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イブ物語|判断寓話|ファンタジー小説|猫征|第十一話


「亡命……?」

ワンが報告を受けながら呟いた。

ニイアスの周囲を哨戒していた部隊からの報告は、こうだ。

早朝、ニイアスに近づく武装集団を発見。
警戒と迎撃の判断を仰ぐため帰還しようとしたところ、先方から接触があったという。

接触してきた集団は、マズール帝国から逃亡してきた兵士だと名乗っており、ニイアスの指導者ワンとの面会を求めていた。

「罠の可能性があります。獣人だけですか?」

隣で話を聞いていたテイルが質問した。

「いえ、ヒューマンも含まれます」

報告していた獣人が答える。

「家族は? 特にヒューマンの子供を連れてきてますか?」

「はい。獣人の家族とヒューマンの女子供。それに、中には乳飲子まで連れた者もいます」

その言葉にテイルの眉が動く。

「乳飲子まで……。まだ罠の可能性は捨てきれません。しかし、一度会って話を聞いても良いと思います」

テイルがそう言ってワンを見つめる。

ワンは頷き、立ち上がった。

「村から離れた場所で話を聞く。テイルも付いて来てくれ。あと、アトラには万が一に備えて、ニイアスの防御指揮を任せたい」

そう言うと、集まっていた獣人たちは慌ただしく動き始めた。

その様子を心配そうに見つめるニアに向かって、ワンが言う。

「今回はヒューマンが混ざっている。まずは話を聞いて来るよ」

ワンがそう言うと、ニアは少し頬を緩めて答えた。

「子供だけでも、なんとかならないですか?」

ワンは頷くと、準備を始めた。



猫から始まる世界征服 第十一話


準備を整えたワンたちは、ニイアスでも腕の立つ獣人を選び、帝国兵が待つ場所を目指した。

同行するのはテイル、そしてニイアスに支店を構えたイフだった。

「帝国の内情には詳しいです」

イフ自ら名乗りを上げる形での参加である。

目的地に着くと、開けた場所に不安げな表情を浮かべた一団がいた。

武装した帝国兵と、指揮官と思しき人物。
そして一般人のように見える人々と、耳の長い獣人たちの姿だった。

ざっと数えても五十人はくだらない。

ワンが想像していたより、かなり大規模な集団である。

「森の代表者と話がしたい」

先に声を上げたのは、帝国の指揮官だった。

「私はマズール帝国、第十五獣人混成独立部隊隊長のラビだ」

背が高く、全身を甲冑で固めた男が前に出る。

帝国軍であることを象徴するように、双頭の鷲をかたどった軍旗が掲げられていた。

ラビは鳥の羽飾りがついた兜を外して脇に抱えると、争う意思がないことを示すように片手を上げた。

三十代ほどに見えるラビは白髪交じりで、顔には歴戦を思わせる切り傷があった。

「ワンだ。ニイアスの代表者として話を聞く」

ワンに続くように、テイルとイフが前に出た。

「ありがたい。ただ、子供たちだけでも何か飲むものを分けてもらえないか?」

ラビは子供たちに目をやり、頭を下げた。

ワンと目が合ったイフが手を上げると、後方に控えていた馬車から水の入った樽が運び込まれた。

怯えるように子供を抱きしめていた親たちが手を差し出し、水の入った杯を受け取る。

それを横目で確認しながら、ラビが重い口を開いた。

「感謝する。我々がここに来たのは、帝国からの亡命を希望するからだ」

「アルカン王国へ降ると……」

テイルが割って入るように言う。

「アルカン王国……。助かるなら、それでも構わない。だが、仲間が奴隷になるなら帝国とは変わらない」

「では、我々に降る?」

テイルの言葉を片手で制し、ワンが口を開いた。

「俺たちの村は、ヒューマンに良い印象のある者ばかりじゃない。それに、帝国から逃げ出す理由が知りたい」

ラビはひと息吐くと、事情を話し始めた。

マズール帝国では、獣人たちは奴隷という立場にはなかった。

ただ、戦争が長期化する中で、前線の人手不足を補うため、獣人たちが徴兵されるようになったらしい。

問題は、その数と扱いだった。

帝国では臣民には兵役の義務がある。

獣人たちもその対象とされたが、実際には獣人ばかりが徴兵され、危険な前線へ送られている。

しかも、無茶な任務はすべて獣人部隊に割り当てられていた。

今回、ラビの部隊を含む前線の獣人部隊に下された命令は、ヒーバ大森林を横断し、王国軍へ奇襲を行うというものだった。

「充分な装備も補給もなく、この森を横切り、王国の砦を叩く。聞こえは良いが、陽動として使い捨てる作戦だ」

ラビはそう言うと、拳を強く握りしめた。

「あんたの話を信じる根拠が欲しい」

ワンの鋭い視線がラビに向く。

ラビは頭を掻きながら、照れくさそうに言った。

「惚れた女がいる……」

そう言うと、ラビは後方へ視線を向ける。

そこには、ウサギのような長い耳を持つ獣人が、子供たちをあやしながら水を配っていた。

「彼女を……彼女のウサ耳を守りたいんだ!」

衝撃の告白だった。

ワンもテイルも、呆気にとられた表情を浮かべる。

「お前、採用!」

ワンはラビの肩を叩くと、笑顔を浮かべた。

「ラビット族の尻尾は貴重です」

隣のテイルは額に手を当てると、小さく首を振った。

「でも、出来すぎた話ですね。私たちの情報はどこで知ったんですか?」

テイルが訝しむように尋ねる。

「それは……」

ラビが手を上げると、一人の獣人が近づいて来て、ワンの前に膝をついた。

「黒獅子様、お久しぶりでございます」

獣人の男は顔を上げ、ワンを見た。

ワンは首を傾げる。

「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、奴隷商に捕まって、傭兵たちのナイフの的にされていたところを救っていただいた者です!」

ワンは記憶を辿る。

はっきりとは思い出せない。

ただ、ニアの村を救うために奴隷商人を襲撃した時、そんなこともあったような気がした。

「犬耳族のソラと言います。黒獅子様に助けていただいた後、帝国へ逃れていました」

そう言うと、ソラは目を輝かせて続けた。

「というわけで、ワン殿の話はソラから聞いていた」

ラビが言う。

テイルは肩をすくめて、ワンを見る。

「ワンさん。ニアさん以外の獣人の顔、覚えてます?」

テイルの言葉に、その場から笑い声が上がった。


この日、ニイアスに新たな戦力が合流した。

後にラビット族の中興の祖と呼ばれる男の登場は、ニイアスの新たな戦いへの序章でもあった。




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