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イブ物語|判断寓話|ファンタジー小説|猫征|第七話


「なぜ、こうなった……」

ガベージの眼前には、傷つき、呻き声を上げる兵士たちの姿があった。

少し前までは獣人を追っていたはずだった。
あと少しで追いつけると思った矢先、前方からコボルトの群れが押し寄せてきたのだ。

不意を突かれたガベージたちは、その場でコボルトとの戦闘を余儀なくされた。

小隊長の不在も影響し、戦列を組む間もなく混戦へと発展する。

なんとかコボルトの群れを退けた後には、無数の兵の屍が残されていた。


猫から始まる世界征服 第七話


「やむを得ん。撤退する」

負傷者の手当てをしようにも、無傷の者の方が少なく、まともに動ける者は片手で足りるほどだった。

動ける者が負傷者に肩を貸し、移動を始めようとした時、前方から叫び声が上がった。

月明かりに照らされた黒い影が、ゆらりと揺れるたびに、一人、また一人と兵士を倒していく。

ガベージの前にその影が現れた時には、辺りに立っている者は誰も残されていなかった。

雲の切れ間から差し込んだ月明かりが、その輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。

ガベージの握る剣が、カタカタと震えた。

「貴様は……黒獅子……」

そう呼ばれたワンは何も答えない。
ただ黙って、剣先を向けている。

「わかった……降伏する。これからは捕虜として、人道的な扱いをしてもらいたい」

そう言うと、ガベージは剣を捨て、両手を挙げた。

「……」

ワンの表情は変わらない。
ただ、その瞳は黒く沈んで見えた。

「おい、貴様。傭兵ならわかるだろ? 敵の士官を捕まえれば、報奨金が出ることぐらい」

焦ったようにガベージが声を上げる。

「なんだ? 足りないのか? なら、私からも金を出そう。私の叔父はトラッシュ・ガベージ。アルカン王国軍の将軍だ」

両手を挙げたまま、捲し立てるように続ける。

「叔父に言えば、金でも地位でも何でも用意してくれる。そうか、奴隷が欲しいか? 獣人の奴隷ならすぐに用意させ……」

ガベージが言い終わる前に、ワンの剣が喉を貫いた。

驚いた表情のまま喉を押さえ、ガベージは膝をつく。

「そんなもの、必要ない……」

ワンはそう言うと、剣先をさらに深く押し込んだ。



「容赦ないですね」

ワンに声をかけたのは、テイルだった。

「部隊を全滅させた責任すら負わない指揮官が、生き残る方が悲劇だ」

ワンは淡々と答える。

テイルは肩をすくめた。

その後ろには、ロープで縛られ、アトラに連れられた奴隷商人の姿があった。

脂汗を浮かべ、失禁までしている。
ガタガタと震えながら、ワンの前に跪いた。

「命だけは……」

ガチガチと歯を鳴らしながらそう言うと、ワンはその顔を覗き込み、わずかに口元を上げた。

「他の獣人はどこにいる?」

奴隷商人は顔を上げることなく震えている。

「私が知っている奴隷商人の拠点なら、全て教えます……だから、命だけは……」

テイルはその言葉を聞きながら、一枚の地図を見せた。

奴隷商人は目を見開き、黙ってそれを見つめる。

「すまなかったね。もう、それ知ってます」

テイルの目が一瞬鋭くなると、奴隷商人に背を向けた。

次の瞬間、奴隷商人は音もなくその場に倒れ、動かなくなった。

ワンは辺りを見渡し、呟く。

「全部、潰す」



ワンたちが村へ戻る頃には、すでに日が昇っていた。

村に戻ったワンを待ち構えていたのは、村に暮らす獣人たちだった。

皆、ワンの前に膝をつき、頭を下げている。

その姿を見たワンは慌てて駆け寄ると、長老ロウが口を開いた。

「ワン殿。我々を救っていただき、ありがとうございます。この恩は返しきれません」

そう言うと、皆が改めて頭を下げた。

ロウの隣では、ニアも同じように頭を下げている。

ワンはすぐにニアへ駆け寄り、その手を引いて立ち上がらせた。

驚いた表情を浮かべるニアの手を取ると、今度はワンが片膝をつき、頭を下げる。

「俺は、君が悲しまない世界を作りたいんだ。そのためには、誰を敵に回してもかまわない」

ワンが顔を上げ、ニアを見つめる。

「人間が敵なら、人間の敵になる」

「国が敵なら、国の敵になる」

「世界が敵なら、世界の敵になる」

「君が敵なら、君の味方になる」

そう言うと、ワンはそっとニアの手の甲に口付けをした。

ニアの瞳が滲む。

木々の間から差し込んだ日差しが、二人を照らしていた。

ニアは何も言わず、ワンの手を強く握り返した。




「神託が下りました。これからはここを……そうですね。ニアさんたちのもの。ニイアスと呼びましょう」

テイルがそう言うと、獣人たちは立ち上がり、拳を突き上げた。

「ニイアス!」

「我々の自由の地!」

「ニイアス万歳!」

ヒーバ大森林に歓声が響き渡った。

これが、ニイアス成立の瞬間である。

後に『ニイアスの誓い』と呼ばれるこの出来事が、大陸全土を巻き込む争乱へと繋がっていくのであった。



🔙第六話    第八話🔜



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