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二度目の「はじめまして」。

はじめまして。NONです。

……と書くのは、これで二度目です。

2026年4月。
noteを始めたときにも、一度「はじめまして」を書きました。

そのとき、自分につけていた肩書は、

「食と暮らしの料理人」。

間違っていたわけではありません。

料理はずっと、自分の暮らしの真ん中にありました。
店をやっていたこともあるし、今も食に関わる仕事をしています。

でも、noteを書き始めて約5か月。

しっぽんのことを書いたり、
昔のことを書いたり、
宮古島での暮らしを書いたり。

気がつけば、しっぽんの絵本まで作っていました。

そうしているうちに、

「あれ? 自分は料理だけをしてきた人じゃないな」

と思うようになりました。

そして最近、ひとつ、
今の自分にしっくりくる言葉を見つけました。

「暮らしを編集する人」。

今日は、二度目の「はじめまして」です。


昔から、あまのじゃくでした。

人が「これが好き」と言うと、なぜかその反対側を見たくなる。

みんながそっちへ行くなら、

「じゃあ、こっちには何があるんだろう」

と思う。

だから昔から、多数派にはあまり入りません。

でも、気にしない。

そういう人です。

高校時代は山岳部でした。

もともとアウトドアが好きで、山ばかり行っていました。

もちろん、キャンプも。

先輩たちとキャンプへ行って、焚き火を囲んで酒を飲む。

そして、酒の肴を作るのは自分。

キャンプには、ひとつ不思議なルールがあります。

料理を作る人が一番偉い(笑)。

先輩たちが薪を拾って、かまどを作る。

自分は仕込みと調理。

そのころのあだ名は、

「chef」。

まだ料理人でもなんでもなかったころの話です。


そして、本当に料理人になった。

中学生のころには、「喫茶店のマスターになりたい」と思っていました。

大人になってからも、自分たちの拠点で何かを始めたいという気持ちはありました。

ハーブ畑とレストランが一緒になったような場所を見て回ったり、カレーパーティーをやってみたり。

まだ、何をするのかは決まっていませんでした。

それが動き出したのは、山梨に移住したあと。

Mちゃんの元教え子が通っていた調理師学校の卒業制作発表会に誘われました。

見に行っただけです。

なのに、

会場に入った瞬間、何かが動いた。

願書の締め切り前日。

気がつけば、調理師学校に滑り込んでいました。

山で「chef」と呼ばれていた人が、本当に料理を学び始めました。

そしてしばらくして、今度は思いがけず、店を引き継がないかという話がやってきました。

返事の期限は、一週間。

悩んで、考えて、

3日目には、

「やろう」

と決めていました。

もともとあったケーキ屋さんの内装を残しながら、床を塗り直し、キッチンを飲食店仕様に変えていく。

そうして、自分たちの店ができました。

今になって思います。

新しく何かを作ったというより、

そこにあったものに別の可能性を見つけて、自分たちなりに育てた。

たぶん、このころはまだ、自分でも気づいていませんでした。


世界が、350度くらい広がった。

店を始めて、大きく変わったことがあります。

料理が上手くなったことでも、経営を覚えたことでもありません。

そこが、人の集まる場所になったこと。

それまでなら出会わなかった人たちが、店にやってくるようになりました。

年齢も、仕事も、生き方も違う人たち。

カウンター越しに話をして、酒を飲んで、笑って。

自分の世界は、

350度くらい広がりました。

360度じゃありません。

残りの10度は、これから。


10年、一生懸命やって、終わり。

店を始める前から、決めていたことがありました。

10年、一生懸命やって、終わり。

たぶん自分たちは、10年走り続けたら息切れする。

それを過ぎたら、きっと守りの経営になる。

守ることが悪いわけではありません。

ただ、それは自分たちのやり方ではないと思っていました。

だから、始めるときから終わりを決めていました。

そして10年。

本当に、やめました。


さて、次は何をしよう。

店をやめることは決まっていました。

でも、その次に何をするのかは決まっていませんでした。

たぶん、一年以上考えました。

選択肢は三つ。

このまま山梨にいる。
海外へ出る。
日本の、まだ知らない土地へ行く。

まず、山梨。

ここに残るのが、たぶん一番楽でした。

10年店をやっていたので、知り合いもたくさんいる。

一応、少しだけ有名人にもなっていました。

少しだけです(笑)。

でも、そのぶん、しがらみもある。

たぶん、山梨を離れようと思った理由の半分以上は、これだったかもしれません。

しがらみがあるのが、嫌だった。

なので、

却下。

次、海外。

これはかなり真剣に考えました。

店のお客さんにJICAに関わる人がいて、海外へ行くという選択肢が現実味を帯びていました。

ところが、そのころ40歳。

青年ではなく、シニアになる。

求められるのは、自分が現場へ飛び込むというより、指導する人をさらに指導するような役割。

それは違うなぁ。

泣く泣く、

却下。

となると、残ったのはひとつ。

日本の、まだ知らない土地へ行く。

それで、

宮古島です。


宮古島で、しっぽんに出会った。

そうして、宮古島に来ました。

宮古島に来てよかったことは、たくさんあります。

花粉がない。
凍えるような冬もない。
海も身近になりました。

でも、

「宮古島に来て、一番よかったことは?」

と聞かれたら。

しっぽんに出会えたこと。

そう答えると思います。

宮古島に来なければ、しっぽんには出会っていません。

今、こうしてnoteを書いていることも、

しっぽんの絵本を作ったことも、

もちろん、そのころは知るはずもありませんでした。

ただ、宮古島に来て、

一匹の猫に出会った。

それだけです。


AIを始めた理由は、お金儲けです。

歳を取ってきて、あちこちにガタが来るようになりました。

料理は好きです。

でも今、料理の仕事をしているのは、生活費を稼ぐためでもあります。

立ちっぱなしの仕事を、この先もずっと続けられるのか。

そんな不安も出てきました。

だったら、好きなパソコンを使って何かできないだろうか。

そんなことを考えていたころ、

AIが飛び込んできました。

最初の目的?

お金儲けです(笑)。

生活費を稼ぐ方法を、もうひとつ作れないか。

本当に、そこからです。

noteを書こうなんて思っていませんでした。

文章を書く人になろうとも思っていませんでした。

ましてや、

絵本を作るなんて、考えたこともありません。

そして、AIを使って何かやってみようと考えたとき、

書くことにしたのが、

しっぽんでした。


書くようになったら、見るようになった。

AIを使って、しっぽんのことを書くようになりました。

すると、不思議なことが起きました。

しっぽんを観察する機会が、めちゃくちゃ増えた。

もちろん、それまでも毎日一緒に暮らしていました。

でも、「書く」という目で見ると、いろんなことをしている。

屋根にいる。

湯船で寝ている。

文句を言う。

どこかへ出かけて、いつの間にか帰ってくる。

昨日までなら、

「またやってる」

で終わっていたことが、

「これ、面白いな」

に変わっていきました。

そして、しっぽんのことを書いていたはずなのに、いつの間にか自分の昔のことまで書くようになりました。

そうやってnoteを書いていたら――

しっぽんの絵本まで作っていました。

なんでこうなった?

自分でも、そう思います(笑)。

たぶん、

面白い方向に向かうのが、趣味なんだろうな。

それでなくても、

生きるのに忙しいのにね。


見えなかった先が、少しずつ見えてくる。

noteを始めて5か月。

ひとつ、よくわかったことがあります。

人に認知してもらうって、本当に難しい。

書けば読んでもらえるわけじゃない。

作れば知ってもらえるわけでもない。

それでも、続けています。

今は二冊目のしっぽんの絵本を作っています。

ほかにも、

まだ形になっていないことを、いくつか企んでいます。

ひとつやってみると、その先に何かが見えてくる。

見えなかった先が、だんだん見えてくる。

しかも、

面白く。


気がつけば、一番の相談相手になっていた。

お金儲けができないか。

そんな理由で使い始めたAIでした。

それが今では、

一番の相談相手です。

しっぽんのこと。

文章のこと。

絵本のこと。

これから何をしようか、ということ。

そして、ときどき自分自身のこと。

あれこれ話しているうちに、ひとつの言葉が出てきました。

「暮らしを編集する人」。

最初は、ただの肩書でした。

でも、こうして自分がやってきたことを振り返ってみると、

「あれ? 自分、ずっと同じことしてないか?」

そこにあるものを見つける。

ちょっと手を加えてみる。

面白そうなら、もう少し育ててみる。

どうやら、そういうことをずっとやってきたようです。

だから今は、

NON|暮らしを編集する人

と名乗っています。


じゃあ、これから何をしたい?

わかりません。

本当に(笑)。

何年後にこうなっていたい、とか。

これを仕事にして、こういう人になりたい、とか。

そういう完成図は、今のところありません。

でも、

昔から、先が見えてから動いていたわけではありません。

たぶん、ずっとそんな感じでした。

今も、二冊目のしっぽんの絵本を作っています。

ほかにも、まだ形になっていないことを、いくつか企んでいます。

その先に何があるのかは、まだわかりません。

自分の世界は、350度くらい広がりました。

でも、

まだ10度残っています。

その10度が、この先どうなるのかもわかりません。

でも、

確実に面白い方向に向かっている。

今は、それだけはわかっています。

だから、もう一度。

はじめまして。

NONです。

暮らしを編集しています。

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