毎日不幸とかウケる。ウズベキスタン珍道中【第4話】~念願のアフラシャブ号で圧倒的陽キャを前に記憶喪失~
異国は予想外だから楽しい…はず
旅4日目の朝5時。とんでもない豪雨の音で起きる。
昨夜は最後に何か良くないことが起こったような…いや、気のせいか。
チェックアウトに備え、部屋でスーツケースの荷物をまとめる。
壁に掛けられていたアルファベットの「S」をモチーフにしたタペストリーが個人的に好みだったので、最後に写真を撮り部屋を出た。
チェックアウトするためにフロントに行くと、その真面目な勤務態度から私が密かに”推し”としていたスタッフがこんなことを言ってきた。
「チェックアウトするためには$50必要だよ」
え?と思った次の瞬間、
「ジョークだよww」
…ジョークとか言う人なんか!!そんで大して面白くないしな!
笑いながらふと横を見ると、普段温厚な豚山がほんのりキレていた。長い付き合いになるが、豚山のキレポイントがいまいちよくわからない。

念願のアフラシャブ号に乗るため、タクシーでサマルカンド駅へ向かう。
今回のドライバーは、運転中に自身の身の上話をする人だった。もともと柔術選手だったそうで、大会参加のため日本にも何度か来たことがあるらしい。ありがたいことに、日本にかなり良い印象を持ってくれているようだ。
そこで、私たちがウズベキスタンに来てからずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
それは、なぜウズベキスタンのドライバーはウインカーを出さないのか?問題である。
ウズベキスタンの道路を走る車を見ていると、びっくりするくらいに皆、ウインカーを出さずにいきなり車線変更や右左折をするのだ。Yandexタクシーに初めて乗車した時から、実はずっと気になっていた。
するとドライバーは、さも当たり前のようにこう言い放った。
「ウインカー出したら負けだと思ってるから」
予想外の回答が来たのでめちゃくちゃ笑った。
「でも危なくない?」と笑いながら突っ込むと、「前の車のタイヤの向きを見てるから大丈夫!」と即答。
確かに絶妙な運転テクで、上手い具合にぶつかることなく走っている。そのかわりクラクションを鳴らすことは日本ほど神経質にならなくていいようで、辺り構わずプッププップと鳴らしていた。
謎が解けてスッキリしたが、それ以上に笑える話であった。異国はこれだから面白い。
サマルカンド駅に着き「ラフマット」と私たちが言うと、ペコリとしながら「ありがとう」と返してくれた。日本のおもてなし精神を完全マスターしているウズベク人であった。
夢のアフラシャブ号でブハラへ
アフラシャブ号は、定刻の30分遅れでホームにやって来た。
車内に乗り込み、チケットに印字されている自分の席に座る。座席の足元は奥行きが広く、備え付けのテーブルも十分な大きさだ。噂に聞いた通り、いわゆる新幹線に近い雰囲気に間違いはない。
しかしいざ走り出すと、まぁまぁ揺れる。そしてスピード感もまずまずといったところ。
新幹線というよりは特急かな。特急あさま。そう、アフラシャブ号は特急あさまである。
発車してしばらく経つと、車内販売が始まった。
男性乗務員が売り子をしているのだが、びっくりするくらい誰も買わない。乗車中の車内販売の頻度はかなりのもので、さっきコーヒーを売りに来たな~という記憶が乾かぬうちに、今度はアイスを売りに来る。そんな調子で終始ひっきりなしに通るのだが、マジで誰一人買わない。売り子もそれをわかっているのか、毎回もの凄い早さで通り過ぎる。
これもう売る意味ある?だし、普段食いしん坊の豚山ですら一切関心を示していないのも謎だった。
夢のアフラシャブ号への興味はまだまだ尽きない。今度の対象はトイレである。一体どんな感じなのだろうと思い、早速行ってみることにした。
私の席からトイレに行くには、隣の食堂車を通らなければならなかった。確か食堂車はカウンタータイプの立食形式になっているはずだ。
期待いっぱいでドアを開けると、世界の陽キャたちがウェイウェイの真っ最中であった。私の目から光が消えた。しかしもう戻ることは出来ない。ウェイたちの隙間をぬってトイレに到達したはずだが、そこまでの経路がツラすぎてトイレの印象をまるで覚えていない。
そんな感じで、いろいろありながらもそれなりにアフラシャブ号を満喫出来たと思う。
なにより、乗客全員が醸し出す旅人特有のワクワク感みたいなものがなんとも良かった。車窓から見える景色は単調である半面新鮮でもあり、ずっと見ていても案外飽きなかった。
ブハラまでの1時間半余りの旅は、そうしてあっという間に過ぎた。

ようこそ砂漠の国へ
ブハラに着き、電車を降りて真っ先に感じたのは”空気の砂っぽさ”だった。
自分が砂漠の国に来たことを実感した。
それにしてもブハラ駅前は田舎である。駅前だというのに何も無い。
ただ砂っぽさだけが喉を刺激する。そしてサマルカンドよりも明らかに強い日差しが肌にジリジリと突き刺さった。
ブハラ駅前でも恒例の白タクコール。これにももう慣れてきた。
少し離れたところでYandexタクシーを呼び、予約しているホテルへと向かう。14時のチェックインまでまだ時間があるが、とりあえずスーツケースだけ預かってもらう算段だ。
ブハラでは、元々マドラサだった建物を改装して作られたというホテルを予約していた。写真で見る限り、まるでジブリの世界から飛び出してきたような雰囲気が漂っている可愛らしいホテルだ。
サマルカンドで宿泊したホテルと同様、このホテルも日本人に大人気。そして宿泊費は高めだ。
私は旅の3ヶ月前くらいに1泊約22,000円の条件で予約した。寝れりゃどこでもいい民の私からしたら、これがいかに大奮発であるかを書き記しておきたい。
タクシーを降りた先に見えたホテルの外観は、意外にもシンプルなものだった。しかし扉を開けると異世界にワープすることは、サマルカンドのホテルで既に学習済みだ。
一呼吸置いてから素朴な木の扉を開ける。
そこには一面、砂漠色の世界が広がっていた。
小さな中庭を取り囲むように、レトロな木製のドアがこちらを向いて並んでいる。外壁のレンガのひとつひとつ、廊下の手摺に使われている木、2階の庇を支える柱…構成するそれぞれがどことなく曲がっていて、建築的に言えば全体のパースが狂っている。
そんな素朴感満載の建物の至るところに古い車輪やブリキのジョウロなど、アンティーク感溢れる小物がセンス良くディスプレイされているのだ。
「ちんまり!ちんまりが過ぎる!!」
興奮してキャッキャしていると、そこにオーナーが現れた。
なんていうか、めっちゃ穏やかでエレガントなオーナーである。まず、声が小さい。こう言ってはなんだが、サマルカンドのホテルの威勢の良いオーナーとは正反対である。
深刻なレベルのウィスパーボイスに途中何度も、え?え?となりながらやり取りをし、無事荷物を預かってもらった。
時刻は13時。お腹も空いているし、まずはレストランに行くことにしよう。
ホテルからはブハラの名所である『ラビハウズ』の池が近かったため、その池に面した有名なレストラン、Labi Hovuz(ラビハウズ)に入ってみることにした。
さすが人気店、かなりの混雑だ。
どことなく大谷翔平に似ている店員に声を掛け、池の周りのテラス席を希望すると、めちゃくちゃ日なたの席に案内された。どう見ても熱中症まっしぐらだ。
というか、周りを見渡すとテラス席はほとんどが強烈な日なたなのだ。しかし、よく見ると10席に1席くらいの割合で木陰の下になる席があるではないか。そして私たちが見渡していたその瞬間、ちょうどその木陰席が空いた。「ここに座っていい?」と聞くと翔平はナイスな笑顔で「いいよ」と言ってくれた。
翔平によって私たちの安寧は保たれた。

空腹を満たしたところでいよいよブハラ観光の始まりだ。せっかくなので今日はラビハウズ周辺の観光地を攻めることとしよう。
今いる場所から近い順に『ナディール・ディヴァンベギ・ハナカ』、『ナディール・ディヴァンベギ・マドラサ』へと回る。
ナディール・ディヴァンベギ・マドラサの前に”フィッジャ・ナスレッディン”というおじさんの像があり、観光客のフォトスポットとして異様な人気を誇っていた。多分、日本で言う明石家さんまみたいな人だと思う。そうとしか思えないくらいの人気だった。

待っていても空きそうもないため、さんまとの記念撮影は断念し、道路向かいにある『コカルドシュ・マドラサ』へ。
先ほどから薄々気付いてはいたが、建物の中はほとんどお土産屋だ。どう見ても”土産>建物”の構図になっている。京都のお寺の境内にワチャワチャとお土産屋が乱立しているのをイメージしてほしい。風情はまぁ無い。
またここもか…と思ったが、このコカルドシュ・マドラサのお土産屋は思いの外ラインナップが良かった。
豚山は気になるものをたくさん見つけたようで、その中でも特に”カンダコルリク”という彫金細工の皿にひとめ惚れしたようだ。
店主の女性が私たちに気付き、店の前に設けた工作台で実際の彫金作業を披露してくれた。
少々値の張る土産物であったが、せっかく気に入ったのだからと購入。店主の女性がおまけにと、ブハラの街並みが彫られたマグネットを付けてくれた。
購入した皿を大切そうにリュックにしまう豚山。2日前は鳩の糞をダイレクトに浴びてどうなることかと思ったが、しあわせが訪れて本当に良かった。
この建物の中には、コウノトリのハサミを扱うノシールさんのお店もあった。
ブハラ土産の鉄板であるコウノトリのハサミ。その中でも人気と評判のノシールさんのお店は、私が必ず行きたいと思っていた場所である。
綺麗に並べられたハサミを眺めていると、奥から店主がやって来た。
「ノシールさんですか?」
私が唐突に尋ねたものだから、店主は驚きながら「そうです私がノシールです」みたいな、どこか志村方面で聞いたような返事をしてくれた。
私は長年の趣味でハンドメイドをしていることもあり、ハサミにはそこそこ熱いこだわりを持っている。
店主に断り、並んでいるハサミをひとつずつ試させてもらう。意外なことに、使用感にかなり個体差があるようだ。私は欲しいのはライトな使用感でありながら、その奥にある程度の引っ掛かりを感じさせつつ、最後にサクッと切れるようなハサミだ。
私が匠みたいな顔でめちゃくちゃ真剣に試していたからか、ノシールさんも一緒に探し始めてくれた。建物の外に並んでいたハサミまで持ってきてくれて、なんだか申し訳ない。
ノシールさんと2人、並んでハサミをチョキチョキする時間。結構長かった。2人でチョキチョキユニットみたいになりかけていたと思う。
そうして見つけたお気に入りの一本に名前を彫ってもらい、コウノトリのハサミは私の宝物となった。
そう、ここまでは良かった。ここまでは比較的平和だったのだ。
ノシールさんとのユニット解散を機に、私のブハラ生活は悲しいまでに転落の一途を辿ることになる。
