毎日不幸とかウケる。ウズベキスタン珍道中【第7話】~ここで停電は前途多難すぎるし口に砂が入ってくるのも絶望~
無理ゲーから始まる朝
旅6日目の朝、というか早朝3時半。今日は正真正銘iPhoneの音で目が覚めた。外はまだ暗い。
ブハラ駅5:42発の列車に乗るため、4時半にはこのホテルを出なければならない。身支度を整え、荷造りの仕上げをしていたその時、突然部屋の明かりが消えた。停電である。
いや、厳しい。厳しいってこれは。
暗闇の中での荷造りはあまりにも難易度高すぎるって。
最後にしまうはずだった充電ケーブルとか、化粧品とか、そういった細々としたものが一切見えない。
iPhoneのライトを点け、半分手探り状態で部屋の中を確認する。もはやコントさながらであるが、マジで忘れ物だけはあってはならない。この旅一番の集中力を発揮したのは間違いなくこの時であろう。
何度も確認し、忘れ物は無し!と確信が持てたところで部屋を出る。すると真っ暗な廊下の向こうで光るスマホのライト…なんとスタッフのお兄さんが待っていてくれたのだ。
「停電しちゃってごめんね」と言うお兄さん。しかし本当の難関はここからである。
このホテルはこじんまりしているので、階段もかなり狭く急な造りだ。暗黒世界の回り階段でクソ重いスーツケースを降ろすというミッションはなかなかの危険行為だと思うのだが、謎の結束力で瞬時に”荷物係”、”照明係”に分かれ、どうにか無事大仕事を終えることが出来た。
そんなこんなでバタバタのお別れとなってしまったが、ちんまり最高のホテルであった。

時刻は4時半、まだ空は暗いままだ。Yandex Goアプリを開き、タクシーを呼ぶ。こんな時間であるが、Yandex Goのタクシーは走っている。
タクシーを待っている間、なんと白タクに声を掛けられた。
え?今4時半だよ!?
おそらく彼らはホテル街に待機しているのだろう。そしてスーツケースを持って出てきた観光客に片っ端から声を掛けるのだ。もうそれって逆に仕事熱心なのでは?と、一周回って尊敬の念を抱くしかない状況である。
Yandex Goでタクシーを呼ぶ際には、車種を選択することが出来る。主には”Comfort”タイプか”Start”タイプのどちらかを選ぶ感じだ。”Comfort”タイプのほうが”Start”タイプよりも車体が少し大きく、荷物も余裕を持って乗せることが出来る。
私はいつもComfortでリクエストするようにしていた。しかしこの時は朝早いこともあってかComfortがなかなか捕まらず、Startにも検索範囲を広げた。その結果Startが来ることになったのだが、実際に到着した車を見てびっくり。めちゃくちゃ小さいのだ。しかも運転しているのがサンタさんみたいなおじいさんで、これはさすがにスーツケース2個を乗せて走るのは無理なのでは…と戸惑っていると、
サンタ「ここに置けよ~」
と、一切動じる気配無し。言われた通りサンタさんの助手席にスーツケースをせっせと積み込み、ギュウギュウのミニカーでなんとか駅までたどり着くことが出来た。
今日は朝から盛りだくさんである。
世界の車窓から
ブハラ駅から次の目的地のあるヒヴァ駅までは、寝台列車で移動することになる。寝台列車は1日目のタシケント→サマルカンド間で乗車しており、雰囲気はおおよそ把握しているつもりだった。
だがホームに入ってくる列車を見た時、初めて気付いたことがあった。なんと窓が開いているのだ。寝台列車の個室には大きな窓が付いているのだが、その窓は構造上開かないようになっている。しかしその大きな窓の上にある細長い窓がどうやら開くらしい。
前回乗車した時のあの蒸し暑さ。窓を開ければだいぶ快適なのでは?と世紀の大発見をしたような勢いで列車へと乗り込む。
ちなみにホームと列車の入口にはかなりの段差があり、重いスーツケースを持っての乗り降りはちょっとした重労働だ。ところが私の前に並んでいた外国人男性が、彼女のどデカいスーツケースをあろうことか片手で持ち上げた。こんな怪力な人いるのかよ!と世界の広さを知った瞬間である。

予約していた個室に入ると、なんと先ほど怪力っぷりを披露してくれたカップルと同室ではないか。どこの国の人かはわからないが、怪力の優しき彼氏と気遣い屋の彼女、めちゃくちゃ良い人オーラ満載の2人だ。
軽く挨拶を交わすと、私は命題である”上の窓を開ける作業”に取り掛かった。ところがこの窓がめちゃくちゃに固い。私が悪戦苦闘していると、見かねた怪力彼氏が代わりに開けてくれた。怪力の上に優しいとか感激しかない。
途中駅であるブハラから乗車したためか、ベッドの上には前の乗客のシーツがそのまま残されていた。お菓子の食べカスなんかも落ちており、結構汚い。
この上に寝るくらいなら全部取ってしまったほうが良いだろうと、4人でシーツを剥がして丸めた。丸めたシーツをどこに置こうか考えていると、上段の2人が「上にスペースあるよ!」と声を掛けてくれ、私たちのシーツまで受け取ってくれた。出会って間もないが、既にお世話になりっぱなしである。
ここからヒヴァまでは約6時間の列車旅になる。
ブハラ駅の発車が早朝だったこともあり、私以外の3人は列車が動き出して間もなく眠り始めた。私はというと、車窓から外の景色を眺めてみたり、日記を書いてみたり、飽きたら寝たり…という気の向くままの行動を繰り返しながら過ごした。
気分はさながら「世界の車窓から」の石丸謙二郎である。石丸的にブハラ→ヒヴァ間の景色を解説させてもらうと、全体の4分の3は代わり映えの無い砂漠が続くだけの世界。時々草が生えていて、不思議に思うがそれだけである。
そして4分の3を過ぎたあたりからポツリポツリと民家が見え始める。こういう土地で暮らしている方々がいるのだな、どんな暮らしなのかな、自分がこの土地に生まれていたとしたら一体どういう人生を歩んでいたのだろう…などと、石丸は一人エモの境地に達し、そしてまた寝た。
実はこの間にちょっとした事件が発生している。
乗車してすぐに開けた”上の窓”。途中から気付いたのだが、めちゃくちゃ砂が入ってくるのだ。テーブルの上に置いたノートがザラザラ、というかもうザラッザラ!喉がイガイガするのも気のせいではないだろう。
考えてみればここは砂漠地帯。窓なんて開けようものなら砂が入ってくるに決まっているではないか。なぜ気付かなかいんだよ私のばか!!
(今すぐ閉めたい…)と思ったが、開いている窓は完全に上の段のテリトリー。チラ見する限り、上段の2人は熟睡中である。
開けた時の感触から推測するに、閉める時にもおそらく相当な力が必要だし、音もそこそこ出そう。眠っている無防備な状態の2人の顔付近に私がぬんって登場するのがもう事案だよね…などと思考を巡らせた結果、窓を閉めるのは断念することにした。
その後は口元にスカーフをあて、なんとかヒヴァまで耐えた。戦犯の私が「耐えた」とか抜かすなという話であるが、改めてこの場を借りて同室の3人には心からお詫びを申し上げたい。
列車は遂にヒヴァの地へと辿り着いた。我ながらこんな遠くまでよく来たものだ。
ヒヴァ駅が終点なので、乗客は全員降りることになる。同室のカップルと「良い旅を!」と声を掛け合い別れた。最後まで爽やかで感じの良い人たちであった。
ヒヴァ駅前は、ブハラ駅前より都会的な印象を受けた。Yandex Goでタクシーを呼び『イチャンカラ』へと向かう。イチャンカラは城壁に囲まれた世界遺産で、中世の姿をそのままに残す城塞都市である。
発車してしばらくするとイチャンカラの城壁が見えてきた。「すげぇ!」と豚山が子供のような声を上げる。
タクシーはそのままイチャンカラ内へと入っていく。ヒヴァではイチャンカラ内のホテルを予約していたが、てっきり車はイチャンカラ内に入れないものだと思い込んでいた。そうして到着地をホテル前に設定していなかった私たちは、よくわからない場所で降ろされることとなった。
迷路のようなイチャンカラの道を辿り、ようやくホテルに着くと、ちょうど中から出てくる人とすれ違った。
「Oh~!!」
まさかの寝台列車で同室だったカップルである。同じホテルだったんかい!
先ほど「良い旅を!」と爽やかな別れをしたばかりなので、ウケながらも少し気まずい。ちなみに部屋は隣室であった。
ヒヴァにあるたくさんのホテルの中からここを選んだ理由は、立地がイチャンカラ内であること、そしてなんと言っても屋上テラスからの眺望、これが決め手である。
改装されてまだ間もないホテルなのか、とにかく隅々まで綺麗だった。ロビースペースにヒヴァの民族衣装が置いてあったりして、旅気分を盛り上げてくれる気配りも実に良かった。
部屋に荷物を置き、まずは腹ごしらえをすることに。
せっかくイチャンカラ内のホテルを取ったというのに、いきなり城壁外へ出た。歩いて向かったのは、Restoran Tandiriy(タンジリ)。ここではウズベキスタン名物のマスタヴァやトゥフンバラクという卵の餃子、茄子のサラダ、シャシリク、ナンを食べた。飲み物はもちろんブラックティー。ブハラで飲んでからかなりハマっている。
レストランを出た後、近くにあったスーパーに寄ってみることにした。これまでのミニスーパーと違い、そこそこ中規模のスーパーだ。
海外旅行に行くたびに思うのだが、海外のスーパーはなぜこんなにも楽しいのか。あれはちょっとしたテーマパークだと思っている。

タイムスリップ in ヒヴァ
イチャンカラは、城壁の中がひとつの世界として完成されていた。
歩いていても、なんとなく足がフワフワと浮いているような錯覚を起こす。場所はもちろん、時間さえも旅しているような気がするのだ。そしてそれこそがヒヴァという街の魅力であった。
そんな中、私はあるものを探していた。”ラクダのぬいぐるみ”である。
ブハラの1日目、バザールで可愛らしいラクダのぬいぐるみを見つけ値段を尋ねてみたところ、150,000スムと返ってきた。日本円で約2,000円である。先述したように、ブハラ1日目の後半は商人に対する猜疑心がMAXだったこともあり、私は購入を見送った。そして翌日また同じ店の前を通りかかると、なんとラクダは売れてしまっていたのだった。それからというものあのラクダが忘れられず、どこかで売っていたら今度こそ買おうと心に決めていた。
街は違えども、ここヒヴァにもきっと似たようなものがあるだろうと思い、まずラクダ探しからスタートしたという訳だ。
だが、ざっと見た限り同じものは無かった。そうなのだ。どの観光地でも似たようなものが並んでいるのだが、よく見ると絶妙に系統や雰囲気が違っているのだ。
ブハラで猫のクッションカバーに大いにハマっていた豚山も、ブハラとヒヴァでのデザインの違いについて隣で熱く評論している。(ブハラはアート系、ヒヴァはファンシー系とのこと)
ブハラで見たものは、ヒヴァには無いのである。もし気に入ったものを見つけたら、それは旅先での一期一会の出会いと信じ、その場で買うことをおすすめしたい。結構引きずるから。
ラクダのぬいぐるみに関しては、結局似たような雰囲気の、でも確実に違うものを購入した。妥協が無かったと言えば嘘になるが、$2と値段が安かったのは気に入った。
そう、ヒヴァでは結構な頻度でドルが使えたのだ。なんならドルは歓迎されている雰囲気さえあった。価格交渉の際、スムとドル両方の金額を聞くと、ドルのほうがお得に買えることが多く、それに気付いてからはドルを積極的に使用するようにした。
ヒヴァの商人は、比較的値下げ交渉に寛容であった。ブハラで抑えていた買い物欲が火を噴き、キャメルのストールや壁飾りなど、気になるものを見つけては次々と購入した。それでもやはり見送ってしまったお土産もいくつかあり、買っておけば良かったと後悔する未来が私を待っている。
そんな感じで、ヒヴァ1日目は特に目的地を設定せずにブラブラと街歩きをしながら買い物を楽しんだり、観光地があれば入ってみたり…と行き当たりばったりに過ごした。
こんな楽しみ方が出来るのは、観光地のほとんどがこの小さなイチャンカラ内に収まっているからこそだろう。
ヒヴァには今日来たばかりだが、1泊なので今日が最後の夜でもある。
そろそろ旅も終盤に近付いてきた実感もあり、この日の夕食は豪遊でもするかとなった。昼に訪れたレストランの近くにある、Khiva Moon(ヒヴァ ムーン)へと向かった。
ヒヴァ ムーンの広い敷地内にはテラス席がたくさん並んでおり、私たちもその一角のタプチャン席に座った。テラスには緑が生い茂り、敷地内には可愛らしい猫がトボトボと歩いている。どこからか心地良い鳥のさえずりが聞こえるこの場所は、まるで天国かと錯覚してしまうような居心地の良さだった。
ここではヒヴァ風プロフ、シビットオシュ、茄子のサラダ、シャシリク、茄子とアジフライの巻物、コーラ、ブラックティーを頼んだ。ひとつひとつの料理が思いの外ボリュームがあり、私たちのテーブルはさながらフードファイターのそれと化した。
かつてないほどパンパンに膨れ上がったお腹を少しでもどうにかしようと、夜のイチャンカラ内を散歩しながら帰ることに。
楽しそうに歌っている人がいれば、それを嬉しそうに見ている人がいたりして、実にのどかな夜である。
夜も21時過ぎだというのに小さな子供たちだけで遊んでいる光景は、もう日本ですら見ることは出来ないだろう。この国がいかに治安が良く、平和であるかを象徴するシーンであった。
ホテルへ戻り、寝る準備をしながら明日のスケジュールを確認する。
ヒヴァの朝焼けが見たいな~と私が呟くと、「ホテルの屋上から見えるんじゃない?」とふいに豚山が言った。そうだった、このホテルに決めた理由は屋上テラスからの眺めなのだ。
現在、時刻は23時半。朝焼けの時間に屋上テラスが開いているのかどうかをホテルのスタッフに確認したかったが、もうフロントには誰もいなかった。
どうしようかと困っていると、「今、屋上まで確認しに行けばいいんじゃない?」とまたもや豚山。さっきから最短距離の提案が冴えわたる。
もう夜も遅いので、音に気を付けながら階段を上り屋上へ行ってみると…まさかのドア無施錠。どうやら宿泊客は屋上テラスに自由に出入り出来るようだ。静かにキャッキャするという修学旅行の夜みたいなムーブをかましながら部屋に戻った。
”楽しみ”がひとつ増えた私は、修学旅行モードのままベッドへと潜り込んだ。
明日は5時に起きてヒヴァの朝焼けを見る。
