毎日不幸とかウケる。ウズベキスタン珍道中【第8話】~安寧な一日が唐突な割り込みで治安崩壊~
ヒヴァの朝焼けは美しい
旅7日目の朝。5時に起き、軽く身支度を整えてから屋上に向かった。昨晩のリサーチ通り、やはりドアは無施錠である。
屋上テラスに出ると、ひんやりとした空気が身体を包む。まだ誰も起きていないような、しんとした世界だ。
5時半を過ぎたあたりから朝日が昇り出した。それはもう神々しいくらいの光景で、マジックアワーとはまた別の美しさがあった。それをぼんやりと眺めている時間は、ただただ贅沢でしあわせなものだった。
部屋に戻り、チェックアウトに備え荷造りをする。
最中、豚山が「ネットが繋がらないんだよね…」と言い出した。さすがに50GBのSIMをこの短期間で使い切ることはないだろう。
確かめてみると20GBいかないくらいの使用量。まだ半分以上も余っているではないか。
「電波の調子とかじゃない?」
そう言って私たちは、朝食会場である地下のレストランへと向かった。寝台列車で同室だったカップルと顔をを合わせるかな?と少し期待していたが、結局会えずに終わった。
チェックアウトは12時のため、それまでヒヴァの街を観光することにした。
実は今日予定している観光地には、少し体力を要する場所が含まれている。まだ足が疲れていない午前の今こそ、それらを回る絶好の機会に違いないはずだ。何も知らない豚山を連れ、イチャンカラにそびえ立つ高さ45メートルの巨塔『イスラム・ホージャ・ミナレット』へと急いだ。
「今から一緒にこれを上ります」
私の宣言で、その苦行は始まった。
このミナレット、まず出だしから階段が急すぎる。ミナレットに入るまでの最初の数段は手摺付きの木製階段なのだが、とにかく勾配がちょっとおかしい。踏み外したら即アウトなので慎重に上り、いよいよミナレットの中へ…。
いや、一段デッカ!!!
サマルカンドのシャーヒ・ズィンダ廟群でもそうだったが、階段の一段あたりの蹴上げがクソデカい。そんでもって、踏面がクソ狭い。面白すぎて爆笑してたら、ミナレットの中に笑い声が反響するんでまた笑った。
私たちは机でも上ってるのか?というくらい一段が大きく、さらには高さが不均一。手摺も無いし、踊り場も無いので、結構真面目に上らないと本気で危ないやつである。
最初こそ笑っていたが、後半はガチの息切れ。しかも一本道なので、下りてくる人がいると一気に緊張感が走る。どちらかが止まって壁と一体化しないと本当にヤバなのだ。
そんな苦労の末に辿り着いた頂上からの眺めは、まさに絶景。高さがあるのでかなり風が強いが、上り切った達成感と充実感で誰しもスーパーハイなテンションが獲得出来る。
それにしてもこんな急な階段であるというのに、床と階段吹き抜け部分の境目に柵のひとつも無いのはなぜなのか。あれ絶対危ないと思うんだ。

しばらくすると下から上ってくる観光客のゼェゼェという息切れが聞こえてきた。私たちもそろそろ下りることにしよう。
しかしこの階段、上りより下りのほうが数段ヤバかった。手摺が無いのでまず不安定、そして階段の高さが一段一段異なるので、下りる時の感覚が一向に掴めない。さらには上りの時よりさらに狭く感じる踏面。とどめはたくさんの観光客がこれまで往来したであろう踏面の角が経年によって丸く削れ、めちゃんこ滑りやすくなっているのである。
マジで怖かったし、万が一豚山が後ろからコケた日には私も共倒れ確定なので、申し訳ないが先に行ってもらった。しかしそうは言っても、先ほど頂上ですれ違った大柄の男性が上から転げ落ちてきたら全員終わりだ。結構ハイリスクな観光地である。
ようやく下まで下りると、もう足はガクガク。しばらく近くに腰を下ろし、足を休めながらぼんやりと塔を眺めていた。何人か塔に入っていく観光客が続いたが、とあるご婦人は上り始めてすぐに「こりゃだめだ」と思ったらしく、あっという間に引き返してきた。脱落者が出るほどには難易度の高いミナレットだったと思う。
朝一番でこの街の強敵を制した私たちは、次なる目的地である『城壁』へと向かう。私は城壁のある観光地では必ず上るようにしているちょっとした城壁マニアだ。ここヒヴァにおいても、そこに城壁があるなら見過ごすことは無論出来ない。
北門近くに行くと、城壁へ繋がる階段があった。城壁は確か有料のはずだが、どうも無料で上れるようだ。いざ、階段を上り始める。
だが、これがとんでもなく細かすぎる階段で笑った。今度は一段が低すぎ&狭すぎなのである。先ほどまで真逆の階段を上っていた者としては、ウケずにいられない。
そうして最初の階段を上りきると、少し歩いた先に下りの階段があった。
あれ、城壁はもっと上のはずだよね?さらに上るんじゃないの?と不思議に思ったところで、ここは城壁に続く階段ではなかったことに気付く。
細かすぎる階段を戻り(もうひとウケした)よくよく確認すると、すぐ隣に城壁への本当の入り口があった。今度はしっかり入場料を払い、中に入る。
そして急すぎる階段再び。
もうなんなの?階段の基準がさっきからめちゃくちゃで笑いが止まらない。
ヒヴァの城壁は通路が広く、危険度は低かった。だが死ぬほど暑かった。日陰は一切無く、太陽の光がそのまま肌をジリジリと焼くのがわかる。ここまで来るともう”暑い”を通り越して”痛い”という表現がしっくりくるレベルである。
暑さで頭が働かず、ヒヴァを千葉と聞き間違えたのをきっかけに、何の由縁も無い千葉県の話をしながらトボトボと歩いた。最終的に、千葉をヒヴァのような街にしよう!という非現実的な方向まで話が膨らんだあたりで城壁歩きは終わった。楽しい時間だった。

そんなことをしている間にそろそろチェックアウトの時間だ。
今日は夜にウルゲンチ空港から飛行機でタシケントに戻る予定となっている。
残されたヒヴァでの時間はあと5時間。ホテルにそのまま荷物を置かせてもらい、私たちは最後の観光に出掛けた。
お腹も空いてきたので城壁外のハンバーガー屋に行ってみることにした。これまで何度か近くを通っており、その度に気になっていたお店だ。
城壁外の立地という理由からか、店内に観光客らしき人は見当たらなかった。学校帰りの地元の中学生らに混じり、席に座る。
チーズバーガーとコーラを頼むと、めちゃくちゃデカいハンバーガーが出てきた。バーガーキングのワッパーを優に超える大きさだ。ガーリックがガツンと効いており、ピクルスも俺キュウリ!!って感じで自己主張が強い。総じて美味しいハンバーガーであった。
店を出て、昨日訪れた中規模スーパーに再び向かう。昨日見て気になっていたバラ売りチョコレートを買うためだ。量り売りチョコレートは日本で旅行準備をしていた時から気になっており、絶対に買おうと決めていた。購入の仕方も日本でしっかり予習済みだ。
しかしこのスーパーは、都市部にある”コルジンカ”のような、いわゆる大規模チェーン店ではなかった。チョコレート売り場に置かれている量り売りの機械を一見したところ、私が日本でイメトレしてきた機械よりずっとシンプルで、操作パネルも見当たらない。
チョコレートの前で難しい顔をしていると、一人のご婦人がジェスチャーをしてきた。多分、「やってやんよ。欲しいもの言いな」ってことだと思う。「本当に?いいの?」という顔芸をしたら、「ああ、早よ言いな」みたいな返しをしてくれたので、きっと交渉成立。欲しいチョコレートを全部渡すと、種類別に丁寧に量って値札表に合計額を書き込んでくれた。クールだけどメチャ良い人だった。ラフマット。
It is handmade…
イチャンカラに戻り、ここからは一気にお土産を買いまくる作戦に入った。残された時間はもう僅かだ。
これまで気になっていたお店を思い出しながら、ラストスパートと言わんばかりに道を急ぐ。
まずはヒヴァらしい模様が入ったシックなティーカップだ。
プーチン大統領みたいな店主が「おめーら昨日も来たな」という顔で出迎えてくれた。値段を聞いてみると、まぁまぁ高い。交渉を始めると「No…It is handmade…」とプーチンの顔が厳しさを増した。
ウズベキスタンで価格交渉をすると、こんな感じで「これはハンドメイドだから」と返される場面が結構あったのだが、そのたびに「だからどうした」と思ってしまう。私は長年ハンドメイドで副業をしていることもあり、大体の手間は知っているのだ。相場から大幅に外れたものは「It is handmade」だけでは覆せない。
「It is handmade」戦法だけでは首を縦に振らない私を見て、店主は次なる一手「No…It is Khiva design…」を出してきた。弱い。さっきから反論が弱すぎるんよ。
しかしこちらも残された時間が限られており、このお店だけに集中していられない。2個買うからその分値下げをする、という折衷案でプーチンと私の戦いは決着した。
その後も怒涛の勢いで買い物祭りは続いた。急ぎすぎて判断が鈍ったのか、最後になぜかデカい羊のぬいぐるみを購入してしまうという暴れっぷり。
お店のお姉さんが日本円に興味を示したので、1円玉をあげた。「これは何スムなの?」と聞かれて答えたのだが、間違えて1,000スムと伝えてしまった。実際には75スムである。間違えるにしても桁が違いすぎだ。あの時のお姉さんごめんなさい。
ホテルで預かってもらっていた荷物をピックアップし、タクシーでウルゲンチ空港へ。
タクシーでイチャンカラの城壁を出る瞬間、とてつもない寂しさを感じた。
ヒヴァ、マジで楽しかった。
安寧は唐突に崩壊した
ウルゲンチ空港までは50分程度の移動となる。Yandex Goで移動した区間としてはここが最長であったが、タクシー代は日本円で1,300円程度であった。Yandex Goのヤバさを再認識してしまう金額である。
そうして着いたウルゲンチ空港は、聞いていた通りのコンパクトさだった。めぼしい店も開いておらず、私は最後に買ったデカい羊のパッキングに必死になるくらいで、他には特にやることも無かった。豚山は隣で「ネットが繋がらない」とまだ言っている。
退屈な時間を過ごしていると、そのうちチェックインが始まった。
私たちが並んでいると、普通に割り込んでくるどこかの国のツアー団体客。ねぇなんで?なんで平気な顔して割り込んでくるの?あと押すの?マジでなんなの?
海外ではよくあることとは言え、やはりシンプルにめちゃくちゃイラつく。こっちがイラついてるのがわかっているはずなのに、絶対こっちを見ないでお喋りに夢中なのもまた腹立つ。
そのツアーの現地コンダクターが状況を察し、私たちに謝ってきた。コンダクターは何も悪くないが、謝られればこちらが引くしかないだろう。
結局10人くらいに割り込まれ、ツアー団体客は私たちを一瞥することもなく、楽しそうに中に入っていった。
そこから少し待った後、搭乗時間が来た。さっきのツアー団体客と席が離れているといいな…と頭の中はそれだけでいっぱいだ。そうして自分の座席に乗り込むと、真後ろの席の乗客が私たちを見て噴き出した。
なんだろうと声のするほうを見ると、見慣れた顔と目が合った。
「Hello?」
あーーーーーーーーーーーー!!!!!!
なんと、寝台列車で同室だったあのカップルである。
いや、こんなことある?マジでびっくりなんですけど!
あの日、ブハラ→ヒヴァ間の寝台列車で偶然同部屋となったカップル、宿泊先のホテルまで一緒(しかも隣室)というだけで驚きなのに、ウルゲンチ→タシケント間の飛行機まで同便、さらには前後の席とか、もう何かの運命としか思えない。
よくよく考えると、寝台列車の座席も飛行機の座席も、自動で割り振られた席ではなく、私が数ヶ月前に自分で選んだ席だ。それが毎回こんなにも被るって凄くない?
この興奮は向こうも同じだったようで、飛行機を降りるとこちらに話しかけてきてくれた。
何度も顔を合わせているが、きちんと話すのはこれが初めてだ。ここで私たちは、彼らがトルコ人であること、そしてこれまでどんな旅をしてきたかを聞いた。
驚くべきことに、私たちはほぼ同じ日程でウズベキスタンを旅していた。彼らがこの国で受けた数々の感銘や、美味しいと感じた食べ物の話を共有するのはとてもしあわせな時間だった。最後に4ショットの写真を撮り、今度こそ本当の「良い旅を!」で手を振って別れた。
時は現代へ
タシケント空港を出る頃には、もう22時を回っていた。
Yandexタクシーで、タシケントでの宿泊地であるHotel Uzbekistan(ホテル ウズベキスタン)へと向かう。
タクシーの車窓から見える景色は現代の都会そのものであった。ついさっきまで私たちがいたイチャンカラの世界とはまるで違う。
ウズベキスタンにおける4都市の位置付けはちょうど半円形のようになっており、東から西へ、タシケント→サマルカンド→ブハラ→ヒヴァの順に街は古代の雰囲気を色濃くする。これをどちら周りで周遊するかというのはウズベキスタン観光客を悩ませるテーマのひとつだ。私は徐々に古代を戻る感覚を楽しみたいと考え、この順の通りに旅をした。
そして今だ。
ここが”タシケント”ではなく、”現代”であることに衝撃を受けている自分がいるのだ。
「私は夢でも見ていたのだろうか…」そんな不思議な錯覚に強烈に襲われている。どうやら私は、完全に”時間旅行”をしていたのだ。
「ホテルに着いたよ」
もはやタイムマシーンにすら感じるそのタクシーを降り、私は目の前にそびえ立つ建物を茫然と見上げる。タシケントのアイコン的存在、ホテル ウズベキスタンだ。
このTHEソビエト建築!という風貌は、タシケントを訪れる多くの旅行者を魅了する。もちろん私もその一人だ。到着したのは夜だったが、暗い中でも下から眺める迫力は満点であり、ここでも”現代”を感じずにはいられなかった。
チェックインを済ませ部屋で荷解きをしていると、絶賛お腹壊し中の豚山がトイレで「えぇぇぇぇぇーーーー!」と奇声を上げた。
「どうしたの?」と聞くと、ドア越しの豚山から悲しい声が響いた。
「SIM使い切っちゃったみたい…」
ウズベキスタンSIMの罠
豚山が調べたところによると、どうやらウズベキスタンのSIMには特殊なカラクリが隠されていたらしい。
私たちが購入した50GBのSIM。当然その容量のすべてが使用出来るものだと思い込んでいた。だが実際に使用出来るのは20GB、残りの30GBは”TAS-IX専用データ”といって、ウズベキスタン国内にあるサーバーにしか繋がらないらしいのだ。
そんな情報はウズベキスタン旅の事前準備でも聞いたことがなかった。数日前、ウズベキスタン入国の際に空港のSIM屋でホクホクしていた自分たちの姿が走馬灯のように蘇る。
「なんとか頑張る…」
何をどう頑張るのかは不明だが、とにかくネットが使えないのは痛手だ。というか、もうこれ以上の不幸は勘弁してくれ。
だが、願ったところで終わらないのがこのウズベキスタン旅である。
部屋に入った時から薄々気付いていたが、ホテル前の広場でなにかイベントが催されているようだった。チカチカとした光と、ズンチャズンチャの爆音ミュージックが私たちのいる6階の部屋まで届いていた。
この日寝たのは深夜2時近かったが、眠りに落ちるその瞬間までズンチャはしっかりうるさかった。
