#009 なぜ、同じプレゼンを見ても、気になる場所が違うのか
同じ出来事について話しているのに、立場が違うだけで意見が噛み合わないことがあります。
今回は、「役割」が私たちの見方にどう影響するのかを考えます。
「ご清聴ありがとうございました。」
最後のスライドが映し出されると、会場の照明がゆっくりと明るくなった。
閉じられるノートパソコン。
資料をそろえる音。
ペットボトルのふたを開ける音。
三十分続いた説明会の緊張が、少しずつほどけていく。
登壇者がマイクを置こうとした、そのときだった。
司会者が一歩前へ出る。
「それでは、ご質問のある方はいらっしゃいますか。」
一瞬だけ静かになる。
誰もが、「誰かが最初に手を挙げるだろう」と思いながら、周りの様子をうかがっている。
その沈黙を破るように、一人の男性が手を挙げた。
「価格について教えてください。」
競合製品と比べると、少し高いように感じました。
価格差には、どんな理由があるのでしょうか。
登壇者が答え始める。
品質。
サポート。
導入後の運用。
前の席では、小さくうなずく人がいる。
一方で、腕を組んだまま表情を変えない人もいる。
質疑応答が終わると、今度は別の席から声が上がった。
「導入までは、どれくらい時間がかかりますか。」
既存システムとの連携。
社内教育。
運用開始までの準備。
さっきまで静かだった人たちが、一斉にメモを取り始める。
さらに、その後ろからもう一人。
「競合との違いは何でしょうか。」
今度は、競合比較のスライドを見返す人が増えた。
価格でペンが動いた人。
導入プロセスでペンが動いた人。
競合比較だけを何度も見返した人。
同じ三十分だった。
同じプレゼンだった。
同じ資料を見ていた。
それなのに、それぞれが立ち止まった場所は違っていた。
それは、不思議なことではない。
営業という役割なら、価格が気になる。
情報システムという役割なら、導入負荷が気になる。
経営企画という役割なら、競争優位性を確認したくなる。
仕事には、それぞれ見るべき視点がある。
だから、人によって気になる場所が違うのは、ごく自然なことだ。
Key Insight
役割は、人が見る場所を決めている。
ところが、ある説明会で、少しだけ気になる光景があった。
営業担当が二人、並んで座っていた。
同じ会社。
同じ部署。
同じ商品を担当している。
もちろん、聞いているプレゼンも同じだ。
価格のスライドが映る。
一人は、顔を上げる。
ペンを置く。
説明が終わるのを待たずに、手を挙げた。
「競合より価格が高い理由は何ですか。」
隣の営業担当は、手を挙げない。
価格のページでは、ペンもほとんど動かない。
けれど、導入事例のスライドになった瞬間、ページの余白が文字で埋まり始めた。
「どんな会社が導入したのか。」
「何に困っていたのか。」
「導入して、何が変わったのか。」
書く手が止まらない。
最初に質問した営業担当の頭には、昨日の商談が残っていた。
商談の終わり際、お客様は提案書を閉じながら言った。
「品質が良いのは分かるんです。」
少し間が空く。
「でも、もう少し安くなりませんか。」
返事はした。
価格の考え方も説明した。
それでも、商談が終わってから、その一言だけが頭から離れなかった。
エレベーターを待つ間も。
駅まで歩く道でも。
帰りの電車でも。
気付けば、何度も同じ商談を頭の中でやり直している。
「もっと違う伝え方があったんじゃないか。」
答えは見つからない。
それでも、その問いだけは残り続けていた。
だから今日も、価格のスライドが映った瞬間、自然と耳がそこへ向く。
あの質問は、今日のプレゼンへの質問ではなかった。
昨日の商談の続きを、まだ心のどこかで考え続けていたのかもしれない。
一方、隣の営業担当にも、別の記憶が残っていた。
商談が終わってデスクに戻っても、提案書を閉じることができなかった。
最後のページを開いたまま、何度も読み返す。
「結局、このサービスの価値って何なんですか。」
あのお客様の言葉だけが残っている。
機能は説明した。
価格も説明した。
導入実績も話した。
でも、本当に知りたかったのは、そこだったのだろうか。
ページを閉じようとして、また開く。
時計を見る。
もう夕方だった。
だから今日も、導入事例のページになると、自然とペンが動く。
この会社は、何に価値を感じたのだろう。
その答えを探すように、メモを書き続けていた。
同じ営業担当。
同じ商品。
同じプレゼン。
それでも、一人は価格を追い、一人は導入事例を追っていた。
その光景を見ながら、一つの違和感だけが頭に残った。
同じものを見ているはずなのに、見えている場所が違う。
なぜだろう。
Key Insight
役割だけでは、説明できない違いがある。

価格が気になった営業担当。
導入事例が気になった営業担当。
二人とも、違うプレゼンを見ていたわけではない。
見ていた資料は、まったく同じだった。
それでも、心が反応した場所は違っていた。
その違いを生んでいたのは、知識の量でも、経験の長さでもない。
もっと静かで、もっと無意識なものだった。
私たちは、目の前の情報を、そのまま見ているつもりでいる。
でも、本当はそうではない。
昨日の商談で返せなかった一言。
どうしても成果を出したい案件。
頭から離れない失敗。
何度考えても答えが見つからない問い。
そうしたものは、時間が経っても心の中に残り続ける。
そして、その問いは、自分でも気付かないうちに、世界を見る焦点になっていく。
価格が目に入る人もいる。
導入事例ばかり読んでしまう人もいる。
競合比較だけを見返す人もいる。
情報は変わっていない。
変わっているのは、
その情報の、どこに焦点が合うか。
Key Insight
人は、世界に反応しているのではない。
心の中にある問いに反応している。
そう考えると、今まで理解できなかった場面が、少しずつつながってくる。
会議で、自分には重要に思えないことを、何度も確認する人。
商談で、予想もしなかった質問をするお客様。
同じ記事を読んでいるのに、まったく違う感想を話す同僚。
以前なら、
「どうして、そんなところが気になるんだろう。」
そう思っていた。
でも、これからは少しだけ見方が変わる。
「この人は、今、どんな問いを抱えているのだろう。」
その問いを想像した瞬間、
さっきまで理解できなかった反応に、理由が見え始める。
相手は、違う世界を見ていたわけではない。
同じ世界の中で、自分とは違う場所に焦点が合っていただけなのだ。
AIとの対話でも、それは変わらない。
同じプロンプトを入力しても、
ある人は価格の説明を読み返し、
ある人は導入事例だけを深掘りしていく。
AIが違う答えを返したわけではない。
違っていたのは、
その人の中に残っていた問いだった。
AI時代になるほど、この違いは大きくなる。
情報は、誰でも手に入る。
だから最後に差がつくのは、情報量ではない。
どんな問いを持ち、どこへ焦点を合わせられるか。
そこに、人とAIの対話の質も、人との対話の質も表れてくる。

Layer Zero Lens
役割は、視野をつくる。
問いは、焦点をつくる。
役割によって、「何を見るべきか」が決まる。
問いによって、「何が見えてしまうか」が決まる。
だから、誰かを理解したいと思ったときは、
その人が見ている世界を想像する前に、
その人が、今どんな問いを抱えているのか。
そこへ目を向けてみる。
きっと、同じ言葉が、少し違って聞こえ始める。
見えている世界は、昨日と同じかもしれない。
でも、見つけるものは、もう昨日とは違う。
次に読むなら
立場や役割が変われば、同じ出来事でも見える景色は変わります。では、その違いを生み出しているものを、もう少し構造的に捉えると何が見えてくるのか。次は、その視点を一段深めます。
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