻はなんと営業時間終了の時間である午後5時の数分前というきわどい時間だった

各店舗のシャッターが閉まりつつ中、走って徒町のパネルを見つけにいき写真を取るのが精一杯であり、アクスタを用いた記念撮影やお土産の購入すら出来なかった。
私は運よく滑り込みセーフが出来たので良かったが、焦ると危ないので時間に余裕を持って行くことを勧める。

小鈴チャンきゃわ

七尾市内の観光については和倉温泉や能登島があるが、能登島水族館については「せーはす」でも取り上げられたほか、昨年秋の謎解きスタンプラリー企画「HASUNOSORA FANTASY」のエクストラスポットにもなっていたため、好き好きクラブのみなさんにはもはや説明不要ッ!!だろう。
一応、その際に能登島水族館へ行った時の記事も貼っておく。


トップ1

初日の予定は全て終えたので夕食を取ることにした。
訪れたのは七尾市内にある老舗の洋食店トップ1だ。
石川県道2号七尾羽咋線に面しており、小山丸交差点よりもやや西側にある。
駐車台数はさほど多くなくやや狭いため、駐車する際は注意が必要だ。

注文したのはご当地食材である能登豚を使ったポークステーキセットだ。
ブランド豚はもちろんステーキソースも美味しく、満足のいく一皿だった。
ごちそうさまでした。

これでお値段は1950円と、ご当地のブランド豚肉を使っているにしてはお値打ちと言えるのではないだろうか。
また七尾に来たら訪れたいお店だ。

ちゃんと野菜も摂ってるよ、さやかチャン

ディナータイムを終えて七尾市内のホテルへと戻る。
これで初日は終了だ。


パネル⑤ 百生吟子

  • 設置施設:道の駅あなみず

  • 所在地 :鳳珠ほうす郡穴水町

  • 到着時刻:午前9時55分

  • 観光名所:能登長寿大仏(未訪)

さて、ここからは二日目に突入する。
七尾市を出発したのは午前8時30分ごろなので穴水へ到着するまでに1時間半近くかかっているが、これは穴水へ直行せずに能登島へ立ち寄っていたためだ

私は道の駅スタンプラリーもやっているのだが、道の駅のとじまは能登半島で唯一スタンプを押せていなかった道の駅だった。
諸事情あり道の駅自体には行ったことがあるのだがスタンプだけ未回収だったため、この機会にスタンプを押してきたのだ。
そういうわけで、寄り道さえしなければ七尾市街地から1時間程度で行けると思う

この道の駅は鉄道駅も併設したタイプの道の駅でもある。
穴水駅以北の鉄道はいずれも廃線になっているため、現在はここが能登半島北端の鉄道駅だ。

穴水町の観光名所としては能登長寿大仏という大仏があるが、あいにく私は行ったことがない。
調べてみると地震でかなりの被害を受けた上、賊徒に金属製の灯籠などを盗まれる被害にもあっていた。
火事場泥棒には仏罰が下るべきだ。

吟子チャンのパネルは売店の奥の角に置かれていた
吟子チャン
みんな大好き!ひ・め・ぎ・ん

私は撮り鉄でも乗り鉄でもないが、せっかくなのでホームへ立ち入り撮影してみた。
自動改札がなく自由にホームへ立ち入れることに新鮮さを感じてしまう。

よく分からないがポケモンとコラボしていた。
そういえば震災前の三年前にのと里山空港に行った時もポケモンとコラボしており、能登半島全体でポケモンコラボが盛んなのかもしれない。
ポケモンマニアにとっては特に嬉しいだろう。

ポケモンコラボしていた空港が見られる記事
        ↓

こんなところもポケモン仕様

パネル⑥ 大沢瑠璃乃

  • 設置施設:イカの駅つくモール

  • 所在地 :鳳珠郡能登町

  • 到着時刻∶午前11時23分

  • 観光名所:九十九湾(遊覧船など)、恋路海岸(未訪)、やなぎだ植物公園(未訪)

穴水ICからのと里山空港IC間の片側交互通行規制

穴水からはのと里山海道を使い、のと里山空港ICで退出して珠洲道路を使い鳳珠郡能登町を目指す。
しかし、未だ主要道路でも震災からの復興途中であるようで、のと里山海道でも片側交互通行による交通規制が行われていた。

震災による被害が大きく完全に復旧しきっていない道路が多い奥能登地域では随所でこうした交通規制による遅延のおそれがあるほか、利用したかった道路が通行止になっていることもある。
通常よりも時間的に余裕をもたせて移動したほうがよい。

イカの駅つくモール

九十九湾に面した能登町の観光物産施設、イカの駅つくモールへと到着した。
道の駅穴水から約1時間20分ほどかかっているが、多少道を間違えた影響もあるためストレートに行けば所要時間は1時間くらいだろうか。
珠洲道路から右折して国道249号へと向かい、国道をさらに東進してからさらにもう一度右折する必要があるため、やや分かりにくいのも難点だ。

イカキング

真っ先に目に入るのは、この巨大なイカのオブジェだろう。
その名もイカキングという。
2500万円の公金を投じて作られたイカキングだが、その資金の出所はなんと新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金だった。
コロナ終息後の観光振興という名目で作られたものの、こんなものが観光振興になるわけがないと思ったであろうオールドメディアから行政の無駄遣いとして槍玉に挙げられ批判を受けていた。
しかし、これを目当てに訪れる観光客が増加して観光振興に寄与しているそうで、能登町によれば設置費用の22倍である約6億400万円の経済効果を上げているという。
オールドメディアはカスだが、この結果はさすがに誰も予想していなかったと思う。

ちなみに名前に「キング」と付いているが、イカキングの種類はスルメイカだ
ダイオウイカでもダイオウホオズキイカでもない。
イカキングの全長は13メートルとダイオウイカ並だが、ダイオウイカではなくあくまでスルメイカなのだ。
これは能登町ではスルメイカ漁が盛んなことに由来するようで、このあとの遊覧船からもイカ漁船が多く見られた。

正面の入口から入ったところで、ルリちゃんのパネルがお出迎え
ルリちゃんきゃわわ
パネルの近くに茜屋さんの手ぬぐいが!!

実はこの日は、偶然にもイカの駅つくモールの六周年記念イベントの日だった。
その名もイカキングフェス
なんか強そう。

コラボイラストを発見
からあげだよ、ちぇすと

到着したのは午前11時半ごろだったが、後述する遊覧船に正午から乗船予定だったため時間に余裕がなく、キッチンカーで唐揚げを買って昼食に代えている。
これも能登豚を使っているそうで、一応ご当地グルメでもあった。

なお、施設内の飲食店はイカ料理がメインだ。
スルメイカの産地なのだから当然だが、私は食材としてのイカが苦手なので何一つ食べられなかった
偏食はイカんのだけれども、こればかりはどうにもならない。
まさに如何いかんともし難い問題だ。

水中遊覧船イカす丸

イカの駅つくモールにあるのは、売店と飲食店とイカキングだけではない。
ここは九十九湾遊覧船の乗り場でもあり、私のお目当てはこの遊覧船へ乗ることでもあった。

この遊覧船はただの遊覧船ではない。
水中遊覧船という名が示すとおり、船体下部の船室内から水中を見ることが可能な構造となっているのだ。

そんな物珍しい遊覧船なのだが、正午からの便には私一人を除き誰一人乗船していなかった
実質的に完全な貸切状態であり、船長とデッキにいるスタッフのおじさんを含めてわずか3人でのクルーズとなった。

貸切だよ、めぐちゃん
二人はスタッフだろう。
乗客が定員の1/60とは、たまげたなあ。
船は少しづつ沖合へと向かう
白い屋根の建物がイカの駅つくモールだ
水深が浅く透き通っている
蓬莱島は九十九湾に浮かぶ小島だ

船は沿岸部に近い場所を進み、せり出した陸地の先で停船した。
水中遊覧船といっても航行中は船体が動いていて水中では何も見えないため、停船したタイミングで水中を見物することになっていた。
タイミングはスタッフのおじさんが教えてくれるので、それに従えばよい。

船室内への出入口
船室内はこんな感じ

これが船室内から見る海底だ。
海底と言われてもあまり認識できないと思うが、実際に肉眼で見るとカメラで撮影したよりもよく見えるので安心して欲しい。
ただし、この日は曇天ということもあったからだろうか、かなり見にくかったのは覚えている。

私個人の問題として、見えにくかった理由はもう一つある。
実はこの三日間、私はずっとサングラスをしていたのだ
「ずっと」というのは誇張した表現ではない。
本当に朝から晩までサングラスをしていた
これは別にあぶない刑事にあこがれてカッコつけてかけっぱなしにしていたとか、そういう痛々しい中学生みたいな理由ではない
単純に自宅にメガネを置き忘れて家を出てしまったのだ。
つまり故意ではなく過失ということになる。
中学生以下かもしれない

一応補足すると、私のサングラスは度入りであり、サングラスをかけた状態で自宅を出ても困らないため気が付かなかったのだ。
むしろサングラスを外してしまうと矯正視力の要件を満たさず運転も出来ないばかりか、日常生活に支障を来たしてしまう
このせいで三日間の間、夜間や屋内などでは余計な苦労を背負うことになった。
今思えば笑い話だが、この時は少しも笑えなかった。

そういうわけで、水中遊覧船の船室内でも同様の苦労をしていたのだ。
ただでさえ光が通りにくい海中で光を遮断するレンズを通して見ているのだから、見えにくいに決まっている。

船は入江に入り、再び反転した

入江には数多くのイカ漁船が係留されていた。
船の真ん中に張られたワイヤーから吊り下げられた電球は、夜間にイカを誘き寄せるために使われるものだ。
これはイカ漁船特有の装備であり、素人の私でも一発で分かるほどわかりやすい特徴でもある。

再び沖の方へと向かうと、海中から灯台のような円柱がそびえ立っていた。
これは灯標と言い、浅瀬や岩礁など船舶にとって危険な区域を示して警戒を促すための航路標識の一種だ。

九十九湾口灯標
日和山

船は西側の沿岸部から東側へと向かった。
拡大してみると陸地の回りに飛び石のブロックが連続して配置されていた。
これは九十九湾遊歩道といい海岸沿いを歩くための遊歩道だったのだが、震災と津波によって各所で被害を受けて通行不能な箇所があり、現在は一部しか通行できないという。
生活に必要な部分の復旧が優先で復旧も手が回らず、せっかくの観光資源を活かすことが出来ていない状況だ。大変惜しい。

歩けるものなら歩いてみたかった
相変わらずの曇天だが、やや雲行きが怪しくなってきた
沿岸部のブロックが九十九湾遊歩道

蓬莱島の真横で停船し、説明担当のおじさんが柵の外側に立って水面に餌をまき始めた。
魚たちもここで餌が貰えることを分かっており次々に群がってくる。
観光客へのサービスだが、魚にとってもいいサービスになっていた。

撒いているのは小さなエビ
画面中央の体が大きな鯛がいつも掻っ攫っていくらしい
中央にあるのは蓬莱島

湾内の入江に入る。
このあたりの沿岸部は徒歩で来ることも出来ないため、船でしか見られない光景なのだという。

いつものようにアクスタを取り出し、

九十九湾だよ…めぐちゃん…

と撮影をしていたら、案内のおじさんから最近はそういう事をする人が増えたという話をされた。注意を受けたとかではない。
アクスタもそうだが、今はぬいぐるみを持ち歩く人が多いのだという。
ものぐさな私は清潔に管理する自信が全く無いので、定期的に洗濯する手間がかかるぬいぐるみは買わないが。

このあたりも津波で破損したままになっているらしい。
震災前は桟橋もあり釣りが出来たほか、奥に見える建物がオーシャンビューのカフェになっていてとても人気だったという。
現在は閉鎖され立ち入ることは出来ない。

最後に金沢市内にある遊学館高等学校の吹奏楽部による演奏を少しだけ聴いてきた。
フェスの一環であり、イカの駅関係者の娘さんが通っている御縁なのだとか。
この話は遊覧船のおじさんから聞いたが、金沢が神奈川に聞こえてしまい、学校名を調べるまでは「はるばる神奈川県から奥能登までやってきて凄い」と勝手に思っていた


パネル⑦ 日野下花帆

  • 設置施設:道の駅すずなり

  • 所在地 :珠洲市

  • 到着時刻:午後1時43分

  • 観光名所:見附島道の駅すず塩田村、禄剛埼ろっこうざき灯台(未訪)青の洞窟(未訪)

お次は珠洲市内にある道の駅すずなりだ。
イカの駅つくモールを出発したのが午後0時40分だったので、所要時間は概ね1時間程度だ。
ただし、道の駅へと向かう前に珠洲市の観光名所である見附島へと足を運んでおり、寄り道をしなければ1時間以内でも辿り着けると思う。

今回、道の駅すずなりの他に足を運んだ観光名所は見附島と道の駅すず塩田村のみだ。
禄剛埼灯台と青の洞窟は能登半島の先端部にある。
こんなところまで足を伸ばし遠回りしていると残り二箇所の施設の営業時間終了までに間に合わないおそれもあることから、今回の行程には入れなかった。
震災前に灯台や洞窟の近くには行ったことがあるので、その時の記事を参考として置いておこう。

見附島

見附島というのは珠洲市の沿岸に浮かぶ大きめの小島で、弘法大師が「見つけた」ことから見附島という名前が付いているのだという。
一方でその形状から軍艦島とも呼ばれているそうだ。
度重なる震災により幾度となく崩落し、往年の威容は失われてしまったそうだ。

過去の写真を見ると手前の斜面になっている部分はもっと壁のようになっていたので、ここが大きく崩落した部分なのだろう。
また、かつては木々が生い茂りブロッコリーのような外観だった。
今は枯れ木も目立ち、過去の写真と見比べると衰えてしまった印象は拭えない。

ここも震災の爪痕が残る
フォトフレーム代わりかな
ルリめぐ結婚式
これもポケモンか?
陸側は防風林の松林になっている

道の駅すずなり

お次は花帆チャンのパネルが置かれている道の駅すずなりへとやってきた。
見附島からは12分程度の距離だ。
ここも三年前の奥能登一周で訪れたことがある。

道の駅の建物自体は当時と変わらないが、それ以外の部分で当時から変わっている部分もあった。
旧珠洲駅のホームの遺構がある正面の広場にプレハブの飲食店と飲食スペースが設置されていたのだ。
プレハブには「すずなり食堂」と名付けられていた。

令和5年8月時点では広場だった
現在はプレハブの食堂に

震災に伴い道の駅の敷地内に仮設住宅が設置されている例は道の駅とぎ海街道でも見られた事例であり、そうした仮設住宅の跡地を利用して再活用したのではないかと推測していた。
しかし、帰宅してから調べてみるとそういうわけではなかった。
この食堂は珠洲市内で被災した四店舗が合同会社を設立し、令和6年9月に設置した飲食店だったのだ。
それぞれ単独で店を再び出すのは困難だと判断したのだろう。
道の駅に余剰ともいえる広場があったからこそ可能となった選択肢だ。

駐車場では好き好きクラブの人の車を発見した。
私の車とは色違いのスイフトスポーツの隣に駐車したところ、ダッシュボードに蓮ノ空のキャラクターのぬいぐるみが置いてあったのだ。
私が見たときは徒町と綴理パイセンの二人だけしかいなかったが、さやかチャンは持ち出し中だったのだろうか。
もしかしたら、ぬいぐるみ片手に花帆チャンのパネルと撮影してかほさや結婚式とか言っていたのかもしれない(失礼)。

すず」なんで小鈴チャンのアクスタと記念撮影すればよかったが、この時は小鈴ではなく小雨が降っており、そんな事をしている余裕はなかった。

ごちそうさまでした

ここではお土産は買わなかったが、お店の人がおすすめしていた塩チョコソフトをいただいた。
珠洲市の日本海側には塩田が多くあり製塩業が盛んだったことから、珠洲市では塩が特産品になっているのだ。

花帆チャンみいつけた
かほさや結婚式
かほめぐ♡じぇらーと

珠洲市でも内浦(富山湾側)にある道の駅すずなりから、外浦(日本海側)にある道の駅すず塩田村へ行くには国道249号を通る必要がある。
しかし、この国道249号のうち大谷トンネル及びその前後の区間が大きく被災したことにより通行止になっており、旧道から迂回することになっていた事を私は知らなかった。
その結果、よくわからない山中の県道を看板の言うがままに右左折して走り続け、ようやく海岸沿いの国道249号へと合流したのだった

翔平は関係ない

矢印の起点部分から随所に「大谷方面」への迂回路である旨を示す看板があったのだが、この時点で私は大谷という場所がどこなのか全く知らなかった。
しかし、国道の迂回路ならば日本海側へ向かうのだろうと勝手に見当をつけ、自分の判断を信じて車を走らせていた。
そんな程度でも意外と何とかなるものだが、経験の浅いドライバーは真似しないほうがいいぞ。

とにかく、令和8年6月の時点では大谷トンネルを通るルートは通行止であり、山道を迂回しなければならないことに留意して欲しい。
また、どうしても山道を走るのが嫌な場合は珠洲道路まで戻り、のと里山空港ICからのと里山海道を使って輪島方面へ向かうという手もある。
現地の最新情報を確認してから行くことをすすめるが、大谷トンネルの全面復旧は令和11年となる見込みだ。
少なくとも今後三年間は通行止であるものと心得ておいたほうがいいだろう。


道の駅すず塩田村

この道の駅も震災前の令和5年に訪れたことがあるが、その時よりも格段に来客が少なかった。
あの時は夏休みだったことを差し引いても来客は減っているのではないだろうか。
詳細については、この記事を参照して欲しい。

まさかの佐々木希…しかも約一ヶ月前だった

隆起海岸を活用した国道249号

令和6年の能登半島地震では沿岸部の海底が隆起するなどの大きな地形の変化が生じた。
そんな地形の変化を見られるのが、珠洲市から輪島市へと向かう沿岸部の国道249号なのだ。

この地域では既存の国道249号が被害を受けて通行不能になっている区間が多くあり、これらの区間を迂回するため海底が隆起した部分の陸地を道路として活用したのだ。
海底隆起は港湾設備を破壊するなど良いことばかりではないのだが、この点に関しては応急的な復旧を容易にした点で怪我の功名とも言えよう。

なお、この応急措置で敷設された迂回路については、現道の復旧工事が完了すると利用できなくなる区間もある。
そのため、確実に見ておきたいと思うなら今行くしかないのだ

なお、隆起海岸を活用した応急復旧路が作られた区間は三箇所ある。
東から順に逢坂トンネル工区大川浜工区、そして千枚田工区なのだが、本復旧に隆起海岸を活用することが決まっているのは後者の二区間だ。
逢坂トンネル工区の区間は波打ち際にあるため通行止の規制になることが多い危険な区間でもあり、本復旧後に閉鎖される可能性が高い。

逢坂おうさかトンネル工区

岩礁と思しき岩
二車線区間もある
岩場の隙間から姿を見せる人工構造物…

迂回路から陸地に目をやると、興奮する構造物が視界に入ったので車を停めた。
ロックシェッドだ。
しかし、これは現道(※)のものではない。
このロックシェッドは、これよりも内陸の高所に開削された逢坂隧道の完成により昭和58年に旧道化した旧道の遺構だったのだ。
ネットの情報などによれば、このロックシェッドを含む区間は令和6年の能登半島地震ではなく平成19年の能登半島地震で崩落して埋没していたとのこと。
震災前には船でも使って海へ出なければ決して見られなかった廃道の構造物が、海底隆起によって容易に見られるようになったのだ。
興奮しないわけがない。

※この場合の「現道」とは、隆起した部分に造成された迂回路のことではなく、被災前に現役として利用されていた道路のことを指す。

ロックシェッドのある区間を通り過ぎて西に進むと、ロックシェッド以上に興奮する構造物が見えてきた。
廃隧道だ。

拡大して坑門にある扁額を確認してみる。
その名は「真浦隧道」。
竣工は昭和25年だそうだが、とてもそうとは思えない。
調べてみると、昭和25年当時はコンクリートの巻立てすらない素掘りのトンネルであり、最低限の車両交通を可能とするために貫通させただけのものだったようだ。
現在のように坑門を整え、自動車交通に支障がないようコンクリートで綺麗に整備されたのが昭和37年だという。
いずれにせよ、このトンネルをこの角度から見られるなんて言うことは震災前にはあり得なかったわけであり、走っていると好奇心を駆り立てられる道路だった。

さらに西進して八世乃はせの洞門新トンネルの東側へ。
この右手には垂水の滝という小さな滝と八世乃はせの洞門という旧道のトンネルの入口があり、徒歩で行くことが可能となっていた。
八世乃洞門新トンネルは平成19年の能登半島地震で被災し使用不能となった八世乃洞門の代わりに平成21年に開通した新しいトンネルだったが、令和5年に訪問した直後にこのトンネルまでもが被災するとは思いもしなかった

現在工事関係者の車両が置かれている道路横のスペースは真浦ポケットパークといい、震災前は観光客向けの無料駐車場として整備されていた。
私も令和5年に能登半島を訪れた際にこの駐車場を利用した思い出があり、様変わりしてしまった風景を目にして寂しさを感じる。
復旧に携わる行政、工事関係者の方々には頭が下がるばかりだ。

先述したとおり八世乃洞門新トンネルも震災による被害は受けており、発災からしばらくは土砂の流入で通行不能になっていた。
令和8年6月現在は片側交互通行規制がされているものの、通行可能となっている。
震災前との比較のために、令和5年8月の写真もいくつか載せておこう。

真浦ポケットパーク
(令和5年8月)
お手洗いも現在は使用禁止らしい
垂水の滝
(令和5年8月)
八世乃洞門
(令和5年8月)

◯大川浜工区

大川浜地区

八世乃洞門新トンネルを抜けてしばらく走ると、再び応急復旧された道路が見えてきた。
この先は大川浜工区と呼ばれ隆起海岸を利用した応急復旧がされているが、本復旧についても隆起海岸を活用する方針が決定している。

現状では応急復旧なので一車線だが、これを二車線化した上でカーブや勾配を緩やかにする工事を行い本復旧するのだという。


パネル⑧ 村野さやか

  • 設置施設:道の駅輪島

  • 所在地 :輪島市

  • 到着時刻:午後3時45分

  • 観光名所:白米千枚田總持寺祖院のと里山空港、輪島朝市(未訪)

道の駅白米千枚田

道の駅すず塩田村から道の駅輪島までの間にある道の駅で、千枚田と呼ばれる広大な棚田を眺められることを売りにしている。
令和5年8月の夏休みシーズンに訪れた際は大変盛況で駐車することにすら苦労したが、今は施設そのものも被災しかつての活気は感じられない。
当時の記事を貼っておこう。

千枚田は健在だが、立入禁止となっており散策することは出来なかった。

展望スペースへの入口
千枚田
(令和5年8月)
国道249号千枚田工区
大川浜工区と同じく本復旧に隆起海岸を利用するという

道の駅輪島

奥能登最後のパネル設置施設である道の駅輪島へ。
ここのパネルは村長、私の1番目の推しだ。
前回のパネル設置場所である道の駅すずなりを出発して約1時間40分程度かかったが、寄り道をせずに直行すればもっと早く到着することが出来たと思う。

おそろいのイラストのアクスタを唯一持っていた

この温泉むすめのCVは、なんと同じラブライブ声優である大西亜玖璃チャンだった。

雨が降っていたため外観の撮影は割愛し、軽く施設内を見ていた。
令和5年8月に訪れた際にこの道の駅で一番印象に残っていたのは、近寄ってきた野良猫と旧輪島駅のプラットホームだった

お前は震災を生き延びてくれただろうか。元気にしているだろうか。

猫はともかく、輪島駅のプラットホームは今回も見ておきたかった。
当時は道の駅から隣接する文化会館への通路上に踏切と遮断器が残され、横に輪島駅のプラットホームが一部保存されていたのだ。
しかし、保存されていたはずだった輪島駅ホームは姿を消していた。

文化会館への通路は完全に封鎖されていたのだ。
しかし、旧輪島駅ホームは文化会館との間にあったことに加え、施設内の看板にはその存在が明記されたままだった。
そのため、現地で見た際は一時的に封鎖されているだけだと思っていたのだが、後に調べたところ旧輪島駅ホームは文化会館の解体と合わせて完全に撤去されてしまっていたことが判明した

旧輪島駅ホームという記載が残る

この道の駅で一番のビュースポットは、さやかチャンのパネルを除けば輪島駅のホームに違いないだろう。
道の駅輪島で最大の見所が消えて無くなっていたことが非常にショックだったし、輪島市としても観光という観点で苦渋の選択だったのではないだろうか。

こういうものは、本当にいつ見られなくなるか分からない。
今回は本当に震災前に見に行っておいて良かったと思う。
少しでも見たいものがあるのなら、見られる内に見に行ったほうがいい。
今すぐにだ。

万物流転、いつ何時何が起こるか分からないのだから。

当時の写真と、震災前に訪れた際の記事を貼っておこう。

旧輪島駅ホーム
(令和5年8月)
左がホーム
完全にいちご123の1と2だよ

パネル⑨ 桂城泉

  • 設置施設:クチノトマーケット

  • 所在地 :羽咋郡宝達志水町

  • 観光名所:千里浜なぎさドライブウェイ

いよいよ最後のパネル設置施設へとやってきた。
場所は羽咋郡宝達志水町にある農産物等直売所であるクチノトマーケットだ。
ここだけ個人店らしきお店である理由はよく分からないが、泉チャンへの愛が溢れていてとてもいいお店だった
強いて言えば、フォントの色などが泉チャンのメンバーカラーであるシュヴァリエグリーンに似ていることが共通点だろうか。
昼間はカフェもやっているようで、オムライスなどを提供していた。

オシャレな外観をしている。まだ新しそうだ。

泉チャンのパネルはレジ横に置いてあった。
しかし、それだけに留まらずぬいぐるみや手ぬぐいまで置いてあり、ファンとしてはとても嬉しく感じた。
店員さんに「もしかして泉チャン推しなのですか」なんて聞いてみればよかったかとも思うが、残念ながら疲労で充電が切れそうな私にそんな事を聞くだけのバッテリーは残っていなかった

ここではだんごとお餅を購入。
素泊まりのため、これが翌日の朝食となった。
ひめいず」もいいよね

金沢へ

最終的に金沢へ到着したのは午後6時半ごろだった。
ホテルへ向かい夕食を済ませるにはちょうどいい時間だろう。
この時間なら愛知県くらいまでなら帰宅することも可能だが、せっかくなので私はもう一泊して翌日も観光すると決めていた。

なお、金沢まで新幹線等の鉄道で来てレンタカーに乗り換えて能登半島を回る場合は、私のように必ず二泊することを勧める
この行程だと時間に余裕はないので、渋滞等に巻き込まれるなどの遅延要素があると帰りの電車に間に合わない恐れがある。

チー牛だよ、姫芽

さいごに

いかがだったろうか。
かなりの長尺になってしまったが、今回の記事には私がこれまでの経験で得た能登半島の魅力を可能な限り詰め込めたと思っている。
実は三日目も石川県を観光しているのだが、能登応援プロジェクトとは関係性が薄いため三日目に限り別の記事で書くこととしたい。

冒頭でも述べたとおり、蓮ノ空の能登応援プロジェクトはいつ終わるか分からない。
先日、半年後の令和9年1月に103期生の卒業公演が開催されることが告知されたが、彼女らのパネルが含まれる本プロジェクトはそこが節目にされてしまう恐れもある。
パネルを目当てに行くのであれば、103期生卒業公演までの残り半年以内が望ましいだろう。

また、観光スポットやアクティビティなどについても同様の事が言える。
見たいと思った時に見ておかないと、二度と見られなくなる恐れがあることには留意してほしい

能登半島そのものは消えてなくならないが、災害や人手不足、老朽化等によって失われていくものは少なくない。
今回記事に取り上げた場所も震災の前後で変化した場所が多数あったように、いつ何が起こるか分からない。
道の駅輪島の旧輪島駅ホームが姿を消したのがいい例だろう。

旅行も推し活も「今」が大事だ。
今を頑張ることが楽しいし、今が消えないうちに夢を見ることを大切にしたい

能登半島にいつ行くの?今でしょ!!


※令和8年7月27日追記
三日目に金沢市などを回った記事も完成したので、あわせてどうぞ。
⬇️

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