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毎日不幸とかウケる。ウズベキスタン珍道中【第6話】~SDカードがいっぱいとかマジで聞いてない~

※本作品は全10話の連載エッセイです。
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やっぱりiPhoneだと思うの

旅5日目の朝。小鳥のチュンチュンという鳴き声で目を覚ます。iPhone…?では無いんだった。本物の鳥なの、これ。わかっているのに毎回iPhoneがよぎってしまうのはなぜなのか。

朝食は朝8時からと聞いている。2階の廊下から中庭を覗くと、可愛らしいクロスが敷かれたテーブルの上に食器が綺麗にセッティングされていた。
下に降り、オーナーに朝の挨拶をする。
どこに座っても良いと言われたが、テーブルに用意されたカトラリーにはバラつきがあるので、ある程度席は決まっているのだろう。”カトラリー”に少々敏感になっている私たちは、2人分のそれが並んだ席に座った。

このホテルでの朝食は、オーナー自らがコースのように料理を運んでくれるスタイルだった。ザクロのドリンクから始まりデザートのチーズケーキに至るまで、オーナーはその穏やかな口調で料理の説明もしてくれた。
自然と背筋が伸びるような、そんな格調高い朝である。

朝食を終えると早速観光に出ることにした。
少しでも涼しい午前のうちに、体力が必要とされるアルク城エリアを回ってしまおうという計画だ。


その『アルク城』の城壁がタクシーの車窓から見えた瞬間、思わず「おお~!」と感嘆の声が漏れた。
城壁の高さはなんと22メートル。デカい、デカすぎる。当時の繫栄がそのデカさで伝わるってもんである。これまでとは明らかに趣の異なる観光地に、気分が高揚するのを感じた。
タクシーを降り、城壁をバックに写真を撮る。なにこれめちゃくちゃ楽しいんですけど!!旅のボルテージは上がる一方だ。その時、私のカメラに非情なエラーが出た。

「SDカードがいっぱいです」

ちょっと待ってくれ。旅行はまだ5日目が始まったばかりだ。旅程はあと半分残っているというのにここでSDカードがいっぱいになってしまうのはマジで想定外。控えにもう1枚同じ容量のSDカードを持参しているが、このペースだと多分それもすぐにいっぱいになるだろう。

なぜこんなことに…と考えたが、一瞬でその答えは出た。ウズベキスタンという国には、想定していたより映えスポットが多すぎるのだ。
余談だが、この旅中に私が撮影した写真の枚数は6,300枚である。いかにウズのビジュがヤバなのかという話である。
ひとまず控えのSDカードに差し替え、私たちはそのまま観光を続けることにした。

敷地内に入ると、まるで迷路のような道が四方八方に広がっていた。リアルドラクエの世界である。自分がどこを歩いているのかさっぱりわからないため、とりあえず「この道は初めてだよね?」という判断基準だけで進む方向を選んでいく。

すると突然、だだっ広い荒野に出た。ソビエト連邦軍の爆撃によって破壊された時の跡地らしい。本当にその通りの光景で、当時の悲惨な状況が目に浮かぶ。
一応、現実の世界として再確認させてもらうと、とりあえず日陰は一切無し。そして日差しは既に最強レベルである。
行くのか?引き返すか?という視線を豚山から感じる。

「行こう」
「マジか…」

短いやり取りの後、荒野への一歩を踏み出した。

つらい

暑い!
え、風つよ!
喋ると口の中に砂が入ってくるんだけど!
そんでやっぱり暑っつ!!

時間にして20分くらいだろうか。
こんな感想しか出てこない荒野一周であったが、めちゃくちゃ楽しかった。歩いている世界各国の皆さんが一様にツラそうだったのも、一体感があって良かった。

再び建物エリアに戻ると、先ほどより観光客が増えているようだ。

「日本人ですか?」
ツアー団体の西洋人おじいさんから声を掛けられた。
「日本人ですよ~」と答えると、「はぁ?」と真顔になるおじいさん。え?なんかおかしいこと言った??混乱する私。
すると、やり取りを見ていたガイドさんが「この方は日本人だそうですよ~」と助け船を出してくれた。しかし間髪入れず「そんなことは知っている!!」とキレるおじいさん。何が起こっているのか理解出来ないままの私を置いて、おじいさんはキレ散らかしながらフェードアウトしていった。

今度は遠足中の子供集団が目の前を通る。
東アジア人を見るのが初めてなのだろう…めちゃくちゃ視線を感じる
私が手を振ると、小さな手を全力で振り返してくれた。可愛すぎだろうが。

そんな感じで、昨日からメンタル不調の私にとってこのアルク城は、心のリハビリ&ふれあいの場として消化された。


続いて『ボロハウズ・モスク』へ。アルク城からは歩いて行ける距離だ。
この記事の見出し画像にも載せているボロハウズ・モスク。ガイドブックで見た時から必ず行きたいと思っていたのだが、実際は想像以上の良さだった。
エントランスにそびえ立つ20本の木造柱は迫力と繊細さの共存が見事だし、中のモスクは白ベースの美しさが際立っており、溜め息の出るようなデザインだ。もう、建物として完璧すぎる。なぜこの建物にガイドブックのページ数がさほど割かれていないのか不思議なくらいだ。

さらに足を延ばし、その先にある『イスマイール・サーマーニー廟』にも行ってみた。中央アジアに現存する最古のイスラム建築だそうだ。
その建物の前で絵葉書が売られており、豚山と1枚ずつ購入した。旅先から自分宛てに絵葉書を出すことは、海外に行くたびの習慣であり私の楽しみのひとつでもある。


旅は気まぐれ

朝から3つの観光地を回り、そろそろお腹が空いてきた。
この日はあらかじめ予定しているレストランがあった。The Plov(ザ プロフ)である。

プロフとはウズベキスタンの国民食で、言ってみればピラフのようなものだ。
各都市によって仕上がりに違いがあるようで、私はウズベキスタンを旅するとなった時から、タシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァの4都市のプロフの食べ比べをしようと決めていた。しかし、まず最初のサマルカンドでプロフを食べ損ねるという痛恨のミス。実は出だしからつまずいていたのだ。

だが幸いなことに、これから行くThe Plov(ザ プロフ)にはブハラ風プロフに加え、サマルカンド風プロフもメニューにあるというではないか。取りこぼしをフォローすべく、私たちはいそいそとこのレストランへ向かった。


The Plov(ザ プロフ)は想像していたより綺麗で近代的なレストランであった。観光客には嬉しい明朗会計なのも実に良い。
ブハラ風プロフ、サマルカンド風プロフ、トマトサラダ、そしてウズベキスタンに来てからまだ飲んだことのなかったブラックティーを注文。

このブラックティーが実に美味い。脂っぽい料理の後味をスッキリとさせてくれる効果もあるようだ。大容量のティーポットで提供されるため、ゴクゴク飲めるのもまた良い。
そして肝心のプロフ。まずブハラ風とサマルカンド風はビジュアルからしてだいぶ違う。ブハラ風がピラフはわかる。だがサマルカンド風はチャーハン…あなたチャーハンだよね!?
味の好みは割れると思う。どちらも良さがあり、美味しいのだ。アンケートを取ったらきっと拮抗するのではないだろうか。

ここでテーマはSDカード問題に移った。
多分このままいくと、先ほど交換したSDカードもこの先訪れる予定のヒヴァで容量がいっぱいになるはずだ。ヒヴァでSDカード…売ってるか?
ヒヴァで探すくらいならブハラのほうがまだ見つけやすそうじゃない?となり、次の目的地は急遽「電気屋」になった。
これが旅である


北里柴三郎を君に。

電気屋の店員はさぞかしびっくりしただろう。観光地でもないのに東アジア人が突然飛び込んでくるのだから
驚き顔の店員にSDカードが欲しい旨を伝えると、納得した様子で数タイプの商品を並べてくれた。

ニーズ的には16GBとか32GBあたりで良いのだが、2GB、4GBの次が128GBといきなり飛ぶ。間は無いのかと尋ねると「無い」。
想定外でやや痛い出費にはなるが仕方ない。そのかわり、かなりの金額をディスカウントしてくれた。ありがたい。

その頃にはもうお互い打ち解けており、「どこから来たの?日本?スゲー!」みたいな感じになっていた。
「ちょうどいい!日本人にちょっとお願いがあるんだけど!」
聞くと、趣味で海外の紙幣をコレクションしているらしい。カウンターの上には世界各国の紙幣がズラリと並んでいた。
めちゃくちゃディスカウントしてくれたので、財布に入っていた日本の1,000円札をあげることにした。紙幣に踊る”1,000”という数字を見て「そんなに大きい額要らないよ!」と言われたが、これが日本で一番小さい額の紙幣だと説明し渡したところ、めっっっちゃ嬉しそうな顔をしていた。そんな笑顔が見られて私も北里柴三郎もしあわせである。
この電気屋、もし訪れる機会があるなら机の上の外貨コレクションを見てほしい。そこにある1,000円札は私プレゼンツである。

ひととおり宴が終わったところで、肝心のSDカードだ。初期不良があってはいけないので、店員に動作確認をしてもらう。
すると店員は笑顔のまま、SDカードの入っていた箱を破り開けた
ってオイ!客が買ったものを粗末に扱いすぎだろ!
最後まで笑かしてくれる電気屋であった。

箱の下に北里柴三郎おるよ

探偵豚山爆誕

ホテルへ戻り、しばし休憩。
廊下に設けられたタプチャン席でガイドブックを広げ、これからの旅程を練る。

ブハラでの時間はまだ残っているが、行きたいと思っていた観光名所はどうやらひと通り回ったようだ。
すると豚山が「猫のクッションカバーが欲しい」と言い出した。昨日熱心に見ていたアレである。それならば買いに行こう、となったのだが困ったことに「昨日見た中で欲しいカバーがあるんだけど、どのお店かわからない」そうだ。
いやあんた、昨日結構な数の店見てたよ?

「これが欲しいの」と豚山がスマホの画面をこちらに向ける。

全然わかんね。

時間も余っていることだし、もう昨日回ったところを全部なぞるしかないだろう。
そうして”猫カバー探索の旅”が突如スタートしたのである。


コカルドシュ・マドラサ、ナディール・ディヴァンベギ・ハナカと、昨日の足取りを着実にコピーしていく。
土産物の客と思った店主が声を掛けてくるが、残念ながら今日の我々は猫カバー探索隊である。「ここじゃない」という豚山の声を合図に撤収だ。

次にナディール・ディヴァンベギ・マドラサへ。猫カバーを見ているとやはり店主に声を掛けられた。
「猫カバーなら店の中にもたくさんあるわ。どうぞ中も見ていって!」
毎回発生するこのやり取りを断るのも申し訳なくなってきたので、私は思い切って写真を見せてみることにした。
「すみませんがこのデザインの猫カバーを探しています。この店にありますか?」
写真を見た瞬間、店主の表情が曇る。
「うちには無いわ…」

昨日見た限りでは、猫デザインのクッションカバーはブハラの街中に星の数ほどあるはずだ。それなのに自分のお店にそのデザインがあるかどうか把握してるのって凄くない?
私がそこに驚いていると、既に隣の店に移動していた豚山の声が聞こえてきた。
「あった!あったよ!!」
なんと隣の店で最初の写真の猫カバーを発見したとのこと。興奮顔の豚山がこちらを手招きしている。

少し悩んだ末、豚山は2枚の猫カバーを購入した。1枚でもなかなか値の張るものなので、結構なビッグマネーが動いたはずだ。
するとその一部始終を見ていた奥の店の店主が「うちのも見ていってちょうだい」と私たちに声を掛けてきた。
その時である。
言われるがまま隣の店に足を運ぼうとした私たちに、今2枚購入した店の店主が「そっちは行っちゃだめ!」と小声で、だがとても鋭い声で囁いた。

まぁ…なにかあるのだろう
ウズベキスタンにおけるご近所問題をうっすら感じつつ、私たちはお礼を言って店を後にした。


豚山は猫カバーが手に入り、ホクホクした顔をしている。しかし本命は写真2枚目に写る、白の猫カバーらしい。
途中、この旅恒例のアイス休憩を挟み、再び本命の1枚を探す旅へ。気分はさながら探偵ごっこといったところだ。

観光客がごった返すバザール『タキ・ザルガロン』に近づくと、豚山が「近い気がする」と言い出した。なにか波動を感じるらしい。
だがこの辺りはお土産屋がぎゅうぎゅうにひしめいており、店を絞るのが難しかった。
「ここも入ってみよう」
そう言って結構な数の店を回った。もうどれだけの猫カバーを見たかわからない。
マジでどこなんだ…これ本当に見つかるのか…と不安に思い始めていた次の瞬間、バザールの一角で本・命・猫・発・見!!!

めちゃくちゃ笑ったね。
まさしくブハラにおける感動の再会であった。


暇を持て余す

探していた猫3匹を無事捕獲し、豚山のホクホクは絶頂を迎えたようだ。
カフェでドーナツ休憩を取り、またブラブラと街を歩く。だが、使命を失った探索隊にはもう行くあてがなかった。
ちょうどベンチがあったので、昼間購入した絵葉書にお互いへの手紙を書くことにした。と言っても、大したことを書く訳でもなく、旅の空気感が伝わればいいという程度の簡単なものだ。

書き終えた絵葉書を早速投函しようと思ったが、郵便ポストが見当たらない。もしかしたら住宅地のほうにあるのかもしれないと思い、細い路地を入ってみることにした。
驚くことに、1本小道に入っただけで観光地の喧騒がパタリと消えた。そこに広がっていたのはブハラで暮らす人々の日常だった。

路地裏に無造作に置かれたテーブルに集まり、カードゲームを楽しむ老人たち。家の前の道で元気いっぱいに走り回る子供たち…
なんだか昭和の時代にタイムスリップしたかのような光景が続く。
小さな子が私たちを見つけ、ハローハロー!と声を掛けてきた。なんと無邪気で愛らしい子たちであろうか。私がカメラを構えるとすかさずポーズを取ってくれた。こちらはもうメロメロである。

結局住宅地ではポストは見つけられず、ポイ・カロンエリアの雑踏へと戻ってきた。
するとこれまで何度も通っていた道沿いにポストを発見。なーんだ、こんな近くにあったのか。だがこれに気付かなかったからこそ、私はあの子たちの笑顔に出会えたのである。回り道も、悪いことばかりではない。

無事絵葉書を投函し、カラーンミ・ナレット前の広場に移動した。
マジックアワーの時間が近付いてくるにつれ、広場が人で賑やかになってきた。みんな一様にしあわせそうである。

マジックアワーに映えるカラーン・ミナレットの美しさをしばらく眺めた私たちは、明日に備えホテルに戻ることにした。明日はブハラ駅5:42発の電車に乗らなくてはならないのだ。
早朝の出発に備えて荷造りをし、3時半にアラームを掛けて眠りについた。

カラーン・ミナレット

ちなみにこの日投函した絵葉書であるが、私が書いたものはちょうど3週間後に東京に届いた。そして豚山が書いたものは、旅行から2ヶ月近く経つ今もまだ届いていない。



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