【連載小説4/5】 ✈️勲章とドレス
あの頃の俺と、今の俺。
地続きなのに、少しずつ違う。
18歳の俺と、28歳の俺は、細胞も全て入れ替わり、考え方だって変わっている。
なのに何故だ、胸が痛いのは。
18の俺に引きずられてるだけなのか。
例えばあの頃憧れた飛行機の模型。
今それを手に入れたところで、
あの頃のようには喜べない。
けれど、彼女は。
手に入らなかったものを、手に入れたい。
ただの執着なんだろうか。
『ただの、過去の切れ端だぜ』
今の俺が囁く。
色褪せてボロボロになった布切れ。
『やめとけよ、せっかく忘れたんだろ?
あの頃の苦しみを忘れたのかよ』
忘れるのは辛い。
けれど、もう一度夢を見て、また諦める方が何倍も。
希望を持つなんて、そんな恐ろしいこと、
俺にはできない。
◆
「本当に行くのかよ。人違いかもしれないぜ?」
テオの声が揺れている。
わたしは、荷物をまとめながら頷いた。
「うん、だって、いたんだもの。
あの空に、間違いなく」
あれは、絶対にジューヌだった。
見間違えるわけがない。
何度も何度も、夢の中で追いかけて、
いつも胸の片隅に存在する人。
リン、と魂が震える音がしたんだもの。
「わたしは行く。必ず出逢ってみせるわ」
◆
宿に着いて、荷物を降ろす。
身体中の緊張が解ける気がした。
わたしはお尋ね者。
だから、いつもの格好ではだめ。
貴族の娘を装い、小綺麗な服装に身を包んだ。
滑るように軽い生地。
着慣れない上質な服は、わたしには不釣り合いで笑ってしまう。
「いいご身分だこと」
宿の眼下に遠く見える、スラムの路地は暗い。
あの場所では、パンひとつも買えない子どももいるのに。
このレースひとつで、
どれだけの子どもが腹を満たせるのだろう。
考えても仕方のない大きな隔たりに、
夜は暗く、月明かりも見えなかった。
◆
年に一度、警官隊がパレードをする。
市民の人気取りのための、
派手な見世物だ。
俺は今回先頭で歩く。
この一年で立てた功績のお陰だってさ。
ゴテゴテと飾り立てた、
勲章だらけの制服に袖を通す。
「ジューヌ、素敵よ」
甘い薔薇の香りとともに、ローズが入ってくる。
裕福な商人の娘。
ブルネットの豊かな髪に、グレーの瞳。
この甘い微笑みに、狂わされる男はこの街にどれほどいるだろう。
「ありがとう」
礼を言い、彼女の手を取り口づけをする。
いつもの仕草だ。
俺が育ってきた世界では、
そんな気取った仕草はなかった。
ルルーはいつも全力で抱きついてきて、
俺はその身体を真っ直ぐに受け止めていた。
……いかん、
また意識が過去へと飛び出している。
ローズはいつものように顔を寄せる。
赤い、肉感的な唇が近づいてくる。
……ふい、と顔を逸らしてしまった。
しまった、と思った時には遅かった。
ローズは眉をひそめ、釣り上げ、
ぷいと横を向いて部屋を出ていってしまった。
「しまった。亡霊に気を取られ過ぎた」
制服を整え直し、前を向いた。
◆
パレードの先頭は良く観衆が見える。
俺は馬に乗って辺りを見下ろした。
子どもたち、寄り添う老夫婦。
腹を抱えた妊婦。ハンチングの労働者の男。
貴族、商人、市民たち。
草臥れた麻のシャツに、履き潰した革靴の男。
新聞を売る少年。片脚のない軍人。
大輪の花のように美しいローズ。
薄赤色のドレスに柔らかく身を包んでいる。
ぷい、と顔を背けている。
ああ、まだ怒ってるな。
その時、視界の端に、青いドレスの女が目に入った。
金の髪を結い上げ、華奢な腰は今にも折れそうだ。
ドレスと同じ青い瞳は、意志を持って
俺を見つめていた。
◆
飛空艇が空を横切り、
風が聴衆の髪を揺らす。
けれども。
彼らの間だけ、
まるで時が止まったかのように、
静かに、音が消えていた。
(第5話へつづく)

