それくらいの時間|猫と家族が教えてくれた昭和の記憶
朝、マグカップを持つ手が、少しだけ遅れる。
猫の模様は、もう薄くなっている。
でも、鳴き声は今も変わらない。
いまは、湯気を見ている時間が長い。
わたしは昭和生まれだ。
そう書くと、古い紙のにおいがする。
台所のすみの米びつ。
石油ストーブの匂い。
夕方になると、どこかの家から夕飯の匂いがしてきた。
夏は、今ほど暑くなかった。
冬は、今より寒かった。
ただの昔話みたいだ。
でも、ほんとうにそうだった。
冬の朝は、空気がもっと硬かった。
あのころは、みんな少し急いでいた。
朝が来たら、また出ていった。
それがふつうだった。
わたしはソフトウェアを作っていた。
ソフトウェアが、まだ無償だった時代だ。
メインフレームを買ったお客さんに、ソフトは当たり前のようについてきた。
いま思えば、ずいぶんな話だ。
けれど、現場は熱かった。
画面の前に座り、文字を打つ。
紙に印字された結果を見る。
赤いペンで直す。
また打つ。
また走らせる。
うまく動いたときの、あの小さな沈黙が好きだった。
誰かが「あ」と言う。
次に、ふっと空気がゆるむ。
それから笑いが出る。
やったら、やっただけ返ってきた。
そんな気がしていた。
ほんとうに全部がそうだったのかは、わからない。
報われなかった人もいた。
泣いた人もいた。
置いていかれた人もいた。
それでも、わたしの手の中には、何かが残った。
夜まで動いたあとの、肩の重さ。
机に置いたコーヒーの冷たさ。
動かなかったものが、朝方に動いた瞬間。
それだけで、少し勝った気がした。
プロジェクトが終わると、店を借り切って打ち上げをした。
たいした料理だったかは覚えていない。
誰が何を話したかも、もうあいまいだ。
ただ、店の中がやけに明るかったことだけ覚えている。
みんな声が大きかった。
笑い方も大きかった。
グラスを置く音まで、大きかった。
帰りは、たいてい遅かった。
金曜日の終電後。
新宿駅西口のタクシー乗り場には、長い列ができていた。
列はなかなか進まない。
酔った人がいる。
眠そうな人がいる。
まだ仕事の話をしている人もいる。
あのころは、遅くまで働く男たちが多かった。
旦那、元気で留守がいい。
ATM。
アッシー君。
そんな言葉が、笑いながら使われていた。
いまなら、笑えないものもある。
でも、あのころは、そういう空気の中にいた。
わたしも、その中にいた。
それでよかったのか。
よくなかったのか。
今でも、はっきりとは言えない。
少し前、ある女性のつぶやきを読んだ。
子育てが終わって、肩の荷がおりた。
そう思ったのに、今になってみると、
あの大変だった日々が一番幸せだった気がする。
そんな言葉だった。
読み終えて、しばらく画面を見ていた。
涙が出た。
その人の家を、わたしは知らない。
けれど、その気持ちはわかった気がした。
幸せは、その時には気づかない。
洗濯物の山。
食べかけの皿。
終電後のタクシー乗り場。
その前を、ただ急いで通りすぎていた。
いい時代だった。
そう言うのは、少しずるい。
いやだったことも、あったはずだ。
怒鳴った声もあった。
黙って飲みこんだ夜もあった。
家に持って帰らなかった顔もあった。
でも、そこだけぼやけている。
駅のホームで人があふれていた。
電車の中は、みんな黙っていた。
新聞をめくる音がしていた。
つり革につかまる手は、どれも働く手に見えた。
昨日の昼に食べたものは忘れるのに、
若いころの計算機室の空気は、まだ覚えている。
低い機械音。
冷えた床。
紙の束。
少し乾いた空気。
あそこには、時間が別の速さで流れていた。
ずいぶん遠くまで来た。
鏡を見る。
知らない老人がいる。
でも、その目の奥に、若いころの自分が少しだけいる。
まだ怒っている。
まだ笑っている。
まだ何かに負けたくない顔をしている。
おかしい。
もう、そんなにがんばらなくていいのに。
終わりの方が、近くなっている。
そう書いても、こわい言葉にはならなくなった。
昔なら、見ないふりをしたと思う。
いまは、台所の椅子に座って、
まあ、そうだろうな、と思える。
体は正直だ。
階段の途中で息が切れる。
名前がすぐに出てこない。
夜中に目が覚める。
朝までが長い。
それでも、不幸だとは思わない。
何も悔いはない。
そう言い切ると、少し嘘になる。
食卓で、新聞をたたまなかった夜がある。
子どもが何か言いかけていた。
その口元だけ、今でも覚えている。
仕事の話なら、いくらでも聞けた。
家の中の小さな声は、聞き落とした。
あの人からの電話を、あとでかけ直そうと思った。
その「あとで」が来なかったこともある。
小さな悔いはある。
たまに、夜中に出てくる。
水を飲みに起きたときなどに。
言いすぎた言葉もある。
黙りすぎた夜もある。
それでも、ここまで来た。
ここまで来られた。
あれは、幸せな時間だったのだと思う。
そう思う今、わたしは少し笑っている。
昭和はもう遠い。
メインフレームも、
あの計算機室の冷えた空気も、
もう手ではつかめない。
でも、ときどきマグカップの湯気の向こうに、まだ見える。
若かったわたしが、急ぎ足で歩いている。
新宿駅西口の、長い列の中にいる。
声をかけようかと思う。
でも、やめる。
あの人は、まだ何も知らない。
知らないままで、走っていけばいい。
わたしはここで、コーヒーが少し冷めるのを待つ。
それくらいの時間は、まだ残っている。
あなたにも、なぜか忘れられない景色や言葉はありますか。
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